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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
21/30

観測記録17:椎名久遠編「奏者と久遠に託す二つの欠片(後編)」

それからまた何年か歳が経ち、譲は七歳になっていた


その頃になると、ピニャ君たちのおかげで生活に支障が出ない程度の力で動き回れるようになり、病室でも遊びたいと駄々をこねるほどの元気を見せるようになっていた

そんな譲の遊び相手を務めてくれるのが、百羽のピニャ君の一人


「主人、主人。あまり背中に顔を埋めないでくださいよ」

「ピニャケル。もふもふだね?」

「・・・まさかこんなことになるなんて」


百羽のピニャ君は均等に譲の力を食べているのかと思いきや・・・一人だけ、食いしん坊の中の食いしん坊が紛れ込んでおり、その子は他のピニャ君たち以上に力を食べていた

気がついた頃には、既に言語能力が覚醒しており・・・今はこうして他のピニャ君のリーダーとして先導しつつ、譲の相手を務めてくれていた


「奥様。いらしていたんですか?」

「あ、うん。いつもありがとうね、ピニャ君」

「当然のことです。いたた、主人。引っ張らないでください」

「わかった。ごめんね、ピニャケル」

「いいのです。わかっていただけたなら、それで」


ピニャ君は凄く礼儀正しい。本人曰く「紳士ですので」とのこと

そんな紳士のリーダーピニャ君は譲の友人である前に、先生でもある

病院にいる間も、言葉遣いや簡単な勉強とかも少しだけ教えてくれているのは本当にありがたいことだと思う

元々品種改良されていたとはいえ、使役する魔物だったわけだし・・・人に関する知識もあるようだ


「ねえ、譲」

「どうしたの?お母さん」

「よく聞いてね。凄く大事なこと」

「大事なこと?」

「そう。一時的だけどね、お家に帰れることが決まりました!」


ここにくる前、先生と話したことを先に譲へ伝える

ここ最近、体調が安定しているしピニャ君のおかげで過剰回復症の症状もかなり抑えられている

遅くなったが・・・やっと、譲は我が家にいくことができるのだ


「本当?」

「本当だよ。先生からもお話があると思うから、落ち着いて聞いてね?」

「うん!」

「良かったですね、主人」

「そうだね、ピニャ!やっとお家に行けるんだよ!楽しみだね!」


ピニャ君と喜びを分かち合いながら、やっと望んでいた日が来たことを喜んでいく

日に照らされたその笑顔に、つられて私も頬が緩んでいった


「元気になって良かったね、譲」

「これからはお父さんとお母さんとずっと一緒にいられるんだよね?」

「そうだよ。これからは、三人・・・ピニャ君とも一緒だよ」


小さな手が私に向かって伸ばされた

七年間、その手を何度も見てきた

力なく動かない手を

初めて抱き上げた時に、愁一の指を握りしめようと伸ばされた手を

点滴に繋がれた腕の先にある弱々しい手を

ものを握るのだって一苦労していたその手は、いつもより大きく見えた


「・・・大きくなったね、譲」

「ん?」


何も掴めない。そんな不安はもう終わり

この子はこれから色々なものを掴んでいけるだろう

その手は、それを叶えていけるだろう


欲しいものだって、望む明日だって、なんだって掴んでいける力はもう、譲の中に


・・・・・


譲が家に帰る日

私と譲は荷物を持って、帰り道を歩いていた

本当なら車で帰ろうと話をしていたのだが、譲の希望もあり徒歩で帰ることになった

家と病院の間はそこまで距離はない

それに、疲れてもピニャ君がいるので移動面でも、護衛面でも問題ない


「主人、疲れたらすぐにいうのですよ!?」

「わかってるよ。ピニャケル。ありがとうね」

「二人とも仲良しさんね」

「そうだよ。仲良しさん」

「当然です!」


ピニャ君が胸を張る。ふわふわな羽毛が毛羽立ち譲がそれに抱きつく


「あ、もちろんですが奥様。九十九羽のピニャ軍団も周囲に配備しています。不審な輩は我々にお任せを。啄んで差し上げます」

「ついばむ?」

「真顔でとんでもないこと言わないの・・・」


よく見れば物陰からピニャ君たちが顔を覗かせている

監視態勢はバッチリらしい。安心というか・・・見られて逆に怖いというか・・・

うわ、マンホールの中から出てくるのは流石に・・・もぐらみたい


「ピニャたちと一緒に帰れるんだ!楽しいね、お母さん!」

「・・・譲が楽しいならいいかな」


手を繋いで帰り道を歩いていく

天気もいい夏の日。外出する分にはむしろ絶好の日。暑いけど

無茶をしないように気を配りながら、歩調を合わせつつ帰り道を歩いていく


「お父さんは、おうち?」

「うん。昨日まで夜も頑張ってお仕事して、今日のお昼から一週間おやすみ。お父さんも譲と一緒にいたいからって」

「お仕事大変だもんね。鈴海のためだから・・・たくさん応援しないと」

「無理しなくていいのよ?譲が寂しいっていえば、お父さん分身してでも譲のところに来てくれるからね」


気がつけば愁一はお仕事ばっかりの生活になっていた

それほどまでに、鈴海の情勢はよくないらしい。彼は日夜頑張りすぎて、最近はロクに家にも帰ってこない

今日は流石に帰ってきてくれるそうだ。一週間の有給も携えて、退院したばかりの譲と一緒に過ごすと張りきっていた


「お父さん分身できるの?」

「譲がやってっていえばできると思うよ。もしできなくてもお母さんができるようにお父さん鍛えるから」

「お母さんお父さん鍛えられるの!?」

「そうだよ。お母さん凄いんだから!」


・・・愁一に分身能力を付与するとして、流奏はどんな記憶を奪ってくるかな

譲を泣かせるぐらいなら、ここ一年の記憶が吹っ飛んでも痛くはないけれど

それに日記だって細かくつけている。忘れても取り返せるほどに


「ピニャ?」「ピーニャニャ?」「ピニャー・・・」

「どうしたんだ、ピニャ一班。ん?大社の・・・ああ。うん。愁一様のお友達だったはずだ。気にしなくていいと思うが・・・」


ピニャ君たちがいるから大丈夫

それが、私の最大の油断


あの時、少しでもピニャ君の言葉に耳を傾けることができていたら・・・

私の流奏ねがいが譲の星紋として受け継がれることもなかった

何よりも、大人になったこの子の話だって側で聞くことができただろう


あの子を救う「略奪」の少女が願う未来は・・・あの子を連れて帰りたかった家で起きる私と愁一が殺される事件が起こる未来ではない

あの子が、復讐者としての道を辿る未来ではない


あの子が望むのは「椎名譲が普通の子供でいられた未来」

最も、鈴海一の魔法使いになる道はどうやっても避けられない道なのだけれど・・・それでも、私たちが側にいてあげられる未来だ


けれど、あなたはそれでいいのかしら

赤城時雨さん

貴方のお父様があの事件を起こさなければ、貴方は譲に巡り合うことはない

それに譲は自力で鍵の呪縛を解く。貴方の略奪は必要ないの

・・・そんな未来がある。それを知って、貴方はどう思う?

なんて、一方的に語りかけても・・・貴方にはもう何も変えられないけれどね


「ピニャ君」

「なんでしょう」

「能力者には警戒して」

「・・・御意」

「譲。お母さんと早く帰ろう。お父さんが待ちぼうけして干からびちゃう」

「干からびるのは・・・うん嫌だね。早く帰ろう。ピニャケル。乗せて」

「ええ。ピニャタクシー運行しますよ!」


ピニャ君の背中に乗って、家への道のりを進んでいく

運命の行く末を知っているから、今はこうして変えられる

あの日の私にも、こんな力が欲しかった

そう願っても・・・本来の私はもう、遅い話だ


・・・・・


あれから、十五年

本来なら訪れることのない未来は、私の側で紡がれる

ある春の朝。久々に家族三人集まることができたので、庭先でお茶を飲んで家族の時間を過ごしていた


「ずいぶん料理の腕も上達したな」

「まあね。うちの護衛たちはよく食べるので。最近はグルメなピニャケルも生まれてるんだよ。あの子たちなんて、特に凄いんだ。味の違いがわかるんだよ」

「ピニャ」「ピーニャ」「ピニャニャニャ」


譲が指差す先にいるのは、雛鳥のピニャケル


百羽のピニャケルたちは気がついたら千五百匹

みんな譲の使役している魔物・・・ではないが、千羽ぐらいは譲の使役対象として彼の側で護衛を務めてくれている


他の五百羽は過剰回復症の治療の為に改良を施され、求める患者の元へ向かう訓練を受けていると聞く

地井さんの息子さんである夜雲やくも君が指揮を取ってくれているらしく、彼の話だと「譲の力を吸って育ったピニャは穏やかで素直」とのこと

育てやすいと彼から太鼓判を押されているピニャたちは、すでに全員新たな主人の元へ向かうことが決定しているそうだ


「全く。最近は主人から排出した我々の評価はうなぎ上りだというのにこんな体たらくを見せるものがいるとは・・・」


私と愁一、そして譲のカップに追加の紅茶を注ぐ黒髪の男性

彼もピニャケル。通称リーダーピニャ君だ

譲の力を吸い取りすぎて人型に進化した、あの子の相棒だ


「いいんだよ。ピニャケルらしいじゃない」

「種族的な問題だとしても、主人の名を汚すような真似は許されません。主人に苦労をかけないよう務めたいのですが・・・」

「ピニャケルたちのお世話は主人である僕の務めだよ。これからもよろしくね」

「あるじぃぃ!」


大人の姿なのに情けなく抱きつく姿は「ああ。このこピニャ君だな」なんて微笑ましく思える光景だ

譲は暑苦しそうに顔をしかめているけれど、嫌ではないらしくピニャ君の好きにさせている


「そういえば譲。伊奈帆から大社にスカウトされたと聞いたのだが・・・」

「断っているよ。父さん。大社じゃ僕と千早の夢は叶えられない」


譲と愁一は同時に紅茶を飲んで一息つく

千早というのは・・・確か譲の同級生だ。熱海千早あつみちはやちゃん。何度かうちにも遊びに来てくれたから覚えている


「特殊能力者には、過剰回復症を含めて様々な未知の障害がある。僕らはそれを少しでも取り除けるようにできることをしたい。ごめんなさい、父さん。椎名のこと・・・」

「別に構わない。そもそもこんな古臭い運営方法もおかしいと思っていたんだ。少しずつ改革をして行ったし、後継としての仕事は残されるが、行政に関わらずに済むと思う」

「それはよかった。何から何までありがとう、父さん」

「子供の夢を応援するのは親の務めだ。当然のことをしただけ。気にするな」

「その当然が嬉しいんだよ。もう!」


譲は席を立って、向かいの席に座っていた愁一に抱きついていく

もう子供みたいなことはやめなさいというべきなのだろうけど・・・微笑ましい光景だ。止める理由はない

それに、放置しておいたら後で私にもしてくれるかもしれない


「譲」

「あ、紅葉。もう来たの?早かったね?」

「早いも何も・・・お前の護衛なんだからむしろ四六時中一緒っていうのが当然なのに・・・」


呆れながら紅葉色の髪を揺らす彼は宮紅葉みやあかば君。譲と千早ちゃんの同級生で、大社に所属している星紋使いの男の子

譲との関係はよく、護衛を務めてくれてはいるけれど、基本的に護衛と一緒にいるのに友達と過ごす時間のような感じらしい。譲がそう言っていた


「それはピニャケルだけで十分。紅葉だって、趣味の時間欲しいでしょ?」

「まあな。そういう雇用形態。本当に助かるよ・・・」

「ブラックって言われても敵わないし」


「それに、俺・・・お前より能力者として未熟なんだけど。自分で守ったほうが楽じゃない?」

「背中を任せたいんだよ。大事な友人にね」

「・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!その調子で大社に入社して俺と一緒に魔獣狩り・・・!」

「嫌だよ。千早が拗ねるでしょう?」

「・・・だろうな」


二人して思い描くのは一人の女の子

同級生の女の子で、いまだに関係が続いているあの子にはどうやら二人揃って頭が上がらないらしい


「僕が千早に嫉妬されるんだから、紅葉。気をつけなよ」

「わかってるよ」


譲はそれからカップの中のお茶を飲み干す

ピニャ君も鳥の姿に戻って、外出準備を整えた


「そろそろ時間だから出かけてくるよ。父さん、母さん」

「いってらっしゃい、譲。紅葉君」

「気をつけてね。譲。紅葉君、今日もよろしくね」

「もちろんです。いってきます」


紅葉君と合流して、今度はもう一人の女の子と合流したら・・・譲の一日は始まっていく

この世界では仲の良い二人の友人と大人になっても共に過ごす「夢へと向かう道」を三人で進んでいくのだ


「かなり時間が経ったな、久遠」

「そうだね、愁一。楽しかった?」

「まあな。生きていたらきっと、こんな日々もありえたんだろうさ」


私たちはその後ろ姿を見守りながら、舞台から降りていく


・・・・・


観測はここでおしまい。これで満足かしら、赤城時雨さん


「略奪の乙女。鍵と対を成す御伽話で生きる女の子。貴方が御伽話の続きを、いつか紡ぎ出せる日を・・・私は楽しみにしているわ」


幕を閉めたら、完全におしまい

続きはいつかどこかで


私たちが死んで、あの子が復讐者になった時間

略奪の乙女と鍵の魔法使い・・・その御伽話の続きを紡ぐお話もいつかすることができると思う


「それまでは、お休みさせて頂戴ね」


幕の中に逃げ込んで、スポットライトが落ちる

観測は、終わりを告げた

「・・・そっか。こんな未来があってもおかしくなかったのか」

二つの観測記録は透明になって消えていく

役割を終えたように、図書館のどこかに・・・しまわれたのだろうけれど、これから先、私と譲さんは二人の観測記録に手を触れられないような気がした

「かなり歯抜けでしたけど、よかったんですか?」

「うん。これで良いんだよ。完全に見たら、帰って来れなくなるところだった。幸せな夢の中で、一生過ごしていたと思う」

「・・・そうですか」

彼のマントを握りしめる

どこにもいかなければ良い。今、手を離したらどこかへいってしまう気がする

「譲さん」

「何?」

「なぜ、私と和夜君に復讐しなかったんですか?」

目の前にいる譲さんは、両親を失い復讐者になった譲さん

あの観測記録の譲さんのように、親の愛情を正面から受けて育った彼ではない

だからこそ、何度も疑問に思うことがあったのだ

憎い仇の一人である私の父は譲さんの手にかかる前に死んだ

その罪を、私と和夜君は受けるつもりで譲さんの接触を許した

けれど彼は、最期まで私たちに復讐を行うことはなかった

「・・・和夜は大事な弟子だし、君も大事な相棒だよ。殺したいなんて思ったことはなかったし、それに」

「それに?」

「親の罪は親のもの。子供に背負わせるわけにはいかないよ」

「・・・そうですか」

「そんな悲しい顔をしないでよ。それでも君が罪の意識に苛まれてどうしようもないなら、罰を与えてもいい」

「・・・」

「これからも相棒としてここにいなよ。観測の異常だって、ここ最近は起こる気配がないけれど・・・何か起きているのは確かなんだから。調査、進めないとだからね。これからもよろしく頼むよ」

「・・・はい!」

優しい罰は、私の中にしっかり刻まれる

これからも側で、彼の為にやるべきことをしていこう

まずは目先のこと。観測の異常を突き止める為に・・・!

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