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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
20/30

観測記録17:椎名久遠編「奏者と久遠に託す二つの欠片(前編)」

守りたいと願えたのは、守ってくれている彼のおかげだった

それから、一緒になって・・・私は演奏で世界中を笑顔にしていった

彼もまた、鈴海の行政に携わり日夜鈴海の為に奔走する生活を送っている


そんな生活に慣れてきた頃、私たちは子供に恵まれた

男の子だとわかった時、家のことで苦労をかけてしまうなと話したのは懐かしい


名前はどうするかと二人で相談して「譲」になった

誰かを思いやれるような、優しい子になりますように

そんな願いを込めて、名付けた


あの子が産まれた日のことは今でも覚えている

感じたことのない痛みに耐えながら、これからは三人、幸せに暮らしていくんだと未来を思い描いていた

そう、思っていたんだ


今では忘れられないほどの恐怖を覚えた日

やっと会えたことが嬉しかった

けれど、産まれたあの子は全く泣かない

意識を失う前、うっすらと声が聞こえた

呼吸が、止まった・・・と


・・・・・


季節は冬。譲が生まれた夏から半年が経過した


「今日の検査、良好だといいなぁ・・・」

「そうだといいな」


分厚いガラスの向こう側で眠る無数のチューブに繋がれた青髪の赤ちゃん

以前に比べて動きは多くなったが、それでもまだ弱々しいあの子は・・・私たちの息子だ

体が凄く弱い子のようで、心臓も丈夫ではないとお医者様から告げられた

それに何よりも・・・特殊能力者にとって致命的な才能を二つ持って産まれてきた


一つは「共存能力者ステイラフルーブ


鈴海にある特殊能力は大きく二つに分けられる

願いを媒体として能力を具現化させる星紋ステラリープと純粋な魔法

それ以外はその他として分類されている


譲は星紋と魔法・・・その両方を使用できる才能を持つ存在だと告げられた

しかし、その二つは本来なら共存することがない力

上手く使いこなせるようになれば強力だが・・・それまでが険しいと


そして極め付けは「過剰回復症」


私が一日に流奏を十回使えるほどの力を持っているとすると・・・一度使えば残りは九回になる。もちろん、使用回数は眠ることで回復する

しかし一日に十回使ってしまえば、寝るまでの間には一切使えなくなる


愁一の場合、常に繭籠を展開しているのでまた別の話になる

元々、彼にも能力を十回ぐらい展開できるほどの力があるとする

愁一の場合は常に展開しているので、力は常に消費されていく。十回が小刻みに常に消化されていく状態だ

回復もまた同じ。眠って全回復ではなく・・・起きている間でも小刻みに回復していく


しかし、譲の場合はさらに異なってくる

元々、膨大な力を有しているあの子も使用条件も回復条件も私たちと変わりはない

異なる部分はただ一つ。回復量は自分が使える上限ではないということだ


元々十回使える力があるとして・・・回復するのも、上限の十回分使えるほど

それが通常の状態だ


しかし、譲の場合は十回使用できる力以上の力を練り上げてしまう

それが過剰回復症。その罹患者の特徴だ


珍しい病なこともあるだろうけど、上限を超えて力を作るその病は未だに効果的な治療方法が見つかっておらず・・・毎年、数十人の死者を出している


「・・・せめてこの部屋から出られればいいんだけど」

「そうだな」


半年経っても、私たちはあの子に触れることすら叶わない

今日こそ、今日こそと祈りながら、ガラスの外で検査が終わるのを静かに待った


・・・・・


検査が終わって、内容を聞いた後

私たちはとある一室に通され、念願の初対面をする事になった

しかしまだ家には帰れない

心臓の弱さは能力器官の圧迫が問題らしい

これから、力をきちんと操れるようになれば改善されると


しかし過剰回復症の影響でしばらくは苦しむ生活が続く。その力が体と釣り合うまで・・・

心臓にももちろん負荷がかかっている。まだ命の危機から脱したわけじゃない

もしもの時にすぐに処置ができるようにと、先生は入院の継続を進めてくれた

私たちはそれを受け入れて、この子はこれからもここでしばらく過ごす事になった


「・・・・」

「寝てるな」

「寝てるねぇ・・・」


穏やかに眠る我が子の寝顔を眺めながら、二人してついつい笑みが溢れていく

青い髪は、愁一と同じ色

椎名家の・・・後継候補の色であり、ご先祖様を象徴する色らしい


「外見は俺に似ているが、顔とかは久遠によく似ているんじゃないか?」

「そうだねえ。でもね、内面は多分愁一似だよ」

「その根拠は?」

「寝顔、愁一にそっくりだから。こんなによだれをだらだら垂らしてさ・・・」

「そこまで垂らしてるか?」

「ナイアガラの如く」


ガーゼのハンカチで優しく頬についているよだれを拭っていく

触れるたびにもぞもぞ動く。でも、嫌がっている様子ではない

しかし、譲を起こすのには十分な感覚だったようで眠そうにその目が開かれる

その目は、私たちが一番見たくない色をした瞳だった


「・・・嘘だろ。よりによって、この子が「鍵」・・・」

「なんでこの子ばっかりなの・・・」


その目は、紫色

鈴海では「瞳は力の象徴」だと呼ばれている

瞳の色は、その人物の能力を測る基準の一つになっている

紫色の瞳は「能力が強くて、力の精度も素晴らしい」と呼ばれる・・・最上級の評価を持つ瞳だ

本来なら喜ばしい事だと思う。普通の家庭だったら手放しで喜んだ


けれど、椎名ではそうはいかない

椎名の子供。青い髪に紫色の瞳

それは、この鈴海を作り上げた創造主である魔法使いであり、椎名の先祖である「シルヴィア・ユージュリアル」の特徴を引き継いでいる証拠

そして・・・この世界を変えることができる「鍵」の象徴である


「・・・この子には、とてつもない運命を背負わせてしまうんだな」

「私の流奏の比じゃない・・・運命を根本から変える力なんて・・・」


眠る譲を離さないように抱きしめる

この子の手を離したら・・・絶対に悪い事に巻き込まれる


「お母さんとお父さんが絶対に、守るからね」


死んでも、必ず守って見せる

そう誓いながら、初めての一時を静かに過ごしていった


・・・・・


それから三年後

三歳になった譲はまだ入院したままだった

よくなったり、悪くなったり・・・繰り返しを続ける日々

それでも、唐突にいなくなったりしないでいてくれて・・・今もこうして生きてくれている


「譲、今日は起きても平気?」

「・・・ん」


物心ついた時からずっとここで過ごしている譲は、引っ込み思案な性格になっているようだった

病室は個室だし、先生と私たちぐらいしか関わる人がいない

とても、寂しい思いをさせている


「そっか。じゃあお本読んであげようか?」

「・・・いい。それより、お母さんのお仕事の話がいい」

「好きねえ、外の話」

「ん。僕もいつか行ってみたいから」

「元気になったら一緒に回ろうか。お父さんも一緒に、家族三人で」

「やった!」


嬉しそうに布団をパタパタさせる譲の腕には点滴が繋がれている

まだまだ同い年の子供のようにはなりそうにない。けれど少しずつ・・・前に進んでいっている。それは確かなことだ


「あれ、譲。その本は?」

「これ・・・?ん。先生からもらったの。鳥さんの本」


買い与えた覚えのない本は、本当に買い与えた覚えがなかったものだった

青い鳥の絵本のようだ。見たことはないし・・・売ってあるような綺麗な製本をされているわけでもない。まさかお手製?


「青い鳥さんはね、幸せの鳥さんなんだって」

「そうなの?」

「うん。この絵本で言ってたの。僕もいつか、鳥さんみたいにお父さんとお母さんに幸せをあげたいな」

「十分貰ってるよ。譲には鳥さん以上に幸せを貰ってる。ありがとうね」

「でも僕、元気じゃないよ?お父さんもお母さんも、悲しいよね?」

「元気じゃなくてもいいの。ただ、いてくれるだけで幸せなの」


無邪気に語る譲を抱きしめながら、たくさんのものを貰っていることを伝える

まだ首を傾げるけれど・・・いつかわかってくれるだろう

元気じゃなくてもいい。産まれて、生きてくれていることが幸せだということを


「・・・でも、鳥さんか」

「どうしたの?」

「ねえ、譲。もしも譲の為に頑張ってくれる鳥さんがいたら、譲は嬉しい?」

「僕のため?よくわからないけれど、友達がいてくれるのは・・・嬉しいかも」


そう。友達・・・きっと「あの子」たちなら・・・!


「お母さん、いいこと考えちゃった!」

「?」

「今日は早く帰るね。お父さんにも協力してもらわないといけないから!」

「あ。うん・・・明日は、来てくれる?」

「もちろん!明日を楽しみにしておいて?絶対にいいことあるって保証する!」

「へ?」


頭に思い描いた計画を成すために、病室を後にしながら愁一に連絡を取る


「ねえ、愁一!あの子たち、まだ廃棄されてないよね!?」

「え?「ピニャケルストレリングス」のことか?ああ、まだ全羽保留扱いだが・・・」


聞きたかった答えが飛んでくる

そう、私が欲しいのはピニャケルストレリングス・・・のちに「ピニャ」と呼ばれる人造使役型魔鳥


譲にとって幸福を運んでくれる、百羽のお友達だ


・・・・・


数日前、椎名の仕事として私と愁一はある研究所の視察へ行っていた

その研究所に勤めている地井夫妻に案内を受けながら、私的な話をしつつ回っていく

同い年の息子を持つ身として、色々と相談にも乗ってもらっている


「地井さん。この子たちは?」


ふと、通りかかった場所に閉じ込められた雛鳥たち


「ああ。ぴにょ・・・ぴ、にゃ・・・ける」

「ピニャケルストレリングスです。通称「ピニャケル」。主人の力を食べる・・・食いしん坊の魔鳥です。けれど・・・想像以上に食べちゃうから使役不可・・・使い物にならないと上から判断を受けたみたいですよ」

「へえ・・・」


小さな部屋に押し込まれた百羽の雛鳥は、終わりを待つ暗い表情で使役不可として処分される運命にあるらしい


それを、私は思い出した

力を主食にしている食いしん坊が百羽いれば・・・譲だってきっと


「愁一、急に頼んでごめんね?大丈夫だった?」

「むしろ歓迎だと。百羽全員引き取って問題ないってさ。久遠は?」

「病院側には許可取った!問題ない!」

「しかし、あれを引き取って一体何を・・・地井さんも驚いていたぞ」

「まあまあ、明日のお楽しみ!」


いたずらみたいなことを画策したのは久しぶり

子供の時に戻ったような感覚で、ある計画は動き出す


・・・・・


次の日

私たちは病院の敷地内・・・広い庭に譲を連れ出した


「お母さん、お父さん・・・何をするの?」

「お母さんが見せたかったのはこれ。ほら、譲。なーんだ?」

「・・・鳥さん?」


私は籠の中に入った百羽の雛鳥を譲に見せる


「正式名称はピニャケルストレリングス。まあ、好きに呼んであげなさい」

「ピニャ?」

「ぴ!」


百羽のピニャケルたちは一斉に譲の元へ飛び立つ


「わわっ!」

「ああ。一斉に・・・」

「美味しそうなんだろうなぁ・・・譲」


百羽の猛攻を受ける譲を二人で支えながらもふもふに覆われた譲を眺める

ピニャケルたちも賢いようで、譲が息苦しくならないよう顔にはくっつかないように工夫してくれている


「もふ」

「もふね」

「もふだな」


「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」

「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」

「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」

「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」

「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」

「ピニャニャ・・・ケプっ」「ピニャニャ・・・ケプっ」


・・・・なんだか、くっついていたピニャケルたちが少しだけ鳴いた後・・・ゲップをして離れていく


「ピニャ、何か食べてるの?僕もね、なんだか体が軽くてね」

「そうなの?」

「うん。全然きつくないの。むしろね、体が軽くて、いつもより楽なんだ」

「・・・そうなのか?」

「うん」


愁一と念の為同行してくれていた地井さんも驚いていた

ピニャケルたちが満足するほどの力を与え・・・それを成して初めて元気になる譲

思い描いていた通りの未来に辿り着く事ができて本当に良かった

気がつけば百羽のピニャケルは満足そうに転がり、眠り始める

譲もいつもより顔色がいい


「お母さん、お母さん。ピニャたちと一緒にいたら凄く楽しいね」

「良かったね、譲」

「ん!ピニャたちは僕の青い鳥さんかも!」

「そうだね。青い鳥さんだね」


いつもよりはしゃいで、笑って・・・初めてみる元気な姿

それから続々と起きていくピニャケルたちと戯れ、普通の子供のようにはしゃぐ姿を愁一と二人で見守り続ける

その様子を、地井さんも興味深そうに見ていた


「まさかピニャケルたちにこんな使い方が・・・確か息子さんは過剰回復症の・・・」

「はい。もしかしたらピニャケルたちは過剰回復症の治療にも有効かもしれない。ピニャケルの食べる量を調整したら・・・」


すぐ隣で仕事の話を初めてしまう

こうなったら、もう止められない

その途中で、遊び疲れた譲が私のところに歩いてくる

眠そうに顔を埋めて、そのまま膝の上に座ってくれた


「遊び疲れた?」

「んー・・・」

「・・・地井さんとお父さん、お仕事の話に入っちゃったから。先に帰ろうか」

「うん。でも、お仕事。お父さんらしいや鈴海の為だから気にしてないよ」

「三歳なのに達観しすぎ・・・もう少し甘えていいんだよ、譲」

「んー?」


眠そうにひたすら胸に顔を埋める譲の背を撫で、眠たそうにパタパタする譲が眠るまであやし続ける

その寝息は、いつもより柔らかく表情だって気持ち良さそうな雰囲気が伝わってくるほど笑顔

当たり前であるべき光景に喜びを噛みしめながら、私は仕事に関わる話をする愁一と地井さんにことわりを入れてから病室に戻っていった

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