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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
16/30

観測記録15:一ノ宮刻明編「自我無しの傀儡と月を迎える一年(前編)」

「・・・・」

ここ最近、譲さんが非常に放心状態になっている日が多い

梅雨に入ったから?いつもの話し相手との関係もあるのだろうか

「・・・話し相手の気分が大きく変わって、この観測予定もめちゃくちゃなんですよね」

いつになく気分屋。まあ、仕方のないことだけれども

「まさか加筆に繰り出すなんて・・・思いつきで何でもかんでも・・・振り回される身にもなってください」

一息ついて、気分を切り替える

面倒臭いけれど、まだまだ観測は始まったばかり

「今日の観測は、とある青年のお話」

世界が滅亡してから数千年。ガラスの白箱の中で暮らす人々がいたという

そんな小さな世界でも貧富の格差というものは確かにあった。それも、とてつもない大きさで

これは、白箱の中心部「核」に住まい、将来を決定づけられたとある名家の一人息子と

廃棄区画と呼ばれる底辺の暮らしを営みつつも、誰よりも輝いていた「淵」に住む一人の女性が巡り合う物語

そして、彼女が生まれるルーツのお話

「さあ、観測を始めますよ!」

生まれた頃から、運命は私のものではなく家のものだった


趣味は何?勉強ですかね。家の繁栄に必要ですから

尊敬する人は?両親です。家の為に、家に仕えてくださる方達の為に行動を起こす両親を尊敬しています

将来は何になりたい?家を継ぐことです

好きな人はできた?家が決めた婚約者がいますので


・・・なんて、つまらないのだろうか

そんな家が決めた「模範解答」を常に要求されていた私は親が決めた道を歩んだ

自分の意思を持つことなく、十五年も親に従い生きていた

それが私「いちみや刻明ときあき」の十五年である

簡潔に説明できるような、退屈でつまらない人生である


「刻明」

「はい」


でもまあ、自分の生涯を今振り返る時ではないだろう

今、私は家の方針で所属している自警部隊の執務室に、呼び出しを受けているのだから


「呼び出された理由はわかるか?」

「検討がつきません」

「まあ、そうだろうな。お前は常に規律を守るし・・・家の箔を傷つけないようにしているし・・・非の打ちどころがないんだが」

「ありがとうございます」

「お前、来年で十六だろう?お前の家のことだ。家に婚約者を決められていると思う。十六になったら妻を娶って退職・・・それから官僚へのステップをあがる。そうだろう?」

「相違ありません」


それが、家に決められたルートなのだから

外れることなど、許されない


「だろうな。まあ、なんだ。最終任務を与えようと思う。一年かけた任務だ」

「拝命します」

「お前に、一年かけた廃棄区画の調査を命じる。まあ世界を知ってこい」

「はい」


上官から受けた最終任務

私は廃棄区画には足を踏み入れたことがないので、未知しかない任務だ

・・・必ず、やり遂げよう

心にそう誓うと同時に、なぜか上官がそわそわしているのに気が付く


「それと、お前にもう一つ任務を与える。これは部隊の命令じゃない」

「?」


不思議な言い方をする上官から、俺はお金をいくらか握らされる


「まあ、好きに使えや」

「好きに・・・とは」

「お前、廃棄区画といえば娼館だろ」

「はて」

「・・・堅苦しいお前にわかる言い方をしたら、まあ・・・プロに手ほどきしてもらってこいってことだ」

「わかりました。早速、向かう準備を整えます」

「それでいいのかよ・・・全く。報告開始日は明日からだ。夕刻五時に通信を入れろ」

「了解しました」


踵を返し、執務室を後にする

家に帰って父に報告し、それから廃棄区画に向かう準備をしなければ


上官の命令を噛み砕けば、廃棄区画に一年間調査へ向かわせる

人々の生活報告でいいのだろう

それに関する報告書は必ずあげろ。しかしその間に何をしようが・・・自由である

娼館で遊ぶのも、薬を入れるのも、自分の意思であり、他人は干渉することはない


「・・・ここにきて、初の自由となるのか」


改めてその事実を噛み締める

十五年間、制限された暮らしをしていた私が初めて得た自由

そのことに対して、歓喜を覚えたはずなのに


「・・・」


私の表情は、動くことはなかった


・・・・・


数千年前、とある鉱石の影響で世界は滅んだ

その鉱石の影響を受け付けないように作られたのが、この第三白箱

ガラスで覆われた、小さな世界だ


昨日、私がいた場所は白箱の「核」主要施設が集中している、その名の通り白箱の核を担う居住区

私の生家もここにある。一ノ宮家は白箱建設に携わった家の一つだから


目的地と核の間にあるのが「積」一般人が住まう、普通の居住区だ

そして、その先にあるのが・・・「淵」通称廃棄区画と呼ばれる居住区だ

法が機能していない、無法地帯


「・・・ここが」


廃棄区画に足を踏み入れる


「上官から頂いた地図では、ここあたりだが・・・」


地図に記載された位置では、この辺りに滞在できるように調整していると言っていた


桑折こおりからの使いかい?」


ふと、背後から老婆が声をかけてくる


「・・・上官をご存知で」

「ああ。で、金は?」

「上官から預かった分はこちらです」


上官から預かったお金を全額老婆に渡す

老婆はそれを数えた後、満足そうに息を吐く


「・・・十分だね。好きな女を持っていきな」

「はあ?」

「はあってなんだいあんた。遊びに来たんじゃないのかい?」

「・・・私は廃棄区画の調査任務に来ただけですが」

「娼館で遊んでこいって言われなかったかい・・・?」

「勉強してこいとは」


老婆は俺の答えに頭を抱え続ける

・・・何かおかしいことを言っただろうか?


「とにかく、勉強代は受け取ったから・・・好みの女で勉強しておいで」

「了解しました」

「話には聞いていたけどあんた相当面倒くさいな!?」

「よく言われます」


よく言われることなので、もう気にすることがなくなった言葉の数々

老婆は全力でぶつけてくるが、私としてはもう・・・当たり前の表現なのだ

そんな中、私と老婆の前を一人の女性が通っていく


「おはよーございまーす・・・ふわぁ」


大きな欠伸をしながら老婆に挨拶をする彼女は、なんだろうかマイペースな人間という印象を受けた

小綺麗にしているが・・・ここにいるということは廃棄区画の人間

そして話や場所の流れから察するに、彼女は・・・


「あ!ちょうどよかった!鈴音!このガキの相手してやんな!」

「え?早速ですか?いいですよ」


彼女はすんなり老婆の命令を受け入れる

そして彼女は私の方を向いて、小さく微笑むのだ


「・・・こいつは十六夜鈴音いざよいすずねうちのナンバーワンだ」

「娼婦のナンバーワンとかあるんですか」

「顧客満足度だよ!引っ張りだこのこいつをつけてやるんだ!ほら!いきな!」

「そんなにギャンギャン叫んでいたら頭の血管切れますよ」

「あんたのせいだよ!」


これ以上は老婆が叫び続けると察した十六夜さんは私の腕を掴んで、建物の中に入ろうとする


「ほ、ほら、行きましょう。ええっと・・・」

「一ノ宮刻明」

「刻明君ね。それじゃあ早速!」

「長旅で疲れたので寝ていいですか?」

「ええぇ・・・・」


彼女に連れられて入った小さな個室

大きなベッドに横になる・・・が、彼女はどうやら寝かしてくれないらしい


「じっとしてていいからね」

「他人が側にいると眠れないので少し離れてもらえますか」

「え」

「触れるとか冗談じゃないです。触ったら片腕吹き飛ばします」

「ええ・・・」


ベッドの上に支給された銃を置いて、そのまま目を閉じる


「何もしなくていいです。ただ、寝かせてください」

「・・・はい」


十六夜さんの声が部屋によく響く

私の呼吸が、寝息に変わるのにはそう時間はかからなかった


・・・・・


朝方

「見送り」ということで、私と十六夜さんは建物の中に出ていく


「この生活は長いけど、抱かれなかったのは初めてですよ・・・むしろ近寄るなって言われたのも初めてですよ・・・」

「そうですか」

「そうですか・・・」


しょんぼりしている十六夜さんに同じく見送りを受けている人たちは注目する

常連、だろうか


「・・・鈴音ちゃん昨日は占有だったって聞いてたけど、まさか何もしないで寝るだけの男が現れるとはな」

「そんなことするなら俺が一日買ったのによぉ・・・もったいねえことする奴もいるもんだ」


もったいない、とは

よく分からない表現だ。何がもったいないのだろうか・・・


「そういえば刻明君はこれからどこに拠点を持つの?」

「ここに滞在できるようにと」

「多分それ一日だけだね。ここ、娼館だから」

「そうですか」

「そうですよ・・・じゃあ、いくところないのかな?」

「ここがダメならそうですね」


ちらりと老婆の方に視線を向ける


「一年契約で用心棒でも雇いたい気分だが、あんたはお断りだ。やっていける自信がない」

「とのことです」


やっぱりね・・・というような複雑そうな顔で、十六夜さんは笑い続ける

この人、いつも笑ってるな・・・


「そうだ。うちくる?」

「家主が許すのなら。一年契約で。お家賃はいくらですか」

「月一万」

「やっす」

「君敬語以外も使えたんだね・・・じゃあ帰る準備してくるから少し待っててよ」

「三十分だけですからね」

「三十分も待ってくれるんだ・・・なんだか意外だ」


そう言いながら十六夜さんは建物の中に戻っていく

私は壁に背を預けながら、彼女が来るのを静かに待った


・・・・・


「お待たせしました!」

「・・・早かったですね」

「慣れてますので。それじゃあ、行こうか」

「はい」


彼女の後ろをついていく

その間、廃棄区画の様子をじっくりと眺めながら進んでいく


廃棄区画の基本活動時間は夜と聞く

朝方は夜の残骸しか残っていないようだった。また夜に調査を行う必要があるのかもしれない

酔い潰れた男、泡を吹く女

そして、日の元に晒された遺骸

しかしそれが当たり前というように、十六夜さんは何事もなく歩き続ける

こんな光景、核では絶対に見ることはない


「あ、死体気になる感じ?初めて見たの?」

「そうですね。当たり前なのですか?」

「当たり前だよ。昼頃に回収されるから、明日にはもうどこにも」


どうやら回収を生業にする人間がいるらしい

しかし、その先に何があるのだろうか

回収するだけでは、利益に繋がらないのだから


「・・・回収されたら、どこにいくのですか?」

「解体されて売られるの。そういうの、好きな人いるからさ」

「物好きですね」

「それは同意見だね」


それからも、十六夜さん・・・現地に住まう人間から情報を得ていく

この区画のこと、人々の暮らし、そして十六夜さん自身の話まで、帰り道でできる話をしながら歩いていくのだ


「十六夜さん、あれはなんですか?」

「あれ・・・?あれはね、銅像。忠犬ベニ公像」


私が指を指差した犬の銅像

それに対しても、十六夜さんはすぐに答えてくれる


「ベニ・・・なんですか?」

「ここで飼い主を待ってた犬の銅像なんだって。詳しくは知らないけれど」

「へえ、そんな犬が・・・というか」

「何かな?」

「犬ってなんです?」

「さあ、銅像みたいな生き物なんじゃないのかな?」

「・・・なるほど」


動物という動物はほぼ絶滅している

犬という生き物はかつていたのだろう・・・どういう存在かは知らないが

それとも、私が興味なくて知らなかっただけか

核に戻れば、本物を見れたりするのだろうか


「・・・本物は」

「本物?」

「銅像ではない犬は、もしかしたら核にいるのかもしれないですね」

「刻明君は、核に行けるの?」

「元より私は核の出身です。申し遅れましたが、これでも核に本部がある自警部隊の所属でして。ここへは調査へ赴いています」

「そう。調査で」

「はい。その関係なので一年契約で・・・と申したのですが」

「なるほどね。だから一年。まあ、どちらにしても返事は変わらないよ。一年は私の家を拠点に調査してくださいな」

「ありがとうございます」


きちんとした拠点を提供してもらえるのはありがたいが、彼女に何かメリットがあるのだろうか

それだけが、分からず仕舞いのままだ


「しかし、十六夜さん。貴方はなぜ私を家に?貴方には何もメリットがないでしょう?」

「それはね、私はこの仕事に誇りを持っているから」

「誇り、ですか?」

「確かにこれは、身売りの仕事。でもね、そんな私にお金を払って来てくれる人がいる」


彼女は数歩先に歩いていく

そろそろ日の出の時間

廃棄区画は建物が密集している関係で、なかなか陽が差さないと聞くが・・・そんなことはなかった

場所次第で、きちんと陽が差す場所はある

その場所を知っていたかのように、彼女は陽の下で舞う

そして、初めて見せてくれた笑顔を同じように浮かべるのだ


「刻明君は任務でここに来たんだよね。娼館に足を運んだのも、上官命令でそんなつもりは一切なかったかもしれない。けれど、私にとってはお金を払ってくれたお客様。そんな君を、私はきちんと満足させてあげたいんだ」


彼女の信念は、きちんと私に届いてくる

届くだけじゃない。突き刺さった感覚を・・・覚えるほどに、その光景が、言葉が、彼女の声が心の中に刻まれる

そして彼女の笑顔もまた、脳裏にしっかりと刻まれた


「そんなつもりがないなら、私は調査の協力で満足させて見せるよ!この街のことならなんでも知ってるし、繋がりも色々あるからね!」

「その時は、よろしくお願いします・・・」

「もちろん。ほら、こっちだよ。もう少しでつくからね」


放心していた私の手をとって十六夜さんは歩き出す

廃棄区画に来て一日目

協力者を私は得た。娼婦の十六夜鈴音

彼女との出会いは、私を大きく変える出来事の一つとなる

純粋で、優しく・・・前向きだけれども、どこか弱い彼女と過ごす一年間は、こうして幕を開けていった


・・・・・


廃棄区画に来て、三ヶ月

季節は巡り、冬から春へと移りゆく

白箱は、残念ながら季節という概念はない

ただ、かつての春は暖かいが、それでいてどこか寒さを覚えるような・・・そんな気候だったと聞く

そして、春の訪れを桜という花が知らせるとも


「十六夜さん。お帰りなさい」

「ただいま刻明君。ふう・・・今日も疲れたや。少し眠るね」


拠点として間借りしている十六夜さんの家は、ごく普通の小さな平家だった

鍵はついているし、壁もかなり厚い。他の家に比べたら広く、丈夫な作りをされている

数時間後、目覚めた十六夜さんと調査の話をしながら私たちは昼食を摂る


「ここ周辺はすでに調査しましたし、今日は足を伸ばしてみようかと思います」

「私は仕事があるからついていけそうにないね・・・あ、でもここにいくのはやめておいて方がいいかも。かなり治安が悪いから」

「どのような感じで?」

「薬と人身売買を生業にしている人が多く住んでる場所なの。絶対に行かないようにね」


なるほど。他の面々と来ているならば向かっただろうが、今は調査だ

彼女の不利益、そして彼女自身を危険な目に合わせる真似は控えるべきだろう

私はいま、十六夜鈴音の世話になっている。拠点も彼女の家だ

もしもその組織に帰路をつけられ、私に関する情報を集められたりした場合・・・真っ先に狙われるのは彼女になるのだから


「わかりました。ここには行かないようにします。では、こちらはどうでしょうか」

「そのあたりには・・・桜があったかな」

「桜が、あるのですか?」

「うん。そろそろ開花時期じゃないかな」

「花が、見れるのですか!」

「いつになく興奮気味だね。今からいく?」


十六夜さんの提案に、私は何度も頷き続ける

桜というのは、もう滅んだ植物と学校では言われていた

けれど・・・まさかこんなところに本物の桜があるとは

まだまだこの白箱の中のことでも未知のことが多いことを改めて思い知らされる


そもそも私は、核以外の世界を知らなかった

けれど、ここに来て様々なことを知ったと思う

人々の暮らしも、その格差も・・・自分の知らない世界の話を

空想のように感じるほどに、その現実は私には上手く実感できない時もあった

けれど、その隣でわかりやすく十六夜さんが言葉を付け加えてくれる

私にも理解ができるように、彼女なりの解釈を交えて


「年相応なところもあるんだね。十五歳だっけ?」

「はい。まだ未成年ですよ」

「まだ若いね」

「十八も若いと思いますが・・・まあ、私の方が年齢は下ですからね。ここは若いとされておきます」

「三ヶ月だってもその面倒くささは治らないか・・・」

「教育の賜物です」

「一度親御さんの顔が見てみたいな」

「見せてもいいですよ。新聞とかでも見れますから。でも会うのはお勧めしません。私より面倒ですよ。両親は」

「そっか・・・大変、なのかな」


その答えは曖昧にしておく

かつての自分は、両親の異様な教育を当たり前のものとし、立派な両親だと思い込んでいた

が・・・それは本当に正しいことなのだろうかと思うようになってきた

ここに来て知ったことは本当に多い

様々な家庭を知った。両親がいない家、片親の家。そして、貧しいながらも手を取り合って過ごす家庭

・・・自分が受けていた教育が、両親が異様なのではないかと思うぐらいに、優しい世界を少しだけ知ったのだ


「十六夜さんのご両親は?」

「父親はわからない。母親は私と一緒」

「なるほど。面識は?」

「ないかな。物心ついた時から、私はあの娼館で暮らしていたから。もしかしたらあの中に母親がいたのかもね」

「会えているといいですね」

「ありがと。会えてたらいいね」


他愛ない話を交えながら、今日の予定を立てた私たちは、食事の後片付けを終えた後、早速桜があるらしい場所へと向かう

その道中で、珍しく少女と出会う

少女は私の顔を見て声をかけてくれる


「あ、こんにちはとっきー先生!」

「とっきー先生?」

「昼間、調査の片手間に子供たちに文字の読み書きを教えているんです」

「だから先生なんだ。でも、なんでとっきー?」

「親しみがあった方がいいでしょう?刻明は少し堅苦しいかと思いまして」

「なんかズレてるよね・・・」

「そうですか?」

「とっきー先生はそういうところあるからね。今日は授業なし?」

「休みだと伝えてください」

「了解!全員に伝えておくね!」


教え子は私の言葉を、授業を受けている子供たちに伝えに行ってくれる


「文字は何を教えているの?」

「ここはまだ共通語が伝わっていないので、白箱古代文字を中心に」

「共通語、わかるの?」

「ええ。教えましょうか?」

「頼めるかな。たまに共通語しか話せないお客様とかいるからさ」

「了解です。では、夕方に時間を取りましょう」

「ありがとう」


お客様に対する彼女の向上心、そして学ぼうとする意志

その姿勢には感心させられるどころか、むしろ尊敬するほどだ

誰かのために、何かを為す

核の実家に雇われている使用人も、その精神はあるだろう

けれど・・・どこか、違う気がするのだ

彼女の姿勢と、使用人たちの姿勢

同じ「誰かの為」のはずなのに・・・・


「刻明君?」

「誰かの為に、か」

「・・・・?」

「すみません。行きましょうか」

「うん」


誰かの為の差は、私にはわからない

きっとそれは感情が絡む話なのだろうから


「何か考え事をしていたのかな?」

「はい」

「わからないことが、あったりするのかな?私も一緒に考えるから話してみなよ」

「・・・誰かの為に何かを成す。その気持ちは、如何なる物かと」

「それはもう刻明君には分かっていると思うよ」

「私に、理解ができていると」

「じゃあ、なんで刻明君は子供たちに読み書きを教えているの?」

「それは・・・」


それは、どうだったか

読み書き、計算・・・基本的なことができたのならば、将来的に苦労はしないだろうし、運が良ければ積への道だって切り開けるだろう

そう、思ったから


大人は商売にも使える。暮らしの幅を広げることができるだろうと

子供たちには未来の為にできることを・・・したいと


「それは、誰かの為に何かを成すことじゃないのかな。そう思い至った気持ちはどうだったのかな」

「・・・文字を読めれば、書くことができれば、計算ができれば、やれることの幅が広がって苦労しないと」

「そうしたいと思った刻明君は、誰かの為に、何かをしてあげたいっていう気持ちを持ったんだよ」

「誰かの為の、気持ち」

「そうだよ。わかるじゃない。ちゃんとさ」


胸にかざした手を、彼女は笑いながら握りしめてくれる


「そうですね。私にも、わかりました」


その手を握り返しながら、私も彼女のように笑おうとしてみる

表情が硬いのが、自分でも理解できるほど上手く表情は動かない

それでも、十六夜さんは笑い続けてくれる


「ちゃんと笑えるね、刻明君」

「硬いと思うのですが」

「ぎこちないけどね。表情が動いたところ初めてみた」

「あだ名、鉄仮面なので。表情動きにくいんですよ」

「なるほど。でも、そろそろ剥がせるかも」

「剥がせる?」

「うん。これを皮切りにさ、どんどん表情を見せて欲しいな」

「みたいですか?」

「見たいよ。もっと知りたいからね、君のこと」


知りたい。そう言ってもらえたのは初めてだった

同時に、言葉には出せないが・・・私自身も十六夜さんをよく知りたいと思うのだ

この感情の変化は、とても大きい

口に出すことができない気持ちも、抱いた意志も・・・その答えを出すのはまだ先の話


「あ、刻明君。あそこだよ。桜」

「あれが、桜ですか」


一輪の草花かと思えば、大きな大樹に咲く無数の花のようだ

その集まりは、薄く色づいたピンク色の花弁を持つらしい


「綺麗、ですね」

「うん。綺麗だね」

「来年も・・・来年は」


来年も見に来たい。そう告げようとするが、来年、私はここにはいない

もう核に帰っているだろう

自由を失い、家の道具として生きるだけの傀儡として・・・


「来年も、見に来ようよ。私は来年も絶対に廃棄区画にいるからさ、隙を見て一緒に行こう」

「連絡はどうしましょうか」

「廃棄区画調査中に世話になった人とやりとりをしているとかいえばいいじゃない」

「それも、そうですね。来年も必ず予定を開けます。桜が咲いたら、手紙をくれますか?」

「もちろん。返事、待ってるからね」

「はい」


廃棄区画に来ておおよそ九十日

家の意思に従うだけの私が自由を得て、自我を抱き始めた

家の意思にそぐわない、私だけの感情

私と彼女が交わす来年の約束

その変化を生んだのは、十六夜鈴音

彼女の側にいたら、さらなる変化を私にもたらしてくれるのだろうか


・・・・・


ここに来てからおおよそ半年が経過した

もうすぐ、夏が終わる

文字の読み書きを教えつつ、調査をして・・・ここでの暮らしがいつも通りになりつつある日のことだった

その、出来事が起きた日は


「おかえりなさい、十六夜さん・・・どうされたんですか、その頬」

「あー・・・うん。少しお客さんの機嫌を損ねちゃって。冷たいもの、ないかな」


真っ赤に腫れた頬を押さえた彼女は、しんどいながらも笑いながら椅子に腰掛ける


「今はないですね。少し待っていてください。氷、買って来ますから」

「高くない?」

「そうこう言っている場合ではないでしょう。少し待っていてください」


私は家を飛び出して、近くの商人の元へ氷を買い付けに行く

それから袋一つ分の氷を抱えて、十六夜さんの元に戻った


「これ、頬に」

「ありがとう・・・」

「歯は欠けていませんか?それに、目もちゃんと見えていますか?頰は腫れているだけのようなので・・・他に、傷があったりしますか?」

「ううん。大丈夫・・・」


力なく、彼女は淡々と私の問いに答えてくれる

いつもより覇気はない

それでも彼女は常に笑い続けるのだ。安心させるように、自分を鼓舞するように

それが逆に見ていて辛くて、私は口を硬く結んでしまう


「刻明君。そろそろ勉強の時間じゃない?早く行かないと待たせちゃうよ」

「行きません」

「待ってる人がたくさんいるんだよ。行かなきゃ」

「お世話になっている人が辛い時に放置して、自分のことを優先させる人間がどこにいますか」

「・・・」

「とっきー先生!寝坊か!寝坊なのか!」


噂をしたらなんとやら。教え子の一人が私を呼びに来る


「今日は申し訳ないですが中止でお願いします」

「それ・・・うん。わかった。みんなに伝えるね。それと、鈴音姉ちゃん」


教え子は十六夜さんの傷を見て息を飲んだ後、私がいけない理由を悟ってくれる

そして、すぐにあの場所に待つ人々に情報を伝えようとしてくれるが、その前に一つ


「お大事に!」


そう、告げた後・・・教え子はあの場所へと向かっていった


「さて、十六夜さん。朝ご飯を作ります。口の中に傷がある可能性があるので、ちゃんとしたものではありませんが・・・食べやすいものを」

「食べられるだけマシだよ。お願いしてもいいかな」

「はい。もちろんです」


私は箱の中にある食料を確認して軽く食べられる食事を用意し始める


「・・・」


その間、十六夜さんとの会話は一つもなかった

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