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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
15/30

観測記録14:九重深参編「二人の作曲家と並行世界の花嫁」

「やあ。久々だね。まさかこれが皮切りなんて思わなかったでしょう?」

六月の感謝祭。あの子らしくはないけれど・・・僕の友人が頑張る僕たちに感謝を伝え、そしてこの物語に触れてくれている人たちへ感謝を伝える企画みたいなもの

「・・・まあ、若干オサボリ気味だったし頑張ることは大事なことだよね。今月はお付き合い頂けると嬉しいよ」

「ちなみに、ここの観測記録関連のお知らせをしておくと・・・今月の観測記録は父の日と、あの子の誕生日に投稿予定なんだ。20日と24日。後半に集中しているし、三本とも前後編だから、よろしくね」

「それじゃあ、今日の観測の話をして行こう。実はこれ・・・四月のエイプリルフールに投稿予定だった観測記録なんだよね」

嘘の日に遊ぶ予定だった記録

しかし・・・雰囲気としては六月でも問題はないような、少し不思議な話

「今日の観測記録は、並行世界と交わった話」

「さあ、感謝祭一発目として存分に働いてもらうよ!深参君!それでは、早速観測をはじめよう!」

これは少し昔の話

二十歳の俺たちは、今日もごく普通の一日を過ごしていた


「おはよう、志貴」

「おはよう、深参。今日はなんか複雑そうだね。また思い出してたのかな?」

「まあな・・・まあ、昔の四月一日のことをまた夢に見ただけだ。今日はあの日だから」

「・・・僕が女の子になった話ね」

「そうそう。お前が女の子になってた世界な。お前、この日になるたびに若干不機嫌になるよな・・・?」

「気のせいだよ。でも、あの時の深参、面白かったな・・・」


十七歳の俺は、かつての四月一日に少しだけおかしな体験をしたのだ

あの日のことを振り返るように、俺は志貴と昔の話に花を咲かせることにした


・・・・・


十七歳の四月一日

春休みがもうすぐ終わる

またつまらない学校生活の幕開けかよ、なんて考えながら片割れ二人と幼馴染の結と志貴、そして妹の奏と過ごしながらのんびり一日を過ごしていた

五人で過ごすのも、もう当たり前のように思える


小さい頃からずっと一緒の五人

俺と志貴は、音楽学校の名門である聖清川に進学し、毎日音楽漬けの生活を送っている

今日は春休みの課題である作曲を二人して取り組んでいる

・・・俺の場合は仕事の没案を流用するという形で終わらせたが、志貴はなかなかに難航しており、今日は一馬や双馬、結に意見を聞きつつ課題に取り組んでいた

あの鳴瀬も・・・まさか志貴が作曲をはじめとする「自分の内側」を表現することはできても、形にすることができないタイプの人間と知ったら驚きそうだ


「そーまにーに、ゆーねー、おやつ」

「奏ちゃん。ありがとう」

「おいしー?」

「おいしいぞ、奏」


一方、双馬と結は二番目に小さい妹こと、奏の面倒を二人で見ていた

今は粘土で遊んでいるらしい。とても微笑ましい光景だ

元々、奏は赤ん坊の頃から双馬に懐いており、自我が出てきた今はさらに双馬にべったりしている

そして、俺たちのお隣さんで、同い年の幼馴染であり、そして我が次兄こと双馬の彼女である結にもべったりなのだ


「なあ、一馬」

「どうしたの、深参」

「・・・奏、父さんと母さんの子だってわかるし、俺たちは実の兄だってこともわかるんだけどさ」

「うん」

「どう見ても、双馬の子じゃね?」

「異論無し。正直に言いなよ双馬パパ。この子、誰との間に作った子なの?母さんにわざわざ預けるカモフラージュまでしてさぁ」


少々一馬の悪ノリが入る。双馬はその光景に対して静かに眉間にシワを刻んでいた


「俺が十二の時に仕込んで、十三の時に産まれた子とでも言いたいのかお前ら・・・」

「そうちゃん、まさか・・・浮気・・・」

「断じて違うからな結!?」


今度は涙目になった彼女に言い訳をしていく

その光景が面白くて、俺と一馬は面白おかしく笑っていた・・・が、俺だけ志貴から無言の蹴りを入れられる

優しい志貴にはどうやらこのからかいは面白くなかったらしい


「大丈夫だよ、結ちゃん」

「志貴ちゃん・・・」

「相手は双馬君だよ?結ちゃんとお母さんのご飯以外まともに受け付けない双馬君が他のごは・・・ううん。結ちゃん相手に浮気すると思う?」


「おい志貴、お前が一番双馬にダメージ与えてるぞ。自覚あるか?」

「あるよ。一度だけ、悪口とか、からかいとか言ってみたかっただけなんだ。ごめんね、双馬君」

「志貴から言われたのはびっくりしたけど、まあ言ってみたかったという気持ちはわからない話でもない。気にしてないから大丈夫だぞ。そういうお茶目な部分も時には必要だよな、志貴」

「ううん。人が傷つく言葉を吐く神経を理解したかっただけだから。自分にもダメージくるね。よっぽどのことがない限り、もう言わないよ」

「志貴、お前たまにさりげなく闇吐くよな・・・」


双馬のツッコミに対し、この場にいる奏以外の全員が無言で頷く

離れていた小四から中学進学までこいつの身に何があったんだ

志貴は一切話してくれないけれど・・・


「まあいいじゃないか。ねえ、深参。ここのパートなんだけど、ヴァイオリンで弾いてくれる?双馬君も、ここのところトロンボーン、頼んでいいかな?」

「あ、ああ。用意してくる」

「勿論だ。久しぶりだな、こういうの」

「僕にできることある?」

「一馬君はメトロノーム持ってて。結ちゃんはフルートあるかな」

「家に帰ればあるよ。持ってくるね」


志貴のスイッチが一瞬にして、音楽モードに入る

この時の志貴は、控えめに言ってかっこいい


志貴の指示を皮切りに、俺たちはそれぞれ行動に移す

一馬は無言でメトロノームを持って、志貴と共に拍子の確認をしていた

そして当の本人は、持ち運びができる電子ピアノを部屋に広げて軽くウォーミングアップで一曲弾いていた


この部屋は一馬と双馬の部屋だ。それ以外で準備が早かったのは双馬

トロンボーンを組み立てて、早速調整に入っていた


結は家にフルートを取りに行ったのだろう

そして残された奏は、双馬の隣で俺たちが再び集まるのを待っていた


「じゃあ俺も部屋にヴァイオリ・・・・ん?」


フローリングで足を滑らせるのは、珍しい話ではない

そんな偶然が、今、ここで起きたのだ


「深参!?」


驚いた志貴の声が聞こえる

そして俺は、背中への痛みと頭への衝撃と共に、俺の意識は向こう側へと飛ばされた


・・・・・


「ほわぁ!?」

「ひっ・・・」


いつまで意識を失っていたのだろうか

勢いよく体を起こし、今の状況を把握するために周囲を見渡してみる

しかし、目の前に広がる光景は・・・先ほどまでいた一馬と双馬の部屋ではない


だからと言って、俺と志貴が暮らしている聖清川の寮でもないし、実家の自室でもない

全くもって見覚えのない光景が、周囲に広がっているのだ

そして・・・


「もう、勢いよく起きないでよ・・・」

「は、はい?」


胸元近くまである薄い金髪の女性

特徴的なコバルトグリーンの瞳が、俺に向けられている

全くもって知らない人なのだが、どこか彼に面影が似ている

彼女はとても親しげに俺に接するが・・・全くもって見覚えがない


「どうしたの、深参。まだ寝ぼけているの?」

「・・・」


俺のことを深参と名前で呼ぶ人間は少ない

一馬、双馬、そして志貴だけだ

女の子相手に名前を呼ばれることは一度もなかった


女の子で関わりのある二人のことを思い浮かべる

結は俺のことを「かみちゃん」と呼ぶし、鳴瀬は苗字呼びだ。当てはまらない


志貴の義妹・・・?でも、あいつは奏と同い年だからこんなにデカくはない

それに義妹と志貴は種違いの兄妹だ。海外の血は義妹には一切入っていない

志貴は前の夫・・・ドイツ人の夫との間にできた子供らしいから、金髪緑眼のハーフだと本人が言っていた気がする

まあ、実の父親も、親権を持っている母親も、志貴を育児放棄してるクソだし、覚えて置く必要はないなあ・・・なんて考えていたから、その辺りの記憶は曖昧なんだけどな・・・

とにかく、可能性は色々出してみたけれど、俺は目の間にいるこの人物に心当たりがないと言えば嘘になるが・・・とにかく「面識はない」


けれど、目の前にいる彼女は違うようで、なんだかとても親しげだ

身体に触れられるが、嫌悪感はない

・・・むしろ、当たり前のような気がしなくもない


「・・・深参。いつもそうだもんね。小さい頃から全然変わってない。やっぱり、枕も一緒に持ってきたらよかった。あれだけ言ったのに忘れてさ・・・今度実家に取りに行こうね」


・・・この発言で、さらに選択肢が狭まる。と言うか、彼女が何者なのかほぼ確定する

なんせ、一馬も双馬も知らない俺の秘密を述べたのだ

・・・枕が変わると上手く眠れない。それを知っているのは、志貴だけなのだ

志貴以外の誰にも口外したことのない秘密を言われれば、彼女が志貴なのだろうと思う

とりあえず、なんだか不満そうにしている彼女の名前を呼んでみることにする

当たっていれば、いいのだが


「・・・志貴?」

「うん。やっと目が冴えてきた?おはよう、深参」

「あ、ああ・・・おはよう・・・ん?」

「どうしたの?」

「・・・なんで、女なの?」

「・・・なんでって、私は元より女だけど」

「んんー?」


確かにどこから見ても、目の前で志貴を名乗る彼女は女の子だ

目の前で起きていることが尚更信じられない

目の前にいる志貴・・・区別をつけるために女志貴とするけれど、彼女も上手く状況が把握できていないみたいで首を傾げるだけ

・・・一体、これはなんなんだ?


・・・・・


一方、九重家の一馬君と双馬君の部屋


九重家は兄妹二人ずつ部屋を使っている

数年後には一人一部屋になるのだが・・・それはまだ触れるべきではない話

ちなみに当時の組み合わせは一馬君と双馬君、深参と三波君(二人揃って荷物置きとして活用)、そして清志君の兄弟で三部屋ずつ

桜ちゃんと音羽ちゃん、志夏ちゃんの姉妹で二部屋

まだ小さい奏ちゃんと司君は両親と一緒の部屋で過ごしていた

まあ、それはどうでもいい話だ


「・・・志貴。性転換するなら早めに相談して欲しかったんだが」

「相談したら男になって良かったのかい・・・って違うわ!僕は元より男だよ!」

「嘘つけ!それとも男装か?しかしそれにしても胸かなり潰してるな・・・キツくないか?」

「服脱いで証明してやろうかバカ深参・・・!」


僕は商売道具である拳を震えさせて目の前にいる深参に抗議をする

けれど、長い付き合いのある彼だ

その表情が物語ることはよく理解している

だからこそ断言できるのだ。彼は冗談を言っていないということ


「ねえ、深参。君の知る僕は、女の子なの?」

「ああ」

「・・・僕は生まれてからずっと男だよ。それは君も知っているはず。小さい頃から何をするのも一緒だった君は絶対に理解していることだと僕は思う」

「・・・」


「だから僕は、君は僕が知る深参ではないと結論付ける。では、君は何者なのか。僕の知らない君を仮に「並行の深参」とする。では、早速、君の知ることを教えてもらうよ。並行の深参。状況を整理するためにね」

「・・・こっちの志貴はすげえ頭が回るのな。わかったよ。俺が知っていること、全部教えるから早く戻る方法を探してくれ」


そうして、目の前の深参は語り出す

並行世界で繰り広げられている、幸せな物語を


・・・・・


多分、こっちの俺と志貴の関係性はほとんど一緒だと思う

思い出も・・・できれば境遇は異なるものであってほしいが一緒だとは思う

凄く、似ているから。髪も瞳も・・・全てが一緒


違う部分としてあげるのは、志貴の性別が異なることだ

俺の知らない志貴は、男の志貴

俺の知る志貴は、女の志貴

今の歳は・・・俺も、こっちの志貴も一緒だよな。十七歳。聖清川音楽院三年生


「俺は作曲専攻、志貴はピアノ専攻なのは変わりないな?」

「そうだね。僕はピアノ専攻だよ」

「ピアノしか、弾けないのか?」

「そうだね。ピアノ以外は深参が全部カバーしてる」


「じゃあ、ここも違うな。俺の知る志貴・・・お前に合わせると並行志貴はなんでも演奏できるんだ。二人で作曲と音楽提供の仕事をしているんだが・・・俺が助けられてるよ」

「音楽提供の仕事を二人でしているのも一緒だね。しかし、向こうの僕はなんでも演奏できるのか・・・」

「まあ、音楽以外はさっぱりだけどな。後は料理ができるぐらい」


「・・・ちなみに深参は?」

「・・・言わなくてもわかると思うが、俺は生活力皆無だぞ」

「変わりないねえ・・・」


志貴の呆れ顔が痛い。まあ、話を続けよう

まあ、男女の差があるわけだし・・・関係性が違うものもあると思う


「・・・こっちの俺はどうなの?」

「どうって、何が?」

「こっちの俺と志貴は付き合ってるのか?」

「・・・付き合ってません」


そうか。並行側は中学時代から付き合っていてな。まあ、小さい頃から一緒にいるから全然変わりないんだけど。今は仕事の関係もあるし同棲してる。十八になったら、結婚しようって話もしている

最も、俺の誕生日は三月六日。高校卒業後になるんだけどな


「おお・・・そうちゃん。結婚だって。私たちもどうかな!」

「その深参同様の理由があるから・・・高校卒業したらな。それに大学だって・・・」

「そこ。裏でイチャイチャしない」


・・・想と結の性別も異なるんだな

ああ。俺の知る、こっちの一馬と双馬にあたる人物は「和」と「想」

漢字が全然違うし、雰囲気も違うけど

・・・俺と三つ子で、一卵性の双子だ

関係性は一緒なんだよな?


「そうだね。でもまさか僕らも女の子とは・・・双馬?」

「・・・結が男になったらどんな感じなんだろうか」

「気になるところそこなんだ・・・」


結のツッコミもわかる。そこかよ・・・って俺も思った

そうだな。関係性は変わりないと思うよ

想がボケて、結がツッコミを入れる。うん、変わりない


「・・・」

「そうちゃんは名誉ボケ担当だね・・・うん!そこがいい!」

「にーに?」

「慰めてくれるのは奏だけだな・・・」


謎のダメージを負い続ける双馬は置いておいて・・・

とにかくまあ、変わっている部分といえばそんな感じではないかなと思う


「・・・向こうの僕は、君の恋人なのか」

「ああ」

「・・・しかしまあ、おかしな話だよ。深参以外の全員性別が異なるし、それに深参と深参が入れ替わった理由もよくわからないし・・・入れ替わる直前は何してたの?」

「・・・夜、仕事を終えて眠った。それだけなんだ。こっちの俺みたいに頭を打ち付けた記憶はない。寝相が悪くてベッドから落ちた可能性もあるけどさ・・・とにかく、俺の記憶は昨日で止まっている」

「・・・」


目の前にいる男の志貴は黙って考え込む

しかし、この志貴・・・俺と恋人関係と知って若干嬉しそうだったよな

こっちの志貴も俺のことが同じ意味で好きなのだろうか

・・・けど、性別同じだし、時代が進んでわりとありえる話になっても、その先に待つものは前途多難だろうなと考えながら、志貴が考えるのを静かに眺めた


・・・・・


「なるほど。深参の知る私は男。仕事関係なのは変わりないけど、親友なんだね」

「ああ。そういうことだ。わかってくれて嬉しいよ」

「・・・でも、境遇は一緒なのはきついな。でも、向こうの私も深参が助けてくれたんだね。本当にありがとう」


起きたての俺は目の前にいる志貴に事情を説明する

彼女の知る俺ではない、俺の知る志貴の話を


「お礼を言われるようなことしてねえよ。俺というより、俺の頼みを聞いた親が面倒見てるわけだし」

「でも、最初に手を引いてくれたのは九重のご両親でも、和ちゃんでも想ちゃんでもない。一馬君でも双馬君でもなくて、深参なんだ。そこは変わりない。私も僕も、深参に救われた事実はどの世界でも変わらないことなんだ」


志貴の視線が真っ直ぐ向けられた

姿は異なるけれど、こういう時、誰かの目を見てしっかり話す姿は俺の知る志貴とも重なる


「・・・まあ、お前が今笑ってるならなんでもいいよ。こっちでも、なんだかんだで上手くいっているんだよな?」

「うん。来年には結婚するよ。あの家とももうおさらばできる」

「へえ。おめでたいな。誰と?」

「深参と」

「うんうん俺とな。俺と!?」

「・・・なんで驚くの?あ、そっちの私は男の子・・・今までの流れからして、うん。世間の目が厳しい時もあるかもだけど頑張れ?」

「応援ありがとう。でもそうか。結婚か・・・双馬なら早そうだなとか思ったけど、うん。俺もか・・・」


多少の違いはあるけれど、流れはほとんど同じ

そうなると・・・


『深参、深参。二人とも花婿なんて面白いけど、これもいいね』

『今日という日を迎えられて本当に嬉しいよ』

『・・・大好きだよ。これからもよろしくね』


うわそうぞうしただけでもさいこうすぎる

白い燕尾服を着た志貴が花束を片手に微笑む想像はかなりの破壊力があった

実際に目にしたら嬉しすぎて、語彙力喪失、鼻血を出して死ぬ自信ある

死んだら志貴が泣くから死にかける程度に留められるように頑張らないと・・・


「深参、顔真っ赤」

「・・・まあ、まあ。そうだな。うん・・・いいけど、向こうの志貴はどうなんだろうなぁ」

「同じだと思うよ」

「・・・お前と?」

「まあね。深参も一緒なんだ。私と僕の想いが違うことなんて絶対にない。頑張れ、深参」


志貴への想いを女の子の志貴に勇気づけられるのは、変な気分だ

しかし、これはそうなのか・・・うん

でも、本当に口にしていいのだろうか。今の志貴は同じ専攻を取っている鳴瀬ととても仲がいいし・・・

困ったりしそうだから、こっちの志貴に応援されても行動に移そうとは思えなかった


才能に努力で噛み付いていく鳴瀬響子

気に食わないが、高校進学後、彼女と出会ってからの志貴は基礎を身につけたからかもしれないし、ライバルを見つけたからかもしれないが、志貴は奏者としてかなりの成長を見せている


・・・俺は今後、彼の足かせになる可能性があるから、志貴が答えを見つけるまで待とうと思う。この気持ちは打ち明けるべきではない

それが今、俺が導き出せる最善の答えだ


「・・・深参。君の答えとその結論の先を私は知ることができない。だから、これだけは言っておくね。絶対に、後悔しないようにね」

「ああ。わかってるよ」


俺の考えを見透かしたように、志貴が声をかけてくれる

本当に、何から何までわかっているけれど・・・重要なことだけは察しが悪い。その性質はどっちの志貴も持っていると思う


「さて、そろそろ私の深参に会いたい。戻る方法を考えよう」

「純粋に頭をぶつければ帰れるかな・・・」

「博打だけどね」

「・・・とりあえず、頭を打ち付けてみるよ。それじゃあ、こっちの俺にもよろしくな」

「うん。向こうの私にもよろしくね」

「ああ」


短く返事を返した後、俺は壁に頭を勢いよくぶつける

それから先は・・・


・・・・・


「深参」

「え、あ・・・志貴か?ちゃんと胸なくて、下がついてる方だよな」

「・・・目の前にいる僕が女の子だったら余裕のセクハラだよ。言葉には気をつけて」

「・・・良かった。男の方だな。じゃあ、俺は戻ってこれたのか」


響く頭を押さえながら体を起こす

目の間にいるのは短髪の志貴。一馬も双馬も俺が知る二人だ

見た情報で、やっと俺は元の世界に戻ってきたことを自覚するが・・・なんだったんだろう。あの体験は


「話ぶりからして、僕が女の子な世界に行っていたのかな?」

「ああ。でも、なんで」

「こっちに、僕が女の子の世界から来た深参が来たんだよ。もしかしてと思ってさ」


俺が向こうに行っている間に、向こうの俺はこっちに来ていたらしい

・・・入れ替わり?夢でもないし、ますます疑問は広がっていく


「具合は悪くない?頭は?」

「起きたら落ち着いた。多分大丈夫だ」

「そう、とても残念ね」


俺の目覚めを心の底から嫌がるのはただ一人

なんでこの女が家にいるんだ・・・


「・・・おい、志貴。なんで鳴瀬が」

「深参が大変なことになっている時、連絡があったんだ。課題が終わってないって相談したら手伝いに来てくれるって言ってくれて」

「ついさっき到着したのよ。起きなくても良かったのよ。貴方よりヴァイオリンを上手く弾ける自信はあるから。貴方はカスタネットでも叩いていればいいんじゃないかしら?」

「は?お前カスタネット馬鹿にしてんな?楽器カーストが思考の中に根付くお前は子供用おもちゃのピアノでも叩いとけよ。奏のがあるぞ?ん?」

「あら。おもちゃのピアノだろうとしっかり奏でられてこそプロよ?おもちゃだって侮っているのは貴方じゃないかしら?最近のおもちゃ凄いのよ?高ければ楽器ではないの。どんな楽器でも敬意を払いなさい!後なんか臭いわよ!?もうちょっと匂いが優しい香水使いなさいよ!」

「なにおう・・・!弟がくれた安眠作用のある香水だバカにすんな!」

「ぐぬぬぬぬ・・・!」

「・・・なんでこう顔を合わせたら子供でもしないような言い合いをするのかな、二人とも。二人には、

仲良しになって欲しいのにな」


落ち込む志貴を見たら、俺と鳴瀬も喧嘩を止める他ない


「七峰君。大丈夫よ。私と九重君はまずは言い合いしないと始まらないの。そういう複雑な間柄なの。心配することはないわ!」

「鳴瀬の言う通りだぞ志貴!俺たち実は仲良し!ほら、早速課題に取り掛かろう?な、双馬、結!」

「あ、え・・・うん。俺たちは準備できてるから」

「い、いつでもできるよ・・・二人とも切り替え凄いな」

「・・・僕はいつまでメトロノームを抱えておかないといけないんだろう」


意外な人物と合流して、俺たちは本題である春休みの課題へと取り掛かっていく

しかし・・・あの出来事は結局なんだったんだろうな?


・・・・・


並行世界は少し進んで、来年の六月

あの日にあった不思議な出来事は今じゃもう笑って話せる出来事だ

しかし、結局なぜ入れ替わりの現象が起きたのかは未だにわからないまま


「しかしまあ、頭をぶつければ戻ってこれるとは・・・」

「じゃああの時、深参も向こうで頭ぶつけたの?」

「ああ。じゃあ、向こうの俺もこっちでぶつけたのかな」

「ぶつけて、入れ替わったよ」

「そっか・・・良かった」


側にいて一番安心する志貴の元へ向こうの俺も戻ったのだろう

でもまあ、無事に戻ってこれて良かったよ


「でも、向こうの俺が羨ましいなって思うところはあった」

「どんなこと?」

「和と想が男だったこと。九重家は俺以外全員姉妹なわけじゃん?少し息苦しいけど、二人が男だったら、きっと楽しかったんだろうなって。向こうの俺も楽しそうだったから」


「・・・男兄弟、欲しかった?」

「そうだなぁ・・・うん・・・せめて和と想だけでもとは思うかな」


「そっか。それと、私は男であって欲しかった?」

「そんなわけねえだろう?まあ、どっちでもいいけどさ」


彼女の顔を覆うそれを持ち上げながら声をかける

今日という日を一番綺麗な姿で迎えた志貴の色付く顔が正面に

ベールで覆われていたそれは、とても綺麗で触れたくなるのだが・・・触れたら崩れてしまうから我慢する


「どっちでもいいって何さ」

「俺は女でも男でも関係ない。志貴が志貴でいて、幸せに笑ってくれているなら、それでいいんだ」

「それだけでいいの?」

「それだけって?」

「私は、深参の側で笑っていなくていいの?」

「意地悪なこと言うなよ・・・なんのために結婚すんだ」


昔も今も、互いの隣は互いの特等席であって欲しい

そして、これからも


「だからさ。これからも、俺の側にいてくれよ。志貴。一生笑っていてくれ」

「もちろん。これからも側にいさせてね、深参。そしてね」


そしての後に続く言葉はわかっている


「「一緒に、幸せになってください」」


ふわふわの真っ白なドレスが日の元にさらされる

キラキラと光が舞う世界で、志貴が微笑んでいてくれている

親のせいで笑顔を失っていた志貴がこうして笑えるようになったのはいつだっただろうか


ここまでくるのに、かなりの時間があったと思う

彼女が笑えるようになったのも。互いがかけがえの無い存在になったのも

やっと、ここまでたどり着いたのだ

もう絶対に離れてやるもんか。もう二度と悲しい想いをさせるか

絶対に、一生幸せにするんだ。一緒に、幸せになるんだ


「・・・公園の砂場で始まった縁がここまで続くとは」

「これからも続くんだよ、深参」

「そうだな。これからもよろしくな」


二人で笑い合いながら、誓いのような言葉を述べる


「・・・・」

「・・・・」

「ねえ深参」

「なんだろうか」

「誓いのキスは?」

「ひ、人前でするのは恥ずかしいから・・・」

「誰もいないのに。それも考慮してわざわざ二人で式を挙げてるのに・・・深参のヘタレ」

「・・・しゅん」


志貴から冷められつつも、可愛いと言わんばかりに笑う目を見て俺もつられて笑ってしまう

向こうの俺はどうしているだろうか

今頃、俺と同じように志貴と今日を迎えて、幸せな一時を歩んでいるのだろうか

それを確認する術はないけれど・・・そうであって欲しいなと心から願った


・・・・・


「そんな感じだったよな」

「うん」


昔話だけで、朝だった時間があっという間に昼になっていた


「・・・あれから、こんなことになるなんてな」

「九重のお父さんとお母さんが事故で亡くなって、一馬君は入院。結ちゃんは北海道に行って・・・みんなバラバラになるなんて思ってなかったよ」


そして僕も、というように、志貴は苦しそうにお腹へ手を当てる

そして欠けた指を隠すように手を覆い隠した


「双馬も医学部志望だったのに大学諦めて公務員になってさ、俺と三波が稼ぐから気にすんなって言ったのに就職しちゃって。それに加えて結と別れるとは、人生何があるかわからないもんだ」

「・・・どうせ、あいつに脅されたんだよ。双馬君もかわいそうに」

「・・・だろうな」


俺と志貴の頭にいる人物は誰よりの憎い「あいつ」

志貴にとっては、自分の奏者人生を絶ったクソ野郎だ

ピンポーン、と家のチャイムが鳴る

こんな時間にこの家に来るのは・・・鳴瀬ぐらいだ。あいつも暇だな


「出てくるよ。どうせ鳴瀬だ」

「うん。行ってらっしゃい」


昔話をする時間はおしまい。今の話を始めよう

手始めにまず、来客を出迎えに

リビングから出て玄関へ向かっていく

賑やかな時間は幕を開ける

「観測終わりだね。お疲れ様」

「今回は並行世界の話だけど、その並行は全て同じものとは限らないんだ」

登場する人物は同じかもしれない、でも少しだけ違いがあるものだ

「選択次第で、無数に未来が広がっていく。けれど、少なくとも深参君たちは一番最悪な分岐に進んでしまったみたいなんだよね」

今はまだ、志貴君が外に出られない程度で済んでいる

あの事故までもう少し。そうして夢守の物語へと繋がっていってしまう

「・・・彼らは、どう進むんだろうね」

志貴君に提示された未来は三つ

あの事故を起こさず、彼の言う「凶行」を起こした上で九重深参君の手をとった未来

高校最後の演奏会で鳴瀬さんの宣言を聞き、鳴瀬響子さんと歩いていく未来

そして・・・すべての元凶と共に果てる未来

「こうして書くと、取り返しがつかない感じだけどさ・・・彼らはまだ引き返すことができる。失敗を取り戻すことはできるんだ」

彼らがどんな未来を選ぶかなんて、神のみぞ知る

「・・・いい未来に行くといいね、志貴君」

「あ、ちなみに入れ替わったオチはね、三波君が作った植物の香水が原因みたい。香りに安眠作用があって・・・それはどちらの深参君も愛用していたみたいなんだ。それが原因で並行世界と意識が入れ替わるなんて予想外だよね」

「今日はここまで。また、今月の後半に会おう。今度は前後編だよ。それじゃあ、またね!」

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