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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
11/30

観測記録10:筧正太郎編「夢想役者と憧れた未来の一糸」

「へい!祝十回!」

「ど、どんどんぱふぱふー?」

「辛気臭い空気を消して、レッツ観測!」

「いつもよりテンション段違いですね。何でですか?」

「ノリ?」

「ここに来てから譲さん凄くテンション高いですよね。前は常に死んだ目で、戦う時だけ目がキラッキラになるような・・・」

それは言わないお約束ではないかな・・・

まあ、ここに何千年もいるわけだし、生前と性格が変わっているぐらい・・・ねえ?

「さて、記念すべき十回目の観測はいちゃこらしてもらうよ!」

「予告通りですね」

「これは、とある運命の糸に結ばれた、存在が確立されていない青年の物語」

時間旅行の面々にとってのお母さん・・・というのは失礼か

食事から客室掃除まで、様々な部分で支えてくれている彼には色々と大きな問題がある

それを解いてくれるのは、あの少女となるわけなんだけどね

「さあ、観測を始めていこう!」


※今回は、針指す時の終末日の35話(旅行鞄回)と、世話焼き神様と社畜の恩返し。の四十二日目①を見ていただければ、少しだけ楽しいかなといった感じです。こちらもよろしくお願いします。

天窓から差す朝日が今日も庭園を照らす

巴衛が作ってくれた水やり装置の電源を入れて、俺・・・筧正太郎は庭園の水やりをしていった


ただでさえやることの多い朝の仕事の締め

俺はその様子を眺めながら、野菜を収穫していく

冬らしく、ニンジンに白菜、ネギ・・・今日もたくさん採れた


「昨日採れた大根の残りと、今日採れた野菜を使って鍋にでもしようか」


まあ、十六人もいるし・・・それに食べ盛りも何人かいるし、これだけじゃ足りないだろうから買い出しに行かないといけないとは思うけれど

もっと言えば彼女の胃袋にはまだまだ足りないぐらいだろう

むしろこれ全部使っても彼女一人のお腹を満たせるかどうか・・・


「どうしたんだ、正太郎・・・なにか悩み事か?」

「巴衛か。今日もありがとう。今日の夕飯の事を考えていただけだ。気にしないでくれ」


今日も設備点検にやってきてくれた巴衛が悩む俺に声をかけてくれる


巴衛は能天気な男だし、飲んだくれだが・・・俺にとっては兄のような頼りがいのある人間で、同時に弟のように面倒を見たくなる存在だ

色々と危ういが、今は手綱を握ってくれている人がいるから特段気にしてはいない

きっと大丈夫だと信じて、今までのように友人関係を続けるだけだ


「それならいいけど、何かあったらすぐに言えよ?しかし、今日もたくさん採れたなあ。夕飯何?」

「鍋の予定だが・・・」

「それだけじゃ足りないだろ。特に夏樹」

「だよな・・・」


特に、懸念すべきなのはよく食べる彼女

運動量から考えれば妥当なレベル・・・だと思うのだが、相撲取りを相手しているかと思うぐらいの食事量を毎日毎日作らなければならないのは、正直普通だったら辛かっただろう

けれど、それすら可愛いと思えるぐらいに俺は彼女の食べている姿が好きなのだ

その姿を思い描くだけで、気の遠くなるような調理作業の苦痛も紛れるほどに


「・・・夏樹さんにはきちんと食べてお腹いっぱいになってほしいし、具材を沢山買ってこないとだな」


出来れば、彼女専用鍋でも作りたいのだが・・・鍋の醍醐味は皆で鍋をつつく部分ではないだろうか

それを奪ってしまっては意味がない。だから・・・


「巴衛、大きな鍋を作ってくれ」

「・・・できるけどさあ・・・何人前?」

「四十人前ぐらいでいいんじゃないのか?」

「足りるのか?」

「じゃあ六十人前」

「それなら大丈夫だろう。悠翔に材料費たかってくるわ」

「すまないな。今日の昼には完成させてくれ」

「あと三時間で完成させろとかかなり無茶言うなこの男は!いいよ、蛍に手伝ってもらうし・・・」

「・・・変なもの混ぜるなよ?」

「お前、蛍の事「やべえ薬量産機」とか思ってる?」


巴衛の問いに俺は無言で頷く

十六人の奇妙な旅路は半年以上経過しているが、ほとんどの人間が第一印象とは大きく違う人間だったことがわかってきた


特に酷いのは一ノ瀬朔也と鹿野上蛍になるだろう。後はここまで振りきることはなかった


朔也は、同じ時代出身の巴衛から学徒動員された陸軍の軍人で、数多の戦場を生き抜いた「鬼人」と聞いていたのでおっかないイメージを抱いていたのだが・・・

蓋を開ければただの女癖の悪い戦闘狂である


蛍は、保護者的立場?にいる冬夜から両親が目の前で自殺したことがきっかけで精神的に不安定だと聞いていたのだが・・・

蓋を開けてみれば、ただの頭のおかしい科学者であった


特に、蛍は周囲を引っ掻き回す薬・・・例えば、薬を飲んだ者の性別を反転させる薬だとか、小影のような獣耳が生えてくる薬だとかを持ち歩き、暇な時に食事に混入させているのが尚タチ悪い


「お前も悪ノリするなよ?」

「わかってるって。拓真あたりに手伝って貰えば止められるだろうから」

「あいつもあいつで、彼方関連だとおかしくなるだろ。拓実も持って行け」

「ほいさっさ!」


本当にわかっているのかと思うような返事を返しながら、巴衛は庭園を後にする

彼の去る様子を見守りながら、俺は庭園の作業に再び集中して取り掛かっていった


・・・・・


近くにある教会の、昼告げの鐘が鳴り響く

新しい苗を植えていたら、かなりの時間になっていたようだった

昼食は冬夜に頼んでいるし、仕事をしなければと急ぐ必要はない


作業を終えて、手を洗う

それから、作業着から普段着の制服へと着替えていく

普段着と言っても、悠翔が用意したこの船の制服みたいなものだけれども


「・・・わりと着心地いいんだよな」


ワイシャツの袖に腕を通しながら、独り言をつぶやいた


この服の生地も巴衛が作ったと聞く

汚れも水洗いで跡形もなく落ちる特殊繊維から作った生地。名前は確か「小鳥生地」

詳細は機密なのでそこまでしか知らないけれど、現代でもそんなとんでもない生地の服なんて存在しない

アイディアさえ出せば、何でも作れる・・・とんでもない才能だと改めて感じさせられた

逆に巴衛ができないことを知りたいぐらいだ


何年経とうとも、ボタンを付ける速度は遅い

左手が義手だからか・・・それとも、舞台に立つとき以外は常に着物。時間旅行中の部屋着ですら袴という洋装からかけ離れた生活を送っているからか

それとも、俺が単に不器用なだけか


やっと着替え終わり、更衣室にしている小さな小屋から出て、庭園から出ようとする

そんな中、軽快な足音が庭園内に響き渡った

そもそも庭園に立ち入るのは俺と巴衛を除いて一人だけ

今日も、彼女はここにやってきてくれた


「正太郎さん、正太郎さん」

「夏樹さんか。お疲れ様」

「正太郎さんこそ、お仕事お疲れ様です」

「不備はなかったか?」

「はい。問題ありませんでした!」

「それはよかった」


そして、彼女は無言のまま俺を見つめる

そう。今は俺も彼女も「仕事中」・・・だから、終わらせないといけない

それが俺と彼女の決めたルールなのだから


「お疲れ、夏樹。俺の方も今日の仕事はこれでおしまいだ」

「やった!」


彼女が勢いよく飛びついてくる

それを俺は受け止めて、彼女の要望通りになるように身を任せた


最初の関係はお客様で、仕事仲間だった

夏樹は時間旅行開始から暇つぶしにこの船の手伝いをしてくれるようになって、俺と行動する機会が多くなった


次の関係は、特別な女の子だった

俺は、明治生まれ大正時代出身の時間旅行者だ

あの震災で若くして死ぬ予定だった俺の唯一の心残りは、駆け落ちを約束した夏花の事だった

・・・そのひ孫が、彼女だと知った


夏花と夏樹はよく似ている。血縁関係にあるからというだけではない

ただ、無性に彼女が欲しくなるのだ。足りないものを求めるように、彼女だけが持つ「何か」に魅かれるように

それは彼女も同じだったようで、今の関係に落ち着くのに時間はかからなかった


「あ、正太郎」

「なんだ、夏樹」

「寝ぐせ、まだついてるよ。直すから動かないで」

「ん」


彼女の指先が、俺の灰色の髪に触れる

灰色といっても、一葉兄弟のように薄い灰色ではない

俺と正二は濃灰色の髪・・・なのだが、今は俺のほうだけ少しだけ変化がある

寝ぐせはすぐに直し終わったけれど、彼女はそのまま俺の髪を一房手に取った


「髪、随分茶色になったよね」

「夏樹と同じ茶髪にな・・・。しかし、なぜ髪の色が今更変わるのだろうか」

「染めてたの?」

「いいや。そんなことは全く。逆ならまだ納得できるんだけどな」

「そういえば、幸雪君が言うには目の色も違うんだよね」

「ああ・・・正二と同じ、深い青色だったはずなのだが・・・」


今の俺の目は、白兎のような真っ赤な目だ。弟の正二の青い目とは正反対

その理由は俺にはわかっているけれど、言わない方がいいと思っている

それを告げれば、不貞腐れたり、嫉妬してくれる夏樹を見ることは叶うだろうけど・・・

それ以上に、厄介なことが起こりそうな気がするから


「おかしいけど、似合ってる。むしろこっちの方が好きかな」

「ありがとう。しばらくしたら完全に茶髪になるかもしれないから、しばらく待っていてくれ」

「ん!」


しばらく何かを補給するように、夏樹は俺に抱き着いたまま楽にしていた

いつもの事だ。猫のようにじゃれて、頬を摺り寄せる

それがとても愛らしくて、止めなければいけないのにそのままにしてしまう


「・・・今日は土の香りがする」

「さっきまで、手入れをしていたからな」

「何を植えていたの?」

「今回はチューリップだ。春になったら沢山咲くぞ」

「言ってくれれば手伝ったのに」

「いいよ。朝の稽古もあって、備品の確認もお願いしていたし・・・大変だっただろう?」

「いつものことだし、気にしないで」


そうは言ってくれているけれど、かなりの負担を彼女に与えているだろう

槍の稽古だって、軽いものかと思えば朝からハードな訓練を自分に与えている

誰かを守るために、強くあり続けるために


「君は、守られる側であっていいと思うのだが」

「守られるだけじゃ、守ってくれる人に悪いでしょ?それに、新橋流槍術免許皆伝としてのプライドもありますので」

「・・・・」


俺は、無言で糸を展開させる

トロイメライの一糸・・・俺を、生かしてくれている能力だ


「やはり君は悠翔や正二、朔也のように、戦闘面に強い人間が好きなのだろうか」

「ええっと、私の好みは・・・家庭的で草花を育てるのが趣味で尚且つ左足と左手を義肢で補っていて、片目の視力が悪くて片眼鏡を付けていて、護身術が使えて、糸の能力者で・・・元舞台役者な灰髪から茶髪に変化した赤目の十歳ほど離れた成人男性だから、別に強い人がいいとかそういうことはないんだよ?」

「やけに具体的だな・・・」

「私の好みは正太郎だから」


夏樹は小さく微笑んでくれる。こういうことを素で言ってくるので心臓に悪い

俺は照れと嬉しさを隠すように彼女の頭を撫でまわす


「ちょ、ちょい!たんま!」


流石にそれをされるのは予想外だったようで、動揺した声が庭園に響く

それが少し面白いけれど、彼女の要望通り手を止める

そして、一つ約束をするのだ


「・・・春になったら、君の好きな朝顔を一緒に埋めよう。約束だ」

「うん。約束」

「ああ。種を沢山買って、庭園いっぱいに咲かせよう」


子供みたいに指切りをして、また一つ約束を彼女と結ぶ

無意識にまた能力を発動させていたようで、俺と彼女の小指の間には夕焼け色の糸が結ばれていた

それを見て互いに笑った後、夏樹は何かを思い出したように息を吐いた


「・・・そういえば、知らせないといけないことがあるんだった」

「まだ、足りなさそうだな」

「足りないよ。全然足りない。今朝も先に起きて朝食作りに行ってるし・・・起こしてくれてもいいのに」

「起こしたら余裕で遅刻するじゃないか」

「うん」

「即返事をするな。まあ、なんだ・・・足りないのなら続きは今夜にでも。いつもの時間に部屋においで」

「うん!」


嬉しそうな笑顔を見たら頬が緩んだ

夏花もそうだったが、なぜ夏樹もこんなに無邪気に笑えるのだろうか

表情の変化が大きい彼女の心の変化を見るたびに、それにつられて俺の表情も動いていく


正直、足りないのは俺もだ

・・・今夜は覚悟しているといい。夜食を沢山用意して待っていてやろう


「それで、伝えたい事とはなんだ?」

「そうそう。巴衛さんが鍋できたーって。丁度作業の報告に行くところだった私が伝えておいてくれって言われたんだ」

「ああ。そう言うことか」


もう出来上がったらしい。本当に仕事が早くて逆に怖い

三時間どころか、一時間で作り上げているではないか・・・


「もしかしなくても、今夜は鍋?」

「あ、ああ。夏樹用の鍋を用意しようか考えたんだが、やはり鍋は皆でと思ってな。全員で一つの鍋からご飯を食べられるように巴衛に作ってもらった」

「・・・滅相もございません」

「よく食べるのはいいことだと思うぞ。これからもいっぱい食べて大きく・・・」

「・・・今、どこ見て言ったかな?」

「なぜ恨めしそうに俺を見るんだ・・・」


両腕を胸元に組みながら、彼女は不貞腐れてそっぽを向いた

・・・なぜか彼女は胸の大きさにこだわっている

武術を心得ているのなら、小さい方がむしろ動きやすいのでは・・・といったら槍を首元に向けられた

正論だけど気になるものは気になるらしい。女心というのは複雑だ


「小さいのは気にする必要ないと言っているだろう」

「レパートリー広がるでしょ?」

「なんのレパートリーかはあえて聞かないし・・・前も言ったが、好きになった人のサイズが一番好みなんだ。何度も言わせるな」

「その言葉に二言はないね・・・?」

「・・・俺に二言があると思うのか」

「なら、いい」


彼女の小さな手が俺に繋がれる

その手を俺は握り返し、庭園の出入り口に向かって歩き出した


「身長だって、調べたらこの時代の平均じゃないか。いい感じの身長差で、俺はいいと思うけどな」

「でも」


言い訳しようとする彼女の台詞を止めるように、靴を鳴らす

意識はこちらに集中した。会話の主導権もまた、こちらに映る


「夏樹。君が持っているものを、誰かと比べる必要はないんだ。間近の人間と比べて、自分が劣っていると感じてしまう気持ちはわかる。俺だって、誰かと常日頃、自分と比べてしまうからな」

「例えば?」

「そうだな。例えば」


例えばの話で口に出すのは、彼女の異なる未来の相手

何度も羨ましいと思い見てきた彼らと自分を何度も比べて溜息をついていた時間は少なくはなかった

最初に思い描くのは、動物と話すことが出来る病弱な少年のこと


「雪季は君と年齢が近い。同じぐらいの年齢で同じ時代の出身であれば・・・君の日常的な悩みも理解できたのではないかって何度も思う」

「一緒に学校へ行ったりとかできたかもね」

「そうだろう?けど、俺は二十五歳。君とは十も離れている。手に入れたくても、手に入れられない日常だ」


次に思い描くのは、優雅に振る舞いつつも、誰よりも泥臭い精神で復讐を誓う教師の事


「拓実は先生だろう?君によく勉強を教えている光景を見ている。俺も、学校をまともに出れていたら、君にああして勉強を教えることが出来たのかもな」

「そういえば、学校で思い出したけど・・・正太郎って小卒、なんだっけ」

「その尋常小学校ですら、まともに行ってないんだ。最小限の読み書きしかできない」


まあ、役者時代に脚本を読める程度の語学力はあったし、現代の言語も悠翔や後になって合流した正二に教えてもらいながらある程度は勉強した

計算は親の手伝いをしていたから、桁が小さければ暗算できるし、そろばんがあれば大きいのはできる


けれど、それ以上は望めない

彼女が持ち込んだ教科書に載っていた関数だとか、円周率とかさっぱりだからな


「・・・今度、一緒に教えてもらう?」

「今、巴衛と雅文に狙撃に必要な風の計算と、着弾点修正用の計算、拓真に漢字を教えてもらっているから、そっちの訳のわからないのはいいや」

「私からしたらそっちの方が意味わからないんだけどな・・・」

「いいだろう?できることは増やしておいて損はないからな」


夏樹が槍術を続ける理由が誰かを守るためであるように

俺もまた、守るために武器をとる

いつか、この力は彼女に返さなければいけないから。糸に頼りきるのはよくはない

自分でも、できることを増やしておかなければ


「ねえ、次は?」

「次は小影。俺からしたら彼が一番羨ましいな。小さい頃の君を知っていて、君と過ごした時間が一番長い。それに、君から絶対の信用を盛られている彼が、俺の知らない時間を知る彼が・・・とても羨ましい」

「正太郎は飼い犬になりたいの?」

「そうとは言っていない」

「でも、私も知らなかった私を引き出したのは正太郎だけだと思うな」


庭園の出入り口のノブに手をかける前にそんなことを言われる


「これからも引き出してみせるよ。沢山」

「うん。私も引き出してみせるよ。いっぱいね!」


ドアを開けて、船内の廊下を歩く

おそらく巴衛は食堂で作業をしているだろう。目指すは三階の食堂だ


「で、次は?あるんでしょう?」

「次は悠翔。あいつは生まれが特殊だろう?人を癒す力に置いては群を抜いている。俺も、あんな風に歌声に想いを乗せられたら、楽しいだろうな」


「正二は、俺がいなくなってから色々と無茶をさせた分守ってやれなかった後悔がある。けれど、誰かを守る力を沢山身につけているのは凄いと思う。沢山努力したんだろうな」


「修の観測は厄介だが、全部を見通せるのは凄く魅力的だと思うよ。それが出来れば、沢山の道を、正しい道を君に示せたかもしれない」


食堂がある三階に辿り着く


「・・・と、言った感じに、俺も周囲と自分を比べて羨ましいな、憧れるなって思う」


階段を先に降りて、踊り場に立つ

彼女の手を握りしめたまま、伝えたいことを告げた


「何もない俺に比べたらさ、沢山の事を知っていて、魅力的で、素晴らしい人が君の周りにいる・・・だからこそ、俺は選んでもらえると思っていなかった」

「そうだね。皆凄い人だから、沢山憧れる」


夏樹は階段をゆっくり降りてくる


「けれど、私が一番憧れて、好きになったのは正太郎だよ」

「夏樹・・・」


そして、隣に並んだ時に俺が告げようとした言葉の一部を告げられた


「・・・台詞、取られたな」

「あ、何か言おうとしてた感じかな?」

「気にしないでくれ」


彼女の手を引いて歩幅を合わせ、隣を歩いていく

目指す場所はあともう少し


「夏樹」

「なあに?」

「忘れないでくれ。君が俺を好きになったように・・・君が気にしている部分も含めて、君が一番好きだと思っている人間がいることを」

「ありがとう。ずっと、覚えてるね」


彼女の手の力が少しだけ込められる

それを確認して、そのまま俺たちは皆が待ってくれている食堂への扉を開けていった


・・・・・


あの後、巴衛から色々詮索されながら俺たちが鍋の準備を進めたことは・・・別の話にしてもいいだろう


小影の話によると、俺はどの時間軸でも鍋をあんな感じで用意しているらしい

もっとも、彼女が選んだ相手でその過程は少しだけ異なるようだが

・・・彼の、なんだったか?「アンブロシア」もかなり厄介な能力だとしみじみ思うよ


でも、まあ・・・きっといつか、あの日の鍋のお話をしたいと思う

俺たちが蛍の薬で幼少期に戻ってしまい、夏樹を困らせてしまう波乱しかないけれど、楽しかった鍋パーティーの話を


さて、これは俺が「筧正太郎」として生き延びた時間軸の物語

彼女が結んでくれた糸は強固に繋がれて、俺はこの世界に留まれた

誰にも忘れられない、そして彼女を悲しませることのない時間を、少しだけ


・・・・・


時間旅行を終えてから早六年が経過した

もう三十代か、なんて呑気な事を考えている間に、目まぐるしく日々は過ぎていく


まず、どこから話すべきだろうか。彼女の唯一の家族の事だろうか

彼女の兄が急に旅に出たのは四年前の事

「夏樹も十八になったし、それに俺より年上のお婿さん見つけてきたし何も心配いらないな!」と言って・・・確か今は・・・中世のような建物を背景に、十人ぐらいのお嫁さんとその子供たちに囲まれた手紙がこの前来た


一夫多妻制とは聞いていたが・・・まさか六人も手玉に取るとは。どうやら向こうで彼も上手くやっているらしい

しかし、この国は一体どこにあるのだろうか。王国と言っていたが・・・ネットで検索しても全く出てこなかった

彼は本当にどこにいるんだろうか・・・?


修の話だと「多分どころか間違いなく今話題のあれだよ。異世界転移。別世界の観測になるもん」と言っていた

もう訳が分からないので深く考えないことにした。冬樹さんは今、どこかの王国で幸せに暮らしている。それでいいじゃないか


「正太郎?シャベル片手に何やってるの?」

「あ、ああ・・・少し考え事だ。畑を作ろうと・・・」

「・・・そこ、物干しの真下だからダメ」

「わかっている。考え事をしていたせいで見当違いのところを掘ってしまった。後で直しておくから」

「へえ・・・・」


夏樹はそう言いながら縁側に腰かけて、俺の作業を見守った


次は俺の話をするべきだろうか

彼女のお兄さんが旅に出る前に、俺たちは結婚している


「高校を卒業したらすぐにでも」と約束していた夏樹

「旅に出る前にあげてくれ。帰ってくるかわからないから」というお義兄さん


その二人の要望に応える形で、夏樹の卒業式の帰りに婚姻届を出しに行ったのは記憶に新しい


戸籍・・・?ああ、その辺りは冬月家マジックと言っておこう

彼方さんが一晩で別時代から来ている面々の戸籍を用意してくれた

一体どんなコネを使ったのやら・・・気になるけれど、聞かぬが花だろう


「ねえ、正太郎」

「なんだ」

「今日もたくさん採れて、咲いて・・・綺麗だね」

「ああ。今夜は夏野菜をふんだんに使ったカレーにしようと思う。どうだろうか」

「いいと思う。賛成だね」

「よし。楽しみに待っていてくれよ」


新橋家の庭は、かつてはかなり簡素なものだった

しかし、今は俺が育てている花々で庭がほとんど埋まっている

その趣味は神社の方にも進出しており・・・豊穣の神社らしい部分も見せられているんじゃないのかとは・・・思う。多分だが


特に、俺のお気に入りは庭先に植えている朝顔

彼女とあの日交わした約束は、少しだけ形を変えて彼女の家の庭に植えられた


「ねえ、正太郎。前々から聞きたかったんだけど、正太郎はどんな花が好きなの?」

「そうだな。クロッカスとか、スズラン、ゼラニウムとかが好きだな」


特に共通点はないけれど、なんとなく好きな花をあげてみる


「でも」

「でも?」

「朝顔は、君の影響で好きになった」

「またすぐそういうこと言う・・・」


夏樹は呆れた視線を送りながらも、なんとなく嬉しそうに俺を見ていた


「事実なんだから仕方ないだろう?」

「そうだね。事実だね。でも、なんでその花じゃないの?」

「ああ。毎日飾っている花の事か?」

「そう。さっき名前を挙げてくれた花って毎日活けている花じゃないよね。あれは何かなって思ってさ」

「あれは菩提樹の花だ。花言葉は夫婦愛」

「・・・なるほど。うん、なるほど。伝わってきちゃうね。大事にされちゃってるね」

「凄く動揺しているのが伝わってくるよ」


今回もそうだが・・・普通に言葉にするのが照れくさいとき、何度も花には助けられた

ちなみに言っておくが、クロッカスは「切望」、鈴蘭は「再び幸せが訪れる」

そして、ゼラニウムは「尊敬」そして「信頼」


色によって意味合いが変わるのもいいと思う。鈴蘭には残念ながらないけれど

紫のクロッカスは「愛の公開」、赤のゼラニウムは「君がいて幸せ」


夏樹が花言葉が気になって調べたら、またこんな風にゆでだこ状態になると思うと、笑ってしまいそうになる


「洒落た台詞を言うのは得意だぞ。なんせ、そういう仕事をしていたからな」


舞台の上なら、何にだってなれた

物静かな青年から、感情豊かな好青年、さらには荒んだごろつきの青年であったり

誰かに愛を囁く台詞も、誰かを導く台詞も、誰かを貶す台詞も台本の中に書かれている事ならば、その人らしく言うことが出来た

けれど、それは「舞台役者」である俺の話

元生花店の長男であり、新橋家の婿養子になった新橋正太郎は異なる話だ


「けれど、俺は自分の感情を言葉にするのが苦手で、照れくさいんだ。けれどなるべく君に伝えたい。だから花でその思いを伝えたいと思う。これから、ずっとな」

「つまり、これからも覚悟しておけってことかな?」

「ああ」

「お婆ちゃんになっても、お花くれる?」

「勿論。俺が死ぬまで贈り続けるよ」

「それは嬉しいな。絶対に長生きしてね」

「ああ。絶対に長生きしてみせるよ」


彼女の手が俺に伸びる

俺は差し出された手を取って、彼女の手を引き、朝顔を見上げられる場所に案内した

彼女を支えるように肩を抱く

夏の日差しは眩しいが、それでも俺たちは約束の結晶を見るために少しだけ目を細めて上を向いた


「今年も綺麗に咲いたね」

「ああ。今年もたくさん、綺麗に咲いた。あ、・・・なあ、夏樹。少し上の方に白い朝顔がないか?」

「うん・・・あ、本当だ。あるね、白い朝顔。色がついていない朝顔ってあるんだ」

「あるよ。遺伝子異常の結果らしいけどな」


そんな白い朝顔にも花言葉は存在する


「・・・固い絆」

「もしかして、白い朝顔の花言葉?」

「ああ。溢れる喜びとかあるぞ」

「今の私たちにはぴったりかな」

「ああ。俺も、そう思う」


俺が思い描いた夢の一糸は彼女との縁を結んでくれた

本来ならば、俺はきっと「別の俺」として彼女の側に立っただろう

なんせ、俺の魂の番は「夏樹」ではなく「夏花」

俺が死んでしまったことで歪んでしまった運命は、夏花の生まれ変わりに結ばれてしまったのだから


ここに来るまでも、何回も彼女を悲しませてしまった

何度も忘れ去られた先の未来を、やっと俺はここで手に入れることが出来た

たとえそれが「正しい未来」でなかろうとも

けれど、それでも俺は・・・今、手にしている幸福を手放したくはない


「これからも一緒にいてね、正太郎」

「ああ。約束しよう。今度は、ずっと一緒だ」


だから今は、ひと時の幸福を彼女と生きていよう

いつか来る、別れの時まで。側にいさせてもらおう

そして、いつか・・・この糸をくれた「姉さん」が、大事な人を救える時間に辿り着ける時間が来たら

今度は、筧正太郎ではなく・・・俺の「来世の姿」で

もう一度、君と共にこの日常を過ごせたらと願いながら

俺はやっと手に入れた日々を、彼女と生きていく

「でろでろでろでろでろ・・・」

「・・・譲さんが瀕死だ」

「しばらく花を見たくないね」

「・・・十回目ですし、記念にサルビアを持ってきたのですが」

時雨ちゃんの手には、真っ赤なサルビアが握られている

観測後でも誕生花と花言葉に振り回されるのか・・・

赤いサルビアは・・・僕の誕生花なのだから

「ご存じでしたか?」

「知ってたよ。お礼にジギタリスでも出そうか?」

「いえお気になさらず。私の誕生日も覚えていてくださったんですね」

彼女からサルビアを受け取って、瓶と水を出してその中に活ける

「和夜と君は双子じゃないか。和夜の誕生日を覚えていただけだよ」

「まあ、酷い。素直に私の誕生日を覚えていたと言えばいいじゃないですか。頬が真っ赤ですよ。もちもちですよ」

「あのねえ・・・」

彼女の指先が頬に埋まる

「まあ、ジギタリスの花言葉はいいよね。君らしいと思うよ」

主に熱愛部分だけど、何よりも・・・

「・・・生きてほしいと、僕は最期に言ったじゃないか。不誠実すぎやしないかい」

「そういう譲さんこそ、尊敬できないような真似を最期にしましたよね。覚えていますか、あれ」

「・・・」

「・・・」

互いに無言になって、顔を見合わせる

これ以上何を言っても無駄だと悟った僕たちは、そのまま口を閉じた

「私、観測記録提出に行ってきますね」

「ああ。頼むよ」

彼女はそのまま部屋を出て行く

一人、取り残された僕はサルビアを手に取って、静かに息を吐いた

「彼らはこれから先も、サルビアの花言葉にある「いい家庭」を築いていける。それが例え、彼でも、彼の来世でも・・・それは変わらない」

「・・・いい家庭、か」

「僕には、その基準がわからないね」

なんせ、僕の中にある家族と過ごした記憶なんて「あの日の事」しか、ないのだから


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