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剣の魔術師  作者: 漆黒
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第3話

 ゲイルガルドの東部、標高1500m程のゴレイル鉱山の麓に広がる宿場街ライネス。

 鉱山での採掘品の他に、ウイスキーの生産も盛んで、また、王都へ続く街道沿いのこの街は、人の出入りも激しく、商人にとっても、いい通商の場となっていた。

 その街の北側、小高い丘の上に、領主の屋敷は建っている。

 ロイは今、その領主である父に呼び出され、屋敷の2階にある書斎へと向かっていた。

 ドアの前で立ち止まり、ロイは一度深呼吸をする。

 あの男と会うのは、いつも緊張する。基本的に苦手な相手なのだ。

 ロイは呼吸を整えると、コンコンとドアをノックする。

「入れ」

 書斎の中から、低くドスのきいた声が響く。ロイは返事もせずに、ドアを開き書斎の中に入る。

 書斎にいたのは一人の男だ。彫りが深く、オールバックにした茶髪には、白いものが少し混じっている。また、左眉の端に小さな傷痕があった。

 ロイの、そしてセシリアの父、アルフレッド・ウィールクスだ。

 アルフレッドは、机の上に山積みにされた書類を睨み付けていたが、ロイが入って来たことを確認すると、「来たか」と呟いて、机の引き出しから、2通の封筒を取り出した。

 それを机の上に乱暴に放ると、アルフレッドはまた元のように、書類を睨み付けた。

 ロイは封筒を受け取ると、その宛名を確認する。

 1通はロイに、もう1通はセシリアに宛てたものだ。送り主は王立ベルシール魔術学園。

「開けてみろ」

 書類に目を通しながらそう言った父を一瞥し、再びロイは封筒に視線を落とす。

 言われた通り、自分に宛てられた方の封筒を開けて、中身を確認する。

『王立ベルシール魔術学園はあなたの入学を許可します』

 学園からの入学許可証だ。

 しかし、その通知を前に、ロイは眉を寄せた。

 それは、彼には身に覚えのないことだった。

 国内最高峰の魔術学園。その教育を受けるためには、厳しい入学試験をクリアしなければならないが、ロイはその試験を受けていないのだ。

「俺が推薦しておいた。もう1通はセシリアに渡しておいてくれ。まあ、あれの実力なら、問題はないだろうが」

 腑に落ちない、という表情をするロイに、アルフレッドは厳かにそう告げた。

「もういいぞ」と、自分の要件が終わるや否や、もはや、ロイに関心はない、というように、すぐに元の作業に戻る。

 そんな父の姿を、ロイはじっと見つめ、少しして口を開いた。

「どういうつもりだ?」

 ロイがそう聞くと、アルフレッドはゆっくりと視線を上げる。

「どういう、とは?」

 全く見当も付かない、という表情で、逆に聞き返された。そんな父の態度に、少し腹が立った。

「あんたは、自分の得にならないことには、興味がないと思っていたが?」

 たとえそれが実の息子だろうと、自らが価値を見出だせないものには、何の施しもしない。それがアルフレッドという男だ。

 ロイが固有魔力保持者で、魔術の才能が無いと判明してから、落ちこぼれ、と彼のことを切り捨てた男である。

 そんな男が、何の考えも無しに、ロイを学園に推薦するなど、考えられないことだった。

 アルフレッドは書類を机に置くと、椅子に深くもたれかかり、ロイの顔を見て、大きく息を吐いた。

「最近、魔術の鍛練はどうだ?」

 穏やかな声音で、アルフレッドはそう聞く。

 ロイが彼からそんな風に話し掛けられたのは、実に、子供の頃以来だった。

 まだ、魔術の名家に産まれた長男として、祝福されていた頃。ロイの魔力属性が《剣》だと判明する前の、そんな父の面影が見て取れた気がして、ロイの精神は少し動揺した。

「あんたには関係ない」

 そんな動揺を隠すように、ロイは父から目を反らし、吐き捨てるようにそう言った。

 そんな息子の態度に嘆息を吐くと、アルフレッドはゆっくりと口を開く。

「まあいい。あらかたはセシリアから聞いている。術式すらも《切断》してみせたそうだな」

 アルフレッドの言葉に、ロイはチッ、と舌打ちした。

 勿体ぶった言い方をする父に、そして、余計な世話を焼く妹に対しても、ロイは軽く怒りを覚えた。

 しかし、彼の感情など意にも解さず、アルフレッドは話を続ける。

「今期から、学園は固有魔力の教育にも、力を入れる方針らしい。ウィールクスの次期当主として、学ぶべきことを学んでこい」

「後取りなら、セシルがいるだろ」

 天才少女と呼ばれるセシリアなら、名家の当主としても申し分ない。才の無い自分が当主になって、彼女の才能を埋もれさせるような真似は、ロイの望むところではなかった。

「あれは女だ。どれだけ才能があろうと、世間の目はそれを認めん」

 男女平等が唱えられるようになってから久しいが、未だ世間では男尊女卑の傾向が強い。女性というだけで、その実力が軽んじられることは、少なくなかった。

「それに、セシリアは養子だ。何の因果か、俺と(あいつ)の間に出来たのは、お前1人。恨むなら、自分の運命を恨むんだな」

 セシリアはアルフレッドの弟の遺児、つまり、ロイからすれば従妹に当たる。

 彼女の本当の両親は、彼女が幼い頃、魔術の実験に失敗し、そのせいで他界していた。

「まあ、そういう訳だ。《剣》の魔術、必ず物にしてみせろ」

 アルフレッドの言い分は分かった。

 家督を譲るなら、正系のロイに譲りたいので、それにふさわしい力を身に付けろ、と言っているのだ。

「上等だ」

 ロイは吐き捨てるようにそう言うと、踵を返して、書斎を後にした。

 別に、家のことになど興味はないが、これが、父からの挑戦状だというのなら、受けて立とうではないか。


 見慣れない部屋でロイは目を覚ました。

「んあ?」

 真っ白い天井に、真っ白い壁、真っ白いカーテンで仕切られた中、これまた真っ白いベッドの中で、ロイは眠っていた。

 ゆっくりと頭を動かして辺りを見回すと、傍らにセシリアの姿があった。

 彼女はベッドの近くに腰掛け、何やら古めかしい装丁の本を読んでいたが、ロイが目覚めたことに気付くと、パタンとその本を閉じて、顔を明るくさせた。

「おはようございます、兄さん」

「ん、ああ、ここは?」

 ゆっくりと身体を起こして、ロイはそう訪ねる。

「学園の医務室です」

「そうか」

 言いながら、ロイは腕を回したりして、自身の身体に異常が無いか確かめる。

 特に痛みは無い。正直、打撲や傷の数は、数え切れないと思っていたので、自分の身体が軽々と動くことに、少し拍子抜けした。

「怪我なら、チェルシーさんが全部治してくれましたよ。ちゃんとお礼を言って下さいね」

 そう言って、セシリアはシャッとカーテンを開く。

 そこには、チェルシーとメロディの姿があった。

 2人は、どこから持って来たのか、お茶とクッキーをテーブルに広げ、呑気にアフタヌーンティーと洒落込んでいる。

「あら、目が覚めたのね」

「あ、おはよう、ロイくん」

 2人して、クッキーを頬張りながら、そう言った。まあ、期待していた訳ではないが、少しは心配してもいいのではないだろうか。

「怪我、治してくれたんだって? 悪いな」

「別に、私の魔力なら、大したことじゃないわ。けど、せっかくなら、ありがとう、って言ってくれた方が、気分がいいわね」

 ベッドから起き上がり、そう言ったロイに対して、チェルシーがイタズラっぽく返答する。

 その無邪気な表情に、ロイは逆らう気も起きず、すぐに訂正する。

「ああ、ありがとう」

「ん、よろしい」

 と、その言葉に満足したのか、チェルシーはクッキーをもう1つ口に入れ、笑顔を見せた。

「あの、みんな」

 2人の会話が終わったところを見計らって、メロディが声を掛けた。

「えっと、あたしのせいでこんなことになっちゃって、本当に、ごめんなさい」

 今にも泣き出しそうな顔でそう言って、メロディは深く頭を下げる。

 彼女のその態度は、心の底からそう思っているように見えた。

「そんな、メロディさんが悪いことなんて、何も無いじゃないですか。兄さんが喧嘩っ早いんです」

「お前、目に物見せてやれ、とか言って無かったか?」

 メロディのことをフォローするためとは言え、自分のことを棚に上げてそう言う妹に、ロイは透かさずそう指摘した。

「そうね。自分の身を売るような真似までして、ロイ焚き付けていたわ」

 チェルシーにまで横槍を入れられて、セシリアは「うっ」と息を飲んだ。

「だって、本当に腹が立ったんです。獣人とか、固有魔力とか、たったそれだけで、あんな横柄な態度をとって。兄さんがやらなかったら、私が消し炭にしていたところですよ!」

 最早開き直って、セシリアはそう捲し立てる。

 まったく、一体どちらが喧嘩っ早いのだか。

 そんなセシリアの様子に、メロディは少し楽しそうにしていたが、すぐに彼女は、その表情を曇らせた。

「でも、あたしといたら、これからもこういうことがあるかも知れない。だから、もうあたしには関わらないで……」

 最後の方は消えてしまいそうな程の小声で、メロディはそう言った。

 今日、みんなと仲良くしたい、と言った彼女は、1日も経たない内に、その夢を絶たれることになる。それはどれほど苦しいことだろう。

「まあ、それを言うのは、少し遅かったな」

 両耳をしょんぼりとさせるメロディに、ロイは穏やかな口調で声を掛ける。

「俺たちは、もうあんたに関わっちまった。ここで引き下がったら、あんたら獣人を蔑む奴らと同じだ。俺はそうなりたくない」

 かつて、落ちこぼれと評されたロイは、同じような境遇のメロディのことを、放っては置けなかった。

 ロイの言葉に、チェルシーも頷く。

「何なら、命令してあげるわよ。私の友達になりなさい、って」

「私も、メロディさんと、お友達、になりたいです。また同じようなことがあれば、次こそ消し炭にしてみせますよ」

 チェルシーに続いて、セシリアもそれに賛同した。

 しかし、その物騒な思考は止めてくれ。

 危なげな思考回路を持つ妹のことを、ロイは半眼で見ながら、思案した。

 とはいえ、この2人が後ろ盾になってくれれば、メロディにちょっかいを掛けようという者は、そう簡単に現れはしないだろう。

 片や、王国の第4王女。

 片や、最年少超1級魔術師。

 そんな2人のツレに手出しできるものがいるとすれば、余程の世間知らずか、身の程知らずと言えるだろう。

「えへへ、みんな、ありがと」

 目の端に嬉し涙を浮かべて、メロディがそう言う。両耳を、しっぽすらもピンと立てたところから、彼女が本当に喜んでいることが見て取れる。

 彼女の感情を十二分に反映する耳やしっぽは、それを見ていた3人を自然と笑顔にさせた。

「やれやれ、よくもそんな獣と、仲良くしようと思えるものだよ。いや、今のも失言だったかな」

 ロイが眠っていたベッドの隣、カーテンで仕切られた向こう側から、その声は聞こえた。

 シャッと音を立ててカーテンを開くと、ウィリアムがその姿を見せた。どうやら、彼もこの医務室に運んでいたらしい。

 まあ、彼ひとりをあの訓練場に置いておく訳にもいかなかったのだろう。

 彼は気だるげな顔をして辺りを見回すと、ゆっくり口を開いた。

「あの獣人の子は? 一緒に居たんじゃないのか?」

 ウィリアムの言葉にハッとして、3人はメロディが居た方を見る。

 さっきまでその場にいた筈なのに、そこに彼女の姿はなかった。いつの間に出ていったのか、誰も全く気が付かなかった。

 もっとも、彼女が姿を消した理由は、想像に難くない。ウィリアムと顔を合わせるのを嫌ったのだろう。

「まあいいや、彼女に会ったら、悪かったと伝えておいてくれ。さっきのことは詫びるよ」

 ウィリアムはロイの方を向くと、ばつが悪そうにそう言う。

「随分と素直だな?」

 あっさりと謝罪したウィリアムに、ロイは肩透かしを食らった気分だった。

 無論、その謝罪にどれ程の気持ちが込もっているか、分かったものではないが、彼が決闘の結果を不意にする可能性も、ロイは考えていた。

「ふんっ、決闘の結果を無かったことになんてしたら、恥を重ねるだけじゃないか。負けは負けだ。約束は守るよ。さすがに、消し炭は勘弁したいしね」

 最後にジョークを交えつつ、ウィリアムはそう言う。

 しかしながら、通すべき筋を貫こうという彼の心意気は、少し好感を持てた。

「約束通り、セシリアさんにも、もう関わらない。メロディ(あの子)にも、いずれちゃんと謝罪しよう。それでよかったかな?」

 身なりを整えながら、そう訪ねたウィリアムに、ロイは「ああ」と肯定した。それを確認すると、彼はまだふらつく足取りで、医務室を出て行った。

「兄さん、メロディさんを探しましょう」

 ウィリアムが退室したのを見送って、セシリアが口を開いた。

「あの子ったら、急に居なくなるんだもの。けど、まだそんなに遠くへは行ってない筈だわ」

 チェルシーもそれに続いてそう言う。

 2人とも、突然姿を消した友人が心配で仕方ないらしい。

 しかし、女子2人が慌てて医務室を出て行こうとする中、ロイだけはひどく落ち着いていた。

「もういいんじゃないか?」

 深くため息を吐いて、ロイはそう言う。

「「え?」」と、2人して訳が分からない、というような顔をする。

 まさか、メロディのことを放って置けなどと、友達甲斐の無いことを言い出したのではないか、という疑いの目をロイへと向けた。

「違う。こいつに言ったんだ」

 と、言いながら、ロイは顎で(くう)を指して見せた。

 彼が指したところは、さっきメロディがいた場所だが、しかし、今その場所には、誰もいない。いや、見えない。

 女子2人が目を凝らして、何もない空間を睨み付けると、その空間にザザッとノイズが走り、同時に、パッと強く光を放ち、弾けた。

 光が霧散すると、その中から猫耳の少女が現れる。メロディだ。

「ごめん。あの人に会ったら、また何か言われちゃうかも、って思って、隠れてたの」

 と、申し訳なさそうに、メロディはそう言う。

 さっきまで気配すら感じなかった人物が、急に現れたことで、セシリアとチェルシーは目を丸くしていた。

「《隠形(ハイド)》の魔術ですか!? すごいです。全く気が付きませんでした!」

 セシリアが目を輝かせて、やや興奮気味にそう言う。どうやら、あまりにも完成度の高い魔術を前にして、感激しているようだ。

「すみません、もう1回見せて貰ってもいいですか?」

「え、いいけど……」

 セシリアに言われて、メロディは戸惑いながらも、もう1度《隠形》を発動する。

 瞬間、メロディの姿が掻き消え、見えなくなった。

「本当にすごいです。術式もほとんど感じない、完璧な《隠形》。兄さん、よく気付きましたね」

 そう聞いたセシリアは、本当に感心した様子で、いつになくテンションが上がっている。

 魔術のことになると、夢中になってしまうところは、彼女の長所であり、同時に短所でもある。

 その集中力があればこそ、天才少女と呼ばれる程の、実力を身に付けるに至ったのだろう。しかし、彼女のそれは、時に周りの人間も巻き込んで、その好奇心を満たそうとする。

 しかし、セシリアが興奮するのも、分からなくはない。

《隠形》は、かなり難度の高い魔術だからだ。

 初心者が侵しがちな間違いだが、この魔術は気配を消すのではなく、隠すのだ。

 相手の認識をずらし、空間に紛れ込むのが、上手い《隠形》と言える。

 完全に消してしまうと、何も無い、という状態がそこに出来てしまい、かえって違和感を与えることになるからだ。

 また、術式を複雑に編んだ《隠形》では、それを読める魔術師相手には、ほとんど通用しない。

 しかし、メロディの魔術は、相手の認識を散らし、その術式すら、読ませないように隠していた。

 それを見破ったのだから、ロイの術式解読能力も相当のものである。

「まあ、目だけはいいからな」

《剣》の魔力の特性か、ロイは術式を視ることに関しては、人より秀でた能力を持っていた。

 術式すらも隠した、メロディの《隠形》を見破ることができたのは、そのためだった。

「じゃあ、《切断》することは可能ですか?」

「やれなくはないと思うが」

 セシリアの提案に、ロイは自分の剣を探す。

 決闘前、妹に預けていたサーベルは、彼が眠っていたベッドの横に立て掛けられていた。

 ロイは剣を手に取ると、スッと鞘から抜いて、メロディの方へ向けた。銀色の刃が、室内の光を反射して、キラリと輝く。

 その様子を見て、メロディが《隠形》を解き、慌てた表情を見せる。

「ちょっと待って!? それ、本物でしょ?」

 どうやら、自分に刃物を向けられて、驚いているらしい。

「ああ、悪いけど、俺は術式の構成センスが壊滅的でな。こういう分かりやすい媒体が無いと、上手く魔術を使えないんだ」

 別に、木の棒でも問題ないのだが、その形状が剣に近い程その精度は増す。

 ただの棒より、もう1本棒を十字に組んで、鍔のようにしたものの方が、さらには、加工の施された木剣を使った方が、より高い精度の術式を扱うことが出来た。

「まあ、実際に当てる必要は無いから、心配しなくていい」

「うぅ、分かった……」

 ロイの弁解を聞いても、メロディの心配は晴れない。しかし、渋々といった様子で、それを承認した。

「一応、動かないでいてくれると助かる。見えないと、どうなるか分からん」

 ロイが視ているのは、あくまで術式であって、メロディの姿が見えている訳ではない。下手に動かれて、怪我をさせることになると困る。

「う、うん」

 ロイの言葉に、メロディは両手の指を組む。それから、両目をぎゅっと瞑って、祈りのポーズをとった。

 同時に、彼女の姿が掻き消える。《隠形》を発動したのだ。

 ロイはじっと、メロディがいた空間を見つめる。彼女が展開した術式を読み、対応する術式を構成する。

 少しして、彼はゆっくりと剣を振り上げた。魔力をその刃に集中させ、《切断》の術式を展開し、スッと剣を振り下ろす。

 と、空間に亀裂が走り、魔力の光が弾ける。直後、メロディの姿が露になった。

 見事、《隠形》を破ったのだ。

 メロディがゆっくりと目を開き、自らの身体に異変が無いことを確認すると、ホッと安堵の息を漏らす。

 その一部始終を見ていたセシリアが、感心したように、「はあぁ」と声を漏らした。

「すごいです。私には何度やっても読めないのに、まさか切断まで出来るなんて!」

「あたしも、《隠形》を見破られたのは初めてだよ。ロイくんって、ほんとにすごいね」

 すごいすごい、と子どものようにはしゃぐ女子2人に、ロイは少し照れ臭い思いをした。しかし、悪い気はしない。

「ああ、もっと色々試してみたいです。メロディさん、この後、お時間ありませんか?」

「えっと、大丈夫だけど……」

「本当ですか? じゃあ、私の部屋に行きましょう」

 と、セシリアはメロディの手をとり、足早に医務室の出入口に向かう。早くメロディの魔術を調べたくて、仕方がないのだ。

「チェルシーさんも、一緒にどうですか?」

「ええ、いいけど」

 セシリアにそう聞かれ、チェルシーは首肯する。

「でも、少しお腹が空いたわ。食事の後でも、遅くはないでしょ?」

 と、チェルシーに言われて、セシリアがハッとする。それに呼応するように、彼女のお腹が、ぐぅ、と音を立てた。

 まあ、時刻は正午をとうに過ぎている。昼食と言うには遅いくらいだ。ロイなどは、あの決闘の後なのでなおさらだ。

「そ、そうですね。お昼にしましょうか」

 少し恥ずかしそうにして、セシリアが言う。その様子に、皆がクスクスと笑みをこぼし、彼女は顔を赤らめた。


「そういえば、少し気になってたんだけど」

 食堂でそれぞれ料理を持ち寄り、食事を始めると、不意にメロディが口を開いた。

「2人って、双子なの? こう言ったらなんだけど、あんまり似てないような……」

 と、ロイとセシリアのことを指して、そう言った。

「私も気になっていたわ。新聞には、セシリアは同い年って紹介されてたけど、実はロイって歳上だったりするのかしら?」

 チェルシーも、買ってきたサンドイッチを食べながら、興味深そうな様子で、そう聞いてきた。

 ロイとセシリアは、互いに顔を見合わせた。

 確かに、2人の容姿は、双子にしては、兄妹としても、あまり似ていない。というより、似ても似つかない。

 もっとも、両親が違うので、当然と言えば当然のことだが。

「俺とセシルは、従兄妹なんだ。本当の兄妹じゃない」

「私の本当の両親は、私が幼い頃に、魔術実験中の事故で亡くなってしまって。それで、今の家に引き取られたんです」

 あっさりと明かされた真実に、チェルシーとメロディは、言葉を無くした様子だった。

 少しして、チェルシーがばつの悪そうな顔をして、口を開いた。

「ごめんなさい。あなたにとっては、辛い話だったわね」

「あたしも、ごめん」

 と、2人に謝られてしまって、セシリアは慌てて手を振って、それを訂正する。

「そんな、大丈夫です。叔父様も叔母様も、とてもよくして下さってますし、それに、兄さんがいますから」

 そう言って、セシリアは笑顔を見せる。その言葉に、どうにも照れ臭くなって、ロイは顔を背けた。

「まあ、こいつは俺のことを兄と呼ぶけど、たった2ヶ月早く生まれたってだけのことだ」

 と、そのロイの言葉に、セシリアがムッとして、反論した。

「言って置きますけど、最初にそう呼べって言ったのは、兄さんの方ですからね」

「そうだったか?」

 幼い頃のことで、ロイはよく覚えていない。だと言うのに、セシリアははっきりと言い切る。

「そうですよ。初めて会った日に、自分の方が先に生まれたんだから、って。その代わり――」

「…………」

 セシリアから話を聞かされても、ロイは全く思い出せなかった。

 ピンときた様子が見えないロイに、セシリアは不満を顔全体に表した。

「もういいです!」

 頬を膨らませ、プイッ、とセシリアはそっぽを向く。

 その様子を見て、ロイは口元に手を当てて、頭を悩ませる。

 どうやら、何か大切なことを忘れているようだが、セシリアは聞いても教えてくれないだろう。

 このことを詫びるためには、それを思い出すしかないのだろうが、これがどうにも思い出せそうにない。

「苦労してるのね。いろいろ」

 と、その様子を見ていたチェルシーが、不意に感想を漏らす。

「い、いえ、苦労だなんて」

 チェルシーの言葉に、セシリアは慌てて否定する。が彼女が言いたいのは、そういうことではないらしい。

「いいえ。苦労してるわ。こんな無神経な男と、一緒に暮らすなんて、普通文句も言いたくなるもの」

「そうだねぇ、こんなに妹が慕ってくれてるのに、薄情なお兄ちゃんだよ」

 チェルシーとメロディが半眼でロイのことを見て、やれやれ、という風にそう言う。

 その視線は、ロイの心に、思いの外深く突き刺さる。

「なっ――」

 一度、反論しようとして、すぐにやめた。

 確かに、2人の言う通りだった。

 セシリアは、いつも妹として、ロイのことを慕い、支えてくれている。

 それを当たり前のことと、どこかで考えてしまっていることは、否定出来なかった。だから、彼女が大切していることも、簡単に忘れてしまうのだ。

「あ、いや、悪い」

「いいですよ。別に、怒ってませんから」

 素直に謝るロイに、セシリアはそう言って、怒るのをやめた。いや、言葉とは裏腹に、彼女はまだ怒っているように見えた。これは、後で何か埋め合わせをしなければならないな。

「こちらにおいででしたか、姫様」

 不意に、そう声をかけてくる男がいた。

 ロイが声の方を振り向くと、昨日会った憲兵のリーダー、ヴィートリヒがそこに立っていた。

 彼はロイと目が合うと、少し眉を寄せたようだったが、すぐに素知らぬ顔で、チェルシーの方に向き直った。

「あら、どうしたの? こんなとこまでやって来て」

 と、本当に不思議そうに、チェルシーが聞き返した。

 その様子に、ヴィートリヒは深くため息を吐く。

「姫様が、いつまで経ってもお戻りにならないので、こうしてお迎えに上がったのですよ。あまり遅くなると、お父上が心配なされます」

「別に、待っていなくてもいいわよ」

 たしなめるような口調で、そう言ったヴィートリヒに、チェルシーははっきりと言い返した。

「子どもじゃないんだから、ひとりでも帰れるわ」

「そういう訳にはいきません。ただでさえ、昨日襲撃にあったばかりだというのに」

 と、彼女の主張に、ヴィートリヒは尚も食い下がる。

 お堅いことだ、とロイは思う。が、彼の立場上、仕方のないことなのだろう。

 それに、昨日の賊のことは、確かに気になる。

 チェルシーも、そのことを忘れた訳ではないのだろうが、彼女はあまり深くは考えていないようだ。

 これまでの彼女の言動、それに、初めて出会ったときのことを考えれば、その奔放さは、十分に伺うことができた。さぞかし、ヴィートリヒも手を焼いていることだろう。

「せめて、騎士の1人でもつけて貰いませんと、姫様をひとりにすることなど、到底出来ませぬ」

「騎士、ねぇ……」

 ヴィートリヒの言葉に、チェルシーはそうひとりごちる。

 彼女は空を仰いで、何やら考えていたが、ふと、チラリと視線を動かして、ロイの顔を見た。

「家柄は十分よね」

 そう呟くと、チェルシーはにんまりと顔を輝かせる。

 嫌な予感がした。

 次の瞬間、彼女はロイの腕を取り、自分の胸元に抱き寄せた。

「ヴィートリヒ、この男を私の騎士にするわ。これで文句は無いでしょう」

「はあ!?」

 自信たっぷりに言ったチェルシーに、ロイはそう声を上げる。

「ちょっと待てチェルシー、勝手に決めるな」

 チェルシーの腕を振りほどき、彼はそう言う。

「チェルシー?」

 ロイの言葉に反応したのは、ヴィートリヒだった。どうやら、大事な姫様を呼び捨てにしたのが、気に入らなかったらしい。

「いいのよ、ヴィートリヒ。ここにいるみんなは、私の友達なんだから」

 小さくため息を吐いて、チェルシーが彼を制す。

「しかし! いえ、承知致しました」

 ヴィートリヒは尚も食い下がろうとしたが、甘んじて、その言葉を飲み込んだ。一旦は、脇に置いておくようだ。

 彼は小さく咳払いをすると、改めて口を開いた。

「とはいえ、なぜこの男を騎士に? そもそも、この男は何者なのです?」

 ロイのことを睨み付け、ヴィートリヒはそう言う。ロイも負けじと、その顔を睨み付けた。

「あら? 言ってなかったかしら。彼はロイ・ウィールクス。《災厄の(カラミティ・)魔女(クイーン)》エリザベス様の孫よ」

「エリザベス様の……!?」

 チェルシーの言葉に、ヴィートリヒは驚愕の表情を見せた。不意に耳にした大物の名前に、驚きを隠し切れないようだった。

 しかし、彼は小さく息を吐くと、すぐに表情を引き締めて口を開く。

「なるほど、彼が名家の生まれであることは、理解しました。ですが、それは彼個人の能力を証明するには至りませんね」

 ヴィートリヒは、厳しい口調でそう言った。

 確かに、彼の言う通りだ。

 王女の騎士など、家柄がいいだけで認められるものではない。

 いざというとき、その身を守ることが出来なければ、騎士を付ける意味が無い。お飾りの騎士では困るのだ。

 しかし、チェルシーもそのことは分かっていたのだろう。唇の端を上げて、実に面白そうに続けた。

「彼は固有魔術師よ。属性は《剣》。彼の魔術は、他者の術式を切り裂き、無効化することが出来るわ。たった今、Aクラスの魔術師を相手に、勝利を納めたところよ」

「《術式切断》ですか。確かに、他にはない魔術ですが、それを扱い切れる繊細さが、彼にあるのか、甚だ疑問ですね。たった1度、学生間の魔術戦で、白星を上げたくらいで、判断するのは早計かと」

「じゃあ、あなたが見極めればいいわ。彼と戦ってみれば、私の騎士にふさわしいと分かる筈よ」

「…………」

 頑固に食い下がるチェルシーに、ヴィートリヒは閉口する。

 それから、少し考えて、言っても無駄だと理解したのか、嘆息吐いて、再び口を開いた。

「分かりました。そこまで言うのなら、1度その腕前を試してみましょう。それでご納得頂けるのならば、仕方ありません」

「だから、勝手に決めるな、って言ってるだろ」

 やれやれ、という風に言ったヴィートリヒだったが、そこにロイが口を挟んだ。

 彼はヴィートリヒのことを一瞥してから、チェルシーの方に向き直った。

「お前、ちょっと落ち着け。自分の立場ってものを考えろ。この国の王女で、命を狙われているんだぞ」

 学園の登校ですら、本来なら控えるところだろう。もっとも、人目につく学園内で、ことを起こすとは思えないが、おそらく、彼女が無理を言ったのだろう。

「だから、私を守るための騎士が必要だ、って話でしょう?」

「それがどうして俺になるんだ!?」

 当然のような顔をして言うチェルシーに、ロイが反論する。

 チェルシー程の人物なら、騎士を選ぶにしても、他にいくらでも候補がいるだろう。

 わざわざ、ロイのような半端者を選ぶことは無い。

「どうしてって、そうねえ」

 チェルシーは口元に手を当て、考えるような仕草をする。

 少しして、彼女は顔を上げた。そして、ロイの顔を真っ直ぐに見つめた。

「面白いと思ったからよ」

 そう言って、彼女はイタズラっぽく笑う。

 その言葉に、ロイは頭が痛くなるような気がした。

(面白いだと?)

 少し無茶苦茶なやつだとは思ってはいたが、まさかここまでとは。子どものごっこ遊びとは違うのだ。

 そんなに簡単に決めていいことではない。

 少なくとも、昨日今日会ったばかりのロイを指名するなど、あり得ないことだ。

「面倒事はごめんだ」

 頭を抱えるようにしてそう言うロイに、チェルシーは更に笑みを深めた。

「まあ、今日のところはよしとしましょう」

 と、能天気な顔をして、トン、とロイの胸を叩いた。

「帰りましょう、ヴィートリヒ。お父様を心配させると、面倒だもの」

 そう言うと、制服のスカートを翻して、チェルシーはロイに背中を向けた。

 それから、食堂の入り口に小走りで駆けていく。そして、入り口の近くでこちらを振り返り、口を開いた。

「それじゃあ、みんな、ごきげんよう」

 チェルシーはそう挨拶すると、さっさと食堂を出ていってしまう。

「お、おい!」

 その後ろ姿に、ロイはそう声をかけ、セシリアとメロディも、思い思いの声をかけるが、その背中に届いたかどうかは分からない。

「はぁ……」

 少しして、ヴィートリヒが深くため息を吐いた。

 彼はやれやれ、という風に首を振り、申し訳なさそうな顔をして、口を開く。

「すまないな。姫様は勝手なお方だ。しかし、これからも仲良くして貰えるとありがたい」

「あんなこと言ってたが、いいのかよ?」

 ロイがヴィートリヒの顔を睨み付ける。

 チェルシーの滅茶苦茶な発言に対して、反対はしていたが、今は、妙に落ち着いているように見える。

「ふむ。確かに、姫様は勝手なお方だが、しかし、頭のいいお方だ。落ち着いてお考えになれば、すぐに間違いにお気付きになるだろう」

「ハッ、間違いね」

 ヴィートリヒの言葉を、ロイは鼻で笑い飛ばす。

 その態度に、ヴィートリヒはピクリと眉を動かした。

「あんたをぶちのめすところまでは、やってやってもよかったかもな」

 ロイはヴィートリヒの顔を睨み付け、分かりやすく敵意を剥き出しにして、そう言う。

 しかし、一方のヴィートリヒは、その挑発を気にした様子はなく、嘆息吐いて、口を開いた。

「ふむ。仮にも姫様の友人であるのならば、その粗暴さは直した方がいい。君のような人間を友人に持つ、姫様の人格が疑われかねない。それに、君の家名にも傷をつけることになる」

「チッ、ほっとけよ」

 家のことを引き合いに出され、ロイは更に苛立ちを覚えた。

「そうはいかない。私も王家に仕える身。姫様に良からぬ影響を与えるようなことがあっては、陛下に顔向けできん」

 聞く耳を持たないロイに、ヴィートリヒはピシャリと言い放つ。その彼の顔をロイは無言で睨み付けた。

「何をしてるの、ヴィートリヒ。早く帰るわよ」

 と、睨み合う2人に、食堂の入り口から、チェルシーが声をかけた。

 さっきは帰ることを渋っていたくせに、いざ帰ると決めたら、今度はそうやって急かすのだから、本当にわがままな王女様だ。

 そんなチェルシーの様子に、ヴィートリヒは深くため息を吐いた。それから、再びロイの方に視線を向け、口を開いた。

「では、我々は行くが、先程言ったこと、ゆめゆめ忘れてくれるなよ」

 そう言い残すと、ヴィートリヒはその場を後にした。

(まったく……)

 2人が立ち去った後、ロイは深く椅子に座り直し、息を吐く。

「あの、兄さん」

 それまで、彼らの様子を見て、口をつぐんでいたセシリアが、ロイに声をかけた。

「何だ?」

「あ、いえ、その、よかったんですか?」

 ぶっきらぼうな兄の態度に、セシリアは少し怯んだようだったが、すぐに持ち直してそう言う。

 よかった、というのは先程の騎士の話だろう。それを断ってしまってよかったのか、と聞いているのだ。

「お前も、俺に騎士をやれって言うのか?」

 セシリアの言葉に、ロイはあからさまに苦い顔をした。

「そうは言いませんが、その、叔父様がお望みの実績としては、申し分ない、かと……」

 少し言い難そうにしながら、セシリアはそう言った。

 それはつまり、ロイの目的、父親に自分のことを認めさせるために、チェルシーを利用することを意味していた。

 ロイはセシリアの瞳をまっすぐに見つめる。

 そのまま、両者共に何も言わず、その場に静寂が訪れた。

 数秒後、ふと、ロイが視線を外し、ゆっくりと口を開く。

「確かに、そうだろうな」

 王女の騎士に任命されたとなれば、それはとても名誉なことだ。ロイの父に認めさせる材料としては、十分過ぎるくらいに。

「けど、俺の目的のためだけに、チェルシー(あいつ)を巻き込みたくない」

 半端者のロイが、チェルシーの騎士になっても、彼女に恥をかかせるだけだ。自分の名誉のために、彼女の人生を狂わせてしまうようなことはない。

「そうですか」

 ロイの言葉を聞いて、セシリアが小さくそう返した。

「すみません。変なことをお聞きしました」

 そう言って、彼女は頭を下げた。

 その様子を横目に見ながら、ロイは深くため息を吐く。

 先程、セシリアの瞳が少し震えていたのを、ロイは見逃しはしなかった。

「いや、いい」

 セシリアには、いらない気を使わせてしまっている。

 王女の騎士に選ばれることなど、この機を逃せば、もう2度とないかも知れない。それを蹴ってしまうことで、ロイが後悔しないように、セシリアは確認しているのだ。

 それが分からない程、愚かな兄ではない。

「んにゃ~、みんないろいろ大変なんだね~」

 メロディが机にへばりつくようにして、そう言う。

「あたしは平民出身だし、獣化以上の魔術が使えるのも、家族であたしだけだったから、みんな褒めてくれてたのに~」

 あまり、彼女にはなじみのない世界の話だったようで、メロディは難しそうな顔をして、「む~」と唸っていた。

「でも、メロディさんの《隠形》は、本当に目を見張るものがありますよ。兄さんもそうですけど、固有魔術師の方は、私たちでは到達し得ない領域で、魔術を行使してしまいますから、私はそれが羨ましいです」

「む~、でも、セシリアちゃんみたいに、いろいろ器用に出来た方が絶対いいと思うけどな~」

 セシリアの言葉に、メロディはむくれてそう言った。

 しかし、それはもっともなことだろう。

 いくら魔術を行使できる獣人が珍しく、重宝されるからといって、限定的な能力しか持たない固有魔術師と、汎用的に様々な魔術を行使できる魔術師なら、どちらがいいかという話だ。

 もっとも、セシリアのような熱心な魔術師が、唯一無二の力というものに、憧れを持つというのも、分からないことでもないが。

「俺たちも帰ろうぜ。今日は疲れた」

 ロイはひとつ伸びをすると、そう切り出した。

 医務室で休んだことと、チェルシーの魔術のおかげで、多少は回復しているようだが、それでも、まだ疲れが残っている。自室に戻って、もうひと眠りしたいところだった。

「そうですね。明日から授業も始まりますから、その準備もしなければなりませんから」

 セシリアがロイの言葉に賛成する。

「あ、ですが……」

 と、セシリアがメロディの方に目をやる。

 そういえば、メロディの魔術に興味津々だったな。どうやら、彼女の魔術が見れなくなってしまうことが、不満らしい。

 それを察したロイが口を開く。

「まあ、同じ学園に通ってるんだから、これからいくらでも見る機会はあるだろ。今日が最後って訳じゃない」

「そうですね。友達、ですもんね」

 ロイの言葉に、セシリアは自らに確かめるように、そして照れ臭そうにそう言った。

 屋敷にいた頃、彼女は魔術の研究に没頭するあまり、自室に籠りきりになることが多々あった。

 そのせいで、あまり人付き合いにも慣れてはおらず、友達と呼べる相手もほとんどいなかった。

 案外、メロディと同じくらい、セシリアも友達ができたことを嬉しく思っているのかも知れない。

「えへへ~、セシリアちゃ~ん」

 セシリアの言葉を聞いて、メロディが顔を綻ばせて抱きつく。

 セシリアに頬擦りし、ちょん、と鼻をくっ付けたりもしていた。

「かわいいね~、えへへ~」

 セシリアの首筋に、メロディが鼻を押し当て、その匂いを嗅ぐ。

「ちょ、ちょっと、メロディさん。んっ――」

 くすぐったいのか、セシリアが甘い吐息を漏らした。

 それから、メロディは再び頬擦りをする。

 ゴロゴロと喉を鳴らすその姿は、まるで本物の猫のようだった。

 メロディの過剰なまでのスキンシップに、セシリアは少し戸惑っていたようだったが、すぐに笑顔を見せ、メロディの髪を撫でる。

 どうやら、嫌ではないらしい。

 本人が嫌がっていないのなら、ロイとしては特に問題は無い。

 妹に友人が出来たことを内心嬉しく思い、ロイは薄く笑みを浮かべた。

 そんな兄の微笑を、セシリアは見逃さなかった。

「に、兄さん、何笑ってるんですか?」

「いや、よかったじゃないか。友達ができて」

 セシリアに咎められると、ロイは逆に笑って誤魔化した。

 それを聞いて、メロディがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「なに~? もしかして、ロイくん寂しいの?」

「いや、そう言うんじゃ――」

 思ってもみない言葉に、ロイが反論しようとすると、その言葉を待たずに、メロディがセシリアから体を離した。

「心配しなくても、ロイくんも友達だよ~」

 メロディはそう言うと、今度はロイに抱き着き、頬擦りをした。

「お、おい、やめろ! 抱き着くな!」

「ちょっと、メロディさん! 兄さんは駄目です! 離れて下さい!」

 急に抱き着いてきたメロディを、ロイが押し退け、セシリアが後ろから、引き剥がそうと羽交い絞めにする。

 しかし、メロディはその状況を楽しんでいるのか、「えへへ~」と笑って、なかなかロイから離れようとしない。それから、先程と同じように鼻と鼻をくっつけて、ようやく体を離した。

 こうして、彼らの学園生活は幕を開けた。


 しかし、その日の出来事はそれが最後では無かった。

 その夜、ゲイルガルド国王、フィリップ・アンス・アルクノアが病に倒れたのだ。

 幸い、命に係わるようなことはなかったが、事はそれだけでは治まらなかった。

 病のせいで弱気になった国王は、その闘病生活の最中(さなか)、次期国王の候補として、第4王女のチェルシーを指名したのだった。


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