02:暴君ジョジョニス
ノコフは、単純な男であった。
やると決めたらやるだけである。
老婆に子供を預け、ツフタフを目指して駆けだした。
ツフタフは燃えていた。
ほかのどの村よりも激しく燃えていた。
ただ一か所、町の中央にそびえる城の周りだけは火の手が伸びていなかった。
ノコフはすすけた農服の姿のままで、のそのそ王城に入って行った。
たちまちノコフは、警備をしていた衛兵に捕縛された。
手に持った短刀が見つかり、騒ぎが大きくなってしまった。
その場で処刑されてもおかしくはなかったが、ノコフは幸運にも王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
暴君ジョジョニスは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。
その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
ノコフにはそれがまるで悪魔の顔のように見えた。
「世界を暴君の手から救うのだ」
ノコフは悪びれずに答えた。
自分でも驚くほど自然と出た言葉であった。
「おまえがか?」
王は爆笑した。
腹を抱えて笑い、立派な玉座の肘掛をバンバンと叩いて「ひー、おなかいたい(笑)」というリアクションを取った。
そのわざとらしさに、ノコフはむかっ腹がたった。
「仕方のないやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ」
「なんだと!? 寂しくて、罪のない人々を殺したというのか? 貴様はサイコパスなウサギか!?」
ノコフは、我慢できずにいきり立って叫んだ。
なんという事だ。
やはりこの王は魔王である。
思考が人間のものではないのだ。
もはや交わす言葉も不毛なものでしかないだろう。
「無礼者!」
「大人しくしろ!」
衛兵が駆けよってくるが、ノコフにとって紙切れのような存在であった。
「ぐはぁ!?」
ノコフは衛兵を片手で投げ飛ばし、その剣を奪い取った。
「お前を、殺す」
「やれるものならやってみるが良い」
ノコフは負ける気がしなかった。
この町へ向かっている時から、自分の体に異変が起きているのを感じ取っていた。
力が湧いてくる。
それはとてつもなく強力で、そして今まで感じたことのないような不思議な力だ。
普通ならば徒歩では三日はかかるであろうツフタフまで、半日もかからなかったのだから、驚くべき力である。
ノコフは生まれて初めて神を信じた。
きっとこの力は、魔王を滅するべく神が与えてくださった力なのだと本気で思った。
「争いは好まん。わしだって、平和を望んでいるのだが」
魔王は落ち着いて呟き、ほっと溜息をついた。
それい対し、今度はノコフが爆笑してやった。
「罪の無い人を殺して、何が平和だ」
「だまれ、下賤の者」
魔王は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、今に磔になってから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ」
「知ったことかぁぁぁぁ! 今の俺は負ける気がしねぇぇぇぇ!!」
ノコフは全力で魔王に向かって駆けだした。
鉄で出来た剣を持つ手には重さすら感じなかった。
剣術の訓練など受けていないはずのノコフが、風よりも素早く剣を振った。
「ほう!」
魔王は、わずかに体を逸らして斬撃をかわすと、しわがれた声で低く笑った。
「おもしろい」
「死ねぇぇぇぇ!!」
ノコフと魔王は玉座の間にて大立ち回りを演じた。
その様子はとても、ただの村人と、兵士でもない国王の戦いとは思えないような、壮大なものであった。
豪華絢爛な大部屋は、無残に破壊されていく。
「その程度か。がっかりだな」
軍配は魔王に挙がった。
魔王はノコフの腹を、指だけで軽く弾いた。
「ぐはぁ!!」
ノコフは広い玉座の間の端まで吹き飛び、壁に激突して血反吐をまき散らした。
激痛で体が動かない。
さきほどまでの威勢も消え失せ、泣きそうだ。
強い。
悪魔のような強さだ。
「脆いな。終わりだ……」
広げた魔王の両手に黒とも紫とも分からぬ不気味な色の炎が宿った。
ノコフは悔しさに唇を噛んだ。
その時、城の壁をぶち壊して何者かが飛び込んで来た。
「死ねやクソ王!!」
「ぶっ殺してやらぁぁぁぁ!!」
「成敗だコラァァァァ!!」
「ぎょぎょぎょ~~~!!」
四人はそれぞれ奇妙な武器を持ち、一斉に魔王に襲い掛かった。
「4対1では分が悪いか」
ノコフよりもはるかに強い四人を前に、魔王は巨大なコウモリのような翼で空に消えていった。
「待てやクソ王!! 逃げんなぁぁぁぁ!!」
残された者達の怒りの叫びだけがツフタフの夜空に響き渡った。