01:村人ノコフ
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ノコフは激怒した。
必ず、あの最恐最悪の魔王を討伐せねばならぬと決意した。
ノコフには平和がわからぬ。
ノコフは、ただの村人である。
だいたい家で昼寝をし、たまに森の角羊なんかと遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
明日になったらノコフは村を出発し、野を越え川を渡り、遠く離れた大きな都ツフタフに行こうと決めていた。
ノコフには父も、母も無い。嫁もいない。村に友達もいない。哀れである。
ただもうすぐ15歳になる内気な妹と二人暮しだ。
この妹はランという。
美しいランは偶然にも村を通りかかったツフタフの貴族に見染められ、近々、ツフタフへと花嫁として迎え入れられる事になった。
ランは乗り気ではないようだが、ただの村人が貴族の意向に逆らう事もできず、もう結婚式も間近なのである。
ノコフはそれゆえ、ランの花嫁衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばるツフタフに行かねばならなかったのだ。
「めんどくせぇ……」
まずはその品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いて観光でもすれば良い。
村の連中はそう言うが、めんどうくさいものはめんどうくさいのである。
だったら代わりに行って欲しいものである。
ノコフには唯一、ツフタフに知っている顔があった。
セリヌンティンポスである。
むかしはノコフと同じ村に住んでいた村人だが、今はジョブチェンジしてツフタフの町で鍛冶師をしている。
せっかくだからその友を訪ねてみるのも良いかもしれない。
そう考えると、久しくあっていないのだから、訪ねて行くのは楽しみである。
「まぁ、ランのお祝いだからな。仕方ないか。明日になったら行こう」
今日は天気が悪い。
こればかりは仕方がない事だ。
そして一週間が過ぎた。
「っていつまで寝てんだお前は!?」
「おっ、セリヌンじゃん。村に戻ってきたのか?」
「お前がいつまでもコッチに来ないからわざわざ来たんだよ!? ランちゃんから便りが来てから、もう一週間以上たってるぞ!?」
「い、いや、明日いこうと……ほら、今日は天気がさ? ……ほら、晴れじゃん?」
「絶好の散歩日和だよ!?」
「いやね、俺って実は肌よわくってさ?」
「あー、もう! 茶番は良いんだよ! ほら、式の準備を手伝うぞ! 結婚式まで時間がないんだからな!」
「そっか。そうだよな……じゃあ明日から」
「今日やれ! いや、今やれ!!」
「わ、わかってるって!」
「ったく! ランちゃんの希望でこっちの村で式を挙げさせてもらうんだぞ? 準備しとかないとマズイだろう。村のみんなは手伝ってくれてんのになんでお前がサボってるんだよ……」
「そ、そうだな……」
(ランが居なくなると寂しくなるからだなんて言えないぜ……本当は式なんて無くなってほしいなんて……うぅ、ラン……)
「ランちゃん、いつ戻るんだ? 花嫁の禊で『青龍の滝』に行ってるんだってな」
「あ、あぁ……なんでも向こうの家系の習わしらしくてな。付き合わされるランも大変だ。もうそろそろ、戻る時期だとは思うんだが。少なくとも式よりは早いハズだぜ」
「そりゃそうだろう。主役がいなけりゃ式もなにもない」
「まったくだ」
その日、初めてノコフは結婚式の準備を手伝った。
ノコフの複雑な感情を察して何も言わなかった村人たちはやさしくそれを受け入れた。
久しぶりに真面目に働き、ノコフはその晩、泥のように眠りに落ちた。
不思議な夢を見た気がするが、目覚めたときには忘れていた。
目覚めた時、やけに周囲が明るかった。
もう朝が来たのか、そう思ったが、空には大きな満月が光っていた。
「赤い、月……?」
意識がハッキリとしてくるうちにノコフは、その様子を怪しく思った。
やけにひっそりしている。
夜なのか朝なのかもよくわからないが、なんだか村全体がやけに寂しい。
ここ最近は村をあげての式の準備で朝も晩もなく騒がしかったはずだ。
起きると、一緒に酒を飲んでいたハズのセリヌンティンポスの姿がない。
のんきなノコフも、だんだん不安になって来た。
いや、待て。
家の中にいるはずなのに、どうして空が見えているのだ。
ノコフは気づいた。
屋根がない。
家がボロボロになっている。
ノコフはあわてて外へ出た。
走る前から体中にべっとりと汗がにじんでいた。
外では村が燃えていた。
まだ月の出る時間なのに、どうりでこうも明るいわけだ。
近くでうずくまっていた子供を見つけ、何かあったのかと質問した。
子供は、ただ泣き叫ぶばかりで答えなかった。
ほかに生き残りはいなかった。
セリヌンティンポスの姿も見つからない。
ノコフは子供を抱え、ただ歩いた。
村を出て、隣の村に向かった。
隣の村も燃えていた。
その次の村も、その次の村も。
しばらく歩いて老婆にであい、今度はもっと語勢を強くして質問した。
老婆はすべてを諦めたように項垂れて、なにも答えなかった。
ノコフは両手で老婆のからだをゆすぶって質問を重ねた。
老婆は、あたりをはばかる低声で、わずかに答えた。
「王は、人を殺します」
「なぜ殺すのだ?」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ」
「たくさんの人を殺したのか?」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣よつぎを。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のダイケン様を」
「おどろいた。王は乱心か?」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。そしてついに町を焼いたのです」
「なんということだ」
「はじめはツフタフの町を。それから、その隣の村を。それから、この村を。そして次の村も焼かれたのでしょう。きっとその先の村も。わたしはツフタフから逃れ、そしてここで気を失っておりました」
聞いて、ノコフは激怒した。
「恐ろしい王だ。もはや魔王ではないか。生かして置けぬ」
この村の仇は、必ずやこの俺が取る。
魔王となった王を、討ち滅ぼしてやる。
だがこの時、ノコフはまだ知らなかった。
この惨劇は世界が恐ろしく変貌していく、その始まりに過ぎなかったという事を。
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