魅惑と質問
TURN WEI
勇は声の主へ視線を向けた。その先には迷彩服を着た、同年代と思しき少女が立っている。
「付いてきてください。話は後です。」
そう言い、勇の手を引いた。
比較的友達が多く、様々な人と面識を持つ勇だが、少女のエスコートに、先ほどまでとは異なる鼓動の昂ぶりを感じていた。
見惚れていたのだ。数十秒前まで死を覚悟していたにも関わらず、である。
少女は美しい黒髪を揺らしながら、部屋の押し入れへと勇を導いた。そこには一見すると単なる板の切れ目のようなものがあり、少女はその中の窪みに右手の人差し指で触れた。
音もなく板に穴が開く。その中には下へと続く梯子があった。
梯子を下りきった先には短い横穴が続いており、勇は少女のすぐ後ろをついていった。
狭い空間の中、魅惑的な香りを感じる。少女の香りだ。かつてない感覚に、勇の警戒心は自然と和らいでいく。
穴の中から出ると、そこはアパートの一階の部屋だった。
「なんで外階段から降りないんですか?」
勇は尋ねた。
「外を通ると保安局の監視に引っかかるかもしれないので」
「じゃああの開錠音は?」
「あなたの警戒心を高めるためです。急いでください」
強い疑問を抱きながらも、自らの目的のため、今は彼女に従うことにした。
少女は部屋の畳を持ち上げた。そこには先ほどと同じような板の切れ目があり、同じく下への梯子が続いていた。
長い横穴で少女の芳香をかぎながら、この娘に迷彩服はもったいないと愚考した。
地上に出ると、アパートから数百メートルほど離れていると思しき河原の中の、車の下だった。
「そのまま上の車に乗ってください」
「すごい仕掛けですね...」
勇は苦笑する。
「河原にまで監視が及ぶことはないです。心配する必要はありません」
自動運転の車の中で、勇は様々な疑問を投げかける。
「あのアパートは何なのですか?」
「組織の施設です。廃墟にカモフラージュしています」
「なぜ鍵がかかったのですか?」
「あなたを警戒させるためです」
「カモフラージュならなんで不自然に一般家庭の部屋に見せるのですか?」
「それもあなたを警戒させるためです」
少女の話を整理する。まずは廃墟として警戒をあおり、次に不自然な内装で警戒を強める。そして入口を封鎖し、絶望へと誘う。一見すると人を弄んでいるようにしか映らない。
「目的は何ですか!?」
強い口調で問う。
少女は美しい横顔で、優しく言った。
「入団試験です」
車は奥多摩の山奥の施設に到着した。