訪問
TURN WEI
勇は暗号に書かれた、多摩川沿いとみられる住所へ向かった。不安からキョロキョロしていたせいか、道中で気づく。多くの建物の外壁は崩れ落ち、空き地で遊ぶ子供はみんな貧しい服装をしている。大人の顔はやつれ、目には欲望と憎しみの光をたたえている。
地球温暖化の影響により水害が多発していたこの時代、地価がゼロに等しい川沿いには低所得者が多く住んでおり、指導部に「賤民居住区」と呼ばれていた。
ある廃墟とみられるアパートに目星をつけた勇は、決意と勇気を確認し、一部屋づつ中を覗いていく。しかし一階部分の部屋は全て廃墟そのものであり、何かめぼしいものはない。
錆びて穴ぼこだらけの階段を登り、二階部分にやや生活感のある玄関を見つけた勇は、ドアノブを静かに回し、周囲を警戒しながら部屋へ入る。
靴がきれいに整えられた玄関、ほつれがないふかふかのソファー、食材が詰められた冷蔵庫、どう見ても一般家庭にしか映らない部屋の中、
「ハズレか...」
と落胆しながらも、そこが組織のアジトであるか探索をして回る。
ふと気づく。ここが一般家庭なら、なぜ鍵が開いていたのか。そもそもなぜこんな廃墟で、中流階級の水準の生活をしているのか。
「罠か!」
そう気づいた勇は、すぐに部屋を脱出しようとする。しかしなぜか玄関の扉は開かない。窓から飛び降りようとするも、外からは気づけない高度な視覚偽装が働いているらしく、それが鉄格子だと知る。
(こんなところで終わるのか!まだ始まってもいないじゃないか!)
激しい焦燥にかられるが、かつての自分では考えられない速さで落ち着きを取り戻し、解決策を考える。
「そもそもこれが保安局の罠と決まったわけじゃない。厳重なセキュリティーも保安局から何かを隠すためにつけたものじゃないのか?」
口にしながら、希望的観測を並べていく。
しかしそれ以上の決定打は出ず一時間ほど経過、さすがに焦りが出てきたときだった。
「ガチャリ」
不意に開錠音がした。勇の脳が死を察知し、思考が加速していく。
迫る足音。小さいながらも、今の勇に恐怖を与えるには十分だ。
足音が側に来る。痛みに備えるべく、歯を食いしばる。
「合格です」
透き通った声がした。