決意
TURN WEI
それは友達が多い勇にとって、初めて感じる絶対的な孤独だった。
勇は朝食をとるのもそこそこに、確認と追及のために役所へと向かう。心は荒み、激しい歯ぎしりが止まらない。悲愴、慟哭、憤怒、どのような言葉がふさわしいのだろうか、とにかく当時の街の雰囲気を表す語彙は、勇にはなかった。
東京中管区、多摩小管区第十三出張所。勇の居住地域の管理施設である。数年ぶりにここを訪れる勇であったが、その内部は変わらず、強圧的なまでの無機質さと、機能性を兼ね備えていた。
勇は受付へと向かう。
「この文書はなんですか!?」
鬼気迫る形相で、勇は持参した執行書を職員に見せる。
「記載の通り、浄化を執行しました」
不愛想なヲタ党員とみられる職員は、業務的にそう言った。この国の公務員はヲタ党員でないと採用されないと決められている。
「僕の両親はどうなったのですか!?」
涙ながらに絶叫する。
「確認は可能です」
そう答えた職員は、手早くタブレット端末を操作し、勇に見せた。
「死亡届。佐藤猛男、貴子、2022年9月1日死亡。死因、薬殺刑」
思わず音読する。絶望に心が染められていく。
「浄化ってなんだよ!人道逸脱もいいところだ!」
別の窓口から怒号が聞こえた。執行を受けた人は多いらしく、いつの間にか出張所は黒山の人だかりとなっていた。
「俺の娘を返せえええええええ!」
勇の友達、黒羽琴音の父親の声だ。琴音とは小学生以来の友達であり、昨日の帰りにも他愛もない談笑を交わした仲だ。
――――感覚が鈍麻していく。はしかにかかったときにも、こんな寒気は感じなかった。
どうすればいい。
考えるほど寒気は強まる。
そう考えているうちにも、多数の保安局の装甲車が出張所前の道路を通り抜けていった。
街中に響く怒号と泣き声を聞きながら、勇は帰途へ着いていた。
「許さねえ...!許せねええええええええええ!!!!」
発狂にも等しい声を上げる。昨日までなら白い目で見られただろう。しかし似た声は街中から聞こえており、不幸にも看過される。
「シドウブ、タオス...!」
憎しみに満ちた、機械的な声を出す。いや呻く。
「ナカマ、ドウシ、チカラ、ノウリョク」
落ち着くまで長い時間を要した。
約一時間後。
「情報を手に入れ、同志を募る。力を得て、反乱を起こす...」
やや韻文めいた独り言を吐きながら、勇は様々なSNSを駆使し、被害状況を集めていた。同じ思いを持つ人と連絡を取り、反乱の同志とするためだ。
しかしそんな過激な情報を流す者はおらず、勇は強い憤りを隠せなかった。
「どうしてみんな勇気がないんだ!」
自然と声が出る。そのとき脳裏にある手段が浮かんだ。
「ダークウェブ...!」
匿名回線なら、同志を募っている団体があるかもしれない。淡い願いを込め、torブラウザーをダウンロード、インターネットの深層へと入っていく。
不慣れな環境のなか、しかし熟練者から見れば驚きの短時間で、勇は同志になりえる集団を見つけた。
「Wei Registance?」
そこには、自分たちはヲタ帝国による世界統一戦争の被害者遺族であり、ヲタ帝国の陰謀を阻止、真の平和を実現する統一国家の樹立を目指している。そう書かれていた。
そのホームページには、集団の所在を示していると思われる複雑な暗号があったが、勇は半ば本能的に解いてしまった。
そのとき、高校生佐藤勇の決意は固まった。世界を、いやそれ以上のものを巻き込む物語である。