第一話 ロビン 獲物を逃す
息を押し殺し、弓を引き絞る。
鏃を向ける先は数十メートル先で呑気に苔を食んでいるメスの鹿。
自らを仕留めようとする凶器が今まさに放たれようとしていることに気がつく様子もなく、悠々とした様子で食事を続けている。
ここまで獲物に接近できることなど、そうあることでは無い。ロビンは高鳴る鼓動を押さえつけるように息を止めると、ゆっくりと、慎重に矢羽から指を放し…
矢は、無情にも鹿の頭上を通り越していった。
鹿は弾けるような俊敏さでその場から飛び上がり、瞬く間にその姿をくらませる。
大きくため息をつき、がっくりと肩を落とした青年狩人は、忌々しげに襟元を探り、服の中から1匹の蜘蛛をつまみ出した。
先ほどの失態の原因は、この小さな蜘蛛。
矢を射る瞬間ポトリと首に落ちてきたこの蜘蛛の感触がロビンの感覚を狂わせ、結果、彼の狩猟は失敗に終わってしまったのだ。
「あぁ…クソ、今日も獲物無しかよ…」
汗を吸った頭髪をかきあげ、忌々しげにそう呟いた青年は虚ろな目で木々が作り出した影を透かし見る。
ティリアル大陸の片田舎、スーザ村で狩人として生活を営む青年、ロビン・アクランド。
彼はどうしようもなく、本当にどうしようもなく……
運が、悪かった。