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第三話

 いつも通りにコンビニに行って、二人分のおにぎりなんかを買ってやっぱり金銭的にはキツイな、などと思いながら歩いていると、キルシェの世界への通り道があるというゴミ捨て場に着いた。

このゴミ捨て場の異常なスペースは、何やら魔界と人間界を繋ぐ空間の所為で出来ているものらしい。

黒いゴミは、魔界の人が時々置いていくんだとか。目印みたいなものなのだろう。

人間には気付かれないようにしてあるみたいだが、気付いた俺は人間じゃないのだろうか。

自分が自分でわからなくなってきた。

少しへこんできた気持ちを抑えて、いよいよ秋を思わせる風が吹きぬく中、俺はキルシェが出てくるのを待った。辺りはかなり暗い。

 いつもの時間なら、そろそろ出てくるはずだ。

そう思ってじっとゴミ捨て場を見つめていると、腕が地面から生えてきた。

最初は気付いてなかったが、生えてくる時にその辺りが白く光る。そのお陰でキルシェの腕もハッキリと確認できるのだ。

近寄ると、キルシェの腕であろうか細い腕が僅かに動いた。

けれど、顔が見えてこない。不審に思ってキルシェの手を掴もうとすると、

「セイイチ……」

弱弱しい声が聞こえてきた。

咄嗟に手を掴んで、力任せに引き上げた。

少女の小さな体があらわになっていく。

「キルシェ!?」

思わず叫んでしまう。よく分からないが、かなり弱っているようだ。

「セイイチ……は……やく」

キルシェは息を荒げながら何か言おうと口を開閉している。

「どうした!? おい、キルシェ!?」

抱きかかえ、その声を聞き取ろうと耳を傾ける。

「はやく、家へ……」

その言葉を聞き取った俺は、急いでキルシェを家へと運んだ。


 家に着いた俺は、キルシェをソファに寝かせて電気を点けた。

そして、現れたキルシェの体を見て俺は言葉を失った。

どうしてだ。

必死に彼女の手を取って脈を探る。知識など全くないが、そんなこと言っていられない。

脈は正常に動いていた。だけど、外見は傷だらけでとても痛々しかった。

「どうして……こんなことに」

「大丈夫、だよ……」

荒い息を落ち着かせながらキルシェは弱弱しく呟く。

そして、目を瞑ったまま、また何事か呟いた。

途端に淡い色の光がキルシェを包んだ。

見ていると、傷だらけだった身体が徐々に元通りになっていく。

「こんなの……へっちゃら」

と言うと、起き上がろうとする。俺はそれを抑えてソファに寝かした。

「もう、大丈夫だよ? 平気だよ?」

へへ、と笑いながら腕を動かしたり足を動かしたりして見せてくる。

「わたしね、治癒の魔法もできるんだよ。すごいでしょ」

そんなのはいいんだ。後からでもいいんだ。

それよりどうして。なにがあったんだ。

俺はこの小さな強い少女の手を必死に握って、泣きそうになる。

それを堪えて、俺は静かに尋ねた。

「……どうしたんだ? 一体何があった?」

「……うん……」

その問いに笑っていたキルシェは表情を暗くする。

俺は何も言わないまま、静寂が続いた。

それからキルシェは躊躇いがちに口を開いた。

「ドラゴンに……追われてるんだ」

だから、と言葉を紡ぐ。

「逃げてきたんだ。セイイチのところに行けば、大丈夫だって言い聞かせて……」

そう言うと、すぅ、と寝息を立て始めた。

 「疲れたんだな……」

そっと呟いて、俺は息を吐いた。何があったかは、明日詳しく聞くとしよう。

今日はずっと見張っていよう。俺は何も出来ないけど、せめて傍にいよう。

こんな時でも、笑っている少女を安心させられるように。


 翌日になって、時間が過ぎ、俺がいつも寝ている時間になった。

俺は目を擦りながらも不安になった。キルシェがまだ起きてこないのだ。

キルシェの体はソファから布団へと運んである。俺はソファから立ち上がり布団の方を覗いてみた。

微かな寝息と共にキルシェが眠っている。

昨日は、8時頃キルシェは寝付いたよな、と記憶を辿る。

今は朝の10時だ。そろそろ、起きてもいい頃の筈なのだが。

 心配になって近寄ってみるものの、キルシェはぴくりともせず、ただ寝息を立てている。

「キルシェー、朝だぞー」

呼びかけてみても、目を覚まさない。

頬をぺちぺちとしてみても、肩を揺さぶっても起きない。

「おい……まさか」

嫌な予感がした。このまま、ずっと目を覚まさなくなるんじゃないかと思ってしまった。

そういえば昨日、キルシェはどうやってかは分からないが、自分を自分で治していた。

それが影響しているのかもしれないと、直感で感じた。

ゲームなんかである、MPみたいなものが無くなったのかもしれない。

だけど、それが分かってもどうすれば良いのかが分からない。

ゲームの中だと、薬草みたいなのを与えれば回復するんだっけ。

でも、ここは現実だ。ましてや俺は人間だ。そんな事知る由がない。

待てよ、キルシェは魔界から来たと言っていた。

それならば、魔界ならこの状況をどうにかする術があるんじゃないか?

「そうだな……一か八か」

縋るような気持ちで、俺はキルシェをおぶって家を出た。


 「ここだよな」

今日は目も眩むような晴天で、いつも暗い時に通る道が雰囲気が違って見えた。

そこは、何の変哲もない、ゴミ捨て場。キルシェがいつも人間界に来る時の通り道にしていると言う所だ。

少し息切れして、はぁ、と息をつく。昨日は突然のことだったから自覚はしなかったが、

当然のことながら俺には体力はない。女の子をおぶるというのだけでも一仕事だ。

だけど、昨日は必死だった。この小さな少女の傷だらけの姿を見て、はじめて失うのが怖いと思った。

一週間、たったの一週間匿っていただけだった。けれど、こんなにも感情移入してしまう。

それだけこの少女が俺にもたらした影響は、強かった。

「でも……どうやればいいんだ?」

俺はここから、魔界という所へと行って、キルシェを知る誰かに何とかしてもらおうと考えていた。

だが、どうすればその世界へ行けるかは知らなかった。教えてももらってない。

「そんな事言ってる暇ないよな、連れて行ってやらないと」

 どうにか。どうにか出来る筈だ。

「どなたか……」

お願いだ。コイツを助けたい。目を覚まさせたい。

「キルシェを。キルシェを」

知らぬ内に涙ぐんでいた。足が震えた。この子を失ってしまうという恐怖感で支配されてしまいそうだった。

どんな時も笑っていて、明るいキルシェ。自分の瞳が大好きなキルシェ。魔法モノのテレビ番組がお気に入りのキルシェ。おにぎりの具はシャケが好きなキルシェ。

一緒に居る事で知ったこと。

透き通るくらい純粋な心を持っていた。そして、何事も強がっていた。

けれど、どこか儚くて。俺は生まれて初めて、人を守りたいと思った。理由は知らないが、キルシェをあんなに痛めつける輩から守りたい。今からでも守っていきたいんだ。

 だから。

「助けて下さい……!!」

目を覚ましてくれ。


 辺りに静寂が漂った。誰からの返事もない。ゴミ捨て場に反応はない。

やはり、俺じゃ駄目なのか……!? 虚脱感に襲われていく。

「ちっくしょう……」

踵を返し、キルシェを背負ったまま帰ろうとした。

 その時。

後ろで、何かが光った気がした。

振り返ると、小さな光の靄がゴミ捨て場の一箇所にかかっていた。

慌ててそこに近寄ると、そこから何か聞こえてくる。

必死に耳を近付けてみると、それは何か加工したような声だった。

その声は、何回も「ここに入って」と繰り返していた。

俺は救われたような気持ちで光の靄の中で屈んだ。

これで、魔界に行けるのだろうか?

いや、きっと行けるのだろう。すーっと体が持っていかれるように感じた時、俺は確信した。


 それから、どれくらい経っただろうか。意識が急にハッキリとしてきた。おそるおそる目を開くと、そこは童話の世界に入ったような部屋だった。

暖炉が焚かれていて、木でできた小さな丸いテーブルがあった。

これも木で出来た椅子に俺はもたれ掛かっていた。

「そうだ……キルシェは」

辺りを見回すまでもなく、テーブルを挟んで向かい側にベッドがあり、そこにキルシェは寝かされているようだった。

俺は立ち上がると、ふらふらとした頭を振って、ベッドに近寄った。

「キルシェ……?」

キルシェは、変わらず静かに眠っていた。俺は霞掛かった脳みそで考える。

ここは、たぶん魔界、だよな? でも相変わらずキルシェは眠っている。

なんでだ? もしかして。

「嘘だよな。キルシェ、おいっ!?」

思わず叫んでしまう。視界が滲んでくる。助かると思っていたのに!

 「キルは、今使い果たしてしまった力を蓄えておる」

突然だった。隣に老婆が現れて、そう口にした。

びっくりしたが、何か魔法みたいなものを使ったのだろうと、俺はおぼろげに理解した。

「なぁに、もちょっとすれば全快じゃ。心配することはない」

そう言いながら、老婆は俺の肩をポンポンと叩いた。

「お前さんみたいな若者が、よくこの子を連れてきたのぅ」

そして、穏やかな視線を俺に向けてくる。

「あの……」

戸惑っていると、老婆は優しく微笑んだ。

「大丈夫じゃ。私はこの子の親族だからのぅ。気兼ねせんでもいい。よく来てくれた」

安心させるように言うと、キルシェの傍に寄って、手をキルシェのおでこにかざした。

熱でも測っているのかと思ったが、淡い光がキルシェを包むように現れたのでこの老婆もまたキルシェのような、治癒の魔法を使ったのだと感じた。

「これは、私の力を少し分けてあげてるんじゃ。治癒の力とはちと違う」

考えを読んだのか、老婆はそう説明してくれた。

俺は少しホッとしたが、これで解決したわけじゃないのだと表情を厳しくした。

それから、老婆を見つめ俺は尋ねた。

「あの。キルシェは、なんでこんな事になったんですか? ……そして、ここは魔界、なんでしょうか?」

老婆は少し目尻を下げると、ポツリポツリと語り出した。

「ここは魔界で、この場所はキルシェを本来匿う為の場所じゃ。――そうだのう、あまり人間を関わらせたくはないが

お前さんには話しといた方がいいんじゃろうな……」


 その昔、魔族の者からも恐れられる紅いドラゴンが魔界の森に棲んでいた。

ドラゴンの寿命は長く、500年生きるドラゴンも居たという。

だが、最近はそのドラゴンも見られることが少なくなってきた。

なんでもドラゴン達の間で何かの病気が流行ったらしい。

数少ないドラゴンはその病気を治す術がないか、魔界中を探して回ったという。

そして――――。


 「ある日、ドラゴンはひとつの噂を聞きつけるのじゃ。ある小さな村に片目が紅い少女が産まれたと」

それがここなんじゃがな、と老婆は続ける。

「それから本能で分かったのじゃな、その少女にドラゴン達の病を治す力があると。

その証拠にその少女……キルの右目は、ドラゴンの色に酷似していた。そして、キルには生まれつき治癒の力があった。普通は、少し修行せんと使えんのじゃ。キルはその治癒の力を使って、幼い頃からドラゴンを含め魔族たちの傷を癒してきた。……じゃが、そんな平和な毎日の中ドラゴン達は思い付くんじゃ」

「まさか……キルシェを」

俺が思わず声に出すと、老婆はキルシェの方に視線を向けながら悲しげに頷いた。

「そうじゃ。キルを……食べてしまえば、ドラゴン達は自分の病が完全になくなるという考えに至った」

堪らなくなったのか、老婆は俯く。

俺も知らず拳に力を込める。

「ドラゴンがこの村を狙い始めてから、キルへの村人達の態度は見て分かるように変わった。私がここに結界を張ってキルを住まわせるからと言っても、村人達は抗議をしてきたのじゃ。もし村が襲われたら、どうするんだと。実際この村が襲われる事もあった。村人達は恐怖に駆られてキルをここから追い出そうと、キルを傷つけることを何度も行おうとしたのじゃ」

椅子をガタンと倒して、俺は立ち上がった。

「そんな……! キルシェは何も悪くないでしょう!」

老婆はそんな俺を見上げて口を開いた。

「だから私は、キルに、人間界へと逃げるようにと言ったのじゃ。ドラゴンが行動するのは夜じゃから、夜は必ず人間界にいるように、と。それで最近は村人達もおとなしかったんじゃ……。じゃが―」

 ふぅ、と息をついてその事実を俺に告げる。

悲痛な面持ちで。

「昨日の夜、病の進行に焦ったドラゴンが一匹村に来てしまったんじゃ。その姿に怯えた村人達は、まだこっちにいたキルを見つけると、追い出そう、または居なくなってもらおうと傷付けはじめた。

だからキルは必死に……お前さんのところ、人間界へと逃げていったのじゃ」

俺はその理由を聞いて、頭に血がのぼりそうになった。

だけど、今ここでこの悲しそうなお婆さんに怒っても仕方ないから、堪えて。

「それで、あんなに……」

昨夜のキルシェの姿を思い出して、涙が出そうになる。

哀しかった。キルシェは何の罪も犯していない。なのに。

その瞳に紅を持っていたせいで。他の魔族と違ってたせいで。そんな仕打ちってあるかよ。

悔しくて、俺は自分を激しく責めた。だけど、

ここは感情的になっていても、キルシェを助けることはできないと思い、椅子を立てて座りなおす。

そしてふと老婆のさっきの言葉が気になり、尋ねる。

「そういえば、ここに来たドラゴンというのはどこに?」

「キルが居ないと知ったら、森に帰ったよ。基本的にドラゴンは魔族を好んで食べはしない。全ては病のせいだと、私は思うのじゃ。村を襲うのも全て病のせいなんじゃよ……」

辛そうに老婆は言ってくる。

でも、俺は全く納得がいかなかった。

「他に、方法はないんですか?」

縋るような気持ちで俺は尋ねた。

これじゃあ、あまりにもキルシェが可哀相だ。

「私もな、調べたことはあるんじゃ」

すると老婆は何かを思い出したのか、俺の顔を見てこう言った。

「お前さんのとこ、人間界で食糧は豊富なはずじゃな?」

「ええ。まあ……。少なくとも俺の住んでる国では豊富ですよ」

その言葉を聞いた老婆は頷くと、前に調べたことがあるらしい情報を語り始めた。

「魔界では手に入らないものがドラゴンの病を治すと、ある本に書かれていたんじゃ。それが、ライス。

つまり、米。そして、紅色をした魚。その魚は酒を嗜むという。それらを、混ぜ合わせたもの……」

 ポカンとする俺を尻目に、老婆は語る。

「魔界では食糧は大体、果物か獣を狩って得ておる。だからこちらでそれらを得られることはまずないんじゃ。しかも、その混ぜ合わせたものを最低50個。いや、100個じゃったかな。必要なんじゃ」

紅色で、お酒を呑む? 俺は直ぐには理解できなかった。まるでなぞなぞのようだ。

眉間に皺を寄せ、考えてみる。老婆はそんな俺を見て、ポツリと言った。

「……たしか、キルは食べたことがあると言っていた。『すっごくおいしいんだよー』って言っていたような」

脳裏に蘇る、キルシェのおにぎりを食べてる時の表情。

そうか、そういうことか。

お婆さん、ありがとう。今のは大ヒントだ。

俺はその、なぞなぞの答えを導き出すことができた。老婆の目を見て、コクリと頷いた。

「お前さんの力でどうにかしてくれんか。かわいい孫娘のためにも」

 お婆さんの目はどこまでも真剣だった。

そこで、俺は横たわるキルシェに視線を移した。

静かな寝息を立てて穏やかな表情で眠っている。

このお婆さんの力で、少しは回復してきたのだろうか。俺もキルシェのために役に立ちたい。そう思った。

「この子は、私が責任を持って匿っておく。回復したらまた人間界に行かせるつもりじゃ。

それまで―」

「はい、俺がなんとかしてみせます」

お婆さんの言葉が続く前に俺は返事をしていた。自分でも驚くほどに、それは確固たる声だった。


とりあえず、あれを50個くらい集めればいい。100個でも何個でも集めてやる。


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