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09真面目な生活

「――はい、依頼達成ですね。お疲れ様でした。今回の納品も状態がいいものばかりなので助かります」

「いえ、教本の通りにしただけなので」

「それができない冒険者も多いんですよ……」

「お疲れ様です。では」


 冒険者生活十四日目。

 常時依頼《解毒草の採取》の報酬を受け取って、そそくさとカウンターから離れる。


 【鑑定】系のギフトは、採取依頼との相性が良過ぎるとつくづく思う。

 最初に出てきた虹降る森を【看破】して深く視ていくと、ポーションの原材料がたくさん自生しているのがわかる。

 それに沿って植物を見分けて、不自然にならない程度の量を資料室にあった『初級薬師教本』の通りに採取して、きちんと保管して持参する。それだけだ。


 正直、とても地味な依頼だと思う。

 ただこういう依頼を受ける人がいないとポーションの流通が狂うだろう。

 迷宮都市と銘打っているだけあって、この都市の冒険者の数は異常だし、狩りのためにポーションも不可欠だ。

 今更だけどベルナンド老が私に二度ほどかけてくれたのは、王道的な回復魔法ではないらしい。魔法教本によると、体力回復や状態異常回復などの治癒魔法は各属性魔法の一部として系統立ててあるものとのこと。道理で静電気みたいなものが見えると思った。あれは老の持つ雷魔法特有のものだ。ちなみに行使するにはかなり繊細な魔力操作が必要なので、並みの魔法士には使えないらしい。さすが超人。

 そんな訳で、凄腕の魔法士か治癒系ギフト持ち以外にはポーションは必需品だ。すなわちその原料となる薬草達も重要。

 地味で狩りの腕がなくてもできる依頼だけど、都市を支える大事な依頼。のはずなのに。


「やめなよぉ、絶対無理だってば……ラビットも狩れないのに」

「薬草なんか採っても金になんねぇんだよ! 男だったらゴブリン退治くらいして当然! やってやる、やってやる!」

「ボク男の子じゃないもん……じゃなくて、駄目だってば、教官も討伐依頼はまだ受けるなって言ってたし」


 私と同期になるのか、同じ日に登録した少年少女は今日も今日とて騒がしい。

 どうやら、資金に乏しい冒険者希望者のための救済システムが本当にあったようだ。

 どれくらいの金額を借りられたのかわからないけど、登録時よりちゃんとした装備をしている二人組が、依頼書が貼りつけられた壁に向かって叫んでいる。

 まぁギルドに登録できるのは後見人がいなければ十五歳からだ。成人と見なされる年齢だけど、完全な大人にはまだまだ中身が足りない子も多い。

 勿論色んな覚悟を決めてギルドに入った子もいるだろう。

 私が子どもだと思うのが申し訳なくなるくらい自立した子も信念がある子もいるはずだ。

 ただ、この少年少女は正真正銘子どもだ。冒険者として一旗揚げるために田舎からやってきた少年と、巻き込まれた少女。といったところだろうか。近い将来痛い目に遭いそうで思わず目を逸らしたくなる。

 今更ながら私はお人よしじゃない。どちらかと言わなくてもドライな性分だ。彼らに恩がある訳でもないのに、間違っても関わってお節介なんて焼きたくない。私は私のことで手一杯だ。

 習練場が無料なうちにたくさん利用して、討伐依頼を受けても大丈夫だと言われるようになるまで頑張れと心の中で思う程度。それより採取依頼を馬鹿にするなと言いたくなる気持ちの方が大きいけど。


「……解毒草、わりといいと思うんだけどな」


 十本一束で40リル。治癒草同様まるで雑草のように生えているから、きちんと見分けをつけて真面目に採取すれば、宿泊所に泊まりながら年会費を積み立てることもできるだろう。

 私は【奇運】さんのおかげで採取ポイントを見つけられたから、今日は二十五束採れた。ただし往復でゴブリンに遭遇した。迷宮で経験済みだから狩ったけど。ネルがやりたそうにしていたから毒の牙を突き立てたら、ゴブリンの上半身が溶けて消滅してしまったのにはかなり引いたけど。


 真面目に丁寧にコツコツ。そして窓口の職員に小さな感謝の気持ちを貰う。

 こういう生活は冒険者らしくないかもしれないけど、私はわりと充実していると思う。

 資料室の本は未だに読み切れないし、習練場にもおもしろい指導官もいる。ただ、専属の指導者は未だに見つからないけど。

 まだ一週間だ、焦る時間じゃないだろう。そう思いながら二人組の近くを通り過ぎて、掲示されている依頼書にざっと目を通す。


「あれ……」



《フロートアイの眼球の入手》

依頼:フロートアイの紫色・白色・水色のいずれかを完品で納品してほしい。

   羽根に傷があるものは可。

報酬:一体につき30000リル~50000リル

備考:希少種の場合は依頼人確認の上、報酬に上乗せする。

適正ランク:なし(依頼人希望)※ギルドからの適正ランクC~B

依頼人:Dランク冒険者イリス



 色んな依頼があるのは当然だ。それでもこれは何だか色々と凄い。

 まず冒険者は基本的に依頼発注をしない。ギルドを通さなくても伝手で仲間を募って自分で調達できるし、調達できないものに対してはそれを依頼するための報酬を払う程の稼ぎがないことが多い。

 それなのにこの依頼人はDランク冒険者だ。この報酬は一般的なDランクがポンと払える報酬じゃない。一回の依頼で金貨何十枚も稼げるのは上級冒険者だけだとマリタさんが言っていた。


 そして何より、無茶な依頼を出している。

 フロートアイは迷宮にしかいない、羽根と眼球で構成された比較的弱い魔物だ。迷宮で倒した魔物はそのまま残らず魔石や討伐部位、ランダムでその他の素材がドロップされる。倒した際についた傷などはそのままだ。

 本体である眼球をどうやって完品で納品しろと。物理攻撃で倒すのが主なのに。


 まぁ、この依頼がおかしいのは正直どうでもいい。

 気になったのは、私がこの依頼の品を持っているからだ。

 ストレージに入っている冒険者達の持ち物の中には、装備品だけじゃなく魔物素材もいくつか入っている。

 確認した時に【看破】したから、完品の水色フロートアイもあったはずだ。重瞳(ちょうどう)と言うんだったか、目の中に三つ瞳がある眼球だから希少種と説明が出ていた。

 何をどうやって綺麗なままドロップされたのかはわからないけど、あの目玉は思ったよりも貴重なもののようだ……この依頼は受けないけど。


 いくら伝手が必要でも、目玉に執着する人に自分から近づこうとは思わない。

 その前にギルドから米印のコメントが入っているのなんて初めて見た。この依頼は色々危ない。

 見なかったことにして、他の依頼書に目を通してから確認を終える。そのまま昼ご飯でも食べに行こうとギルドの入口に足を向けたところで。


「…………」


 長い足で颯爽とギルドに入ってきた、ひとりの男性。

 赤と言うには少し深い蘇芳色のコートを着た、退廃的な色気を漂わせる砂色の髪の人。


 この人とは、実は結構な率ですれ違う。

 大陸一の迷宮都市と呼ばれるだけあって、冒険者の数は異常な程多い。

 それなのにこんな短期間ですれ違うのは珍しいんじゃないだろうか。それともそれくらいの頻度ですれ違っている人がいても存在感の理由で彼が際立っているだけか。


 視線が合いそうで合わない、ぎりぎりのところでお互いに意識を外す。

 いつものことだ。声をかけることもない、不思議な瞬間。

 関係があると言うにはあまりに薄く、全くの初対面の他人と言うには少しばかりお互いを認識し過ぎている。

 何なんだろう。そう思いつつもいつも何も言わず、足も止めず。

 私はエヴァさんおすすめのカフェその二に向かうために、その人とすれ違った。




× × ×



 昼を過ぎて夕方手前、習練場の一角。


 まず、【魔力矢】を一本。

 同時に渦巻くような風の魔力を矢に纏わせる。


「よし、放て」


 指を振って、数十メル離れた人型の的に向かって射出。

 目に見えない回転が加わった矢は、瞬きの間もない程の速度で的に刺さった。


 ……もうこの飛び方は矢と言うより弾丸な気がするけど、形は短い矢だから矢のままでいこう。


「さっきよりも威力が弱ぇな。どうも魔力の分配にばらつきがある」

「そうですね……」


 なんせ魔法士になって半月も経っていない。

 元からなかった体内の魔力を、体を動かすのと同じように動かすのは中々骨だ。


「それ以外はおっそろしい程正確なんだがなぁ。矢に風を混ぜるのもほぼ発動にズレがねぇし、矢の精度も文句ねぇし……いや、どっちかつぅとその精密さの方が突き抜けてんだな」


 がりがりと頭を掻きながら元冒険者の指導官が首をひねるけど、曖昧に笑っておくしかない。

 自分のイメージで精度は調整できるし、矢に風を纏わせるのも一度覚えてしまえば初歩の魔法と同等。

 でも、どれくらい魔力を流せばいいのかはまだよくわからない。おそらく風の補助がなければ矢速もそこまで速くはならないだろう。


「こればかりは練習、ですか」

「そうだな。俺が教えることじゃねぇ。大体こんな矢の使い方する奴いねぇからこれ以上教えようねぇよ」

「使いやすいんですけどね。同時に何本かいけますし」

「んなの器用値が高くねぇ奴は無理無理。どうせお前、C以上だろ」


 ステータスのCは優良判定。大雑把だけどそんな感じらしい。

 わざわざいう事でもないので黙っておくけど、私の器用値はSだ。Sは国の英雄級と聞いたので絶対に言わない。

 手ぶりなしで【魔力矢】を使えるのも、何本どころじゃなく何十本も同時射出できるのも、おそらく器用値の補正があるからだろう。それに、私は元々頭の中で物事を組み立てるのが得意な方だし、細かい作業も大好きだ。その性質のおかげもあるかもしれない。

 コーサディルはステータスが戦闘のためだけじゃなく、当然日々の生活にも反映されている。私も今だったら物凄く器用なことができるかもしれない。今度試しに刺繍でもしてみようか。まぁ、それは置いておくとして。


 魔力の使い方なんて、この世界に生きる人は皆生まれてから段々と学んでいくことだから教えることじゃないんだろう。

 それでも弓術の指導官に無理を言ってよかった。一般論ながら、属性つきの矢の作り方を教えてもらえただけでも大収穫だ。


「まぁ、その辺は聞かないでください。女は秘密が多い程魅力的って言いますし」

「その色々隠してます感やめろや……」

「聞いたら負けですよ、指導官」

「聞きたくねぇよ。その装備顔髪振る舞いその他諸々にも突っ込みたくねぇ。習練も助言も大して必要ねぇ奴はさっさと初級抜けてっちまえ」

「有料でも定期的にきますよ?」

「俺はもう教えねぇぞ」


 最初、貴族っぽい面倒な奴と関わりたくないと顔に書いてあったし。

 貴族令嬢じゃなくても色んな面倒事、というかそれ以上の面倒事は抱えているけど。

 冒険者の先達として色々聞いてはみたいけど、向こうが必要以上の交流を望まないならそれでいい。当人が悪感情じゃなくて、ひたすら面倒なだけだと思っていそうだから尚更。


 明日からは体術系の指導官にお願いしてみよう。そう思いながら習練場を辞去する。

 周りからの視線は、初日よりは減ったけどそれでも空気のようには扱ってもらえない。


 指導官の言う通り、私は色々と突っ込み要素が満載だ。

 貴族的云々を抜かしたとしても、見る人が見れば装備に色んな魔物素材や迷宮品を使っているのがわかる。その中にはお金だけじゃ入手できないものもある。

 絶対に狙われるか絡まれるか何かあるだろうと思っているのに、本当に何もない。ただ遠巻きにされるだけだ。

 完全に浮いている。自覚はあるけど、別の装備にしてわざわざ装備の恩恵と防御力を失いたくない。仲間がいないからこそ、自分の身は自分で守らないといけない。

 ただ、できれば。


「お酒くらい、一緒に飲める同僚がほしい……」


 朝露亭でオーナー夫婦や商人さんと一緒に少し飲んだけど、そうじゃない。もっとこう、冒険者同士の酒場での雑談みたいなことをやってみたい。

 そう思ってギルドの酒場に入った時の気まずさは忘れられない。女性専用車両に気付かず入ってしまった男性はあんな気分なんだろうか。とにかく場違い感が凄かった。私も冒険者なのに。


 あのすぐに場を出なくてはいけないような一種のプレッシャーを思い出して、溜め息をついてうつむいた途端。肩が何かにぶつかった。

 思わず一歩下がると、隠しようもないくらいわかりやすい酒気が漂った。


「ッ、んだぁ? せっかく人が気分よく飲んできたのにぃ。どう思う、兄弟?」

「そうだなー兄弟。こりゃまた酒入れねーと気持ちよく帰れねーわ。なー?」


 酔っ払いだ。わかりやすく絡む酔っ払い。まだ夕方にも早い時間なのに、もうできあがっている。

 絡まれることが新鮮で、ついつい視線を上げて観察してしまう。


「おうよぉ。てぇことでねえちゃん、おれら、に……」


 赤髪と青髪の、推定二十代前半の冒険者。

 髪の色は正反対ながらほぼ同じ顔と体格をしているから、おそらく双子なんだろう。珍しい。

 そんな、見事な赤ら顔を晒している二人組が私の顔を見て、同時に真顔になる。そして一気に顔の色が通常に。


 ああ、まぁこうなるんじゃないかとは思ったけど。

 そのままは帰らせないよ。だって、私もお酒飲みたいから。

 今日はエヴァさんに外で食べるって行っておいたし、元々酒場を開拓するつもりだった。それがひとりで行けるややお高いバーじゃなく大衆居酒屋系になるだけだ。


「いいですよ。一杯奢りましょうか」

「い、いや、大変悪い、ちが、失礼なことをぶちかまして」

「ぶちかましてじゃねーよ足臭ヤロー。失礼なことをして? してしまいまして?」

「失礼でも何でもいいから私の酒に付き合いなさい」

「「了解いたしました!」」


 酒好きな自覚がある身として、酒気に煽られれば多少テンションが上がる。

 例え綺麗なシンメトリーでおかしな敬礼をされたとしても、それは変わりない。


 王道的な冒険者の酒場、初体験となるか。

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