08とある冒険者
マリタさんの窓口に長い事張り付き過ぎじゃないかと思いながらも、あれこれ話をして。
私の指導者探しは、やっぱり依頼じゃなく仲介の形になった。
専属指導というのは、数は少なくても頼む人は頼むらしい。金銭に余裕がないと駄目だけど、噛み合えば習練場よりは早く冒険者として立って行けるようだ。
「厳しいことを言わせていただきますが、条件に半分でも副う冒険者がいれば上出来だと思ってくださいね。仲介できるのは中級冒険者になりますし、長時間拘束を可とする魔法士はかなり難しいと思いますので……」
「魔法士の方が難しかったら、ある程度迷宮と都市外を歩き慣れた人で人格的に問題がない人をお願いします。先程言った金額なら出せますので」
中級冒険者を長期間拘束するのはいくらが相場なのか。
御守は護衛に近いのかもしれないけど、事実護衛ではないし身を狙われている訳でもない。私が必要としているのは主に他の面だ。
マリタさんと相談した結果、普通の一ヶ月護衛依頼より高めで上限を設定することにした。
仲介期間を一ヶ月にしてもらったので、その間にギルドに訪れた条件に少しでも副っていて依頼を受けていない冒険者に声をかけてくれるらしい。仲介できる人がいなくても手数料はかかるけど、今回は望み薄過ぎるから何だか安くしてもらえた。
絶対に指導者がいなくてはいけない、と言う事じゃない。ただいたらとても助かる。
私には絶対的に知識が足りない。経験も当然ないに等しい。そんな中で冒険者として活動していくには、ある程度の伝手というものが必要だ。
【奇運】に任せてなるようになる、なんて考えじゃとんでもないマイナスな事態を引き起こすかもしれない。
ド田舎の世間知らずで呆れられる程度で済まされるうちに、私はコーサディルのことを知っておくべきだ。
「わかりました。ただ、仲介を待つ間に習練場などもご利用ください。常駐指導官には引退した魔法士もおりますので」
「ありがとうございます。明日行ってみます。とりあえず今日は手持ちの品を売却して資料室に行きます。色々ありがとうございました」
「いえ、私も説明の繰り返しをせずに手続きができたのは久しぶりなので……何と言うか、安心できました。買取カウンター以外は空いていれば相談事も受け付けていますので、何かありましたらおっしゃってください」
最後までにこやかなマリタさんに見送られながら、ようやく窓口から離れる。
ギルド職員と言えば美人な受付嬢が王道みたいだけど、私は相談事があればまたマリタさんにお願いしたい。日によっては中央の通常依頼のカウンターにいるみたいだし。
さっそく右手の買取カウンターに向かって、また職員の顔ぶれを確認する。
観察するより【看破】で視た方が早いけど、ベルナンド老に注意されてから極力人に【看破】を使うのは避けている。
とりあえずいざという時のために【看破】を使う時の目の具合を鏡を使って確認しながら何度も練習したから、おそらくそこまで違和感なくできるだろうけど、それをやらなければいけない状況でもない。
「いらっしゃいませ。買取のご利用は初めてでしょうか」
マリタさんに聞いたところ、このカウンターにいる職員は全員【鑑定】持ちらしい。神様が数百人にひとりと言っていたから結構な割合じゃないだろうか。
その中で偏屈そうでも好色そうでもない、おそらくベテランの域に入るかどうかだろうの男性の前に立つと、本当に僅かながら固い笑顔で出迎えられた。
緊張している。悪感情、というより困惑の方が強い雰囲気だ。もしかして貴族に苦手意識があるんじゃないだろうか。
冒険者ギルドをはじめとしたギルドと名がつく集団は、王族や貴族が介入することはできない独立機関だ。
姓を捨てていれば登録ができるけど、それは貴族をやめるということだ。例え姓を隠しても登録時にはバレてしまうから現役の貴族はギルドにはいない。魔法士の魔法協会は逆に貴族が多く登録しているらしいけど。
現時点では貴族じゃないけど元貴族。そう思われてしまう可能性は高いようだ。
まぁ、元から貴族じゃないことをいちいち出会った人全てに説明する必要はない。
「初めてです。お手数ですが、取引の流れを説明していただけるとありがたいです」
ギルドカードを提示しながら言うと、ひとつ頷いた男性が買取の流れをひとつひとつ説明する。
買取は依頼外の魔物素材や迷宮品の買取をする場所。普通の買取は引き取ってその場で【鑑定】し、買取表に沿った料金を受け取って終わり。料金表になくて類似するものもない特殊な品や大量の買取は時間がかかるので札を渡されるから時間を置いてから査定された額を聞き、納得できれば料金を受け取る。
普通の流れだ。それなのに説明があまりにも丁寧過ぎる。
あれだろうか、貴族を捨てた冒険者に余程面倒ないちゃもんをつけられたんだろうか。
私の顔は元々気位が高そうな、というか正直それらしい表情をすると高慢な女に見える顔をしている。このままだと何もしていないのに男性の気力がガリガリと削られていく一方で居心地が悪い。
「勿論特殊品の査定は【鑑定】持ちと【看破】持ちが行い、過去の買取データや類似する迷宮品を照らし合わせ……」
「すみません、大体わかったので結構です」
「はっ、も、申し訳ありません長々と!」
「いえ、とてもわかりやすい説明だったんですが、私がそういった品を扱えるようになるまではまだまだかかりますので……あの、ちなみにそれっぽい顔をしている自覚はありますが貴族ではありませんので、もっと適当な感じで大丈夫です」
やっぱり言う羽目になった。いや、この場合は言った方が気が楽だからいいか。
“その顔で平民はない”と言わんばかりに目を剥く男性に念押しで繰り返すと、カクカクと頷きながら説明を終了した。
「で、では……本日はどのようなものをお持ちですか」
「とりあえずこれと、これを」
ベルナンド老がくれた使わない装備品と魔物素材の中で、完全に押し付けられた形のやばそうな品から様子見で一つ、今装備しているものと被っている装飾品を一つ出す。
どちらも指輪だけど、それが二つ並んだ瞬間、男性の目の端がほんの少しだけ動いた。
おそらく【鑑定】を使ったんだろう。これはかなり注視していないとわからない。
「まずこちらの盾の指輪ですね。結界の呪が魔石消費で発動するタイプになりますので、永続タイプより金額は下がりますが10000リルになります。
そしてこちらの指輪は……とても強い負の呪がかかっていますし、血酔いの迷宮に出現するデモンレディの指輪に近いのですが……どうも別大陸の迷宮出のようですね。少しお待ちいただけますか」
「あ、はい……すみません」
自分で“まだまだかかる”とか言っておいて早速面倒なもの持ってくるとか。
これは少し恥ずかしい。ベルナンド老、これ何の指輪なんですか。勢いで視ないで持ってきた私が悪いんだけど。
《リディキュールの指輪/闇属性/B
四の大陸・銀鏡の迷宮(Bランク)に出現するリディキュールが残す装飾品。嵌めると外せなくなる。
・魅了無効
・光属性ダメージ倍増
・毒ダメージ倍増》
ああ、やっぱり完全に呪われている。なんだこれ。
ベルナンド老、こんなもの私の荷物に入れてもしそのまま嵌めたらどうするつもり……いや、その場合は私が馬鹿だっただけだな。
ちなみにリディキュールはデバッファー、妨害魔法に特化した悪魔らしい。代わりに光と毒には弱いと。そのままだ。
私が【看破】を使ったと思っていない男性が同じように名前と性能の説明をしてくれる。どうやら素材評価がBのようだ。
そのまま特殊品扱いになってしまうかと思ったけど、迷宮品じゃなく新種でもない魔物素材だから四の大陸での相場を調べてくれるらしい。
気になって聞いてみたら、大陸毎に魔物素材の買取表が作られていて年に一度大陸本部でシェアしているので、本部では世界の全ての魔物の料金表があるとのこと。思った以上に冒険者ギルドが凄い。
物凄い早さで辞典のような分厚さの買取表を引いていく男性の手元を見ながら、探すページ数すごいし逆に面倒かけてしまったんじゃないかと思っていると。
「リディキュールの指輪はレアな素材のようですね。四の大陸のギルドで取引があったのは八年前になります」
「そんなに前なんですか……レアでも使い道がないですよね」
「いいえ、とんでもない! どうやら負の呪いは三つかかっているようなので、光属性の浄化魔法をかければ魅了無効だけを残せます。完全耐性の装備品は中々出ませんし、別大陸の素材であることも付加価値になります。それを鑑みて、取引記録の金額から浄化魔法の手数料をという事になりますと……くらいで、いかがでしょう」
もしかしたら、今回のように手数料や付加価値の場合のマニュアルもあるのかもしれない。
とまどいなく囁かれた金額は、朝露亭に一年以上余裕で滞在できる額だった。
属性無効なら額が数十倍から数百倍にはなったと言われたけど、充分過ぎる程に高い。相場は全くわからないけど。
ベルナンド老も私も厄介もの扱いしていた装備品がこんな高額なんて……いや、老のことだから知っていても普通に捨てるつもりだっただろうな。元々冒険者の持ち物だし。
驚きを出すことなく頷くと、二つの指輪は布の敷かれたトレーに載せられ持って行かれる。
少しだけ待って、戻ってきた男性の手には小さな布袋があって、ここで中身を確認してほしいと言われたので金貨を並べて数えてからしまう。
これで取引は終了らしい。名前は聞かなかったけど、男性の緊張はずいぶん解けたみたいだった。
今度機会があってまたあの窓口を使うようだったら、その時は名前を聞いてみようと思う。
お礼を言ってから、今度は二階へ向かう。
ガイドブックによると、二階は資料室と有料の宿泊所がある。
ちなみにマリタさん情報ではほぼ九割以上の利用者が新人冒険者で、宿泊代は大部屋の朝一食付で50リルらしい。私が贅沢し過ぎなのがよくわかる。
本当にあの冥道に落ちてよかった。放っておかれたらケルベロスに食べられて人生終了だったけど。【奇運】に感謝だ。
依頼を受けるのは資料を見てから。そうマリタさんにも言ったら薬草辞典なども勧められたから読んでみたい。
今日はこのまま読書デーになりそうだな、と思いながら階段を上ろうとしたところで上から人が下りてくるのに気付いた。
宿泊所の利用者だろうか。少し端によりつつ顔を上げると、グリーブというには少しシンプルな、ごつめのブーツが目に入った。
次いで視界にくるのは無駄のないシルエットの足。太ももと腰にベルトを巻き、左には長剣を帯びている。そこまで来て、凝視はさすがに失礼だと思ってようやく目線をずらそうと、した。
「――……」
一言で表現するとすれば、“とても危ない雰囲気の美丈夫”だろうか。
年齢は二十代後半くらいか。すらりとした背はかなり高く、並べば軽く頭ひとつ以上は違うだろう。表情は気だるげなのに、顔の造作は鋭利なんて単語を使いたくなる程鋭い。
一瞬だけ視線が合った眼は驚く程深く綺麗な色で、ルビーもかくやと言わんばかり。ただ雰囲気からくるイメージが先行しているので、間違っても“瞳が綺麗で素敵”なんて言葉は出てこない。
こういう男性を見ると、危険な男に惹かれる世の女性の気持ちがわかる気がする。確かに魅力的だ。ブラックエルフより明るい褐色の肌が妖しげな色気を漂わせていて、彼の持つ雰囲気を助長させている。
僅かな間でこれだけ感想が出てくる印象の強い人も中々いない。海外映画に出演するんだったら、絶対にクールなヒール役やマフィアの幹部役だろう。大いに似合いそうだ。
そんな、ひどく印象の強い男性が私を見て僅かに顔をしかめる。
見られて不快になった、という様子じゃない。どちらかと言うと、顔を見て不快になった、と言う方が正しそうだ。
思い当たることと言えばこの貴族顔しかないけど、さすがに通りがかりの人には弁解のしようもない。
ゆっくりとすれ違う。
何故か意識されているのがわかったけど、あえてそれに触れたりしない。
視界の端で、砂漠の砂を思わせる色の長い髪が揺れる。前から見ると無造作な長めのショートだと思っていたからそれが意外で。うなじ辺りから細く編まれた髪が蠍の尾みたいだと思った。
無意識につめていた息を、これもまたゆっくりと吐き出す。
振り返りはしない。ただ足を進めて階上へ。
廊下について、聞いていた資料室がある扉を開けて、私はようやく大きく大きく息をついた。
「……何なんだ、あの人」
顔の問題じゃない。五感と共に強化された第六感のようなものが私に訴えていた。
観察するまでもなく、あの男性は物凄い強者だと。
宿泊所の利用者な訳がない。もしかして、三階の会議室とかギルドマスター室に用があった上級冒険者なんだろうか。
だったら見た目通りの年齢じゃなく、上位位階の混血でもっと年上なのかもしれない。
何にしても……すごく疲れた。
すれ違う際に感じたのは、今度は不快の雰囲気じゃなく不審だった。
何故あんな風に私に意識を向けていたんだろうか。私はそんなにギルドにいるのが似合わないのか。それとも全く違う理由か。
どちらにしても、私から話しかける用はきっとこの先もないだろう。いくらある程度の伝手が必要だとしても、どう見ても面倒見が良さそうには見えない剣士らしき上級冒険者とは交わる線が全くない。
「まぁ、いいか」
建設的なことを考えよう。マリタさんに勧められた初回の依頼は採取だった。ここは定番のポーション原料の薬草集めにしよう。
気を取り直して、私は思ったよりもずいぶん広く雑多な資料室で薬草辞典探しの旅に出ることにした。