07ギルドの規則
『冒険者ギルド 三の大陸ファルク本部』
清々しい程わかりやすく力強い文字の看板が掲げられている、石造りの三階建ての大きな建物。
朝オーナーが貸してくれたセランデル王国の観光ブックを読んでいて知ったけど、迷宮都市ファルクの冒険者ギルドは三の大陸と呼ばれるこの大陸を総括する本部らしい。
普通どこかの王都にあるべきじゃないのかと思ったけど、それだけ迷宮が多くて、魔物も強く、依頼量も多いから必然的に大きな組織になったんだそうだ。
“王都と転移陣でやりとりしているんだよ!”とか観光ブックのキャラクターが陽気に言っていたので常識なんだろう。
紺色のフードを目深に被ったマント姿の私は、弱い認識阻害がついていても怪しい。
さっきからちらちらとギルドに出入りする冒険者らしき人に見られている。
いつまでも入口の前にいる私が悪い、と溜め息をつきながら両開きの扉を開けた。
「…………」
物凄く、見られている。
以前の生活的に見られることには慣れているけど、あまり気分のいいものじゃない。
さっさと用を終えようと、まずロビーをざっと見渡す。
左右にハの字を描くように設えられたカウンター、それと真正面の一番長いカウンター。そこにそれぞれ人がいて、窓口になっている。
ガイドブックなんて代物があってよかった。有名だったからこそ、ここの使い方がなんとなくわかる。
役所のように案内板やカウンターにプレートなんてないから、きっと観察している間に絡まれていただろう。それくらい怪しい格好をしている自信がある。
迷いなく左手の新期登録と依頼発注を兼ねているカウンターに向かう。
おそらく、依頼人として依頼発注をしに来たんだと思ったんだろう、それだけで視線の大部分が減ったのを感じた。
カウンターにいるのは六人。一番空いていそうな昼過ぎを狙ったからか閉まっているカウンターもあるけど、中央の通常依頼関連のカウンターに比べたらだいぶ空いている。
タイミングが良過ぎることに私が近づいた瞬間に人の切れ目ができて、全ての窓口が空いた。
【奇運】さんのことを考えるのも飽きてきたな、と思いながら一通り職員を観察してややふくよかな女性の前に立つ。
「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルド、ファルク本部へ。今回はどういったご用件でしょうか」
耳触りのいい声と共に笑顔を送られる。
優しそうな人だ。この人こそ宿屋の女将が似合う気がする。
「用件は二つあります。その前に……」
女性にだけ見える様にフードをずらして、はっきり顔を見せる。
驚いたように見えないだけでも、ここを選んだかいがあった。
「脱いでも平気でしょうか」
「申し訳ありません。何か身分証はお持ちですか?」
「はい、身分証を紛失したので仮発行をしてもらっています」
渡したカードサイズのプレートを左手にあるボードに置いて、女性がひとつ頷く。
女性の視線がプレートに固定されている内に【看破】してみると、どうやら真偽の魔道具らしい。偽装身分証はここで弾かれるようだ。
「ハイネさんですね、結構です。今回担当させていただくマリタと申します。お話ししていく中で何かわからないことがありましたらおっしゃってください」
「はい、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ではまず、仮ということは冒険者登録でよろしいでしょうか。ギルドカードを発行したら警備隊の詰所で仮身分証の破棄と返金ができますので、三日以内に詰所にお立ち寄りくださいね」
「ご丁寧にありがとうございます。今日は冒険者登録と、可能なら依頼発注をお願いしたいんですが」
再びじわりと集まった視線を気にせずにフードを取りながら一息に言うと、今度こそ女性、マリタさんの目がわずかに見開かれる。
自分でも変なことを言っている自覚はある。小さな依頼でもいいからこなしていかないといけない新人が、どうして依頼の発注なんてするのか。普通だと、すぐ考えられる理由はひとつだ。
「新人の方が依頼発注をするのは、禁止ではありませんが……」
「禁則事項でないならお願いします。依頼料を払うことはできます」
「……失礼ですが、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
貴族じゃなくても金持ちの娘が、冒険者に憧れて家出してきた。
そう取られても文句は言えない。私でもそう思ってしまいそうだ。
弁解をせずに、私は視線で先を促す。
「ハイネさんは、窓口にいた職員を全員見てから真っ直ぐ私のところに向われましたね。何か理由がおありで?」
確かに、マリタさんの席は一番奥だ。
手前には愛想のよさそうな若い女性も整った顔の若い男性もいるし、優しそうな人だって他にもいる。
これで何となくとか言うとどうなるんだろう、と思いながら少し考えて。
「まず、カウンターに近づく私に好奇の視線を全く向けなかったのは四人。その後近くを歩いている私を確認して資料を手に取ったのは三人。内ひとりは私の格好を見て護衛依頼の料金表のようなものを用意していました。あなたともうひとりはどちらも冒険者登録の用紙と大まかな依頼発注の料金表を用意しましたが、手前にいるホワイトエルフの男性は……違っていたら失礼なことこの上ないですが、おそらく粋がっている新人や難のある依頼者に対応するのが得意な方でしょう。どちからと言わなくても、話しやすそうな女性を選ぶのは当然かと」
要は消去法だ。
私が必要だと思うことをやってくれて、一番話が進みやすそうな人を選ぼうとしたらマリタさんしか残らなかった。それだけのこと。
つらつらと理由を述べていく間、二つ隣のエルフ男性からの視線がかなり強かったけど無視しておく。彼は私を見た瞬間に“面倒事ですね、どうぞ”と言わんばかりに視線で手招きしていた。私としては面倒事を持ち込んでいるつもりはない。貴族じゃないから、大丈夫。
“当然”と言い切った私を見て、マリタさんは間をおいてからころころと笑った。
「よくそこまで見ていますね。失礼ながら、金に飽かせて冒険者を雇ってランクを上げようとするなら断らせていただくつもりでした。禁止はされていませんがとても褒められた行為ではありませんので」
「雇うのは確かですが、一ヶ月か二ヶ月程指導してもらいたいだけなので。問題はないですか?」
「問題はありませんが、ギルドでもGランク冒険者に対して習練場での指導はいたしますよ? 登録後一ヶ月なら無料で」
「いえ、多少出費してでも専属指導をしてもらいたいんです。指導だけでなく色々お願いしたこともありますし」
何せ、私が求める指導者の条件は多過ぎる。
ある程度の経験と実力と人間性についてはギルドも当然考慮するだろう。
それに加えて、世間知らずの御守をすると思って割り切れる度量と、数多く生まれるだろう私の疑問に答えられる知識量。それを持ち、魔法を扱う上位位階混血の冒険者。
ここまで狭めた条件をクリアする冒険者がいるのかは正直謎だ。ただ、少しでもそれに近い人に指導してもらえるなら、個人的に依頼する意味は充分にある。
「そうですか……では、まず冒険者登録をして適性を見てからお話しましょう。おそらく依頼ではなく、条件の合う冒険者を仲介する形になるかと思います。ただ、少々金額が高くなりますが」
「余程高額でなければ大丈夫です。お願いします」
「わかりました。余計にお時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。冒険者というものがどのようなものかは登録に来た時点でご存知でしょうから、登録を進めさせて頂きます」
渡された用紙には上半分に名前・出身・技能・戦闘スタイルを書く欄がある。
最低名前だけでもあればいいということと、技能はギフトをそのまま書かなくてもいいことを説明されてペンを渡される。
出身は勿論空欄にして名前を書いて、技能はとりあえず風魔法にしておく。戦闘スタイルは……
「マリタさん、短い矢だけを使う人って何て言うんでしょう?」
「弓術とは違うのでしょうか?」
「いえ、【魔力矢】なので弓は使わないんです。吹き矢のような勢いで、投げ矢? のような」
「…………まず、吹き矢を使う冒険者はいません。人の息の力で射出される矢に、魔物に効くような威力は期待できませんので。同様に弓を使わず矢を投げる人もいないかと。ハイネさんは【風魔法】を技能に書かれましたね。魔法の行使が可能な魔力がおありなら魔法をメインにしておきましょう。はっきり言って【魔力矢】のみを戦闘スタイルにした人を私は今まで見たことがありません」
「あ、はい」
思わず気圧された。そんなに不遇な扱いを受けているのか、このギフトは。
いや、どちらかと言うとネガティブなイメージ……いや、深くは掘り下げないでおこう。“魔物に効くような威力”のあたりが特に突っ込むとまずい気がする。
とりあえず書き上げた用紙を渡すと、丁寧に目を通したマリタさんがそれを先程のボードに置いて確認してからファイルにしまい、次に机から黒いカードを取り出す。
血を一滴垂らすようにと針を渡されたので一番使わない小指を刺して、カードの右下にはめ込まれた小さな魔石に垂らした。
ちらりと聞いてみたらこのカードは商人ギルド・魔技師ギルドとの三ギルド共同開発で数百年前に造られたものらしい。
はめ込まれた魔石は人工魔石で、血に含まれる魔力の質や量で色が変わるので無二の身分証になる。
紛失したら再発行に金貨五枚かかると言われたので、普段はストレージにしまっておこうと思う。
「魔石が血に反応して安定するまで少し時間がかかりますので、その間にギルドの概要や規則についてお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、お願いします」
人工魔石が弱く明滅を繰り返すのをちらりと見てから頷いておくと、時間を有効活用する、と言うには優しげなペースで、耳触りのいい声が語り出す。
冒険者のランクはG~Sの八つ。G・F・Eランクが初級冒険者、D・Cランクが中級冒険者、B・Aランクが上級冒険者、Sランクは偉大な功績を修めた英雄しかなれない。
依頼は自分と同じランクか、ひとつ上までなら受けることができる。
基本的には依頼を連続十回達成で次のランクに上がることができる。初級から中級に上がる際やその上のランクに上がっていくにつれて試験や依頼種別の指定がある。
ランクが上がる毎に職員から説明があるけど、今聞くこともできると言われたので断っておいた。
ただでさえこの後依頼発注の相談とかアドバイスとか時間かかることをお願いするのに、プラスで仕事を頼みたくない。
続いて罰則事項について。
依頼を失敗したら違約金が発生すること。ギルドカード提示により通行税は全て無料だけど、あくまで冒険者として活動していることが条件であること。
それと冒険者ギルド加入するには年会費が必要なこと。初級・中級・上級によって会費が変わり、私は初年なので登録時に最低1000リル、三ヶ月以内に合計5000リルを納めなくてはいけない。滞納したら冒険者の資格を凍結されるし、初年だったら登録抹消だ。
「なので、もし可能であれば年会費のお支払をお願いいたします。分割にいたしましょうか?」
「いえ、一括で」
“やっぱりね”と思っていんるだろうマリタさんの笑顔を流して、普通のポーチから銀貨を五枚出して渡す。
おそらく、会費が高いと思う新人冒険者もいるんじゃないだろうか。
昨日市場で色々見ながら人の会話を拾ってきたけど、銀貨五枚あれば武器防具道具類を別として、節約しつつひとりで一ヶ月暮らせるはず。
全ての通行税を無料化できて四大陸全てで通用する身分証だ。そんなものが発行されるギルドに加入するのが無料だと言う方がむしろ無理があると思うけど、一般的な感覚からしたら年若い少年少女が軽く払える額じゃない。
三ヶ月経っても、というか現時点でお金が足りない少年少女もいるだろう。
その救済システムがあるのかは今の私には関係ないので流しておく。例え二つ隣のホワイトエルフさんの窓口で、今まさに年会費を払えない払えるわけないとごねている少年少女がいたとしてもだ。
「最後に、禁止事項があります。こちらをご覧ください」
頷くと、A4くらいの大きさのボードをカウンターに立てるように置かれる。
全般的な冒険者用なんだろうか、すごく簡潔な箇条書きのものだ。
以下の事項は禁止されている。
・各国の法に反する行為
・ギルドの規則に反する行為
・冒険者同士の私闘行為(合意の決闘は認める)
・常時依頼の独占行為
・依頼人への不当な暴力行為
・受注依頼の売買行為
破れば罰金・ランクダウン・資格凍結。悪質な場合は資格剥奪となる。
「これだけは厳守していただいております。忘れないように先程申し上げた罰則事項と共にギルドカードの裏にも記載しております」
「この書き方だと、これ以外にも規則はありますよね?」
「ありますが……あまり多く言っても覚えて頂けないことが殆どなので、本当に重要なことだけ書き出してあります」
“きちんとした全文は資料室に保管してあるので、是非”と期待を込めて言われると、読まなければいけない気がする。
ボードに出すくらいだから本当に最低限なんだろう。罰則事項はギルドの規則で特に覚えてほしいことだったから口頭でも伝えたのか。
冒険者は文字を読まない人が多いんだろうか。
聞くのが少し怖い。その前に聞かなくてもこの対応からして全てを物語っている。
「今の説明で終わりになりますが、何かご不明な点はありますでしょうか」
「特にはないです。後で資料室には寄りますが」
「ありがとうございます」
その感謝の言葉に、やけに感情が籠っていたのは聞かなかったふりをしておく。
まだまだ話は続くんだから、色々突っ込んではいけないこともある。
「では、こちらがギルドカードになります。ご確認ください」
手にした黒いカード。見た目は洒落たキャッシュカードみたいな感じだ。素材は不明だけどかなり硬く力を入れても曲がらない。
魔石と対するように右上にギルドの紋章があって、表には名前・登録した場所・ランク。裏には禁止行為と罰則事項が書かれている。
「ギルドではカードを使えばステータスの確認もできますが、どうされますか?」
「いえ、この間確認をしているので大丈夫です」
ステータスはギルドと神殿、あとは【鑑定】で確認できる。
特に変わりはないし、そんなに細かく確認するものでもないらしいからマリタさんもそれ以上は何も言わなかった。
これで私も冒険者か。
主に身分証欲しさだったけど、せっかくファンタジーの王道職業についたんだから、楽しんでいこう。
さしあたっては冒険者生活を充実させるための一歩、指導者の相談だ。