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03混血の儀

 今更ながらに見渡して確認した、石造りの大きな広間。

 二人で話し続けていたせいだろうか、暇そうに体を伏せてしまったケルベロスの横で私とベルナンド老は座り込んでいた。

 回り回って一周してしまったかのように、すぐ傍の魔獣に対する恐怖がなくなっていた。その主が、私に手を差し伸べてくれたからだろうか。


「さて、お前さんに教えることは山ほどありそうじゃが、その前にひとつ」

「はい」

「儂、お前さんの名すら知らんのじゃが」

「あ、そうですね」


 そう言えば、名乗っていないどころかどう名乗ればいいのかがわからない。

 昔の名前をそのまま名乗るつもりはなし。世界が変わったんだから別の名前が必要だ。


「……では、ハイネと」


 学生時代、はじめてやったゲームのキャラクターにつけた名前だ。

 難しくないものと、と思って買ってみた一人用の異世界の農業ゲームというどこをターゲットにしたものなのかわからないゲームだったけど、おもしろい素材を掛け合わせて色んな作物を作るのは意外にハマった。

 それから色んなゲームをやったものの、女性型のキャラクターにする時は九割方この名前をつけていた。

 せっかくだし、少しは愛着があって自分だと分かる名前にしたい。


「ハイネか。貴族令嬢の愛称としてもアリじゃの」

「私は貴族ではありませんが……」

「もう雰囲気からしてそれっぽいんじゃ。育ちの良さが滲み出ておるし、街娘にそこまで見事な金髪なんぞおらんわ」


 腰まで届きそうな髪を一房掴んで指を滑らせる。

 見るからに時間をかけて手入れされているとわかる輝きと感触。やっぱりこの髪は標準的なものじゃないらしい。


「……ベルナンド老、鏡を持っていませんか?」

「ぬ? 部屋にはあるぞい」

「実はこちらの世界に転移した際に姿形が変わっているらしくて、どんな顔をしているのかわからないんです」

「早う言わんか! 全く、少しは不安に思わんのかのう」


 ベルナンド老が早口で何かを呟いて、手首をくるりと回す。

 間を置かずに、金属が擦れる音と共に手鏡が現れた。


「……魔法だ」

「こんな無魔法、魔法の内に入らんわ。早く見るのじゃ」


 傷を治した魔法といい、さっきからあまり感動する暇がない。

 急かされて慌てて手鏡を受け取るなり、ひとつ呼吸を置いてから鏡を覗き込んだ。


 少しだけサイドの髪を残して高くひとつに括った、波打つきらきらしいハニーブロンド。ざっくりと前髪を編み込んで流してあるから、顔の造作がはっきりとわかる。

 明るく澄んだ翡翠色の目はびっしりと長い睫毛に覆われて猫のように大きく吊り、顔のパーツの中で主張をしている。

 細くそれなりに高い鼻。品がよさそうに見える小さな唇。肌はわずかにピンクがかった白磁のようで、黒子ひとつない。


 ……おそらく、元の私が色味をいじって更に白人系の顔立ちに寄ったらこの顔になるだろう。

 元から顔の彫りは深かった。家の人間は外国の血は入っていないのに、誰もが海外でも通用する顔で、かつ整っていた。

 自分の容姿がどちらかと言わなくてもいいのは知っていた。それも含めてお人形なんだから。


 わずかな落胆と、多大な安心。

 やっぱり名残があると落ち着く。どこをとっても全く違う顔だったら、鏡を見る度に首を傾げてしまいそうだ。


「人種的な顔立ちと色彩が変わっていますが、それ以上の大きな違いはないみたいです。ただ、少し若い気はします」

「いくつなのか自分のステータスでも視ればよいじゃろ。【鑑定】かそこいらのギフトは持っておるようじゃし」

「なぜ私がそれを持っていると?」

「慣れない者が視る系統のギフトを使うと一瞬目がイっとるようになる。気付く奴は気付くわ。お前さん、儂を視たじゃろ」

「……失礼。気を付けます」

「基本的に許可なく人を【鑑定】するのは駄目じゃな。バレなきゃよいの精神の者もいるが、常識的にかなり失礼じゃしバレたら白い目で見られる」

「極力控えます。重ね重ね失礼しました……」


 まぁ、覗き見て勝手に格付けとかしているんだから普通に考えたら失礼だろう。少し調子に乗って基本的なことを忘れていたようだ。

 やや気まずい気持ちを隠すことなくそそくさと自分のステータスを視る。

 どうやら見ることが条件のようだから、とりあえず自分の手に視線を落して。



《ハイネ/人間/―/18歳(24歳)

 体力:D

 魔力:G

 攻撃:G

 防御:G

 敏捷:D

 精神:D

 器用:E

 運 :SSS

 ギフト:【看破】【奇運】【風魔法】【魔力矢】

(称号 異邦人 地球創造神を楽しませる者 ※他者からは閲覧不可)》



 成る程。ピンポイントにステータスを視たいと念じれば▽の折り畳み文章じゃなくて直接これが見られる訳か。

 それにしてもステータスが神様の言っていた通り大雑把だ。おそらく運のSSSが最高ランクなのはわかるけど、最低がどこなのか……もしかして、Gか。

 それはそうと、称号があからさまに転移者だ。まぁ自分にしか見えないなら関係ないか。


「ベルナンド老。どうやら私は微妙に年齢サバを読んで生きていくらしいです。それとステータスにSSSと一番下でGがあります」

「ハイネ、お前さん一度ぶっちゃけたら何でもぶっちゃけてよい訳じゃないぞ。その前にSSSは人外の神級じゃ。ステータスのどれかは決して言うでない」

「はい、すみません」

「それとGは最低のカスじゃ。平均はD。混血になればステータスは底上げされる。が、後は鍛えるんじゃな。大幅には変わらんが、少しはマシになるはずじゃ」


 ……私、弱い。ランダムステータスでこの割り振りって……【奇運】のせいか。本当に振り幅大きいな。


「どうやって?」

「身許不明なら冒険者にでもなるしかないじゃろう。儂はここから動けんし、七日過ぎるとハイネは亡者になってしまうからの。それまでに血を与えて、慣れさせて、一通り仕込むと。忙しくなるわい」

「え」


 さらりと流された言葉を耳が拾って、思わず聞き返す。

 亡者になるって、死ぬっていうことで。

 冥道に生者はいてはいけない。それは道理なんだとわかる。確かにその先に用がないのに長居する話なんて、神話の中でも聞いたことがない。


 あと七日。それしかいられない。ベルナンド老と話ができるのは、たったそれだけなんて。


「……言っておくがの。ここは生者を拒む冥界の入口。お前さんが感知できないだけで、今も数多の魂がここを通って黒き神の身許に召されている。本来生者が気軽に来るような場所ではない」

「そう……ですよね」

「まぁ正直ここ玄関先じゃしこれ以上先に行かないのであれば害のない生者くらいいくら立ち入っても大丈夫なんじゃが。そもそもこの手前までは大迷宮じゃからの、普通に冒険者が入っておるわ」


 …………ベルナンド老?


「だったら今生の別れみたいなトーンで話さないでください泣きそうになりました」

「そりゃすまんかった。それでもほとんど表情に出んのじゃな、お前さん……とにかく、ここは亡者のための門に繋がる場所。生者はここに居続けることはできん。黒き神の神気に近づき過ぎて亡者になるのは真じゃし、神に仕える儂がついていけんのも、お前さんに知識を詰め込むだけ詰め込まなければならんのも真」


 真面目な顔をしたベルナンド老にあわせて居住まいを正す。

 若干砕けて冗談めかしたやりとりが生まれているものの、全く嘘をつかないこの人の言葉は大事に覚えておきたい。ひとつひとつが、無知な私の糧になる。


「ここは黒き神の支配地、死が満ちる地。ここで寝食を経ても生きるための力、生気を養うことはできん。儂のこの体は傀儡じゃから、元から生気を必要とせん。お前さんは紛うことなき生者。七日を過ぎる前にここを出てしばらく白き神の支配地に留まる必要がある。そうせんと体がゆるやかに死を受け入れてしまう」


 特別聞いてないけど、黒き神が死を司っていて、白き神が生を司っている、ということだろうか。

 それ以外の神もいそうだけど、その二柱が世界で大きな役割を持っていることはわかる。

 白き神の地というのは生者の領域、つまり普通の地上のことでだろう。そう思って聞いてみると。


「そうじゃ。生者のいる場所は全て白き神の腕に抱かれておる。できれば、そのままここに戻って来ない方が体のためなんじゃが」


 その言い方だと、戻ってきてほしいと言われているような気がする。

 表情に出さないように内心にやついている私を見て、ベルナンド老が呆れたような溜め息をついた。

 これでも考えを読ませないことには長けていたつもりだけど、さすがに何百年もの人生の先輩にはあまり通用しないらしい。


「いえ、生気補充したら戻ります。私、あちらの神様に自由に生きて楽しませろって言われているんで」

「その辺はどこの神も一緒じゃな。儂もバジリスクに一発芸仕込めと言われて酷い目に遭ったわ」

「神様って暇なんですね。ああ、暇なのがいいんですよね」

「そうじゃの……って、時間が惜しいんじゃ! お前さんと話すと何故か脱線する!」

「すみません、合間の何気ない会話というものをしたことがなくて」

「ハイネ……偏屈とか散々言われた儂ですら友くらいいたぞ」


 生まれてこの方仮面世界で生きてきたものですから。

 自分でフォローしてみるものの、あまりにも淋しい人間だ。


「これから見つけます。友人、作ってみたいので」

「おお、そうしろ。馬鹿じゃなさそうなお前さんならまともな友くらい見つけられるじゃろ。とっとと混血の儀をやるぞい」

「どういうものなんですか?」

「今は知らんが、儂が生きていた頃は杯ひとつとナイフさえあればできた。せっかくじゃから、物だけでも儀式っぽくいいやつにしてやろう」


 また手首をくるりと回してベルナンド老が変わった色合いの金のゴブレットと透き通った銀のナイフ、それと小瓶を持ってくる。

 何だがとてもファンタジーな素材に見える。ただ深く突っ込むと話が進まないので黙っておく。


「何をするか、わかるかの」

「おそらくその杯に何かの血を入れて飲むんだと……魔物の血、ですか?」

「その通り。まぁ、お前さんならそれくらいわかるか」


 カラカラ笑ったベルナンド老がおもむろに小瓶を開けて赤黒い液体を数滴ゴブレットに垂らす。

 それが魔物の血なのかと少し首を傾げた私に、老は軽く否定の言葉を入れた。


「これは生前の儂の血じゃ。魔物を従魔にする時には必要なんでな。黒き神に仕える際に肉体から全ての血を抜いてもらったんじゃ。滅多に使わんが、迷宮に自然発生した具合のよさそうな魔物を従えることもあるしの」

「……数百年前の血」

「腹なんぞ壊さんから嫌そうな顔するでないわ。それよりもこれから入れる血の方が余程劇薬じゃ」

「すみません。何の血を入れてくれるんでしょうか」


 厚かましいけど、ステータスが底上げされるならできるだけ強い魔物がいい。

 強ければ強い程劇薬なら死なないギリギリで。血を混ぜることが苦しくてもつらくても構わない。私は、死にたくない。

 そんな私の期待がわかったんだろうか、ベルナンド老はまた意地悪そうに笑った。


「血を混ぜるのは体を強く、生を永くするためじゃ。そうせんとそのうち人間は魔物に淘汰される。じゃから、千年程前から混血が広まった。

 誰しも生まれる瞬間は純血。本来、産湯につけた後に弱い魔物の生血を与えるんじゃ。そうせんと体が耐えられん。力を求める者はもう少し育ってから、段階的に強い血を入れる。

 ――じゃが、お前さんは体が育っておるし、中和に使われる血親の血が儂じゃからな。ギリギリまでいくぞい。大盤振る舞いと言ったしの。ただし、かなりきついぞ。嫌なら一位階だけ下げてやってもよい、が」

「我慢することには自信があります。転移するまでの人生で人に弱音を吐いたことありません」

「……それは誇ってよいことじゃないわい。ともかく、お前さんの忍耐を信じて、こやつの血を与える」


 ポン、とベルナンド老が隣の黒いものに触れる。

 のっそりと首をひとつを巡らせたケルベロスが、不思議そうにこっちを見た。

 さっき私に襲いかかった時に起きていた真ん中の首じゃなく、今度は左の首だ。何故か、少し穏やかそうな眼をしている気がする。


「スーの時間でよかったのう。こやつは一番寛容でのんびりしておる」

「まさか、右の首はケルと言う名前だったりしますか」

「ぬ? 何でわかったんじゃ」


 安直にも程がある。


「わかりやすいのが一番じゃ。凝った名前なんぞつけて覚えられん方が従魔に悪い」

「……それもそうですね。申し訳ないんですが、少しだけ血を分けてください、スーさん」


 老とのやりとりからして何となく伝わりそうだったので、一応声をかけて頭をさげる。

 第二位階の魔物の血なんて、きっと普通に生きていたら手に入ることはない。それをやってくれるベルナンド老と、ケルベロスに感謝だ。


「言っておくが、野生の魔物は言葉なんぞ通じんからの? 魔物使いの儂が言うのも何じゃが、基本的に魔物は人類の敵じゃ。人語を理解するのは第二か第一位階しかおらんし、そんな災害級の魔物は滅多に会わん」

「ええ、そうだろうと思っています。ただ伝わるなら感謝くらいするでしょう、普通」

「普通の人間はせんわ」


 吐き捨てる様に言いながらも、どことなく滲んだ喜色が隠せていない。

 魔物を大事にするこの人が、どんな人生を生き抜いて、どうして国を救ったのか。

 人のいる場所に言ったら是非調べてみたいと思う。多分本人は絶対に話してくれないだろうから。


 ケルベロスの頑強そうな前足を老がぽんと叩く。

 ゆっくりと上げた足の裏、肉球と言うには物凄く硬そうなそこにナイフが滑り、薄く線が走った。


「え……そのナイフ、何ですか」

「『表剥しのナイフ』、一応魔道具じゃな。どんな物でも薄皮一枚は必ず切れる。ミスリルじゃからアンデッドの薄皮も剥げるぞい。魔物使い御用達じゃ」

「便利ですね、果物の皮剥きとかに」

「ミスリルで料理なんぞする馬鹿はおらん……よし、治してよいぞ、スー」


 肉球を押して滲んだ黒い血をゴブレットに垂らしていた老がそう言うと、傷が両端からふさがっていく。

 このレベルの魔物になると自己治癒力も相応に高いらしい。


 世界のこと、魔物のこと、生活に関わること、魔法のこと、これからのこと。

 この世界のひとりとなった私にとって、ここは全くの未知だ。わることも考えることも多くある。

 その第一歩に、まさか生血を飲むことになるとは思わなかったけど。


「お前さんは血を飲んだら意識を失う。血を混ぜるために眠りが必要なんじゃ。儂の部屋は冥界にあるから入れることはできん。悪いがここで寝ていてもらうぞい。こやつはもうお前さんを襲わんからの、安心して気を失え。目覚めるのは長くて三日。その後は詰め込めるだけ知識を詰め込む。よいか?」

「はい、ご迷惑おかけします」

「よいよい。たまにはこれくらいの刺激がないと腐りそうじゃ。儂はその間に黒き神の身許へ参る。おそらく既に視て楽しんでおられるだろうが、形式的にな」

「ここまでしてもらえたんですから、いい暇つぶしになれれば幸いです」

「お前さんのとこの神も暇なんじゃろうなぁ」


 視られているんだろうか。意外にマメだ。

 それとも、しばらくの間は見守るつもりなんだろうか。


 渡されたゴブレットを、少し傾ける。

 どう考えても摂取していいものじゃない気はするけど、郷に入っては郷に従え、だ。


「あ、ベルナンド老。ひとついいですか」

「何じゃ。味はまずいぞい。しかも初めての混血ならおそらく起きた時体調は相当悪いじゃろう」

「見た目もまずいから覚悟してますし死ぬ以外ならどうとでも。それより私、運の上下が激しいギフト持ちなのでもしかしたら何かあるかもしれません、すみません」

「今更過ぎじゃろ!」


 絶対死なせないでね、【奇運】さん。


 一息に飲み込んだ血は、この世のものとは思えない味がした。

 当然か、ここは冥界、だし――……

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