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19下手くそな戦闘

 朝から少しのいざこざがあったものの、程なくして迷宮門へ辿りつけた。

 街道から小道に入ってすぐ見えてきたのは、五メートルは超えるんじゃないかと思うくらいの重厚な扉。

 両隣に道具屋らしき露店と、小さな詰所のようなものがあって、正直物凄くミスマッチだ。


「……何か、セーブポイントみたい」

「あ?」

「準備万端で迷宮入りできるようになってるんだね。だいぶ手厚いサポートっていうか」

「Fランクまでの迷宮は初心者用にこうなってる。ロクに話も聞かねえで何も準備なく突っ込んで自爆する奴も多いからな」


 さらりと出たラーシュの言葉が聞こえたのか、近くにいた初級冒険者らしき少年がびくりと肩を震わせる。

 それでもこっちを見ないって、どれだけラーシュが怖いんだ。

 呆れつつもスルーして、列ができている迷宮門に並ぶ。それなりに人がいるから、一気には入らず少し間隔を空けるものらしい。


「今日は何階層まで?」

「お前はどうしたい?」


 質問に質問を返されてしまうけど、ラーシュは元から“まずやらせてみよう”なところがある。

 少し考えてから、私は今日の道筋を立てて口を開いた。


「地図で見る限り、戦闘とか探索を抜きにして一階層隈なく回っても二時間半くらい。亜種は基本的に中層からしか出ないから、今回は上層を寄り道しないで中層を回って五階層にある転移陣で帰る。途中魔物とかトラップとかがあって一階層ごとの滞在時間が伸びたとしても、夕方まではかからない、はず」


 闇鬼の迷宮は全十階層で構成されていて、マップは全て薄暗い洞窟だ。

 初心者向けの親切設計なのか来た道を戻れるタイプの迷宮だし、中層まで行けば途中離脱や入口からのショートカットに使える転移陣もある。難点は光源が必要かどうか迷うくらいの暗さだと書いてあった。

 ゴブリン系の魔物だと甘く見てはいけないけど、無駄に力を入れて構えることもないだろう。

 様子見だと彼も言っていた。一日かけて突っ走れば最深部までいけるだろうけど、初日でそれをする必要はないし、そもそも主目的は踏破じゃなく依頼だ。

 これで合っているだろうか、そう思いながら彼を見上げると、深い紅玉色の目がゆるく細まった。


「悪くねえ。今日は五階層で終わりだ。まず迷宮に慣れることを考えろ」

「了解です、先輩」

「やめろ」

「はぁい」


 こんなに和やかに迷宮探索について話しているだけなのに、列に並ぶ私達の前後は微妙に間が空いている。

 この組み合わせだからそういう対応なんだと信じたいけど、もし私がソロで迷宮に入った時にも同じようにされたら若干落ち込むかもしれない。

 つい溜め息が出そうになったけど、きっと彼がすぐに気付いてしまうから押し殺す。

 この時間が退屈だと思っているとか、そういう風には取られたくなかった。




× × ×




「洞窟だ」

「そりゃそうだろ」


 うん、その通りなんですが。

 迷宮門を通った瞬間、ほんの少し地面がぐらついたと思ったらもう洞窟にいた。

 大迷宮から迷宮の隙間を通った時は本当に穴のようなところから出てきたからまだわかるけど、今回はただ門をくぐっただけだ。こっちの方が転移させられた感があるだろう。

 おかしな感動の仕方をしている私を横目に、ラーシュが迷いもなく洞窟の奥に進む。

 確かにここにいると後続の冒険者の邪魔になってしまう。慌ててついていくと、一つ目の分かれ道に入ってすぐ彼は止まった。


「迷宮の魔物は外の魔物と違う。それはわかるか」

「ええと……魔物の種類自体に違いはないけど、倒した後が違うんだよね」


 迷宮の魔物は倒したら迷宮に吸収されて、魔石や討伐部位やその他の素材がドロップされる。

 外の魔物は動物よりも早く土に帰るものの、そのまま死体が残る。

 それぞれにメリットデメリットがあって、魔物素材の調達依頼に合わせて狩りをすると本で読んだ。


「それ以外にもある。外の魔物はそれぞれの習性に沿って生息してるが、迷宮は場合によっては異種同士が群れになって湧く。位階が高くなりゃあ意味わかんねえ組み合わせの群れが連携取って襲ってくることもある」

「そういう予想もできない不思議現象って、確か迷宮の意志っていうんだっけ?」

「ああ。今のとこ、一番ふざけてんのは神迷宮(しんめいきゅう)だな」


 神迷宮というのは地底洞窟大迷宮の別称だ。

 黒き神の神域につながるとされているけど、そこに足を踏み入れた者は誰もいないという。

 コーサディル最古にして最大、そして唯一最高難度のSがつけられた地底洞窟大迷宮。そこは黒き神が暇つぶしに造っているんだと言われているから神迷宮と呼ばれているらしい。

 ……確かに暇してるだろうしなぁ、あの神様。ベルナンド老に“バジリスクに一発芸仕込め”とか無茶振りしていたし。


 各地に迷宮門がある大迷宮だ。やっぱりラーシュも入ったことがあったか。

 この口ぶりだと、予測不可能のことが色々と襲い掛かってくるんだろう。私ももっと力をつけたらトライしてみたい。


「ここは初心者向けだし、出てくる魔物も一系統だけだからな。トラップもそこまで意地の悪いモンはねえ」

「……私、運の上下が激しいからね。一応覚えておいて」

「…………即死するようなモンはねえ」


 フラグのようなことを言ってしまった。

 即死しなくても苦しむようなトラップに嵌らないことを祈ろう。


「とりあえず、三階層くらいまでの移動は俺が前を歩く。トラップもあれば言うから、どういう風に隠されてんのか見てろ」

「はい、先輩」

「それ気ぃ抜けるからやめろ」


 軽く頭を振ったラーシュが、来た道を戻る。

 昨日頭の中に入れた地図を思い出してみると、一階層目は単純な順路だったはずだ。しばらくは元の大きな道をいけばいい。

 ここからが本番、とばかりに気疲れしない程度まで警戒網を広げてその後に続く。


「おい、出るぞ」

「え?」

「得物使わねえなら、せめて構えろ」


 言われて咄嗟に【魔力矢】を今作れる限界、五十本程まで展開してしまう。

 篭めた魔力が多過ぎたのか、いつもなら薄ぼんやりと光る矢はやけに輝いている気がする。

 私に戦わせるため後ろに下がったラーシュが、どこか呆れたような視線を送っているのがわかった。


 だって、気配なんてしない。警戒網にも、視界にも何もない。

 それなのに、こつ然とそこに現れたのは明滅する三つの小さな塊。瞬きをすると、それは全く違うものに形を変えていた。

 だぶついた緑色の皮膚を晒し、腰布一枚に棍棒だけを装備したその姿。



《ゴブリン/魔鬼/―▽

 魔物の第十位階に属する人型の魔鬼。道具を使うことができる程度の知能は持つが、対話は不可能。群れの繁栄のために人間の女を攫う習性を持つ。》



 出てくるのはゴブリン系だけだとわかっていたのに、気合いを入れて視てしまった。

 迷宮で魔物が湧く瞬間というのは、こんな風なのか。

 しげしげと観察したい気持ちはあるけど、今はそんな場合じゃないな。


 湧いたゴブリンは三体。

 どれもノーマルなゴブリン、上位種も亜種もいない。

 迷宮初戦闘としてはとてもマトモな部類だろう。【奇運】が悪い方に傾かなくてよかった。


「やれ」


 端的なその指示と同時に、【魔力矢】が空気を切り裂くようにしてゴブリンに向かう。

 奇声をあげ、標的(わたしたち)に向かって一歩踏み出そうとしていた三体に吸い込まれるようにして、一射、二射、三射――そして次の瞬間には、不気味なオブジェが三つできあがっていた。


「……は、」


 数瞬の後、そのオブジェは倒れてながら風化するかのように形をなくしていった。

 残ったのは、三つの片耳と小さな魔石だけ。


 詰めていた息を、ようやく吐き出す。

 おもむろに肩を軽く叩かれ、弾かれたようにそちらを見ると。


「思いっきり気ぃ抜くんじゃねえ。迷宮では常に最低限の警戒をしろ」


 至極当然な苦言を呈されて、慌てて薄く警戒網を延ばす。

 普通迷宮では魔物部屋でもない限り連続して群れが襲ってくることはないとされているけど、それこそ迷宮の意志が働く例外もある。

 全くの自然体で休める場所なんて、噂に聞く休憩室――魔物が立ち入らない小部屋くらいだろう。

 ラーシュくらいになると、無意識レベルで警戒しながら休息を取ることも普通にできるんだろうけど、今の私には到底無理な話だ。まずは警戒を続ける感覚を養うことから始めるべきだ。


「昨日も言ったが、見極めが下手過ぎる。属性つけない代わりに何だ、あのアホみてえな数の【魔力矢】は」

「はい、やり過ぎでした……」

「ゴブリンしか出ねえっつってんだろ。俺が言った後に敵が何体いるかくらいわかっただろうが」

「はい、わかってました……ちなみに、ラーシュさんはどうして魔物が湧くってわかったんでしょうか」

「勘。察しが悪い奴でも慣れれば空気の流れが変わるのくらい感じ取れる。その辺で湧いた群れが歩いてるところに遭遇する方が多いが、こういう場面もなくはねえから体で覚えろ。つうか、何敬語使ってんだ」

「はい、すみません、いや、ごめん」


 自分でも力が入り過ぎだったと思う。

 “余計な魔力使うな”と昨日言われたばかりなのに、何も学習していない。


 肩を落とした私の隣を抜けて、ラーシュがドロップ品を拾いに行ってくれる。

 そんな当たり前のことも素早くできない自分に更に落ち込みそうになった。戦闘のセンス、ないのかな……私。


「……見ろ」


 ラーシュが軽く左手を掲げる。そこには当然ながら、ドロップ品がある。

 何が言いたいのかわからず首を傾げる私に、彼はそれぞれを確かめるように手元に視線を落としながら口を開き。


「あんだけ射て、耳も魔石も全く傷がついてねえ。威力は過剰だが、あの数の【魔力矢】全てに意識を配って狙いを正確に定めたのは上出来だ」


 口の端を持ち上げて、そう褒めてくれた。

 冒険者の高みにいるこの人にそう言ってもらえたことがすごく嬉しくて、警戒を解くなと言われたのに思い切り気を抜いて笑顔になってしまう。

 そんな私を見て、仕方がないとばかりに苦笑するラーシュは、私の気のせいかもしれないけど目が優しい気がした。


「ありがとう。次はちゃんと三射くらいで仕留めるようにする」

「魔法も使っとけ。どんくらいのレベルが行使できんのか知りてえ」

「了解です」


 ドロップを渡されながら頷くと、少しだけラーシュの手の動きが止まる。

 彼の手元に残っていたのは、ひとつの魔石。最低位階であるゴブリンの魔石は相応に小さく、色もあまり綺麗じゃない。

 灰色と緑が混ざったようなそれに、何かあるんだろうか。感じ取れる範囲では籠っている魔力も少ないけど……


「どうしたの?」

「…………」


 珍しく、いやそこまで長い付き合いでもないけど私の知る限りでは珍しく、何か言い淀んでいる彼。

 少し考えて、意味はわからないながらも理由はこれじゃないかと思い当たった。


「それ、いる? あんまり価値がないもので申し訳ないけど、よければ」

「……貰っとく」


 素っ気ないようにそう言ってゆっくりと魔石を握りしめた彼は、今まで見たことのない複雑な感情が詰まった表情をしていた。

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