18初迷宮の手前で
Fランク闇鬼の迷宮。
最低ランクのGではないものの、湧くのはゴブリン系だけらしく、初心者向けの迷宮らしい。
しれっと治癒花を三輪出して依頼達成してから一夜明けて、早速次の依頼に手をつけることになった。
人生初めての迷宮……いや、地底洞窟大迷宮に片足突っ込んでいたかもしれないけど、とにかく自分の足で踏み入れるのは初めてだ。
ファルクからは徒歩で一時間程か。遠征が難しい初級冒険者もよく潜る迷宮らしいから、街道にもそこそこ人がいた。
いつものごとく遠巻きにされながら、街道から外れたところで魔物を狩る初級冒険者を横目に迷宮の入口へと向かう。
「街道も結構整備されてるんだね」
「近くに別の迷宮もあるからな。安定して人が通るし、迷宮前に露店も出るからギルドとファルク共同で整備してんだと」
「すごいね、さすが迷宮都市」
冒険者になるためにファルクに来る人は、この大陸の本部があるからかとても多いと聞いた。
こういう細やかなサポートがあるからこそ、初級冒険者も着実に活動することができるんだろう。
「闇鬼の迷宮について、調べたのか」
「うん。ギルドの資料室で少し」
「地図は」
「言われた通り」
ポーチから出して軽く掲げると、視線で頷かれる。
今回行く迷宮は複雑な構造でもなく、一階層ごとの広さもさほど変わりはないようだ。ただ地図にはトラップとか魔物部屋が載っている時もあるから、余裕があるなら買っておいた方がいいらしい。
余談だけど、この世界の迷宮は迷宮の主を倒して迷宮核を取ると完全攻略となり休眠期に入る。そうなると数十年から数百年は魔物が湧かなくなるらしい。
核を取らないと迷宮の主はすぐ復活するから、低ランクの迷宮などは調べ尽くされた後に迷宮核を取らずに初級冒険者の狩場として使われるという。
何かカジュアルな迷宮だな、と思ったことは黙っておく。
さすがに歩きながら地図を広げて話をすることはない。
私達の近くではないけど前後を歩いている人はいるし……特に後ろを歩いている三人組の冒険者らしき男女なんて、こっちがペースを落としたら距離を維持するために同じくペースを落としそうなくらい私達を意識している。
追い越しただけで何かすると思っているんだろうか、結構心外だ。
内心溜め息をつきながら、急ぐ訳でもなく並んで街道を歩いていると。
「……あ」
ちょうど私達の行先から歩いてくる、四人組の冒険者。
見覚えのある、赤い髪と青い髪の男性。
それに特徴的な黒い三角のとんがり帽子を被ったこれぞ魔女と言わんばかりの女性と、鮮やかなピンク色の髪をした背の低い女性だ。
朝と言ってもいいこの時間にファルクに戻る道を歩いているということは、何かの依頼を終えた後だろうか。
「あれ? おぉ、姫さん!」
私を見つけて元気よく手を振ってくれたのは、瓜二つの双子のエドだった。
彼が声をあげたところで私に気付いたのか、他のメンバーも手を振って……いや、振ろうとして固まった。
あまりに不自然で首を傾げてしまってから、その理由に気付く。
「知り合いか」
「あ、うん。飲み友達、なのかな? Dランクのパーティーだよ」
「へえ」
さして突っ込みもせずにそれだけで頷いて、ラーシュは視線を彼らに戻す。
まるで蛇に睨まれた蛙のように動かない双子より先に、女性陣がこちらに向かってくる。
「ごきげんよう、ハイネ。それと色男さん」
「よぉ、アンタもついに迷宮進出かい?」
「おはようございます、ドロテアさん、シシィさん。ええ、指導者の先輩に連れて行ってもらうんです」
妖しげで若干年齢不詳な魔法士のドロテアさんと、見た目少女で喋り方がアネゴな盾士のシシィさん。
彼女達とは何度か酒場で飲んだことがある。エドセドの双子よりは少し遠い関係だけど、飲み友達と言えば飲み友達に括れるだろう。
何気なく観察してみると、平静を装ってはいるけど二人とも微妙に緊張しているのがわかる。
……やっぱり、ラーシュって独特の雰囲気というか威圧感があるんだよね。じろじろ観察はできないけど、遠巻きに見られるオーラっていうか。結構ラフでおおらかな人なんだけどなぁ。
ここは流れで紹介しておくべきだろうか、そう思いながら口を開こうとすると。
「指導者ってこたぁ、仲介か……」
ちらりとラーシュを見たシシィさんが、可憐な容姿に似合わない仕草で鼻を鳴らした。
「気ぃつけなよ、ハイネ。砂漠の男は女を攫うことで有名なんだ」
「はい?」
「ちょっと、やめなさいなシシィ」
いきなり雲行きが怪しいのは何故だろうか。
思わず隣を見てみても、ラーシュは特に気にした様子もない。むしろ突っかかった形のシシィさんの方が緊張している気がする。
ドロテアさんがゆったりとした口調を維持しながらも強く肩を掴んでいるけど、シシィさんは尚もラーシュを見上げて眉を寄せている。
「ごめんなさいね。この子、二の大陸出身なんだけど、昔大砂漠の人に危ない目に遭わされたみたいで」
「今アタシのことはどうだっていいんだよ。ハイネとはよっぴいて飲み明かした仲なんだ。冒険者としてこれからって時に攫われたりしたら……」
「……オイ」
たった一言。それだけで唐突に重苦しくなっていった話はぴたりと止まった。
完全に危険人物扱いされているラーシュは普通なら少し不快そうにしてもいいはずなのに、どうしてかさっきからずっと平然としている。
砂漠の人って、そんな意味で有名だったんだろうか。まるで肯定しているような態度にもう一度隣を見上げてしまう。
「外の女連れ去ったりすんのはカハフェの民だ。俺は違え」
「何……?」
「外から見たらわかんねえだろうが、砂漠の部族は三つある。それぞれ思想も違えんだよ。こいつの心配してるっつうなら、あんま早とちりして喧嘩売るんじゃねえ」
淡々と言い切って、面倒そうに髪を掻き上げるラーシュ。
……正直かなり失礼なことを言われたのにさらりと流せるって、器広過ぎないか。
お互いに軽く紹介をして、とか思っていたのにすごい展開になってしまった。どうしようか、この雰囲気。
シシィさんは固まり、ドロテアさんは申し訳なさそうに、私は気まずくなりながらやや間を作ってしまっていると。
「何、何が起こったんだコレ」
「揉め事起こしてんじゃねぇだろうな、シシィ?」
「ううううっさい! 名前で呼ぶんじゃないよっつうか起こる前に鎮火されたよンなもん!」
ようやくこちらに寄ってきた双子達によって、ようやく現状打破が成された。
タイミングを窺っていたのか、後ろから足早に三人組の冒険者達が私達を避けて通り過ぎる。
少し街道に広がり過ぎだな。場をしまうのも必要だけど、一度街道を逸れるべきだろうか。
私が視線を動かしているのに気付いたのか、ラーシュが何気なく街道の端に動く。弾かれたようにシシィさんがそれに続き、私達も。
場所をずれて一息つく間もなく、先程の剣幕はどこにいったのかと言う程に肩を落として冷や汗までかいているシシィさんが、勢いよく頭を下げた。
「すまないっ! 本当に失礼なことをした。砂漠の男は皆ああいうヤツなんだって決めつけて、破天の旦那にはとんでもなく不快な思いをさせちまった……」
「構わねえから二つ名はやめろ」
「いいや謝らせておくれ! これから信頼関係を築こうってのにハイネにも余計な心配させちまったし、破天の旦那が若い上物に唾付けようとしてる好色男だと思い込んじまって、本当に、すまな「二つ名は、やめろ」
本日一番の重々しいトーンと真剣な顔つきで言われたそれ。
余程嫌なんだろうか、『破天』と呼ばれるのが。それとも、Sランク時代のことを言われるのがか。
嫌がるのはそこじゃないだろう、と思いつつも私から重ねて謝罪するのも何だかよくわからない事態になりそうなのでドロテアさんと一緒に黙っておく。勿論、遅れて合流した双子は完全に展開についていけていない。
「……謝罪は受け入れた。二度と言わねえなら別にいい。わかったか」
それ以上は必要ないとばかりに目を眇めたラーシュに、こくこくとシシィさんが頷く。
彼女とは酒の席で少しだけ親しくなれたと思っていたけど、まさかこんな風にあからさまな強者に突っかかってしまう程気に入られているとは全く思っていなかった。もしかしたらそのカハフェの民とやらに相当嫌な思い出があるのかもしれないけど、それでも……
「シシィさん、ありがとうございます。事情がよくわからなくて申し訳ないけど、私を心配してくれたんですよね?」
「ああ、でも余計なことを……」
「ラーシュがいいと言ったからそれ以上はいいですよ。ラーシュはランクアップの要件で私の仲介依頼を受けてくれてるんです。もし知り合いとかで変な勘繰りをしている人がいたら、さり気なくそう伝えてもらえるとありがたいです」
間違っても“危険な男が新人女冒険者を引っかけて物にしようとしている”とか“没落貴族令嬢がなけなしの金に物を言わせて男を引き連れている”とか邪推してほしくない。
仲介システムを知っていてももしかしたら何かあるのかも、そう思ってしまうくらい目立つ組み合わせだということはよくわかった。
「ラーシュも、ごめんなさい。砂漠のこと、もっと調べて何か言われる可能性に備えればよかったね」
「調べなくていいし、お前のせいじゃねえだろ。カハフェの民の嫁攫いと愛奴攫いは有名なんだよ。キリユとザナールはいい迷惑だ」
この言い方だと、シシィさんのように砂漠の民に悪感情を持つ人に会ったのははじめてでもないようだ。
元の世界でも昔嫁攫いの風習があった地域はあるけど、愛奴って……スルーしよう。二度と言ってはいけない話題を蒸し返すわけにもいかない。砂漠の男は義理堅いと言っていたのは、おそらく自分の部族のこと限定なんだろう。嫁攫いをする部族が義理堅いとか意味がわからないし。
それにしても、ラーシュもどうして私に色々調べるなと言うんだろうか。まぁ、本人が嫌なら知らないままにしておくけど、気になることには気になる。
指導者生活が終わって仲が深まったら、改めて聞いてみようかな。
「オイ、そろそろ行くぞ。あんま混むと標的が見つけにくい」
「あ、うん……ファルクで会った時にまた改めて紹介してもいい?」
「ああ」
場を仕切り直して紹介という雰囲気でもないから素直に頷いて、さっさと街道に戻りはじめたラーシュの背中を見る。
四人のフォローをどうしようか、と一瞬思ったけどドロテアさんが微笑んで私の肩をひとつ叩いた。
「変なことになってごめんなさいね、ハイネ。こちらのことは気にしないで、行って。色男さんにあまり謝罪を重ねるのは逆に迷惑そうだから、今度ファルクでまた飲みましょう。彼がよければ、奢らせてちょうだい」
「はい、多分大丈夫だと思います」
「姫サン、何かわかんねーけどごめんな?」
「いや、私は平気だから。ラーシュも何か怒ってないし……ごめん、また今度!」
視線で“早くしろ”と言われて、雑な挨拶でその場を後にする。
早足で街道に戻って隣に並べば、つい謝罪の言葉が口から出てきそうになって、結局無言になってしまう。
「……前に」
「うん?」
「ギルドの酒場で飲んでただろ、あの赤青の男達と」
「え? ああ、最初に知り合ったのはあの双子達だったんだ。赤い方がエドで、青い方がセド」
「そうか」
そう言えば、ラーシュとよく視線が合わない視線の送り合いをしていたのも、その夜だったか。
あの時はじめて、彼が元Sランクと知ったんだ。そんな人と、まさかこうして隣を歩いて指導してもらえるようになるなんて……不思議なものだ。
もしかしたら、これも【奇運】のせいなのかもしれない。ただの偶然なのかも、わからない。
「今日、依頼のゴブリン見つかるかな」
「指定が亜種ってだけでハゲもいるからな。一日じゃ見つからねえこともある。一応今日は様子見だ。迷宮、初めてだろ」
「うん。楽しみ」
「楽しむとこじゃねえが……いいんじゃねえか」
気だるそうに髪を掻き上げて、それでも少し口元を緩めた彼。
先程のことを“気にするな”と言われている気がして、言われたのは彼の方なのに気遣いをさせてしまったことに思わず苦笑いが漏れる。
これはやっぱり、切り替えていくしかないだろう。
「迷宮の歩き方、御教示お願いいたします」
「おう」
わざと丁寧に礼まで取った私に、ラーシュは軽く頷いた。




