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17/23

17まずはひとつ

《治癒草/薬草/A

 虹降る森に自生している薬草。ヒーリングポーションの原料。煎じると体力回復の草茶にもなる》



 虹降る森には雑草レベルで治癒草は生えている。

 採取していないものの素材評価は、そのまま成長具合を表している。

 普段採取するのはBかAのものにしているから、これは一応採取しておこう。


「おい、草ばっか採ってんじゃねえよ」

「ごめん、物凄くいい具合に育ってるから採取しないと勿体なくて」

「貧乏症か」


 雑草とは違うから、成長し切れば根を残して枯れてしまう。一番栄養が行き渡っている状態で摘み取るのがいいと教本には書いてあった。

 採取しながらも目的は忘れていない。本日最初の依頼は《治癒花の採取》だ。

 治癒草の上位互換で、治癒草に白い花がついたもの。つぼみがつくまでは治癒草にしか見えないし、花開いても一見野花と見間違えてしまいそうな薬花。

 ハイポーションの原料らしいそれは、薬草の買取価格と比べるとだいぶ値があがる。それくらい見つけにくく希少なものなんだろう。


 治癒草の採取ポイントで【看破】をかけながら探しているけど、一向に出てこない。

 まぁ、ここはまだ森の浅いところだ。採取ポイントに普通に生えていたらそこまで高価なものにはならないだろう。他の原料や工程の違いもあるだろうけど、実際ハイポーションはポーションの十倍程の値段はする。


「もう少し奥に行ってもいい?」


 視線で頷きを返してくれたラーシュは動かない。私がどの方向を選ぶか見ているんだろう。

 普通の指導者だったら薬草がどういうところに固まって自生しているか、どうやって採取すれば状態がいいものになるのかなどをアドバイスしてくれるらしい。

 元々ギルド職員に感謝されるくらい採取をこなしていた私には必要ないと。

 ……この依頼、ラーシュが極端に暇になるな。申し訳ない。


「……あ」

「何だ」

「狂気草だ。初めて見た」


 ちょうど目を向けたところに生えていたのは、薬草辞典に書いてあった取扱厳重注意の毒薬草。

 どこかで依頼書を見かけたことがあるけど、結構いい値がしたはずだ。

 【奇運】を疑いながらもいつもしているグローブの上に採取用の手袋をして、ストレージから小袋を取り出す。


「いや、普通生えてねえよ。そんなモン」

「時々運が悪いって言ったけど、正確には運の上下が激しいんだよね、私」

「何だそれ」

「ギフト」

「ああ」


 一言で納得されてしまうのは助かるけど、何だか微妙な気分になる。

 狂気草が見つかったのは金額的な意味でいいのか、それとも高レベルの毒薬草が初心者の森に生えている意味で悪いのか。

 一見解毒草の亜種にでも見えそうなぎざぎざした葉を手袋で包みながら、土を避けて根まで採取する。当たり前だけど治癒草とは別で保管だ。


 ざっと見渡して、狂気草が他にないのを確認する。

 【看破】から頭の中に入ってくる情報を無意識で読み流しながら、必要なものだけをピックアップする。

 そんな頭の疲れない使い方ができるようになったのは、登録時からずっと採取依頼を続けていたおかげだろうか。


「こっちに行こうかな」

「縊り草とか見つけんじゃねえぞ」

「言わないで。言うと実現しそうな気がする……あ」



《腐乱花/毒花/B

 劇薬指定Aランクの毒花。迷宮外で自生しているのは非常に稀。花開き雨に濡れると霧状の毒を排出し、周囲一帯が腐敗したように溶ける》



「……ラーシュ、腐乱花ってどう思う?」

「持って行くな。捨てろ」


 どうやら今日は、嫌な引きの強い日のようだ。


 錬金術師垂涎の毒花でも、この森にあったら困る。

 花が少し開いている状態のそれを採取して新たに出した小袋で包んで、買ったのにあまり使う機会のない冒険者御用達セットから出した油をかけてから火種で着火。

 最後に上から土をかぶせてなかったことにした。


「やばそうなの見つけたら、見なかったことにした方がいいかな」

「触ったら即死のだけ気にしとけ。キリねえ」

「わかった」


 ようやく治癒花探索に戻って、少し歩きながら採取ポイントを探す。

 もう少し奥の方に前に見つけたポイントがあるけど、そこでは治癒花はなかった。一応確認はしておこうと思うけど……


 広くとっていた警戒網にかかる、三つの気配。

 一旦足を止めた私を見て、ラーシュが近くの木に背を凭れる。

 もうとっくに気配がわかっていたんだろう。目で“見せてみろ”と言われたので軽く頷いておく。


 【看破】するより自分の目で確認する。

 ラビットが三体。上位種でも亜種でもない、普通の個体だ。

 やっと訪れた普通のイベント、と言ったら軽薄過ぎるだろうか。それでも普通にこのマップにいていい普通の魔物で安心する。


 ラーシュは私が一番使う得手が魔法じゃないことを見抜いている。

 だったら私がやるべき方法はひとつだ。

 まだこちらに気付いていないラビットから目を離さず【魔力矢】を三本。出現と同時に風を纏わせて、ラビットの顔面を狙う。

 アシスト機能なんて勿論ないから小さい的には当てにくい。それでもそれなりに使いこなせているという自負があるから、狙いは一撃で破壊できるところで。

 まず一射。爆散する小さな頭を見て風を纏わせる必要はなかったと今更思ったけどもう遅く、そのまま二射、三射。


 だいぶ遠いけど、頭に穴どころじゃなく頭自体がなくなったラビットの死体ができあがってしまった。

 グロテスクという前に、これは元Sランク冒険者からしたらお粗末過ぎる結果じゃないだろうか。


「……【魔力矢】かよ。もっと威力落せ」

「ご、ごめん」

「狩れる最低限の力で狩れ。何緊張してんだ、たかがラビットで」


 ごもっともで。

 狩りをするいい塩梅の攻撃というのが未だにわからないのは、やはり討伐依頼が極端に少ないせいだろう。

 採取依頼の時には基本的に魔物とかち合わないように動いていたし、きちんと狩りをしたのはこの間のラビットとゴブリン達くらいだ。

 こういうところも指導案件だな。


「尾は拾わなくていい。【魔力矢】が全力の投槍レベルで複数飛んでも別にいいが、見極めが下手過ぎる」

「はい」

「今のは属性つける必要もねえだろ。何でやった」

「ラーシュに普段どうやって狩りをするのか見てもらおうと」

「こんな初級の森に出てくる魔物爆発させてどうすんだ。やたら器用なのはわかったが、もっと力抜け」


 当然の苦言助言に頷く。

 自分でもそう思う。実験でもないのに明らかにやりすぎだ。


「魔力量に自信あんのかもしれねえが、余計な魔力使うんじゃねえ。一応魔法士だろ。しかもソロ」

「う……はい」

「まぁ迷宮に潜りゃあもう少し耐えられる魔物もいるからな。そっちで色々試すぞ。今はただの【魔力矢】ぶっ放しときゃここの魔物は狩れる」


 珍しい戦闘スタイルでも気にせずアドバイスしてくれるラーシュ。

 普通に叱ってくれて、おかしなことが起こっても一応気にしないでいてくれる。まさしく私が思い描いていた指導者さまだ。


 彼と出会えたのも、もしかしたら【奇運】なのか、それともただの偶然なのか。

 わからないけど、今日は久々に神様に報告してみようかなと思う。




× × ×




「あったね」

「ああ」

「……これって普通?」

「普通は探しても一本ぽつんと生えてるモンだ」


 目の前には白い花を咲かせた、一見野花のような治癒花が……数十本。

 まだつぼみの段階のものはその数倍はあり、どう見ても採取ポイントというより栽培地と言われた方が納得できる密度で生えている。天然の群生地なのは確かだけど。


 影踏みの森が見える程奥まった、この間あの佳人と遭遇した場所からは離れた位置。

 治癒花は日当たりがいい場所を好むらしいので、懐中時計やら陽の向きやら木々の茂り具合やらを見て場所を決めて探索すること三時間あまり。

 虹降る森自体がかなり広いことはわかっていたけど、【看破】があるからすぐ見つかるかと思っていた。

 その目論見は外れて、まさか初日から依頼未達成になるのかと焦ったけど、その分余りあるくらいに目標を発見してしまった。


「ごめん、採取依頼向きのギフトとか言ってたのに時間かかった」

「いい。とりあえず採れる奴は採っとけ。採り方は?」

「大丈夫、わかる。何かおかしかったら言って」


 だらだらと歩き続けていたのに少しの苛立ちもなく、彼が顎をしゃくって作業を促す。

 基本的に薬草と採取の仕方は変わらない。花弁を素手で触らないようにということだけ気を付けて、いつものように小袋に入れていく。

 こんなに生えているんだからわざわざ成長し切っていないものを採取する必要もなく、素材評価がAのもの四割程採取する。

 このポイントを知っている冒険者や魔法薬師がいるかもしれないから、ちょうど採り時のものでも根こそぎは持って行かない。それでも見つけたからには多めに貰うけど。


「ハイネ、もっと採っていい」

「え、でも……」

「誰かが見つけたレアなポイントには大抵採取用のナイフが立ててある。ここは最近生えてきたんじゃねえか。誰の手も入ってねえ」


 私があえて花を残しているのをラーシュが止める。

 確かに周りにそれらしきものはないし、他の人工物も見当たらない。


 冒険者の暗黙の了解というものだろうか。初めて知った。

 こういうのがわからないから、ソロは少し怖い。


「ちなみに、レアポイントの共有を拒否して根こそぎ採ったらどうなるの?」

「ギルドにそのまま流せばバレて揉める。うまく流せばまぁ何とかなるが……冒険者にも通す筋くらいあんだろ」

「皆そう思ってくれているならいいんだろうけどね」

「自分の利益しか考えてねえ奴はそのうち弾かれる」


 ラーシュは義理堅いと自分で言うだけあって、そういうことを気にするんだろう。

 私だってその慣習に逆らう必要は全く感じないし、むしろ悪習でなければ冒険者のルールに積極的に従っていきたい。今度そういうポイントを見つけたら気をつけよう。


 さくさく採取を続けて、視える範囲で素材評価がAのものがなくなったことを確認する。

 膨らんだ小袋と採取用手袋をストレージにしまって、使っていた店売りの採取用ナイフを地面に立てておく。


「まだ早えが、帰るか。闇鬼の迷宮は明日行くぞ」

「はぁい」

「何甘えた声出してんだよ」


 いや、間延びしただけで特に意味はないんだけど。

 何で楽しそうなのかな、ラーシュ。謎だ。


 彼の機嫌の上下に内心首を傾げながら少し待ってもらって、迷宮の隙間から出てきた時に使った古い地図を取り出す。

 この地図は何かの作戦会議で使うのかと思うくらい無駄に大きくて、セランデル王国全体を把握できるし、都市部についてもそれなりに書き込みがされている。今活動していない迷宮も載っているから、おそらく数十年前のものだろう。

 勿論虹降る森も描かれていて、A5くらいの大きさで載っている。何度も折りまくって何とか持ちやすいサイズにしたそれには、今まで私が見つけたポイントを容赦なく書いてある。

 地図の縮尺を鑑みて、あのポイントと川の位置がこれくらいだから……この辺だろうか。

 結構値が張った“火であぶれば消えるインク”で書き込みをする。後日またこの場所をネルと一緒に確認して合っていればきちんとしたインクで書くつもりだ。


「おい、ハイネ」

「うん?」

「それ、どこで手に入れた」

「血親がくれた。冒険者の遺物だって」


 さらっと言うと、物凄く呆れたように溜め息をつかれる。

 地図を持っていること自体がまずいのか。

 道具屋にはこれより小さくて若干簡略化されたものなら売っていたから大丈夫かと思ったんだけど……


「お前の血親も相当トんでんな」

「確かに色んなところ超越しているけど、これそんなにまずい? まさか機密事項書いてある?」

「多分軍部の地図だろ。ギルドで出すなよ」

「ああ、どうりで大きいと思った」


 私が手に持っている裏面を視線で指しながら注意をする彼に頷きつつ、その面を見てみる。

 そこまで気にしたことはなかったけど、よく見るとセランデル王国にある別の都市の壁外への抜け道が書いてあった。

 よく見ているなぁラーシュ……それとも冒険者はここまで目ざといものなんだろうか。


 “気を付ける”と苦笑を返す私のちぐはぐさを、彼は聞かない。

 ただ何かまずそうなことを見つけては注意を促すだけ。

 聞きたいとは思わないんだろうか。そう聞くことは彼の厚意を裏切ることになるけど、とても気になる。

 まだ初日。もし一ヶ月ずっとこうだったとしたら。その時は聞いてみてもいいと思うような関係ができているかもしれない。彼が私のことを聞いてくる関係になっているかもしれない。


「ラーシュ、ギルドの前に道具屋寄ってもいい?」

「好きにしろ。後、わかってると思うが……」

「治癒花、とりあえず三本くらいまでなら大丈夫かな」

「それくらいならいいだろ」


 ひとまず、指導者さまとの冒険生活初日。何とか無事に終わりそうです。

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