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16押し付けへの返答

 冒険者の醍醐味のひとつと言えば、やはり迷宮探索だろう。

 ソロで迷宮に突撃するのは血親に禁止されていたから、ここは是非その系統の依頼を受けてみたい。

 そうラーシュに言ってみたら、Eランクで受けられる依頼をいくつかピックアップしてくれた。



《治癒花の採取》

依頼:虹降る森もしくは影踏みの森に自生している治癒花を入手してほしい。

報酬:一輪につき500~2000リル

備考:保存状態が著しく悪いものは買取不可。

適正ランク:F~D

依頼人:魔法薬師アントン



《ゴブリン亜種の毛髪の入手》

依頼:Fランク闇鬼の迷宮で出現が確認されたゴブリン亜種の毛髪の納品。

報酬:十本につき300リル

備考:―

適正ランク:E~D

依頼人:魔技師ギルド



《クラッシュタートルの調達》

依頼:Dランク飽食の迷宮に出現するクラッシュタートルの肉を調達してほしい。

報酬:一体につき1000リル

備考:甲羅が入手できた場合、追加で1000リル。

適正ランク:D

依頼人:美食家同好会



《ゾンビカールの衣服の入手》

依頼:Dランク大王墳墓の迷宮に出現するゾンビガールの衣服の入手。

報酬:一着につき2000リル

備考:ワンピースの場合、報酬二割増し。

適正ランク:D

依頼人:屍愛同盟



 まともそうなものもあれば、何を考えて依頼したんだと思うようなものもある。

 今の私はDランクの依頼までなら受けることができる。それでも、ラーシュが出してくれたものは普通のEランクになり立ての冒険者が選ぶものじゃない。

 買い被り過じゃないかと言ってみたものの、“使えない新人扱いはしない”と再度言われて、同じことを言わせるなと呆れられた。そう言えば同じことを何度も聞くなとも言っていた。当然ながら、元々教育熱心な性質じゃないんだろう。


 迷宮のランクは“安定して狩りができる冒険者のランク”と連動している。“踏破できるランク”じゃないので、そんなにすぐに完全攻略はされないらしい。

 別に踏破は目標にしていないし、ひとまずDランクまでの迷宮なら問題ないとのお言葉を隣の美丈夫からいただいたのでついつい依頼探しが楽しくなってきてしまい。


「これは? 《ドールアイのリボンの入手》」

「人形達の迷宮か。ここはドールかゴーレムしか出ねえからもう少し切りやすそうな魔物が出るとこにしろ。お前風属性だろ」

「じゃあこれ。《魔力草の採取》……どうして迷宮限定の魔力草なんだろう」

「その方が草に魔力が満ちてて扱いやすいんだと。ここもやめとけ、沼地の迷宮なんて他に選択肢がねえ時にしろ」

「詳しいね、ラーシュ」

「ファルクからいける迷宮には一通り潜ったからな」


 確かファルク近辺で現在活動中の迷宮は二十弱あったはずだ。それを全部回るには元Sランクと言えども時間はかかるだろう。

 そう言えばいつからここにいるのか聞いたことがなかった。Gランクの固定期間が長かったんだろうか。


 壁一面にランク順に依頼書が貼りつけられた掲示板。

 早朝を過ぎてはいるものの、それなりに依頼書を見ている冒険者は多い。

 それなのに、私達の周りには人ひとり分以上の空間が空いている。もっと簡潔に言えば避けられている。

 そこまでラーシュが怖いか。それとも私が変か。


「はぁ!? あの女もうDランクなのかよ……」

「ちょ、声大きいよぉ……! Eランクかもしれないじゃん。それでもすごく早いけど……すごいなぁ、ボクらなんかと比べ物にならないよ」

「オレがあんな顔だけの女に負ける訳ねぇだろうが! 男なんか引き連れやがって……きっとあの男に手伝ってもらってランク上げたんだ! 貴族様の遊びじゃねぇんだよ!」

「やーめーてーよぉぉ! そんな風に突っかかってたらまた怒られちゃうからぁ」


 何だから物凄くこっちが思い描いた通りのことを考えている人がいる。

 視線が合うと面倒そうなので声だけを頼り連想してみると、よく騒いでいるのを見かける同期の少年だ。

 多少微妙な気持ちになるものの、そう思われることを覚悟で仲介を頼んだんだからスルーしておこう。

 おそらく仲介のシステムを知っている冒険者なら私とラーシュの関係がどういったものかわかるだろう。それ以外にいちいち説明して回る気はない。


「……引き連れるって言うと何人も侍らせている印象だよね」

「有象無象を何人も連れるより、俺は役に立つぜ?」

「あなた以上に頼りになる冒険者が見当たらない。その前に、そういう言い方はしないで」


 お金は払っているけど雇用の関係じゃない。

 私はギルドに報酬を支払い、彼はギルドからの依頼の一環として仲介を受ける。そこに一応上下はないと言われている。

 教えを請う私の方が立場としては下だと思っているけど、彼はさほど気にしていないようだ。

 それでも、言っておきたいことがある。


「あなたを使おうとか、そういう見方していないから」


 私はラーシュのことを役に立つとか、そういう目で見るつもりは毛頭ない。

 極論を言ってしまえば、期間限定の契約でも私と世界を歩いてくれる、それだけで充分なんだ。

 それは仲介の目的とは外れてしまっているし、言ったりは絶対にしないけど、私の中での彼の存在はそこに重きが置かれている。


 思ったよりも低く強い響きの声になってしまったことに気付いて、必死過ぎる自分がおかしくなってしまう。

 それを見た彼が、少しだけ口の端を持ち上げて笑った。漏れ出すような色気を纏って。

 元からの色気に加えて放たれるこのフェロモンみたいなものは少し心臓に悪いので、自重してほしい。


「と、にかく。今日はあなたが勧めた中から依頼を選べばいいんだよね?」

「まぁ依頼受けなくても迷宮に潜って討伐すりゃ金は稼げるけどな。目標があった方がやりやすいだろ」

「ありがとう。でも、その内雑用依頼もやってみたいんだけど」

「使いっ走りでもねえ限り外に出る依頼だぞ。お前森以外出てねえだろ」

「え、おばあさんの話し相手とか家の掃除とかあったけど」


 首を傾げて見上げれば、たっぷりと沈黙を取られた後呆れた視線を送られる。

 マリタさん同様、私には雑用は無理だと言いたいんだろう。すごくわかりやすい。

 私は元から結構器用な性質だ。これでも家を出てから勿論自分で家事はやっていた。コーサディルでのやり方を覚えれば一通りはこなせるようになるだろう。家事ができると言い切れるくらいにはできるはすだ。

 常識生活様式風俗全般。まだまだわからないことが多いせいで、私は貴族じゃないなら何だと言いたくなる程ちぐはぐだ。

 彼がそれに触れないのはとてもありがたい。まぁ色々聞くと最初に断ってあるから遠慮はしないけど。


「じゃあ今回は《治癒花の採取》と《ゴブリン亜種の毛髪の入手》、やってみていい?」

「カウンター行って来い」


 常時依頼以外を受けるのは、何気に初めてだ。

 ラーシュが掲示板からその二枚をさっと引いて私に渡す。

 絶対に微妙な顔されるだろうけど、この壁から剥がすのをやってみたかった。次回やってみよう。とりあえずは依頼受注だ。


 初日以来、いやそれ以上の遠巻き具合で居心地の悪い視線が集中するのを表面上は気にせず普通の速度で歩く。

 さすがに依頼の受け方までわからないまっさらな新人じゃないからラーシュは見ているだけらしい。

 何か対抗意識でも燃やしているのか。同期の少年がしがみついて止めようとする少女を腰にくっつけたまま、依頼書を持って私の隣に滑り込んできたけど、これも気にしないでいいだろう。

 変に意識すると、更に突っかかられそうで面倒だ。ラーシュに次いで遭遇率が高いのはどうにかならないだろうか。

 そんなことを思いつつ、我関せずでしれっと少年達から離れた列の最後尾に並ぶと。


「おいあんた、先行っていいぜ」

「はい?」


 重そうなメイスを背負った三十代くらいの冒険者の、ちらりと振り返りながらの開口一番。

 経緯がわからなくて思わず間抜けな顔をしてしまう。


「列に上級の奴らはいねぇから次で窓口にいけるようにしてやる。あんた、あの人の指導受けんだろ。待たせっと後が怖ぇ」


 私の更に後ろに何度も視線を送りながら、気まずそうに小声で囁くその人。

 純粋にラーシュが怖い、いや、後ろめたく感じることがあるというようなその態度に少し考える。


 おそらく、だけど。彼が前に受けようとしていた専属指導の仲介で何らかの関わりを持ったんだろう。

 その新人さんに“あの人は元Sランクで色々面倒だからやめとけ”とアドバイスしたとか、もしくはその後仲介を受けたのは自分だとか。

 だからどうしたという感じだ。勝手に気まずい気持ちからくる親切を押し付けられても。


「いえ、結構です。それくらいで怒るような人じゃないので」

「何言ってんだ。機嫌損ねりゃ俺らまで迷惑なんだよ。わかんねぇのか?」


 いきなりの見下した態度に、いきなりの訳知り顔。

 知らない人専用の薄い笑顔が維持できなくなりそうになる。

 何だ、この人。ランクが下の相手とは言え、失礼じゃないか?


「元Sランクなんてやべぇ相手に指導頼むくらいだからどうせ何も考えてねぇんだろ。いいから黙って従えよ。どんだけ甘やかされて育ってんだか……これだからお嬢様は。先輩の助言も聞けねぇのに冒険者気取ってんじゃねぇよ」


 どうして初対面の相手に“これだから”とか言われなければいけないんだろうか。

 どうして関係ないこの人が、ラーシュという人間が危険だと決めつけているんだろうか。


 正直、とても不快だ。

 これで普通に列を譲られたら断りつつもそのまま窓口まで行っていたかもしれない。

 でも、この言い分を聞いてからじゃ無理だ。私がこの人の言うことに納得して従ったことになる。


 お嬢様。冒険者気取りのお嬢様。

 そう思っているなら、そのように振る舞ってやろうか。


「――あなた、何様のつもり?」


 まだ混雑している、騒がしいカウンターの列。

 小さく、その人にしか聞こえないくらいの声で囁く。その声は、いつもの私とは違う音。


「何の権利があって、何の理由があって、私にそんな口を聞くの。あなたは何を知って、彼の器を決めつけるの」


 支配階級の人間は、ある種稀有な声を持っている。

 聞き取りやすく静かで、響きだけは強く。当然のように傲慢で、それでも何故か染まりたいと平伏したいと思わせる、不気味な程の力に満ちた声。


 私の両親は、そんな支配者の声を持っていた。そして彼らはこの声音と雰囲気、そして美貌で信者のような人間を増やしていた。

 私は彼らの人形だったけど、その素養は受け継いでいたらしい。

 何の疑問も持たずに成長していたら、もしかしたら私もこんな声を当たり前のように使っていたんだろうか。両親や伴侶には従順に、下の者には傲慢に。

 そう考えると寒気がする。そんな人間にならずによかったと、心底思う。


 だけど今、目の前の男を黙らせるのはこれが一番効果的なんだと理解している。

 使えるものは使ってやろう。

 自覚しているのとしていないのでは随分違う。私は私の意志で、このいけ好かない男を黙らせるんだから。


「すごく、不愉快」


 私を見下していた冒険者が、放心したように黙りこくる。

 これくらいで黙る程だ、もう絡んでくることはないだろう。

 それ以上何も言う事もなく、私は返答を待たずに列を離れて一番遠い窓口に並び直す。


 ああ、嫌だ。これだったら遠巻きにされていた方が余程マシだ。気分が悪い。

 あの冒険者以外には向けないように声を出したけど、もしかしたら今後何かあるかもしれない。それもまた気分が悪くなる要因だ。


 苛立ちが燻ったまま、無言で列が進むのを待つ私に話しかける人はいない。

 そのまま窓口まで辿りついて、初めて対応をお願いする受付の職員に笑顔を見せることもできずに淡々と処理をしてもらう。


「どうも」


 相当無愛想かつ無表情だっただろう。

 職員の引きつった顔に心の一部で何とか謝罪して、真っ直ぐに壁際で私を待つ彼の元に戻る。


「……おい」


 視線での問いかけ。

 二度ほど深呼吸をして、それから大きく溜め息をついて。


「何だか私、思ったよりも煽り耐性低いみたい」

「あ?」

「ラーシュは大らかなのにね」

「だから、ねえだろ」


 いや、私よりはずっと大らかだ。

 少なくとも、それなりに混雑している列を待つことを全く苦にしない程度には気は長い。

 その前に普通に冒険者をやり直しているんだから、ラーシュ自身列に並ぶこともあるはずだし、実際並んでいるのを見かけたこともある。

 さっきの冒険者が言っていたことは、本当に自分の勝手な押し付けだろう。そんなことに熱くなってしまった自分が嫌になる。


 これでもいい大人だったんだから、もっとスマートに対応できるようになりたい。

 それでもやってしまったものは巻き戻せない。

 謝罪するつもりは毛頭ないけど、できれば二度と関わらないで何も広めないで欲しい。そう心の中で祈っておくしかない。


「まぁ、依頼は受けられたから気にしないで」

「……次受ける時は夜にすんぞ」

「え、どうして?」

「新規の依頼書はギルド閉まる前に半分くらい貼り出してんだよ。朝一で一気に貼れねえだろ」

「ああ、確かに。すごい量だもんね」


 かくかくと下手くそな相槌を打ちながら、先程までの苛立ちが少しずつ消えていくのがわかる。

 私が黙っていても彼がこうして配慮してくれるのは申し訳ない。でも、その態度に気持ちが軽くなるのも確かだ。


 どうやら私は“何も知らない冒険者気取りのお嬢様”扱いされたことより、彼が危険物扱いされたことの方が嫌だったようだ。

 本当に、私のドライな部分はどこに行ったんだろうかと首を傾げたくなる。いっそ恥ずかしい程に煽り耐性が低い。

 それでも彼が普通にしているだけで、気にすることはないと言われているようで救われている。


「何でだろう」

「何が」

「ごめん、よくわからない」


 私、ラーシュに懐き過ぎじゃないだろうか。

 それだけ彼との冒険に期待をしていると言うことか。


 コントロールできているはずの自分の感情が、わからなくて少し怖かった。

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