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二人の太陽  作者:
3/8

二人の太陽 3

 ふざけている。止めを刺していないのか。

 この地の者はあまりに間抜けだ。

 我々が何であるかも理解しておるまい。吾輩の目的を果たすにはその方が都合がいいか。

 しかし、まだ吾輩はこの地での理を知らぬ。

 ううぬ。

 早く合わねば契約者に。あの時の契約はここで果たしてもらうぞ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 今日も空には暗雲が立ち込めていた。

 地下に安置されているような怪物は今は空を飛んでいない。


「昨日のあれ。なんだったのでしょうね」


「私も知りたいよ。地下のあれを詳しく調べれば自ずと分かるさ」


「アバニッシュ卿は、今どちらに?」


「ああ、他の遅れてきた使者たちと同じ館に宿泊してもらっている。使者といってもただの異文化交流、外交官の休暇みたいなものだ。君たちにはそれぞれに護衛と共に就いてもらってこの都の案内でもしてもらえればいいさ」


「本当にそれだけで?」


「深く詮索する必要はないだろう。アバニッシュ卿はあの通りの深く考えないお方だ。何か腹に隠すなど出来ない。他の者は知らないが、彼だけは大丈夫だ。それより不審な者のバストヘイムへの侵入は確認できていないのか?」


「申し訳ありません。なにぶん行商が多いのでなかなか調べるのも一苦労で。怪しい物は見当たりませんでしたが」


「まあ、相手が真に暗殺者であったなら私には見分けなどつかんさ。それより目に着く者を見極めねば」


「不穏なのはあの雲だけですね」


「何か魔術師の様な集団もいなかったのか?」


「いませんね。将軍の配下の魔道士と思われる者ぐらいで」


「そうか、お抱えの魔法使いがいるのか。国外の魔法使いか?この国では魔法があまり浸透してない分だけ、おかしな事にその魔力を用いる者がいつ出てきてもおかしくないからな。あのように見かけない生物だからといって超常物などと安易に予想するのは違う」


「ほう。あんな雲や怪物も魔法などでは出来るので?」


「まあ、あのアズールカの科学でも品種改良などといっては既存の物から逸脱させる事は出来るのだ。何があっても不思議ではない」


「経験が生きますね」


「君ほどじゃないさ。私はこれから将軍と共にあの生物の検分と対策を協議する。使者たちの事は任せたよ」


 私はその場を後にする。

 私の話し相手であった彼は今の名をワークナという。彼の一族は王国の元隠密であり、王国の歴史を陰から支えた立役者だ。

 魔法を用いる事をあまり好まない我が国の習慣の中で、あの魔法を神より与えられた贈り物だと信じて疑わない帝国に今まで滅ぼされずに張りあえたのも彼らのような真の暗殺者や王宮の禁忌兵、魔道神官、禁忌魔道士がいたからである。

 ワークナたちは独自の魔法の扱いに長けていると本人たちが言っている。

 私たちにはそれが忌避すべき魔法なのか、本来の肉体と与えられた力の使い方なのかは判断がつかないが彼らは魔法とは思えない方法で力を行使しているらしい。


 禁忌兵、魔道神官、禁忌魔道士の事は私は詳しくないが、ワークナによると魔法が嫌われる原因となった怖ろしい集団であるようだ。


 彼らも今の愚王の登場で国からの居場所を失ってしまったが、一族が散り散りになる中で名を変え姿を変えてまでダイルトーアに尽くす者がいたことは確かだ。

 ワークナがその一人だ。見た目の年齢では私とさほど変わらぬ印象を受けるが分かったものではない。

 偶然、彼が求める条件に合った私が彼を文武官として迎え入れたが、それはほとんど脅迫であった。

 しかし、あまり悪い気はしない。身分を偽るのは流石に力技が必要なのであろう。

 それに実際彼と知り合って得をしたのは私である。

 彼の経験、実力共に色々と役に立つ。

 今回も私と若い文武官だけではただの道先案内しか出来なかったであろう。将軍の用意してくださった護衛にワークナの目、これだけでも私の微力に比べればかなりのものである。


 私は一度要塞の最上部のある一室に行ったあとに隠し階段を下りて地下を目指す。元々は要塞陥落時の緊急用の脱出口であったものだが、今はその脱出口は潰れている。そのため、ただの地下設備として今は使われているそうだ。


「ギルバーク殿。遅くなりました」


「おお。サン殿、来ましたか!遅くはないですぞ。私は昨日からこのワクワクが止まなくてですね。一度中であれを見てきたのですよ!今は魔導師団や生物学者の者などが中で調べているところです!」


 かなり興奮した様子である。保守的な考えの多い国民でこの様に魔法や科学に頼る者などなかなかいまい。

 それに将軍は歳が私の二倍はあると思われるのに軟らかい思考の持ち主の様だ。このバストヘイムの今の混濁した文化がそうさせるのであろうか。

 私は将軍をかなり侮っていたようだ。私の傲慢さが憎い。


「将軍」


「何ですかサン殿?唐突に?」


「あれの対処についてですが――」


「まだ何かも分かっていないのに対応を考えるのは早いかと思いますが」


「――いえ、おそらくアバニッシュ卿の迅速なあの飛来物の排除を見ましても、帝国でも既に何やらあのような未確認の物の目撃などがあるのでしょう」


「それでどうするのです?」


「我が国としましてはナイルド・ラコンタとアズールカとはなるべく足並みを揃えるべきかと。どのような方向へ転ぶとしても」


「それでは何ですか?あれが両国どちらかの物であると?」


「断言は出来ませんが、そのように考えて対応するのが得策かと」


「で私に何をしろと?」


「将軍にはあの使者たちに今回の飛来物について共に調査をすることを先んじて提案してもらいたいのです」


「そのぐらいであれば容易い事です」


「しかし、気を付けてもらいたいのです。あれが帝国の物であるなら、調査を共にしても情報が来る事は望めません。もし通商連合の物であるなら……」


 激しい音が扉の向こう側から聞こえてくる。地震の様な何かが崩れたような。


「何事だ!」


 将軍が扉を勢いよく開けようとする。


「ギルバーク殿!待って!」


 遅かった。将軍が扉を開けた瞬間、砂煙がこちらに流れ込んでくる。奪われる視界。頬に当たる砂粒。


「口を塞いで!」


 砂煙はしばらく狭い通路を包み込んだ。視界が奪われる中、辺りを確認する手に感触があった。


「ギルバーク殿……大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ……しかし中がどうなっているのか」


 小さく将軍の囁く声が聞こえる。衣服で口を覆っているのであろう。薄目を開けて中を確認しようにも砂煙で何も見えない。


 けたたましい叫び声が廊下を木霊する。部屋の中央辺りから、あの飛来物の安置された辺りから聞こえるのか。

 私はぞっとした。

 この視界が奪われた中、あの生物が生きていてこの狭い廊下に突っ込んできたら。私と将軍は身を守る術を持たない。また叫び声が聞こえた。この世の物とは思えない激しい叫びはとても痛々しい、背筋から血の気が引くような感覚を私に与える。


「早く扉を」


「閉まらないのだ。何かに挟まっている」


 将軍は必死に扉を閉めようとするが鉄の扉は金属が軋む音を出すだけで閉まる気配は無い。

 また生物の鳴き声が聞こえた。おかしい。今度は何やら断末魔の様に次第に声が小さくなっていく。

 私たちはその場から動かないでじっとしていた。後ろへ行けば足音で何かに気付かれるかもしれない。その場で今をやり過ごす。次第に晴れて行く砂煙。


 おかしい。

 なぜこの閉鎖された空間でこんなに早く煙が退くのか。

 答えは直ぐに分かった。貫通していたのである。

 瓦礫で潰れていたはずの脱出口に何かで抉られたような風穴が開いていた。

 それだけではない。何かがこの要塞の強固な城壁を壊したようだ。上に空が見える。


 つまり、上の城壁の壊された跡か再び開いた地下脱出通路がこの騒ぎを引き起こした者の侵入口で逃亡口である。

 晴れた元地下施設を見渡すと瓦礫で中は悲惨であった。中の者たちは生きてはいまい。中央には千切られた鎖と夥しい血の跡がある。


「サン殿!安全な場所へ。私はここの調査を衛兵に」


「私もお手伝いを」


「いや、大方あの生物が生きていたのでしょう。私たちに危害を与える事がこれで分かりました。あれをなんとか捕まえます。危険なのでサン殿は他の文武官や帝国の使者と固まって行動していてください。この場は私の管轄です。私たちで何とかしましょう」


 無茶である。

 あの生物がこのように要塞に穴を。また、閉ざされた通路に風穴をこの短時間に抉り出すような怪物であったなら、人間の手には余る。

 ましてやアバニッシュ卿の魔の雷撃で即死しないのだ。この都市の禁忌魔導師団を総動員しても、かなりの被害が出るだろう。

 それに衛兵に魔法の使える者がいるとも思えない。そんな怪物が昨日はあれほど見かけたのだ。手に負える物ではない。ワークナに、いや、ワークナ一人が加わったところで何が変わるか。元より怪物退治の経験などワークナにもないであろう。


 私は将軍に促されるままに階段を駆け上がり地下の異変を衛兵に伝えることしかできなかった。衛兵たちもあの地響きに驚き辺りを走り回っている。

 地下の将軍の安否を伝えた後、私は一人の衛兵に付き添われ使者たちの宿泊していた館へと通された。

 まだ使者も他の文武官もワークナもいない。

 何もなければ良いが。

 私が一つの部屋に通された後、衛兵は急ぎ都市の警戒に戻る。外の様子ではまだあの怪物は見つかっていないようだ。

 それは都に他に被害がないという事である。ひとまず直ぐには何も起こらなそうだと一安心である。


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