二人の太陽 1
バストヘイムは王都から離れた土地にある要塞都市だ。北の国ナイルド・ラコンタ帝国との国境から数キロと離れていない。
バストヘイムは重要な拠点である。
北はナイルド・ラコンタ、東はアズールカ通商連合国に挟まれている。
この我が母国ダイルトーアが両国の緩衝地帯となっている。
両国に板挟みになっている我が国といえば、土地は干からびた砂漠、人々は貧困と圧政に苦しんでいる。
圧政と言っても、民を苦しめる恐るべき権力とは民の持つ権利自身であるのだが、この民に与えられた権利と言うのがなかなか厄介な物である。
民の平等を求めれば一部の地域に金が流れ、政治への参加の権利があれば民は己の目先の寝食のために権利を行使しとなかなか難儀な物であった。
この他国よりは徹底した政治上の民主制というのは北や東の知識人からは圧倒的賞賛を受けるのであるが、もっぱら自国民からは決断を放棄した愚王であると評されている。
我が国の政治は完璧な理想的民主制ではなく王には国家意思決定権がある王制と民主制の中途半端な融合であるので尚更である。
この資源の乏しい土地で、民に己の事を後回しに国のために権利を行使せよなどと阿呆の様な説教をする者など他国にもいないのが、この国に民主制などというのが合わないという証左であるのかもしれない。
これは事実上の我が国を使ったただの実験でしかないのではないかとまで私は考えている。
悲しい事に我が国では王制の時は少なかった暴動、撃ち壊しなどが多発している。
軍部の権力なども乏しく民草が兵隊なのだ。
同じ民の貧困の苦しみからの暴動などを抑える事などする訳ないだろう。
民も己の日々の貧困のフラストレーションを安易な形で発露しているのであるが、それを責めるのはあまりに酷だ。
一方、民主的な王制と言える愚かな物を強いた今の王はといえば、己の権力を行使する事はほぼ無い。
この王の持つ権力はただ国内貴族への牽制、貴族の謀反への返し刀としての王の国家意思決定権であることは明白になりつつある。
これは王に取り入ったと錯覚した貴族たちが貴族議員として議会に入り込もうとした際に王の一言で絞首刑にされたのも起因している。
この事は他国では民の権力の妨げを王が断罪したと賞賛されるが、自国の一部の者には国の方針の画一化を妨げた混乱の時代が長引いたと嘆いている。
かく言う私は、民主主義を騙る軍国主義のナイルド・ラコンタと、同じく民主主義を騙る拝金主義のアズールカ通商連合国で勉学に励んだ結果、理想が打ち砕かれた私は現存の忌まわしい国家たちや権威を批判するだけのアナーキストモドキになっている。
民主的に選ばれた権威主義、全体主義などとのたまうナイルド・ラコンタにも呆れ、民主的な個人主義、自由主義でございと無法な通商連合への権力の集中化をさせているアズールカにも辟易した。
結局、私は母国でただの官職をするという選択肢しか選べなかった。
議員になるにも民の膨大な意見を統一する意思も、誹りを受けても国を自ら導こうなどという度胸もない。私は傲慢であるが臆病なのだ。
国土を南に大きく北に小さく二つに分けるダイル山脈には穴があり、そこを埋めるようにバストヘイム要塞がある。
北のナイルド・ラコンタは我が母国とは古代からの因縁の宿敵であったが、近年の両国関係は良好であり、バストヘイムはその目的を見失った。
周辺や内部には村や町が栄え、ナイルド・ラコンタ帝国から齎される新たな文化、交易品の数々でもはや都と言ってもいい程である。
ダイル山脈から南には大河を中心に王都が栄えている。
近年進出して来た東のアズールカ通商連合国の支配地域が古代ではダイルトーアの属国であり、現代ではダイルトーアの民主化と共に独立した島国にまで来ており、それらを次々と連合に吸収し、今では我が母国の隣にまで迫っている。
しかし、国交が全くない訳ではなく、元から海洋資源に興味が薄かった我が母国が失態を犯しただけである。
アズールカはダイルトーアにも連合への参加を促しており、その際には連合と海洋資源を取り合っているナイルド・ラコンタとの戦争にまで発展するのではないかとダイルトーア国内は戦々恐々である。
ナイルド・ラコンタが我が国への軍事支援を求めていないのが幸いであるが、それはただ単に海軍の発達が乏しい我が国が役に立つとは思えないからであろう。
その代わりとして我が国には永久の友好を求めている。
つまり我が国はナイルド・ラコンタ、アズールカ両国の支配地域拡大の足がかりとして見られているという事だ。
それに対し我が愚王は国内の民主化を無理に押し進める事にご執心であり、わが国の危機を感じているとは到底思えない。
私はそれを嘆きながらも、ただ毎日国僕として任務に就き、ただ時代の流れるままに生きている。先ほども言ったが私は傲慢であるが臆病なのだ。
私の国での役職は勉学の結果もあり、文武官という新設された官職である。
これはナイルド・ラコンタの軍の参謀制度とアズールカの連合議会における知識人、専門家などの部分的な取り込みで、今現在戦争の無い我が国で武官の補佐、文官の補佐、両方が出来る人材を育成するためのものである。あくまで表向きは。
議会での貴族特権の廃止についで、軍部での貴族特権も撤廃したので今までのコネのある武官や文官は使えなくなった。なので必然的に未熟な議会、軍を補佐する存在が必要になったのだ。
文武官には様々な出自の者がおり、中には貴族もいるので、これは議会や軍からの貴族権威の排除が主目的であり、排除された貴族たちはほとんどがこの文武官にいる。
これでは貴族の権力の排除は完璧にはならず本末転倒であると思うが表向きは議会と軍部は民に開放されたのである。
「それで、今回はどのような御用件で?文武官殿?」
「サンと呼び捨てにしてください。ギルバーク殿。文武官は武官より階級は下であります」
「そのようにはいかないでしょう。文武官殿は貴族様で在られるのでしょう?」
「いいえ。私は民の出であります。ご期待に添えなかったでしょうか?今回のナイルド・ラコンタからの使者は貴族でありますので」
「おお。これは失礼。貴族であると思い違いをしておりました。貴方は民の出ですか。まだお若いのにお早い出世ですな」
「いえいえ。ただ留学したので郷土については他の者より知っているというだけです」
「留学!実家は裕福なのですか?」
「いえ。家はそれほどではないのです。この周辺の村の出で。歩き回りながら旅の費用を貯めて勉学の旅に」
「それはそれは。ではこの度の帝国からの使者とは気が合いませんでしょう。私は慣れたものですのでお任せください。サン殿」
「いえ、そのようには。使者のアバニッシュ卿とは帝国の士官学校で一緒でしたので」
「それは心強い!しかし、帝国の士官学校とは……」
「いえ、そのような。帝国は広く軍の兵を集めているので、私の様な流れ者の異邦人でも教育を受ける事が出来るのです。今、国内から流れる若者も多くがその教育を目的にしているのでしょう」
「そうなのですか。私はこの通り無学な者でして、今ではその様に知識を」
「はい。まだ我が国では士官・文官の教育が行き届かないのが現状ですので――」
バストヘイムの守りを任されているギルバーク将軍は気さくな人物であった。初めこそ貴族と間違われ煙たがられたが、誤解が解けてからは帝国の使者が滞在中の護衛兵のスケジュール整理などを快く受け入れてくれた。
まさかないであろうとは思うが、このダイルトーアはあまりに未熟で無抵抗で不用心な国だ。国内に連合国のスパイがいて帝国の使者の命を狙っているとも限らない。
帝国と我が国の友好にひびが入って一番得をするのはアズールカ連合だ。使者が過去の友人であるというのもあってそこは力を入れてもらった。
使者といっても形式的なもので特に王都へと伝える言伝もないのであるが、友好を保つとは難しいものだ。
私は部下の同じ年ぐらいの若い文武官たちを連れてバストヘイムの都を歩き回る。
少しの間に昔とはずいぶん変わったものだ。私が子供の頃はまだ要塞然としていたが、今ではすっかり様変わりして都へと変わっている。
露天商では帝国原産の果物なども売られていた。帝国からの行商の一団なのであろう。
私はその中から部下に食べさせる分の量を買い、部下に投げる。
「帝国の果物だ。少し痛んでいるが、味に慣れるならこの方が都合がいいだろう」
この独特の酸味の中に少しの甘味がある果物を食べなれない内に外交に出る機会があったら事である。このように他文化に触れさせるのも教育の内であると思う。
「うわ、すっぱ」
案の定歪む顔。私はその様子を微笑ましく見守った。