4話『異世界ルノブールの歴史』
「今の所、佐々木太郎さんが異世界ルノブールに転生する準備が整うまで、一日程時間があります」
アトネはスイッチを押して部屋の景色を宇宙から普通のものに戻す。
「えっと質問なんだが、異世界ルノブールってどんなところなんだ?」
これから、アトネをサポートする以上知っておくべきだろう。それに、もしかすると俺も行っていたかもしれない異世界なので気になる。
「そうですね。ざっとですが説明しましょうか」
そう言うとアトネは玄関へと続く扉の反対側の壁まで移動する。
「きっと驚きますよ?」
アトネは掌から光輝く文字--もうかなり見慣れた《神意》を発動する。
何もない壁に向かってアトネが《神意》を発動すると突如先程まではなかった大きな襖が現れる。
「とうっ!」
と大きな声と共にアトネは襖を開く。
そこにあったのは--
--地球?
大きさは、よく工場などで見かける丸いガスタンク程だ。
実寸大の地球と比べるとあれだろうが、それでもかなりデカイ。
部屋は一応和室だが、一体何畳なのだろう、見渡す限りに畳が敷き詰められている。
「どうですか? 驚きましたか?」
「ああ、驚いた。これが、異世界ルノブールなのか?」
「はい。そうです。これが異世界ルノブールになります」
地球と比べると少し海の割合が高いように見えるが、ほとんど遜色はない。
「それでは少しお勉強を始めましょうか」
アトネはピシッと眼鏡をかけ直し、どこから取り出したのか指示棒を握る。
「えー異世界ルノブールですが、こんだけ大陸があるのですが人族が住むのはこの大陸のみです」
アトネが指示棒で指している大陸は地球で言うところのアフリカ大陸くらいの大きさだ。
どころどころに人が住んでいるのだろう都市がある。
「この大陸にしか人がいないのか?」
「えーそうですね。昔は他の大陸にも人がいましたが、今はこの大陸にしかいません。ちなみに大陸名はアルタ大陸です。詳しく説明をするのでこちらを見てください」
アトネが異世界ルノブールをタップすると、もう一つの世界が表れる。
「なんだこれは?」
「これは、地下都市ガルドです。ここには魔族が住んでいて、その面積は人族が住むアルタ大陸の約五倍はあります。この世界の暦には人界歴と、魔界歴というものがあるのですが、まぁそれを説明するためにもとりあえず、この世界の歴史を見てみましょうか」
そう説明をした後、アトネはもう一度異世界ルノブールをタッチする。それと同時にルノブール、正確に言えばアルタ大陸の姿が変わる。先程まで点々とあった都市が無くなり、たった一つの村のみが残った。
「そもそも、この世界にはもとから魔族はいなかったのです。いたのは人族と知性を持たない魔物だけでした。えー、人族と魔物は歴史に残るような数多くの戦いをしてきたのですが、まぁ今回は省きます。そんなこんなで人族は魔物と戦いながら村を築き、暦を作りました。それが人界歴です」
「魔界歴はいつ出来るんだ?」
「魔界歴は人界歴六百四十六年のとある事件がきっかけでできます。まぁ事件と言ってもこっちから見たらの話ですけど、すぱっと言うと一人の男が知性のない魔物とヤっちまったんですよ。それで、初めての人族と魔物のハーフ、すなわち知性を持った魔族が生まれました。やっかいな事にその生まれた魔族は雌の蜘蛛、つまりアラクネでした」
「なるほどな、そのアラクネに恋をしたらヤツがいるんだな」
日本でもモンスター娘とは一つのジャンルと言っていいレベルで人気だ。異世界でも同じようにアラクネに恋をしたヤツがいたのだろう。
「正解です。えー先を話しますね。普通ならアラクネは人族に気味悪がれ殺されて終わるはずでしたが、そこに一人の男が表れます。それが、地下都市の名前にもなっているガルドという男です。ガルドは魔法の天才というよりは異才でした。基本的に人族が使う魔法は神から授かったものとされ、自分のマナを消費して発動するのが普通でした。しかし、ガルドは世界のマナを使い術を行使する魔術を作り出し、その力を使いアラクネを助けようとしました」
「助けようとって事はそのアラクネは結局殺されたのか?」
「はい。ガルドの頑張りむなしくアラクネは人族に殺されました。しかし、アラクネのお腹にはガルドとの子供がいたんです。ガルドは子供達とその力、魔術を使い人族に存在を知られない魔族だけの都市、地下都市ガルドを築きました。そこでできたのが魔界歴です。魔族は人族に知られずに地下都市で平和に暮らしてきたのですが、人界歴千六百七十三年、魔界歴で言うと九百九十八年に問題が起きました」
「問題?」
「アルタ大陸の人族の人工増加に伴い、未開拓地を開拓しようと言う案が出ました。当初この案は海を進み新たな大陸を発見するという案だったのですが、同じ年に地下都市への入り口が発見されてしまうんです。結局計画は地下都市を開拓するものに変わりました。この時点ではまだ人族と魔族の共存という道は残されていました。しかし、翌年、人族が地下に降り立った際、魔物によって何人かの人族が殺されました。もちろん人族は魔物と魔族の違いなんてわかりません。人族は同胞を殺された事に怒り魔物も魔族も関係なしに殺しました。魔族はもちろんそれに激怒しました。こうして約五百年もの間、魔族と人族は戦争を続けています。悲しいことに人口増加という当初の問題は戦争によって解決しました」
--五百年。
たった十七年しか生きていない俺には途方もない年数だ。
「アルタ大陸以外にも人間はいましたが、魔族側からしてみたら、人族は全員、人族です。魔族に攻撃を仕掛けたのはアルタ大陸の人間だけでしたが、そんな事を魔族が知るはずもなくアルタ大陸以外にいた人間は魔族によって全滅しました」
「アルタ大陸はなんで全滅しなかったんだ?」
「アルタ大陸は他の大陸の中でも一番文明が発達していました。ガルドが魔術を作り出せたように魔法研究に力を入れていたので、滅びなかったと思われます。えーここからが本題なのですが、これを見てください」
アトネは指示棒で地球で言うと北半球、北極に位置する場所を指す。
アトネが指示棒で指した場所は真っ黒に変色していた。
「なんだこれ?」
「これが、マナによる世界の死滅です。この世界は戦争によって大量のマナが枯渇しています。このままだと早くても二百年以内にこの異世界は消滅します。それを防ぐのが私《異世界転生指導係り》です」
「異世界転生の最終目的は魔王を倒す事って言ってたよな。おそらく話を聞くに魔族の王が魔王って事だと思うけど、なんで魔王を倒す事によって世界が救われるんだ?」
「えー世界の死滅の原因はマナの枯渇です。その根本的な理由は先程説明した通り、魔族が使っている魔術によるものです。この魔術なんですが、どういう分けか魔族の中では魔王しか使えない事になっているんですよ。ちなみに魔王しか、魔術が使えなくても魔術で世界のマナを配下に分けているので、その力は強大です」
「なるほど、だから魔王を倒せば魔術を使える奴もいなくなって戦争も終わって万事解決ってわけか」
「私は魔王も含めて全員を助けたいんですけどね。まぁー、人生そんな上手くは行きません。私が口にしているのは絵空事です。一応ちゃんとした仕事なのできつい部分があってもきちんとやらなきゃいけませんよね」
まるで、自分に言い聞かせているようにそう語るアトネ。
いつも働きたくないと言っている俺はその言葉に何も言えなかった。
「さぁ、大体の話しはこれで終わりです」
アトネが暗くなった雰囲気を少しでも変えようとパンっと掌を打ち合わせる。
その音と同時に俺の腹がグゥ~となる。
「女神は何も食べないって話だったけど、俺はどうなんだ? 腹が減って音が鳴っているんだが」
ぐぅ~ぐぅ~と俺の腹は鳴りっぱなしだ。
「基本的には、肉体がないので何も食べなくても問題ないと思います。お腹が空くのは人間だった頃の名残だと思うので、少しし我慢すれば収まると思います。空腹が収まらないのでしたら、気分転換もかねて外にでも出掛けますか?」
--イベントキター!!!
これはあれじゃないか!
デートと言うやつじゃないのか?
--キタキタキタキター!!!
俺がジャンプしながら喜んでいると、呆れたようにアトネが口を開く。
「そんな喜んでも、特に何もありませんよ。まぁ最初は珍しいかもしれないですけど」
「ノンノン、それは違うぞアトネン。俺はアトネンと出掛けられるのが嬉しいんだよ! だってデートだよ! 人生初めてのデートですが、何か?」
ふむ、嬉しくておかしくなっている。少し冷静になろう。ってあれ、人生初めてのデート? あれどうしよう何をどうすればいいのかわからない。てか、デートって何するの? 手でも繋げばいいのか?
「わかんねぇーーー!!!」
だってそうだろ? そもそも専業主婦を目指していたが、女性と付き合った経験なんてないし、恋愛マニュアルだってただ読んでただけだし。
「喜んでいたと思ったら今度は落ち込んでますね。えー全くカイトは大変な人ですね」
そう言うとアトネは俺の手を握り俺を引っ張る。
あれ、やだこれ手ぇ繋いじゃってるよ。てか、アトネさんマジイケメンなんだが。
俺はそのままアトネに引っ張られて、部屋を後にした--。