3話『これが異世界転生』
「ふぁふぇ、ほほわほほはほう」
目映い光の中から表れた--正確にいえば元に戻ったミイラは老人だった。
「てか、姿、ほとんど変わってねぇよ!?」
「あー、まずいです! 背景部屋のままでしたっとう!」
「いきなり撲殺!?」
あろうことか、アトネは老人を思いっきりぶん殴った。
「いろいろ、急展開過ぎてついて行けないんだが」
「えーと背景が部屋のまんまだったので、思わず殴って気絶させてしまいました。あーすいませんが、そこのスイッチを押して下さい」
壁にはいろいろなスイッチが並んでいた。先程アトネが押したスイッチは確かこれのはずだ。
ポチッと--俺がスイッチを押すと、ドドドドドドッと漫画的表現と共に背景が変わる。
部屋は極彩色のピンク、それにミラーボールに大きなダブルベッドって--。
「ラ◯ホじゃねぇか!」
『倫理規程に違反するおそれがあるため、音声を加工しております』
「また◯!?」
いや、まぁ本当にこれが◯ブホの部屋なのか実際に行ったわけじゃないから分からないけどさ。あるじゃん?男の子って思春期にそういう事気になっちゃうじゃん?教えてグーグル先生って感じで調べちゃうじゃん?
「物思いに耽ってないでさっさと景色を変えてくれませんか? 宇宙はその青いボタンです」
アトネに言われた通りにスイッチを押そうとする--
「ヒッ!」
--と突如アトネの悲鳴が聞こえる。
「どうした!アトネン!」
振り替えるとそこには、先程気絶したはずの老人が立っていた。
「この景色、若き頃を思い出すぞい。◯で◯して◯させて、めっちゃ◯しまくって、◯◯◯ほほほほほほほほ!昂ってきた!!!」
その姿はまるで鬼神のようだった。
鬼神はやがてその研ぎ澄まされた二つの瞳で一人の女性を見据える。
「えーと、これなんかかなりヤバイ気がするんですが、てか、先程、同じような事があった気が。デジャブ?」
鬼神の構え、それはまさしく少し前に俺が取ったポーズと同じものだった。
--クラウチングスタート。
「いざ、参る! ほほほほほほほほほほ」
鬼神がアトネの元へと走り出した。
この状況に俺が取るべき選択は--
①逃げる。
②助ける。
③鬼神と共に◯。
いろいろ悩んでしまうが、やっぱり妥当なところで行くと②だろう。
俺は覚悟を決めると鬼神に向かって走り出す--
「俺の女に手ぇ出してるんじゃねぇ!!!」
--そう叫んだ俺に向かって、鬼神が抱きついてくる。? あれ?
「威勢がいいじゃねぇか小僧、俺はこっちもイケる口なんだよ。おめぇの女には手出さねぇでやるよ……変わりに」
「えっと、ちょちょちょちょっと待ってください。本当マジで、てか、普段は俺の女に手ぇ出すな!
なんて言って突っ込むようなキャラじゃないんです、ちょっとマジスイッチ入っちゃっただけなんで、マジ今回だけは見逃してくれませんか!?」
俺の懇願も虚しく、鬼神は俺の服を脱がそうとしてくる。
「あの恋愛マニュアルでは確かここから……」
「てか、お前もか!?」
あのクラウチングスタートで何となく分かっていたけど同じ恋愛マニュアルを読んでいたらしい。
俺が貞操の危機に直面していると、鬼神の背後に巨大な影が表れる。
「えいやっと!」
バコンっと大きな音と共に巨大なハンマーによって鬼神が吹き飛んでいった。
「護身用のハンマーです。二つ持っていたのですが、先程は一つ壊してしまいましたから、今回はうまくいってよかったです」
吹き飛んだ鬼神は壁にめり込んでいて、ピクリとも動かない。どうやら、俺を起こそうとした時に壊れたのはこのハンマーだったらしい。一本間違えれば俺もあの鬼神と同じようになっていたのだ。
「生きてるのか? それ」
念の為たが、確認をとる。
「えー死んでるに決まってるじゃないですか。最初から死んでるんですから」
そういえばそうだった。と言うか死んでるからと言ってあそこまでして大丈夫なのだろうか。
「《神意》の力を使えば、すぐ意識は戻りますから、とりあえず背景を宇宙に変えましょうか。そっちの青のボタンが宇宙背景です」
「今さら背景変えても意味ないだろう。てか、なんでそんなに宇宙に拘るんだ?」
「宇宙ってなんか神秘的で女神っぽいじゃないですか。ちなみにハンマーでちゃんと狙ったので記憶は消えていると思いますよ」
どうやら、記憶はしっかりと消されていたらしい。
俺はアトネに言われた通りのボタンを押して背景を宇宙に変える。
「えーと、さきほどは私を守ってくれてありがとうこざいました。嬉しかったです」
そう言ってアトネは顔を赤くして笑った。
やっぱり彼女はチョロインだったが、とても可愛かった。
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「えーと、じゃあ起こしますね。とりあえず後ろで見ていてください」
俺はアトネが座っている、まるで王様が座るような豪華な椅子の後ろに隠れて、息を潜める。
「分かった」
何故、俺が隠れているかというと演出の為だ。女神の横にジャージのズボンにTシャツ一枚の男が立っていたら雰囲気が台無したからだ。ちなみに今から起こされる老人に先程の記憶はないらしいので問題はない。
「あーと、じゃあ、いきます」
そう言うとアトネは掌から光輝く文字を出して、倒れている老人に向かってその文字を放つ。
文字が老人の額に当たり消えると同時に老人の瞼が開く。
「ほほわ、ほほら?」
鬼神モードの時はあれだけはっきり話していたのに、今は全く滑舌が悪い。おそらくだが、『ここわ、どこだ?』と言っている。
「えー貴方は残念ながら……」
先程俺に話したようにアトネはカンペと書かれた紙を見ながら老人に向かって異世界転生についての説明をする。
「……で、だいたいこんな感じなのですが、どんな力を望みますか?」
「ひっへふひひはほうはははん」
「はい? えーと、何言ってるんですか?」
「おそらくだが、言ってる意味が分からないって言ってるだと思うぞ」
俺は後ろからアトネに小声で耳打ちする。
「なるほど、よく分かりますね。えっとちょっと待ってください」
アトネはそう言うと、老人にばれないように掌から光輝く文字を出現させてそれを俺に向かって放つ。
『おっ!? って何したんだ?』
『えーこれで、老人には聞かれずに会話出来るようになりましので、その御老人の言葉の翻訳をお願いします。私にはまるっきりわからないので』
『てか、こんなことが出来るんなら、あのじいさんの声も翻訳出来るんじゃないか?』
『実は既に試したのですが、どうやら根本の頭の方がいかれているらしくって本人はあれで通じると思ってああやって話しているぽいんですよね』
先程の鬼神モードの時はあれだけ流暢に話していたのに不思議だ。
アトネは再びカンペを見ながらその内容をかなり分かりやすくして、老人に再度説明をする。と言うかカンペを見る必要はあるのか?
「はふほほ」
様子を見るに今度は老人もしっかりと理解しながら話を聞いているように見える。
『ちなみに、今のは?』
『成る程って言ってるからたぶん理解出来てる』
『ありがとございます。とりあえずこのままちゃちゃっと説明しちゃいますね』
アトネの説明が終わった後、老人からの返答を待っている間、俺は疑問に思った事をアトネに聞いてみた。
『そういえばなんでカンペなんか見る必要があるんだ?』
あんなに詳しく説明できるなら、カンペなんて見る必要はないんじゃないだろうか。
『いえいえ、これでも私は今回の御老人とカイトを合わせても、まだ三人しか担当していない新人なんですよー。なので、カンペは必須です』
『そうだったのか!?』
『はい。ちなみにですが、貴方の前に転生した人は残念ながら、私の力不足で……』
アトネはそう言って黙ってしまう。その口ぶりだと、恐らく運悪く死んでしまったのだろう。
話を聞くに俺も異世界転生していたら、そうなっていたかも知れない。異世界転生マジ怖い。
『……行方不明になってしまったんです。まさか隣人と不倫関係になるとは思いませんでした』
『死んだんじゃないのかよ!? てか不倫
!?』
『他の女神が話していたようにやっぱり《下界》はドロドロしていましたね』
「はーへふは! はーへふは!」
不意に口を開いた老人は元気よくそう叫んでいる。
『これは私でも分かりますね。と言うかE地区に堕ちてくる《転生候補者》はだいたいこんな感じですけどね』
おそらくあの老人はハーレムだ、ハーレムだと叫んでいる。
『ん? 堕ちるってどういう事だ?』
『えーとですね。《転生者候補》は、一応ですがまずA地区に運ばれるんですよ。そこで、女神が運ばれできた《転生者候補》の情報を見て使えなさそうだったら、B地区に送ります。そんな感じでたらい回しにされて最終的にたどり着くのがここE地区です。とりあえずE地区に送られてきた《転生者候補》は本人の意思を確認して問題なければ異世界に転生させるのですが、如何せん我欲が強い《転生者候補》が多いですからね。カイトの前の冒険者もハーレム能力を要求したんですが、隣人の奥さんと関係を持ってしまってその夫とね……かなりドロドロしてましたよ。いろいろ出来る限りの手は尽くしたんですけど、ある日急に此方から観測できなくなってしまったんです』
『下界がドロドロっていうより、その男の能力のせいだと思うんだが。……ん? てかその話だと、もしかして俺もたらい回しにされた感じなのか?』
『そうですね。やっぱり将来の夢が専業主婦--もといヒモっていうのはあまりいい印象ではないですからね。ちなみにあまりにも使えなさそうだったらE地区からもさようならです』
『そういえば、詳しく聞いてなかったんだが、さようならってなんなんだ?』
『さようならとは、単純に《地獄》行きの事です。最終的にはどんな魂もあそこに行く事にはなるのですが、まー出来る限り私はそんな事はしません。見れば分かりますが、あそこには誰も行きたくないと思うので。カイトにさようならと言ったのも少し危機感を与えれば異世界転生をしてくれると思ったからです』
『とりあえず、アトネンが担当で本当によかったよ』
アトネが担当でなければ俺は《地獄》行きだっただろう。
「はーへふ! はーへふ!」
「と、すいませんでした。少しボーとしてしまいました。ハーレム希望ですね。分かりました」
老人の声と共にアトネは俺との会話を打ち止めて、業務に戻る。
「その前に一応ですが、前世の記憶を見せてもらいます」
アトネは掌から光輝く文字--《神意》を発動して老人の頭に向かって放つ。
「はー貴方も、不倫関係で失敗した人ですか、まぁーとりあえず、転生させるのが危険な程の罪は犯してなさそうなので、問題ありませんね」
アトネの台詞を信じるならどうやら《神意》を使えば人の記憶を見る事も可能らしい。
「えーでは、改めまして貴方が望む力はハーレムを築くことが出来る力、《魅了》で問題ありませんね?」
老人が頷くと、アトネは再び《神意》を発動させる。
「それでは、能力も決まったので貴方を異世界ルノブールへと転生させます。もう一度サラッと要点を説明しますが、貴方の最終目的は魔王の討伐です。魔王を倒した暁には、なんでも願いを一つ叶えます。えー異世界でそのまま暮らすでもいいし、元いた世界に戻りたいでも構いません。まーその場合は基本的には記憶をもったまま再度元の世界に転生して再び人生をやり直すって感じですが。まぁ何はともあれ頑張ってください」
そう言ってアトネは鍵を取りだし、先程玄関へと繋がっていたドアに取り付けられた鍵穴へと鍵を差し込む。
「おっと肝心な説明を忘れていました。貴方はこれから転生をして異世界ルノブールで赤ん坊から人生をやり直すのですが、先程、記憶が引き継がれるといいましたが、記憶が引き継がれるのは脳がある程度発達した十歳から十二歳の時になります。ちなみに能力に関してもその辺りの年齢に使えるなるようになると思うので、その辺よろしくお願いします」
そう言うとアトネは先程、鍵を差し込んだ扉を開ける。扉の向こう側は真っ白な光で覆われていて何も見えない。
「えー本日は私こと女神、アトネ・ピアララスが案内させて頂きました。貴方の異世界生活が幸福であることを心より願っています。それでは、行ってらっしゃいませ」
台詞と共にアトネは老人に向かって《神意》を放つ。
光輝く文字が老人に当たると老人は白い光に包まれ、やがて老人は一つの光球にその姿を変えた。
「それではご武運を、佐々木太郎様」
最後にアトネがそう言うと光の球は扉の向こう側へと消えていった--。