1話『ヒモ生活を提案しました』
「断固拒否します!!!」
と叫んではみたものの、どうしたものか。
「えーと、拒否するんですか?転生を?」
ズルッとずれた赤縁眼鏡をかけ直すと女神様は口を開き説明を始める。
「えー早見海斗でしたよね。理由はどうあれ、貴方は死んでいるんですよ。あれですか、突然のことでちょっと状況飲み込めてない感じですか?」
「理解はしている。けど、働きたくない。オーケイ?」
「いやいや、聞き返されても困ります。異世界転生を断るってことは、全うに普通にここで貴方の魂はさよならって事になりますけど、オーケイ?」
「答えは当然ノーだ!」
「いえ、自信満々にノーって言われても困るのですが。あなた、状況分かってます?」
分かっている。様は異世界転生しないと、死にますよっと脅されている最中だ。
「ここで一つ提案がある。俺をここで、居候させてくれ!」
俺の提案に女神は目を丸くする。
「いやいや、何言ってるんですか。無理ですよ無理。そもそも働く気ないですよね。ヒモですよね」
「そうだ! ヒモだ!」
俺は自信満々に宣言する。
ため息をつきながら女神は踵を返して歩いていく。
「あの? 女神様? 何処に行くんでしょうか?」
女神の背中には小さな白い羽が生えていた。小さな羽が俺の言葉に反応してビクッと動くと女神が振り返り口を開く。
「えーと、埒が明かなそうなのでこのまま貴方にはさよならしていただこうかと思いまして」
--まずい。まずい。まずい。
女神はきっと本気だろう。よーく見ないとわからないが女神の後ろにはなにらやスイッチ的なものが見える。ここで、選択を誤れば俺はきっと完全にさようならだ。
「ちょっと!待った!」
--どうする。どうする。どうする。
これが、走馬灯では無いことを祈りつつ、十七年間の人生全てを思い出す。記憶の中にこの状況を打開できるものはないか必死に探す。
「……これだ!」
--恋愛マニュアル!
これしか、この状況を打破できるものはない。
「えっと、なんですか? もういいですか?」
俺の気持ちはどうだろうか、正直言って目の前にいる女神はめちゃくちゃ可愛い。むしろ俺なんかが釣り合うレベルではないだろう。
成功する確率はほぼないだろうが、やらないよりはましだ。リアル女子で試した事なんてないが、やるしかない!めちゃくちゃ心臓がバクバクしているが、ここでやらなきゃ男じゃない!
--彼女を落とす!
スイッチ的なものが見えるという事はおそらくここは宇宙空間に見えるがただの部屋だろう。この床や先程、女神が使った特殊な力がその証拠だ。
「えーと、なんですかその格好。不穏な空気がピリピリしているんですが」
俺が取っているポーズは短距離走などで、良く見るクラウチングスタートのポーズだ。
「女神様。最後に一つ言いたい事があります」
なるべく、かっこよくダンディな声で俺はそう呟いた。
「えーと、もういいですよ……って!?」
--今!
ここぞとばかりに俺は一気に足を踏み出し、女神の元へ走る!
「ひぃ、なんですか、なんですか、なんですか!?」
みなまで言わせない。
まさに疾風迅雷、俺は一瞬で女神の元にたどり着き--
「ひぃ!」
--ドン!
ダンディにかっこよく!
「KABEド~ン!」
からの--
「キャッ!」
--クイッ!
「AGOクイッ!」
そして必殺最終奥義--
「ん!?」
--SEEPUN!
女神は目を丸くし、顔を真っ赤にして俺の目を見ている。
俺は女神から唇を離す。
--さぁ、仕上げだ!
「俺をヒモにしてください!」
「はい……って、え、えっ、ええ!?」
てことで、俺は正座をして女神に向かって礼をする。
「これから、よろしくお願いします」
「あっはい。……よっよろしくお願いします」
そう言葉を放つ女神の顔は真っ赤だ。
--成功した……のか?
どうやら女神はヒロインの部類で言うチョロインだったらしい。
これでとりあえずさようならは免れたようだ。
安心すると同時にだんたんと自分が何をやらかしたか頭の理解が追い付いてきた。
--KABEド~ンってなんだよ?
--AGOクイッてなんだよ?
--あげくのはてにSEEPUNって!?
恋愛マニュアルをなぞったとは言え、理解したと同時にものすごい恥ずかしさと、甘酸っぱさと、なんかいろいろなものが混ざってとにかくやばい。
「うぉーー!!!」
と叫びながら床なのかよく分からない場所を俺は転がりまくった。
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「で、えーと、冷静になりましたか?」
数分の間、転がっていた俺はとりあえず冷静になるとってダメだ!冷静になるとまた--
「うぉーー!!!」
--俺は再びゴロゴロと転がりだす。
クスッと、不意に女神が笑った。
「走ったり、キスしたり、転がったり、大変ですね。まったく初めてですよ、まさかヒモにしてくださいとは」
手で眼鏡を押さえて困ったような仕草をする女神。
「働きはしないが、専業主夫としてちゃんと家事はやるし掃除もやる、家のことは任せてくれ!」
俺は堂々とそう宣言するが、女神は困ったように口を開く。
「えっとですね。そこなんですけど、そもそも私達女神は別に食べ物を食べなくてもいいんですよ。それに掃除も別に埃などもないので、必要ありませんし。でまー、そうすると結局貴方は必要ないことになってしまうんですよね。けど、どうしましょうかね」
ふぅ~とため息をついて、俺を見る女神。
「えっと女神様? とりあえずさよならはなしってことでオーケイ?」
「オーケイです。というかキスまでして女神様はやめてください。さっきも名乗りましたが、アトネ・ピアララスです」
恋愛マニュアルには確か、相手の呼び名はニックネームで呼べと書かれていた。
「えっとそれじゃあ、アトネンって呼んでもいいか?」
「あっアトネンですか」
「えっと、嫌だったか?それなら普通に呼ぶけど」
「いっいえ、ニックネームで呼ばれたのは初めてだったもので」
そういって、アトネは顔を真っ赤にしてきる。
アトネは想像以上のチョロインだった。
「とりあえず、専業主夫もといヒモとしてここに住む以上は働きはしないがちゃんと何かしなくちゃな。とりあえずはアトネンをサポート見たいな形でいいか?」
「えーと、私はそれでいいんですが、それは働いたことにはならないんですか?」
「そもそも働くって何だろうな?」
「そんな悟った風に言われても……えーと、働いた見返りにお金が貰えるってことですかね?」
「まぁ、その通りだな。働くってのは働いた代わりに見返りがあるかってことだと俺は思う。んで、俺の基準で説明すると見返りがないのが趣味なんだと思う。人間、見返りがあるとその見返りばかりをどうしても見てしまうんだよな。本当に大事なのは実は見返りまでの仮定かもしれないのに。まぁ、例えるなら普通に毎日ゲームをやるのは楽しいのに、それが仕事になると、見返りに見合うレベルの責任とかいろいろ邪魔なものがくっついてきて、結局今まで通りにゲームを楽しめなくなったりな。結論を言うとだな、俺の中では見返りがないものは趣味の範囲なので、働いた内には入らないし、俺も楽しくやることができるってわけ、オーケイ?」
「はぁ。正直な話、いまいちピンと来ませんでした。そもそも女の人に養って貰うのは見返りの内には入らないんですか?」
「そこに関しては見返りではなくて、お互いの好意の上に成り立っているからな。好きだから尽くしてあげたいってのは見返りとかの話ではない気がすると俺は思う! まぁ経験がないから分からないが」
「なるほど。まー、とりあえず手伝ってくれるなら、それに越したことはありませんしね、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
てなわけで俺の専業主夫もといヒモ生活は幕を開けたのだった--。