プロローグ『どうやらこれは異世界転生らしい』
--またこの夢か。
俺は夢の中にいた。小さいときからよく見る夢でそれは十七歳になった今でも続いていた。
どこかの家だろうか、映る景色はこの夢を見る度に違うのでなんともいえない。
それなのにどうして俺がこの夢が同じ夢だとわかるのかというと、それは出てくる登場人物が同じだからだ。
俺の目の前にいる少女の背中には真っ白な羽が生えている。ファンタジーものの小説などでよくお目にかかる天使の様に見える。
彼女はにこやかに笑うと手に持っていたリンゴを小さな口でぱっくとかじる。
『おいしい』
不思議な事に彼女がそう呟くだけで、胸にとても嬉しい気持ちが込み上げてくる。
--何度も見る同じ夢だ。
時間や場所、風景などの違いはあるが俺はこの夢を小さい頃から何度も見てきた。
そして、この夢の意味にも俺は気づいていた。
--俺は彼女のために専業主夫になるのだ。
これこそが俺の運命。逃れられない、いや、違うな、俺の望む結末といっていい。
まぁ若かりし頃はこんな夢は幻想だから、必死に努力して一流の高校に入り、一流大学を出て、一流の企業に付きバリバリ仕事をして生きてく!なんて思っていたが、それこそ幻想だった。
まぁ結論からいえば、落ちたのだ。
--受験失敗だ。
俺の夢は、俺の希望は、俺の幻想は壊れたのだ。
--勉強?なにそれ美味しいの?
結果的には滑り止めとして受けた家から十分程で通える、偏差値も普通の高校に合格することができた。
毎日普通の高校に普通に通学して、普通に生きてきた。
脱け殻のようにただ過ぎ去る毎日を生きてきた。
ただ、この夢だけが俺を離してくれなかった。
絶望の中でほぼ毎日この夢を見た。
何回も何回も何回も。
そこで俺は一つの事実に気がついたのだ。
--彼女が持っている林檎がウサギの形をしていたのだ。
そして彼女はその林檎を食べると俺に向かってこう言うのだ--
『美味しい』
--と。
そうこの林檎はきっと俺が剥いたのだ。
この時から俺は決心したんだ。彼女のために、俺自身のために、専業主夫を目指そうと。ヒモを目指そうと。
ヒモが世間一般的にとても印象が悪いのは知っているが、もう俺にはこれしかなかった。
夢の中で彼女は笑う。
その輝く太陽の様な笑顔によって俺は救われた。
そろそろ夢が覚める頃だろうか、夢から覚める時は決まって今まで明るかった景色が突然暗くなる。 濁った色を混ぜ合わせたかのような色。ただ、そんな色合いの中でも彼女の笑顔は輝きで満ち溢れていた。
『……て』
彼女は笑顔で最後にそう言う。
しかし、その言葉はいつもはっきりと聞き取る事ができない。
俺は目覚めるだろう。いつも、目が覚めるとこの夢の事はほとんど覚えていない。不思議なことに夢を見ている最中にしかこの夢を見たことがあると理解することが出来ないのだ。
「起きて!」
どこからか、妹の声がする。
彼女の笑顔を最後に見て、妹の声がする方に意識を飛ばす。
そして--
-
--
----
--------
「起きてください!」
--そんな言葉を耳にして、俺の意識は完全に覚醒した。
「聞いてますか?」
手のひらや背中にひんやりとした冷たさを感じた。おかしい。昨日は確か、明日は学校なのに、ネットで面白い小説があったのでベッドで読んでいるうちに寝落ちしてしまったはずだ。
「もしもーし」
今、俺はどうやら冷たい床の上で寝ているらしかった。
「あのー、聞いてますか?」
目を開けるとそこはいつもの見慣れた部屋ではなかった。
「もしもし? いい加減返事してもらってもいいですか?」
一言で言えば--宇宙。
「あのー」
暗闇の中に光る無数の星々。
「感動してるとこ、悪いのですが。そろそろ私も堪忍袋の緒ってヤツが切れちゃいますよー」
俺の体は宇宙空間を漂っていた。しかし、手や背中にはしっかりと床の感触がある。
「聞いてますかー」
何度も見えない床をペタペタと触る。確かに床は存在している。
「こりゃダメですね。こりゃさすがに私も強引な手段を使うしかないですね」
--いったい何が起きているんだ?
「ほっと、よっと、あっと」
そうだ。まずは携帯を探そう。確か、昨日は異世界転生の小説を読んでて--
「んっこれ、ちょっと重すぎましたね」
--ん?異世界転生?
「あっと、少し……」
そういえば、小説の中で異世界転生してた主人公もこんな感じだったような。
「てことで、そろそろ、これでもくらって、起きてくださいっ!」
「これってもしかして異世界転生? ……なんて、まさかな」
「あわっ!って、きゅっ急に起き上がらないでくださいって、あっあっあ!あわわ!」
「ぐふぇっ!?」
ドシャーンと何かが壊れる音と共に何かが俺の上に覆い被さってきた。
ぷよんっと、手のひらにとても柔らかい感触がある。
「むっ胸に手が当たってるんですが」
聞き覚えのない少女の声。
揉み。
「ひっ!」
これは、まさか、思春期の男子なら一度は夢に見る--
--OPPAI?
「あのー、いっいつまで触ってるんですか?」
冷静になるんだ。俺はヒモを目指す男だ。こう言う時には大人の余裕を見せなければいけない。恋愛マニュアルにもそう書いてあった。
「大変、お揉み心地の良いお胸で」
「なっなんですか、その台詞は。とっとりあえず、恥ずかしいのでさっさと離して下さい」
「あっはい、すいません」
俺が手を離すと彼女は直ぐ様立ち上がり、深呼吸する。
「すーはー、すーはー、まだ大丈夫ですね、さすがに初対面で胸を揉まれるなど、とても恥ずかしかったですが、女神らしい余裕な態度で返せた筈です」
--全部まる聞こえなのだが。
「ごほん、では改めまして、初めまして女神のアトネ・ピアララスです。えーと、貴方は残念ながら死んでしまいました。しかし、悲観することはありません。えー女神である私が貴方を異世界に転生させて上げるからです。えー特典として、女神の力で一つだけですが、好きな力を異世界に持っていく事ができます。簡単に敵を倒せるチート能力。はたまた、ハーレムを築くためのあふれでる魅力。優秀な知力を得て民衆を束ねるなんて事もできます。できる範囲ならどんな願いでも叶えます。ちなみに転生時に記憶はちゃんと引き継がれるので問題ありません。えーわたくしこと女神は貴方の異世界転生を安心安全に全力でサポート致します。電話番号っは入らないですね。てことで、こんな感じです」
何処から取り出したのか目の前に立つ少女は裏面--俺側の面に『カンペ』と記載された紙を棒読みで読みそんな事を言う。てか、それ以上にここからだとスカートの中が見えそうで見えない。もどかしい。
「どんな能力を希望しますか? 記憶を見る限りではやっぱりハーレムですかね、専業主夫志望だそうですし」
「……」
「ごほん、えっとどうしましたか?何か不安なことでも?」
「いや、あまりのテンプレで何とも言えなくてな。てか、本当に異世界転生なんだな」
「異世界転生なんて、こんなものですよ。というか後が控えているので、ちゃっちゃっと決めてください」
そう言われて改めて目の前の彼女の姿を見る。
--見覚えがあるようなないような。
彼女は大きな赤縁の眼鏡をかけていて、水色の髪はいわゆるマッシュルームヘアだ。
--うん。ないな。見覚え。
てことで俺は起き上がり目の前にいる女神に説明をもとめる。
「とりあえず、女神様! 俺はなんで死んだんだ?」
「それ聞いちゃいますか? いいんですか? 後悔しますよ?」
「問題ない! どんな死に方でも後悔はしない!」
チャカチャン!とどこからか音がし、目の前のアトネと名乗った女神が口を開く。
「えー被告、早見海音の死因は」
「ちょっと待て!? 被告ってなんだ! 俺寝ている間になんかしたのか!?」
「いや、少しでも雰囲気をだそうかと」
ガクッ、と思わず肩が落ちる。
「冗談は抜きにしてくれ」
「しょうがないですね。んっでは、早見海音の死因を発表します」
ドュルドュルドュルドュル--
--どこからか効果音がなっているがとりあえず無視する。
デデンッ!
「死人、早見海斗の死因は腹◯死です」
『倫理規定に違反する恐れが有るため音声を加工しております』
「今のアナウンスなに!? てか、◯音入れても全部まる分かりだよ!? これ!?」
これ超恥ずかしい死因じゃねぇか、家には妹だっているんだぞ。
「えー詳細に死因を発表しますと、寝ている最中にお腹を壊して死んだってところですね」
「◯ってそっちの◯なの!? お腹◯って壊しちゃったから腹◯死!?」
「それ以外に何があるんですか? そんな放送禁止用語みたいな言葉を連呼しないでくださいよ」
「そっちが最初に◯なんて加工するからだろ!? てかいつまでも続くのこの◯!? さっさっとやめてくれない!?」
「もう、しょうがないですね」
そう言って女神はなんか手から光輝く文字?を出して空中に何かを描く。
--なんか今、さらっと凄い物を見た感じがするが、まぁいいや。
「ぴー。ぴー。ぴー。とりあえず音声加工はなくなったみたいだな。死因についてはもう言及しないから、さっきの異世界転生の話に戻るけど、例えば女神のお前を◯なんて願いでも通るのか?」
「わっ私を◯!?」
「はぁ!? てか、◯残ってるじゃねぇか!?」
「あーすいません、ちゃんと切れていなかったようです。それにしても私をピーするなんて、ビックリしました」
「てか、俺はお前をぴーするなんて言ってないからな、全面的にお前のせいだからな」
女神はもう一度、指の先から光輝く文字を出し、空中に何を描く。
「これで、もう大丈夫です」
「◯◯!?◯◯ ◯!?」
ぴー直ってねぇ!?てか、全部ぴーになってんぞ!?
「ありゃ? こっちだっけ? こっち?」
「 ◯ ◯ ◯◯ ◯!?」
余計酷くなってる!?
-
--
----
-------
「あーあーあー。よし問題なさそうだな」
数分程立ってやっと俺の声は元に戻った。
「で、なんでしたっけ?」
「本当、大丈夫だよな。ぴー。えっと異世界転生なんだけど、女神のお前を連れていくなんて願いでも叶うのか? って話だ」
やっと元に戻った声で俺は女神に質問する。
「いやー、ご指名は嬉しいですが、無理ですね。女神は基本的には下界に降りちゃいけないことになっているんですよ」
--昨日読んでいた転生ものでは、主人公と女神が一緒に異世界に転生していたが、やはり現実はそう上手くいかないか。
「まぁ、それ以外ならなんでも出来るんでちゃっちゃっと選んでください」
「ん? そもそも疑問なんだが、異世界に転生して俺は何をするんだ?」
「えー、後で話そうと思っていたのですが、基本的には何をしてもいいです。でも、最終的には魔王討伐を目標にしてもらいます」
「魔王……討伐……だと?」
「はい」
「異世界に転生して、勇者にでもなって働いて最終的には魔王を討伐しろと?」
「そうですね。まぁ仮定はどうあれ結果はそうなりますね」
--異世界に転生して俺が働く……だと?
「無理、無理、無理、無理!」
「はい?」
「異世界転生?……」
俺は立ち上がり、一気に空気を吸い込み--
「断固拒否します!!!」
--そう叫んだ。