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第ニ章 依頼

「もう海の幸は食べ飽きたんだ!」

 フォークに刺したイカフライを弄びつつ、カリューがまたしても文句を言っている。

「レベル測定大会は終わったものの……、船がない事には変わりがないからのぉ」

 ジェットが食後のお茶を飲み干す。

 レベル測定大会から三日が経過した。俺達はレベル測定大会前の退屈な日々に逆戻りしていた。

「さすがに暇だよね」

 冷静な秋留にも若干焦りの色が見える。

 アステカ大陸までの航路に出現する海賊は相当手強いらしい。船乗り達はいよいよ俺達をアステカ大陸まで運ぶ事を嫌がるようになってしまった。

 しかもレベル測定大会最終日から続く悪天候。今、店屋の外は大荒れに荒れている。

 その時ドカドカと俺達のテーブルに近づいてくる複数の人影があった。

 フード付きのマントに全身を覆った三人組みだ。

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 真ん中に立っていたのは男だと思っていたのだが、どうやら女性だったようだ。

 雨に塗れたフードを外すと眉毛がキリリとした強気な女性の顔が現れた。歳は三十位だろうか。

「何事ですかな?」

 俺達の保護者役のジェットが向きを代えて女性に聞く。

「レベル測定大会、拝見させて頂きました」

 レベル測定大会に参加していないジェットは、少し申し訳無さそうにうつむいた。

「さすがはレッド・ツイスターと言ったところでしょうか……」

「俺達を褒めに来てくれたのか?」

 先程からピリピリしている獣人のカリューが迫力満点な口で言う。

 普通の女性なら卒倒してしまいそうな迫力だが、目の前の女性は臆する様子を微塵も見せない。

「では、早速本題に入りましょう。空いてる席に座ってもいいかしら?」

 カリューとジェットの間の空いている席に女性が座る。お供の二人がその後ろに立った。

「まずは自己紹介から。わたくしの名前はイザベラ。武具屋を経営しています」

 イザベラと名乗った女性は後方の二人の方を振り返り自己紹介を続ける。

「左が主人のリー、右が用心棒のクログローです」

 イザベラの自己紹介を受けて背の高い男がフードを外す。亜細李亜アジリア大陸の物と思われる衣装を着こなす温和そうな眼をした男だ。真っ黒な髪を後ろで小さく縛っている。眼の間にあるホクロが目立った。

 ちなみに秋留は亜細李亜大陸出身だったりする。

「知り合い?」

 俺は小さく秋留に聞いてみた。

「亜細李亜大陸が他の大陸に比べて小さいからって、そう簡単に知り合いに会ったりしないよ!」

 秋留が口を膨らませて反論した。俺に馬鹿にされた事が分かったらしい。

「老人と若造ばかりのパーティーが役に立つんですかい?」

 クログローと紹介された黒色人種の男がダミ声でムカツク事を言う。危うくネカーとネマーを構えそうになった。

「口を慎みなさい! クログロー!」

 何事の反論も許さない口調でイザベラがクログローに言う。

「申し訳ございません、イザベラ様……」

 体格の良いクログローが小さくなった。いい気味だ。

「で、武具屋の主人が私達に何のようですか?」

 俺達パーティーの中で頭の回転がズバ抜けて良く、交渉事に強い秋留が答える。

 交渉役が秋留だと気づいたイザベラが目の前の秋留に視線を投げた。その眼で俺達を値踏みしているようだ。

「巷で聞いた噂なのですが、皆様、アステカ大陸に向かいたいとか……」

 秋留は何も答えない。イザベラが一息置いて続ける。

「実は私達もアステカ大陸に急いで行かなければならない理由があります」

「……商売ね。大量の武器や防具をアステカ大陸に届けたい。それにはこの港町でいつまでも足止めを食ってる訳にはいかないと言ったところかな?」

 イザベラの説明に秋留が間髪あけずに答えた。

 イザベラは小さく微笑み、更に話を続ける。

「そこまで分かっていらっしゃるなら、この先の話も分かって頂けるかしら?」

「アステカ大陸行きの船にタダで乗せてあげる代わりに貴方達の護衛をしろと?」

「その通りでございます……」

 そこまで話すと向かい合った二人の視線が激しく交差し始めた。盗賊の俺の眼になら火花が見える……気がする。

 ……少し息苦しくなってきた。

 いつまで睨み合っているつもりだろう。リーと呼ばれたイザベラの夫にも焦りが見える。

「仮に護衛に失敗した場合は?」

「その場で船を降りてもらおうかしら?」

 沈黙を破った秋留の台詞に鬼のような応答をイザベラが笑顔で返す。

「ふふ、楽しそうだね」

「ええ、今の時期なら十分に泳げますよ」

 尚も女同士の熾烈な戦いは続く。

 しかし俺の予想を裏切り、秋留が笑顔で続けた。

「任せて! イザベラさん達の事は私達の命に代えても守ってみせるよ」

『え?』

 周りで事の成り行きを見守っていた男達(店員や他の客を含む)が一斉に間抜けな声を挙げた。

 今の会話のやりとりで、二人の女性はどうして円満解決な顔をしていられるのだろうか?

「頼りにしてるわよ、レッド・ツイスターの皆さん」

 イザベラが俺達の顔を見渡しながら言う。その言葉に対して思わず苦笑いで返す。

「さて、話はまとまりましたが、こちらから提案させてもらいたい事があります」

 紅茶を一杯飲んでイザベラが言った。次は何を言われるのかドキドキしてしまう。

「先程クログローが言った言葉、全く考えていないという訳ではありません」

 俺が露骨にムカついた「役に立つのか」という台詞だろう。それ以外には奴は何も喋っていない。

「明日の朝九時、文芸堂という劇場の前でお待ちしています」

 そう言うとイザベラとお供の二人は席を立った。その手には俺達の昼食の伝票を握っている。

「ではまた明日……」

 再び三人はフードを被ると店を出て行った。

 会計を済ませる時に「領収書を……武有夢ぶうむ商会で……」という言葉は聞き逃さなかった。さすが商人は一味違う。俺以上に金に関してはうるさそうだ。

『…………』

 一同、暫しの沈黙。

「ふふ、結局タダで船に乗れるんだからオッケーでしょ」

 秋留が嬉しそうに言う。

 確かに話の内容的には俺達に不利な気がしたが、払う予定だった船代を払わずに済んだのは確かだ。

「カリューも悪い海賊とかモンスターが襲ってきたら、正義の名の下に切り伏せちゃってね」

「正義……。おう! 任せろ!」

 今まで放心状態だったカリューがガッツポーズで答える。こいつは単純で良いな。

「ブレイブもオッケーだよね?」

「勿論! 余計な金を払わずに済んで良かったな。船に乗って何かに襲われれば戦うのは当たり前だしな」

 例え異論があったとしても、そんな可愛い顔で「オッケーだよね?」と言われれば頷くしかない。

「ワシも勿論、秋留殿に文句などないですぞ」

 秋留の下僕であるジェットはお茶をズズズと飲んだ。


 翌朝もヤードは荒れていた。この時期特有の台風が近づいてきているらしい。宿屋の目の前の通りは葉や紙くずが散らかっている。朝早くから掃除をしている元気なオバちゃんの姿も見える。

「いつになったら晴れるのかのぉ」

 顔に張りついた紙切れを、律儀に近くのゴミ箱に捨ててジェットが言った。

「とにかく、やっとこの大陸ともオサラバ出来そうで何よりだ」

 カリューがデカイ口で豪快に笑う。朝早くから近所迷惑な奴だ。

 俺達はイザベラに指定された文芸堂という劇場目指して、人気もまばらな大通りを歩き始めた。

 向かい風で少し歩きにくかったが、俺達は予定の三十分前に文芸堂の前の広場に到着した。

 広場のベンチに思いがけない奴が座っているのに気づく。

「おや、盗賊ブレイブさんとその仲間達じゃないですか」

 趣味の悪いサングラスを直しつつ、海賊ノニオーイが近づいてきた。

 レベル測定大会の時と同様に白いスーツに身を包んでいる。

 ノニオーイの周りに個性豊かな顔ぶれが集まって来た。同じパーティーのメンバーだろうか?

「あら? お知り合いだったの?」

 俺達の後ろからイザベラが近づいてきて言った。その左右には昨日と同じようにリーとクログローが控えている。

 イザベラ達は文芸堂の前に立って俺達の方を振り返った。今気づいたのだが、リーとクログローの肩には妖精インスペクターが数匹乗っかっている。

「お知り合いでも関係はありません。これから貴方達二つのパーティーに勝負をしてもらいます」

 単刀直入にイザベラが言う。

「へっ! こんなショボイ奴らと勝負しろだと〜?」

 少し離れた場所にある石垣に座っていた男がイザベラの言葉に反応する。緑色の服に身を包んだ男はタバコをくわえた口から煙を吐き出した。

 緑色の帽子を被り右目は真っ白い髪で隠れていて見えないが、左目にはスコープの様な物を装備している。職業は銃士だろうか。

「おい! ガロン! そんな事を言ったら失礼だろう!」

 魚屋のようなゴムのツナギを穿いた男が注意する。あいつはどこかで見た事あるぞ。

「ラムズは真面目過ぎるんだ。だからレベル測定大会で恥ずかしい結果になるんだぞ」

 どこかで見た事ある顔だと思ったらトップバッターの海賊ラムズだったか。まさかノニオーイのパーティーのメンバーだったとは……。

「こらこら、仲良くしろ!」

 ノニオーイが間に割って入る。サングラスの向こう側でノニオーイの力強い視線を感じた。

「なかなか楽しそうなパーティーだな」

 俺は皮肉を込めて言ったがノニオーイは動じない。

「役者が揃ったところで早速説明させてもらおうかしら」

 イザベラが一歩前に出る。お付の二人もそれに続いた。

「これから一人ひとりにインスペクターを渡します」

 イザベラの説明と共にお付の二人がそれぞれのパーティーのメンバーにインスペクターを一匹ずつ渡す。

 あれ? 向こうのパーティーのインスペクターが一匹多いぞ。

「! なんだ、そいつは?」

 カリューがノニオーイに向かって指をさす。いや、正確にはノニオーイの真後ろだ。

「拙者、染次郎そめじろうと申す。以後、お見知りおきを」

 ノニオーイの後ろから声が聞こえたが、気配だけで姿は見えない。

「こいつは気にするな。イザベラさん、説明を続けてください」

 無口な染次郎に代わって、目立ちたがり屋のノニオーイが先を促す。

 冷静なイザベラは暫く固まっていたが、気を取り直して再び説明し始めた。

「これから互いのパーティーに、内容の異なる紙を一枚渡します……」

 イザベラの説明によると、要するに俺達にこの港町を舞台にした宝探しゲームをしろという事らしかった。

 最終的に辿り着く宝のありかは互いのパーティーで同じらしい。

 相手のパーティーの邪魔をするのも自由という事だった。その説明を聞いた時のノニオーイ達の憎たらしい顔は忘れられない。ちなみに同じタイミングで秋留が小悪魔の様な顔をしたのは気のせいだろうか。

「おほん! ……それでは……」

 イザベラの説明が終わると、後ろで控えていたクログローが前へ一歩出て言った。

「依頼争奪! パーティーバトル! スターーーーート!」

「炎の精霊イフリートよ……」

 秋留は突然、イザベラから受け取った宝探しの紙を俺の懐に押し込むと呪文を唱え始めた。

 と同時に俺は背後からの殺気を感じて体勢を低くする。

 目の前の地面に手裏剣が突き刺さった。

「ほほう、やりますな」

 声はするけど姿は見せない。

「邪魔するのはオッケーだけど、殺したりするのは勿論駄目だよー!」

 イザベラが少し不安そうに叫ぶ。

「大丈夫でござるよ。手裏剣に当たったくらいでは死んだりせんよ」

 相変わらず姿の見せない染次郎が言う。死なないだろうけど当たったら痛いぞ。

「炎の弾丸で敵を撃ち抜け! ファイヤーバレット!」

 秋留が呪文の詠唱を終え、ノニオーイの方へ魔法と放つ。

 しかし魔法はノニオーイの後方にいるラムズにぶち当たる。

「! 狙いはメモか!」

 確かにイザベラからの宝探しメモはラムズが受け取っていた。ノニオーイがうろたえて叫んだが既にラムズは黒焦げに……。

「だ、駄目だったみたい」

 秋留が肩を落とす。殺すつもりだったのか?

 ラムズの方に眼を移すと、ラムズを守る様に亀の甲羅が……。俺達の頭の上にクエスチョンマークが現れる。

「海で知り合った亀のモンスターのタトール。……俺の友達なんだ」

 ラムズは亀のモンスターから顔を出して言った。こいつ獣使いか!

 しかしよりによってタトールとは……。俺の人間の知り合いでタコのタコールというのがいる。あまり良いネーミングセンスとは言えない。

「ブレイブ! 置いてくよ!」

 気づくと俺以外のメンバーは文芸堂の前の通りから細い路地に入る所だった。

 俺はノニオーイ達を睨み付けると秋留達を追って走り始めた。

「メモを焼き尽くしちゃう作戦は失敗だね」

 秋留が走りながら言う。

 『邪魔をするのも自由』と聞いた時の秋留の小悪魔のような顔は見間違いではなかったようだ。

「それで、こっちのメモはどんな内容なんだ?」

「自分で持ってるでしょ?」

 秋留が言う。

 そういえば、秋留が魔法を唱える前に俺の懐にメモを突っ込んでいたな。

 俺は走りながら折りたたんであったメモを開く。

『三枚の貝』

 短っ!

 俺は心配になって秋留の方を振り向く。

「もうメモの内容は見たし場所は検討がついたよ」

 さすが我がパーティーの頭脳。

 メモの内容を見る暇も無かったような気がしたが……。俺は羨望の眼差しで秋留を見る。

「何か匂うぞ」

 カリューが鼻をヒクヒクさせながら言った。秋留に見とれていて、うっかりしていたが確かに油の匂いがする。

「散るんだ!」

 秋留を抱きかかえて俺は叫んだ。後方から炎が吹き上がった。

「おわ〜〜〜」

 素早さのあまりない老人のジェットが燃える。

 カリューが野生の勘なのか、路地の両壁を蹴りながら建物の屋根に上る。

 その時俺は前方に気配を感じて秋留を壁側に押し出した。俺と秋留の間に再び手裏剣が空を裂く音がした。

「また避けられた」

 前方の路地の影から再び染次郎が姿を現して呟く。

「しかも燃える仲間をほっとくとは……残忍な……」

 あまり火力は強くなかったのだろう。後方ではジェットが煙を上げながらピクピクしている。だが放っておけばジェットは勝手に回復する。

 染次郎の気配が再び消えた。

 俺達は気を取り直して再び走り始める。煙を上げながらジェットも後を追ってきている。

「何で屋根に上ったんだ?」

 染次郎が襲ってきた時に咄嗟に建物の屋根に上ったカリューが言う。

「野生の勘だ」

 カリューの回答に思わず噴出しそうになる。

 俺は心の中で「アホか」と呟くと、再び染次郎からの攻撃を警戒して辺りを観察し始めた。

「ノニオーイのパーティーは役割分担がしっかりしていそうだよね」

 秋留が言う。

 俺達は今まで数々の依頼をこなしてきた。しかし今回のように邪魔者がいたり謎解きがメインだったりはした事がない。

 ノニオーイ達のパーティーはこういう依頼を多くこなしているのだろうか?

「……ノニオーイ達がどの辺にいるか分かる?」

 秋留の問いに俺は神経を張り巡らせる範囲を広げた。

 暫く走りながら広範囲で辺りに注意を払ったが何も気配を感じない。まぁ、奴ら海賊パーティーだから気配とか消すのは苦手じゃないはず……。

「やっぱり駄目そうかぁ。こっちも偵察隊を出したいんだけどね」

 秋留の言う偵察隊とは妨害実行隊みたいなものだろう。秋留の事を心から敵に回したくないと思う。

「っと、この辺のはずだよ」

 秋留が路地の中心で突然立ち止まる。周りを見渡すと何やら少し見覚えのある感じ……。

 上を見上げるとシェル・シェル・シェルの看板が屋根に取り付けてあった。

 そうか。

 ここは以前、黒猫の獣人に襲われた時に逃げ込んだ路地だ。俺はその時にあの看板を打ち落としたはずだ。

「三枚の貝……でしょ?」

 秋留が可愛らしく言った。確かにシェルとは貝の事だが、一体どこに次のメモがあるのだろう。

 俺は建物の屋根に上って近くで三枚の貝の看板を観察する。

 看板の裏側に回ると手紙が貼り付けられているのに気づいた。

 板から手紙をはがした瞬間、またしても御馴染みの気配を察知して、俺は建物の屋根から路地に音を立てずに飛び降りる。

 俺の軌跡を追うように屋根や壁に炎が上がった。

 カリューやジェットが周りを窺いながら身構える。今度はカリューは野生の勘で飛び出したりはしないようだ。

「また……」

 染次郎の落ち着いた声が頭上から聞こえた。カリューが柱や壁を使って器用に屋根に上る。

「避けられた……」

 今度は後ろから声が発せられる。こいつ何者だ!

「我が忍びの動きについて来れるとは……」

 染次郎が俺達の目の前に出現した。カリューが屋根の上から染次郎に向かって飛び蹴りを繰り出す。

 蹴りが当たった染次郎の身体が路地の壁にぶち当たった。

「うぐっ!」

 カリューの後ろから染次郎が出現し、カリューの首を絞める。先程カリューが蹴り飛ばしたのは、人間大の丸太だ……。いつの間に……。

「ガルウッ!」

 カリューが染次郎の腕を掴んでそのまま染次郎を投げ飛ばす。

 その動きはさすがに染次郎も予測していなかったのか、地面に思いっきり背中を打ちつけた。

 染次郎はそのまま転がり、俺達から少し離れた場所で振り向く。

「きゅ、急所を絞めていたのだが……デタラメな身体の作りをしておる……」

 そう言うと煙と共に染次郎は再び姿を消した。

「む〜〜〜! あいつ邪魔〜〜〜!」

 秋留はカンシャクを起こす寸前のようだ。

 それでも冷静に俺から次のメモを受け取り内容を読み上げた。

『太陽と大地の間の逆上する水』

 暫く考え込む秋留。

 俺やカリューは考えようともしない。ジェットは少し疲れたのか、背中のリュックから水筒を取り出しお茶を飲み始めた。

「あんた達、少しは考えようとしてよね!」

 秋留は少し膨れて言うと来た道を戻り始めた。

「何だ? 何か分かったのか?」

 少し申し訳無さそうに俺は聞いた。

「太陽と大地……この二種類がある物って何か思いつかない?」

 秋留が得意気に説明し始める。俺達は少し考えたが何も出てこない。

「はぁ〜……。教会だよ、教会」

 なるほど。

 確かに教会には太陽神を崇めるラーズ教と、大地を創造したと言われるガイア神を崇めるガイア教がある。

 その間の逆上する水に次のメモがあるという事か! ……逆上する水?

「逆上する水がよく分からないから、この町の地図をすぐ近くにあった案内板で確認するの」

 俺の疑問を察知したのか秋留が答えてくれた。

 俺達はすぐに案内板の前に来た。小さな広場になっているため、近くには俺達が何をしているのか知らない一般人の姿も見える。

「この港町にはそれぞれの教会が二つずつあるみたいだね」

 基本的にあまり教会には縁が無い俺達冒険者は、教会の場所をあまり知らなかったりする。

「それぞれの間にある物で逆上する水を意味するようなものは……」

 秋留が案内版の地図を指でなぞって考え込む。俺達も注意されたばかりなので、真剣に考えるフリをする。

「あった! ここの銭湯! 水が逆上して熱くなってお湯になる!」

 秋留が嬉しさのあまり大声で叫ぶ。

 その時、俺達の後方で再び御馴染みの気配が。咄嗟に俺はネカーとネマーを構えて後ろを振り向く。それにつられて仲間達も後方を振り返る。

「なるほど……銭湯か……悪いが先回りさせてもらおう」

 俺がネカーの引き金を引いた時は既に遅かった。誰もいなくなった広場の石畳に硬貨が転がる。

「い、急ごう! 奴の事だから次のメモを焼き尽くすつもりだぞ!」

 俺は叫んでから銭湯に走り出そうとした。

「ふふふ〜」

 秋留が不気味に笑う。染次郎の相次ぐ妨害のせいで、とうとうキレてしまったのだろうか。

「銭湯は、ウ・ソ!」

 秋留が可愛く微笑みながら言う。その笑顔に飛び込みたい。

「邪魔次郎が近くにいて、次のメモを焼き尽くしてやろうと考えていると思ったからね」

 俺達は改めて秋留の頭脳に関心する。しかも邪魔次郎とは良いネーミングだ。

「確かに逆上する水の説明として銭湯は悪くないけどね」

 秋留が走り始めるのを見て俺達は後を追う。

「銭湯は教会の間じゃないの。邪魔次郎がもう少し細かく観察してれば気づいたはずなんだけどね」

「じゃあ間にあるのは何なんだ?」

 カリューがワクワクして聞く。このゲームを楽しんでいるようだ。

 しかし勝負に負けたら人間に戻るための船に乗れなくなるかもしれない、という事を忘れているんじゃないだろうか。

「噴水」

 秋留が言う。確かに噴水は水が下から上に舞い上がる。正に逆上という訳か……。

 俺達は邪魔次郎の妨害に会わずに無事に目的の噴水に着いた。

 噴水の中央の女神像の左手にメモが挟まっているのが見える。その女神像はまるで秋留のようだ。

「くだらない事考えてなくて良いから早く取ってきて!」

 秋留が俺の考えを見抜いたかのようにズバリと言う。

 俺は噴水の水で濡れないように器用に女神像の左手からメモを抜き取る。

「そろそろ最期のメモじゃないかな〜?」

 手渡したメモを秋留が開く。

『兵共が夢の跡』

 またしても短い文章だ。これだけで秋留は次の場所が分かるのだろうか。

「やっぱりね」

 まるで予想していたかのように秋留は呟くと再び走り始めた。

「次はどこなんだ?」

 カリューに先を越されないように俺は素早く聞いた。

「最近まで沢山の人が争っていた場所は?」

 秋留が俺に聞いてくる。

 最近まで争っていた場所? 戦闘していた場所だろうか?

「レベル測定大会の会場だよ! 急ぐよ!」

 そうか。ってさっきから納得してばかりの自分が少し情けなくなる。

 最近まで冒険者達が争っていた場所。

 正に兵共が夢の跡だ。

「何でインスペクターを渡されたかを考えてたんだよね」

 走りながら秋留が推理モードになっていく。

「でイザベラは立派な商人っていう事を考えると……」

 目の前の突き当たりを右に曲がる。レベル測定会場だった場所はこの先だ。

「レベル測定大会の会場をそのまま壊すには勿体無い。何かに使えないか……」

 秋留はまるでイザベラになったかのように考え始める。

「そ、それじゃあ!」

 俺は最悪のシナリオを思い浮かべて叫んだ。

「良い見世物になったようだね」

 レベル測定会場にゲートが見える。

 ゲートには『生中継・冒険者達の戦い』と大きく書かれている。

 その下には『入場料千カリム』とある。秋留の予想通り俺達は見世物にされたようだ。今更文句も言えない。

「ガルルルルル〜」

 カリューもようやく気づいたのか自分の肩に乗っているインスペクターに対して唸った。それじゃあファンサービス以外の何物でもないぞ。客が喜ぶだけだ。

『ワアアアアア』

 会場から一斉に歓声が上がる。客入りは上々の様だ。

 会場の中央にはモニターがメンバーの数分設置されていて、俺の顔もドアップで映し出されている。

 俺達が会場に入ったすぐ後に再び歓声が沸きあがる。

 後ろを少し確認するとノニオーイ達のパーティーが入ってきたところだった。

「染次郎の奴め……失敗したか!」

 俺達の後方を走るノニオーイが呟いたのが聞こえた。

「タ、タトール!」

 ラムズは亀のモンスターに合図を送る。タトールは凄い勢いで俺達の前に立ちはだかった。そしてその小さな口から大量の水を吐き出す。

 俺達は勢い良く流れてきた水で足元をすくわれた。ついでに後ろを走っていたノニオーイ達の足もすくう。何をやっているんだ……

「ラムズ! 落ち着け!」

 体勢を立て直してノニオーイが叫ぶ。

「こ、こんなに人がいて落ち着けるかぁ〜」

 ラムズは極端なあがり症のようだ。この観客がいなければ十分な力が発揮出来るのだろう。勿論レベル測定大会の時も。

 その時、あまり存在感のなかったガロンと呼ばれていた男が、手に持っていた銃を音を立てて伸ばした。

「危ない!」

 俺は最優先に秋留の身体を押し倒す。

 ガロンの持っていた銃から弾丸が飛び出した。俺と秋留の頭上を複数の弾が通り過ぎる。こいつ、ぶっ放しやがった!

「痛えぞ!」

 弾の当たったカリューが頭を支えながらガロンに飛び掛る。

 普通弾が当たったら「痛い」じゃ済まないはずですけど……。

「やっぱり石弾じゃあ威力はあんまりないか〜」

 ガロンがタバコの煙をフ〜っと吐き出す。石弾? 石の弾丸ということだろうか。

 カリューがガロンに拳を繰り出す。その攻撃をガロンは銃身で防ぐ。

「お主等、騙したな……」

「しつこい!」

 秋留が振り向き様に持っていた杖を振り回す。その攻撃が見事に顔面にヒットした。

「あれ? 当たっちゃった……」

 その場に染次郎は倒れた。

「馬鹿野郎! 先にお宝取っちまえばこっちの勝ちだったのに!」

 ノニオーイが猛ダッシュしながら近づいてくる。

 カリューとガロンは激しい攻防を繰り広げている。カリューの攻撃をギリギリでかわしているところを見ると、ガロンも相当の腕に違いない。

 俺達も負けないように会場中央に設置されている宝箱目指して走り始めた。しかしノニオーイの方が俺達より素早さが上のようだ。

 ジェットが振り返ってノニオーイを迎え撃つ。

「とわあっ!」

 ジェットがレイピアを鞘に入れながら振り回す。その攻撃をノニオーイは難なくかわしてジェットに足払いを仕掛ける。ジェットが難なく倒された。

「舐めるなよぉ!」

 ノニオーイは叫ぶと大きく踏み込んだ。俺達の頭上をノニオーイの身体が通り過ぎる。俺は宙を舞うノニオーイの白い上着を、咄嗟に右手で掴んで思いっきり地面に叩き付けた。

「ぐふっ」

 ノニオーイから声が漏れる。

 俺は更にノニオーイを踏みつけながら宝箱に向かってダッシュした。秋留もそのまま走り続けている。

「あ……」

 秋留が目の前を見て小さく声をあげた。

 それにつられて俺も前方の宝箱を見る。

 そこには宝箱を開けているタコール……いやタトールがいた。

「か、勝ちかな?」

 後ろからタトールを操っているラムズのオドオドした声が聞こえた。あがり症に負けた……。


「皆さん、お疲れ様でした」

 首謀者のイザベラが現れた。その顔はショーが上手くいった事を心から喜んでいるようだ。

 ここはレベル測定会場の隣に設置された小さなテントの中。

 あの後クログローとリーから観客に対しての終了の説明がされ、見世物はお開きとなった。

「よくも見世物にしてくれたな!」

 結局、ガロンとの決着もつかないままに強制的にテントに連れて来られたカリューが文句を言っている。

 少し離れた所でガロン自身も不満そうにタバコを吸っている。

「見世物にしない、とは言ってないでしょう?」

 イザベラが言った。確かにその通りだ。俺達では何も言い返せない。救いの眼を秋留に向けたが、秋留は勝負に負けた事が悔しくてそれどころではないようだ。

「ふっふっふ。結局勝ったのは俺達だったな」

 ノニオーイが自信たっぷりに言う。俺達はあがり症のラムズに負けたのだ。ある意味、ノニオーイに負けるよりショックが大きい。

「それでは依頼はノニオーイさん達にお願いする、という事でいいかしらね?」

 それを聞いてカリューが真っ白になった。勝負に負けるイコール船に乗れない、という事を今更思い出したようだ。

「……と言いたんだけどね」

 イザベラが話しを続ける。

「依頼は両パーティーにお願いするわ」

『え〜〜〜』

 イザベラ以外のテントにいる全員が驚く。

「おいおい! 俺は納得しないぞ! 何のために勝負したと思っているんだ!」

 ノニオーイがイザベラに近づいて睨みつける。

 しかし強気なイザベラは全く臆することもなく言い放つ。

「どちらかのパーティーを雇う、とは言ってません。それに勝負の内容を見て、両パーティーの実力は素晴らしいものと分かりましたので」

 それを聞くとノニオーイは黙って後ろに下がった。勿論、すれ違い様に俺達を睨む事を忘れていはいない。

「時間がないので早速、明日の早朝に出航したいと思います」

 冒険者はいつ何が起こるか分からないから、いつでも出発できる準備はしてある。

「既に荷物は詰め込み終わっています。船や荷物を海に棲むモンスターや危険な海賊から守るのが、貴方達の仕事です」

 イザベラが簡単に説明する。

「それでは明日からお願いしますね」

 一方的に話すとイザベラ達はテントから出て行った。

 残ったいがみ合う二つのパーティーも自分達の宿に戻り始める。外の会場は既に解体作業が始まっていた。

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