プロローグ
「もういい加減、海の幸も食べ飽きたな」
俺は一緒に食事を取っている仲間達の方を見る。
正面の真っ青な毛並みをした獣人が海老フライをフォークで弄びつつ頷いた。その獣人の顔は不機嫌そのものだ。
「老人の胃には優しいんだがのぉ」
「でも最近少し老けたんじゃない?」
俺の左に座っている少しダンディな感じの老騎士の台詞に、俺の右側の女性がおどけて答えた。
俺は窓の外を眺める。潮の香りが漂って来た。
ここはチェンバー大陸の南方に位置する港町ヤード。この町に到着してから1ヶ月程経過しただろうか。今では町の裏路地にある様な見つけ難い店までも知り尽くしてしまった。
「この辺一帯の依頼はこなしちゃったからなぁ。暇だよなぁ〜」
懐の銭袋の感触を確かめる。色々な依頼料や悪人を治安維持協会に引き渡した謝礼金で俺の懐はポカポカだ。
なかでもとある魔族の館から押収したオリハルコンの像と短剣は合わせて六千万カリムにもなった。残念だったのはオリハルコンの像が銀と混ぜ合わせた安物だったという事だ。あれが純オリハルコンなら億を超えると買取専門店の店主も興奮して言っていた。
暇な俺達は細かい依頼も数多くこなした。その代わりにこの港町ヤードは大した悪人もいない、冒険者にとっては退屈な町と化してしまった。
「もう雑魚相手に戦うのも飽きた! 俺の正義の腕が鈍っちまうよ」
目の前の悪人面をしている獣人が不自然にも正義を語る。
俺達パーティーのリーダーである獣人のカリュー。色々な諸事情で今は獣人をしているが元は生粋の人間だ。
性格は熱血一筋で楽をするのは大嫌い。正義のためなら命も掛けるという、俺に言わしてみれば、ただの大馬鹿者以外の何者でもない。
カリューは獣人になった事を後ろめたく思っているのか、今まで青一色に統一されていた装備を一新して、目立たない茶色を主にした装備にしている。まるでどこかの盗賊団を指揮している獣人のようだ。
俺の考え事の内容に気付いたかのようにカリューは俺を睨み始めた。
俺は眼を反らして渋いお茶をズズズと飲んでいる老騎士を見る。
「ブレイブ殿もお茶飲みますかな?」
「いや、遠慮しとくよ」
聖騎士のジェットは持ち上げた急須を寂しそうにテーブルに戻した。
どんな時でもお茶を手放さない老騎士のジェット。若いメンバーばかりの俺達パーティーの保護者的存在だ。
ジェットもこの町に滞在している間に装備を新しい物に変えていた。真新しい淡い水色の鎧は店内の明かりを反射して綺麗に輝いている。
聖騎士であるジェットは本来なら聖なる力を持つ鎧などを装備する事も可能だ。
しかし装備出来ない理由がある。
ジェットは死人なのだ。聖なる力を発するような装備を纏った瞬間にジェットは苦痛により転げまわる事になる。俺達とジェットが出会った当初は死人の身体に慣れていないジェットにも色々な事があった。今では死人の身体にもすっかり慣れたようだが。
「ここのお茶、結構美味しいよ」
我がパーティーの紅一点、幻想士の秋留が美味しそうに食後のお茶を飲み干した。
「そうか? 秋留も結構お茶好きだよな」
俺は満面の笑みで答える。いつ見ても秋留は太陽の様に眩しく美しい。
俺達パーティーの頭脳であり、各種魔法を唱える事も出来る才色兼備の秋留。ジェットを死人として復活させたのもこの秋留だ。
秋留はこの町で手に入れた、新緑の鎧という魔力のこもった緑色の鎧を身に着けている。スカートは左右で長さの違うデザインとなっていて秋留の右足が怪しく俺を誘う。
俺は同じテーブルについているパーティーを再び見回した。このパーティーを組んでから三年位たっただろうか。今ではメンバーそれぞれの癖まで分かるようになった。
「カリュー、暇なのも後少しの辛抱だよ」
「そうだったな! 久しぶりに俺の腕が試される時が来たんだった」
秋留の励ましにカリューが立ち上がってガッツポーズを取る。恥ずかしいから止めてくれ。俺の耳にはザワザワと噂している声が鮮明に聞こえてくる。
「俺が本物の勇者である事を全人類に知らしめてやるぜ」
自称勇者のカリューが尚もガッツポーズを取りながら大声で叫んだ。熱血街道まっしぐらといった感じだ。
俺達のパーティーは、自称勇者である獣人のカリュー、死人である聖騎士ジェット、女神兼幻想士の秋留、そして最期の切り札、盗賊である俺様ブレイブの四人パーティーだ。魔族討伐組合に属している冒険者のほとんどが四人パーティーと言ってもいいかもしれない。
ちなみに魔族討伐組合とは、モンスターや魔族に襲われている町や村があると言った情報から、三丁目のオッサンが猫を探していると言った初心者向けの依頼まで取り揃えている民間企業である。
その魔族討伐組合の子会社『レベル認定友の会』が開催するレベル測定大会が一週間後、この港町ヤードで開催されるのだ。
「待っていろ! レベル測定大会!」
カリューが右手に持ったフォークから海老フライが空しく落ちた。
俺達は昼食を食べ終えて宿屋に戻る大通りを歩き始めた。一週間後に控えているレベル測定大会のためか大通りを歩く冒険者の数も多い。
「食後の運動しないか?」
カリューが拳を鳴らして言う。その獣人の顔で言うとこれから悪事を働くように聞こえるぞ。
カリューの言う食後の運動とは、この港町周辺を見回って手頃なモンスターを倒すという事だ。レベル測定大会の知らせを聞いてからは、カリューは毎日のように運動に行きたがる。
「ここ二、三日は出掛けてないですな。たまには良いんじゃないかのぉ」
ジェットは快諾しているが、俺は金にならない事はしない主義だ。
確かにレアなモンスターを倒せば珍しい牙や毛皮を高く買い取って貰える。しかし今、この港町ヤードの周りには俺達と同じような考えで狩りをしている冒険者パーティーが沢山いる。
しかもヤード周辺に現れるモンスターは雑魚ばかりだ。
「ガオオオオオ!」
カリューが血に飢えた獣の様に雄叫びをあげた。周りを歩く一般人や他の冒険者が一斉に遠ざかる。
「カリューのストレス発散のためにも町の外に出たほうが良さそうだね」
秋留がボソリと呟いた。
「お〜、やってるやってる」
港町ヤードのゲートを抜けると早速近くでモンスターと戦っているパーティーがいた。まだまだ初心者のようだ。
冒険者同士のルールとしては、基本的に戦闘中のモンスターの横取りはしてはいけない。「助けてくれ」と叫んでいる場合は別だが。
「俺達ももう少し進んでみようぜ」
カリューが大きな舌で口の周りを舐めながら言った。
ヤードが小さく見える程に歩いた頃、第一モンスターを発見した。
人間と同じ位の大きさでムカデの様なモンスター、モゾムだ。
虫の嫌いな秋留は少し離れた木の陰からこちらを覗いている。まぁ、モゾムは低レベルなモンスターだから、全員で狩ることもない。
木の陰にいる秋留から目線を前に戻すと、モゾムは既に真っ二つになっていた。その二つになった身体がジワジワと燃え始めている。
「全然物足りないな」
右手に持った業火の剣を鞘に収めてからカリューが言う。
業火の剣は港町ヤードの武器屋で見つけた魔力を持つ剣だ。その刀身からは名前の通り業火が舞う、という武器屋の親父の話だったが、実際は剣を突き刺すと微弱な火が立つ程度の代物だった。
野宿の時は肉を焼くのに便利、と馬鹿にしたらカリューは鬼の様に怒っていたっけ。
「お、次が来たぞ」
またしても低レベルなモンスターかつ良く見かけるモンスター・No1のゴブリンが現れた。三匹で仲良く走って来る。それぞれ棍棒や短剣等を装備している。
カリューが地面を蹴りモンスターの群れへ飛び込む。一瞬で三匹のモンスターの身体が崩れた。
って、俺達は何もせずに突っ立っているだけか。ジェットは近くの木の下で秋留と一緒にお茶を飲んでいる。俺もその隣に腰を下ろした。
「カリューって前より凶暴になったよね」
秋留が呟く。
確かに人間だった時よりもモンスターの倒し方が残酷になり、言葉が汚くなった。
しかし戦い方が荒々しくなったと同時に、強くなったのも事実だ。獣人の特徴である素早さが追加されたためだろう。
このままカリューが獣人のままだとどうなってしまうのだろうか。
カリューの場合は元から獣人だった訳ではない。
色々な偶然が重なって獣人となってしまったのだ。その身体には危険な因子も含まれているに違いない。
「早くガイア教会本部に行ってカリューを見てもらいたいんだけどね」
俺達はカリューの獣人化の謎を解いてもらうため、アステカ大陸にあるガイア教会本部を目指しているのだ。
「船がないとはのぉ〜」
そう、ジェットが言う通り、アステカ大陸行きの船が無いのだ。元々アステカ大陸行きの船は少ないし、今はこのチェンバー大陸とアステカ大陸を結ぶ航路に腕の良い海賊が出現するという事で、船乗り達も尻込みしている。
そんな諸事情のせいで、港町にいる船乗り達はアステカ大陸に行く事に関しては首を縦には振ってくれない。
「おらおら〜! さっさとかかってきやがれ〜!」
少し離れた所ではカリューが元気にモンスターの相手をしている。周りにはモンスターの死体が増えつつあった。どの死体も半分燃えている。
「業火の剣は切れ味も良くてカリューは気に入っているみたいだけど、あれじゃあ毛皮も牙も売れないんだよなぁ〜」
俺は半泣きになりながら愚痴った……。
日が西に広がる大海原に沈み始める頃、俺達は港町ヤードへのゲートに戻ってきた。
「やあ、お帰り!」
すっかり顔見知りとなった門番が声を掛けてくる。こいつの名前は覚える気もないので知らない。この門番は大きな町を守っているとは思えない程、気の抜けた奴だ。
生きていれば百十六歳のジェットや、身分証とは見た目の違う獣人のカリューをすんなり通すのはおかしいのだが、この門番は適当な会話で俺達を通してしまっている。
「今日はどうでした?」
「雑魚ばっかりで腕が鈍っちまうよ」
十分過ぎる程無駄にモンスターを倒したカリューが答える。カリュー以外の俺達三人はカリューの攻撃から逃れてきたモンスターを二、三匹倒した程度だ。
俺達は無能な門番を通り過ぎ、大通りを歩いて最近ずっと世話になっている宿目指して歩き始めた。今の時間なら宿の夕食が食べれそうだ。
「腹が減ったな」
獣人になって食欲も増大したカリューが言う。俺も軽く運動をしたせいで腹が減った。
「ワシは銀星の様子を見てくるですじゃ。終わったらすぐに宿に行きますので、先に食事を取っていて構わんですぞ」
ジェットはそう言うと大通りの横道を入っていった。その先には冒険者達が自分の馬を預けている共用の馬屋がある。
銀星とは、ジェットと共に秋留に死馬として復活させてもらった生前からのジェットの愛馬だ。最近は長距離の移動が無いため、銀星の出る幕が無い。
大通りの左側に俺達の泊まっている、魚のお宿の看板が見えてきた。
俺達は数々の依頼をこなし懐が暖かいために、この宿に一人ずつ部屋を取っている。普段は秋留一人の部屋と残りの野郎共の部屋で二部屋取っているのだが、俺的には秋留と同じ部屋で寝たい……。
「ブレイブ、何ニヤけてんの? 宿に着いたよ」
「おお、帰ったか!」
門番同様に顔見知りとなった宿屋の主人が大声で話しかけてくる。基本的に人見知りをする俺は他人とはあまり付き合いたくないのだが、一ヶ月も同じ町にいると顔見知りも自然と増えてきてしまう。
「今日は珍しい魚が手に入ったんだ」
「じゃあ、それ頂こうかな」
秋留が可愛く答える。俺は秋留の見た目だけではなく、楽器のハープの様な美しい声も大好きだ。
「さすが秋留ちゃん!」
宿屋の親父が馴れ馴れしく言う。俺は思わず腰にぶら下げているネカーとネマーを構えようとした。
それに気づいたのか秋留が白い眼で俺を睨む。
俺は咳払いをすると両手を大人しく下に下ろした。
ちなみにネカーとネマーは鉛の弾の代わりに硬貨を発射する事が出来る、世にも珍しい銃だ。俺は冒険者になった時からこの二丁の拳銃を使っているため、自慢出来る程にその命中率はズバ抜けている。
俺の職業は盗賊じゃなくて銃士としても十分にやっていけるだろう。
席に着くとすぐに宿の親父が料理を運んできた。ちなみに親父の名前はフィッシュだ。港町に生まれたかららしいが両親も思い切った名前をつけたもんだ。
「今日はジェットの爺さんは居ないのかい?」
「間に合いましたかな?」
ジェットが宿屋の親父の問いに答えて席に着く。
早速、珍しい魚らしい刺身の活け造りが宿の店員によって運ばれてきた。
「ゴールデンフィッシュっていう分かりやすい名前の魚なんだがね」
フィッシュが腕組みしながら説明する。
俺は早速その魚の値段を聞いた。一匹一万カリムはするという事だった。俺は今後の航海に備えて高価な魚の名前を心に深く刻み込んだ。
それから俺達は美味い魚に舌鼓を打ち、それぞれの部屋に戻っていった。早速俺は汗を流すために部屋に付いている風呂に入る。やはり風呂は気持ち良いし疲れが取れるな。
「後一週間か」
風呂の低い天井を見上げて独り言を言う。
以前レベルを測定したのはゴールドウィッシュというチェンバー大陸の隣にある大陸にいる時だった。俺達パーティーが出会った大陸であり、あれから三年が経過している。一体、どれ位レベルが上がっているだろうか。まさか下がってはいないと思うが。
レベル測定大会は、職業毎に異なる検査項目によりレベルを測定する大会だ。戦士なら体力や武術を中心に、魔法使いなら魔力測定が中心だ。ちなみに盗賊は洞察力なんかを調べたり、実際に罠のある宝箱を開けるような項目もある。
だからあまり冒険をしていなかったり怠けていたりすると、レベルが下がる事もある。
後、残念ながらゾンビに大会参加資格は無い。一般の魔族討伐組合に名前を登録している冒険者が対象だ。今回ジェットは一人で留守番となる。
俺達の心配事は種族が変わってしまったカリューだ。レベル測定大会には参加出来るのだろうか?
「誠意があれば参加出来る!」と豪語していたが、参加出来ないとなった時の暴れ様が怖い。
俺は長めの風呂から上がると、部屋に置いてある炭酸飲料を飲み干した。二十歳を過ぎたのだからビールでもキュ〜っと飲めば様になるのだが生憎酒にはあまり強くない。一方、カリューとジェットは酒が大好きだ。秋留はあまり酒を飲まないが、強いのだろうか?
「とりあえず、寝るか」
秋留の事を色々と考えつつ部屋の明かりを消して布団に潜った。