おかしな女の子⑥
麦わらの女の子は、4車線道路の歩行者信号の青が点滅しているのを見て慌てて何とか走って渡り終え、今度は4車線道路の向こう側で2車線道路の歩行者信号が青になるのを待っている桐野玲に声をかけた。
「・・は~いっ! ・・ありがとうございまーすっ! ・・ではまた学内でー! ・・さよなら~っ!」
桐野玲はその声に気づくと大きく手を振りながらそれに応えた。手を大きく振ると半袖のポロシャツに隠れていた二の腕がはっきりと見えたが、折れそうなくらいに細く見えた。
「・・桐野さん・・とっても可愛いけど・・、ちょっと細すぎるんじゃ・・。・・あんなんで、大丈夫なのかな?」
麦わらの女の子は笑顔で手を振り返しながらも桐野玲のあまりの細さを心配した。
「・・あぁ・・、私が恥ずかしくて消え去りたい気持ちになっているのを察して、一緒に道端で“おいしいね”って言いながらポテチを食べてくれるなんて・・なんて優しい先輩なんだろう・・素敵な人だったな・・。・・あれ? ・・私の名前・・何で知っているんだろう・・? ・・桐野って・・。・・あっ!」
桐野玲は先程麦わらの先輩に貸した教科書を取り出して裏表紙の見返しを見た。すると自分の名前が書いてあった。
「・・“2年 桐野玲”・・これを見たのか・・。あの麦わら先輩・・。
結菜の字だ・・。講義中に名無しなのに気づいて“みんな同じ教科書を持ってるんだから名前をちゃんと書いとかないと無くした時に戻って来ないよ”と書いてくれたんだったな・・。・・こんな思わぬ形で自己紹介のかわりになるとは・・。
・・あっ! ・・麦わら先輩の名前を聞くのを忘れた! そんな~・・。あんな素敵な先輩の名前を聞かないなんて・・。・・やってしまった・・。・・人生の巨大な損失だ・・。あぁ~・・」
桐野玲がそう気づいて頭を抱えながら、麦わら先輩の方を振り返った時にはすでにかなり離れてしまっていた。
2車線道路の歩行者信号はすでに青に変わっている。4車線道路で信号待ちしていた車はすでに走り始めている。騒音がひどく麦わら先輩を呼び止めらそうもない。何よりもレポートを仕上げるには時間がもうなかった。
「・・しょうがない・・麦わら先輩・・♥ ・・また今度・・。・・あなたの恩は絶対に忘れませんよ・・。学内中を探し回って必ず恩返ししますからっ・・待っててくださいね! ・・うんっ・・きっと学内でいつか会えるはずだ・・とにかく今は図書館に急がなくては!」
そう言いながら携帯を取り出して時間を確認した桐野玲はいけない、と慌てて意を決したように炎天下を走って大学に向かった。