夕暮れのホームより
意識が戻り辺りを見回す。車内はがらんとしていてアナウンスの案内が聞こえる。
どうやら帰りの電車での仮眠は、かなりの時間寝てしまっていたようだ。
快速の止まった駅に降り、折り返しの電車に乗る為反対ホームへ向かう。
ふと気づくと、この駅は俺が高校受験で受けた高校の最寄り駅だった。
遠いが、かなりの人気高だったので俺は落ちて結局近所の高校に行っている。ここに来るのは合格発表以来だ。
「久しぶりだね」
突然背後から声がしたので驚いて振り返る。そこには一人の少女が立っていた。
「爽くんが何でここにいるの? 誰かに会いに来たとか?」
西の空が少しづつ暗くなる中、彼女は明るい笑顔で聞いてくる。
「部活の帰り電車で寝ちまったんだよ。北高との練習試合だったからな」
それを聞くなり、彼女は掌で口元を隠しフフッと言って笑う。
「何それっ? やっぱり変わってないんだねそう言う所。中学時代を思い出す」
「何も笑うと事ないだろ。俺だって疲れてたんだ」
そう言うが彼女は笑うのを止めない。
「だって、本当に昔のままなんだもんそう言う抜けてる所。あの時以来じゃない? ほら、皆でプールに行った時、帰りの電車爽くんだけ寝てて置いてっちゃった事あったじゃない?」
「何言ってんだ、あれは寝てるけど起こせよって言ったのに起こしてくれなかったお前らが悪いんだろうが」
そんな会話を、俺達は懐かしがって話し合った。
まるでおじさんの同窓会とでも言うかのように。
昔と言う言葉が出て来て、その度に話が出てくる。違う学校に行ってまだ半年だと言うのに、俺達はまるで10年ぶりに地元で再開した友人みたいに話続けた。
「西校は大変だろ? 進学校なんだから」
気づくと空は真っ暗になっていて駅の電車が出る所のだった。もう何本乗り過ごしたか。駅の蛍光灯に火が付く。
「うん。勉強も部活も忙しくて大変、遊ぶ暇なんで全然無くて、でも毎日楽しいよ」
楽しい。か
以前彼女は話してくれた。自分には通訳の夢がある。だから英語が勉強できる西校に行くんだと。
元々賢かったのもあるんだろうが、それでも彼女は努力していた。
そんな彼女は眩しかった。
そんな彼女を見ていたかった。
彼女の夢に向かう姿を。離れて行ってしまうと、急に実感が湧いて来て、離れたくなかったんだ。
これ、恋っていうのかな? 好きになるってことは、こう言う事なのかな?
分からなかったけど、彼女と一緒にいたかった。
だから俺は勉強した。せめて、彼女と同じ場所に行く為に、いつか俺の夢を見つけられた時、彼女の隣に立てるように。
今のままじゃ、彼女の邪魔になってしまうから。変わる必要があった。
でも、だめだった。
想いが足りなかったのか、努力が足りなかったのか、それとも運なのか、言い訳はいくらでもつく。
けれど過去は変わらない。
どれだけ言い訳しようが、どれだけ弁解しようが、どれだけ嘆こうが変えられないんだ。
何か大切な物がなくなってしまったような、心にはそんな喪失感が満ちた。
そして俺は、この行き場の無い気持ちは心の中にそっと蓋をした。
だめだな。やっぱり……そんな決意も、彼女を見ただけで、心の中に閉じた気持ちは、蓋を開いて広がり出した。
心の声、あの時の気持ちが俺の中に溢れ出す。
「……でね、部活の先輩が……ちょっと、爽くん聞いてる?」
俺の顔の前で彼女は手を振りかざす。
「ああ、聞いてたって」
その時、ホームへアナウンスが入り、帰りの電車の光が見えた。
「じゃあ、そろそろ帰るな」
電車がホームへ入ってくる。
「あっ、そうだね。もう遅くなっちゃったし。私、帰りの電車は普通だから」
彼女の表情は少し淋しそうに見えた。快速で帰らずに普通の電車が来るまで待つ事も出来る。
もしかしたら彼女はそうして欲しかったのかも知れない。
電車のドアが開き、乗りこむ。
駅の彼女と電車の中の俺。
一歩踏み出せばいいその場所は目に見えない扉で分け隔てられてるように感じた。
「爽くん、私……」
そこまで聞こえてドアが閉まった。電車が動き出し、彼女の姿は見えなくなった。
電車の中にはもう車輪音だけが響いていた。
ダメだな本当に。偶然の出会いからのドラマみたいな展開を期待している自分を馬鹿らしく思う。
「やっぱり寂しいよ……お前がいないと…….また会いたいよ」
ドアに寄りかかりそう言うが、先ほどまで居た場所に彼女の姿は無い。だだ、夜景が高速で動いて行くだけだ。
でも良かった。会えただけでも嬉しかった。それで満足したとは残念ながら言えない。もっと話したかった。
けれど叶わないなら、それが現実なら、どうしようもないならばそれで満足するしか無い。彼女と出会って学んだ事。それが大人になるって事。
思いは消えない。思い出も忘れる事は無い。でも少しつづ薄れて行く。だから、大丈夫。この気持ちもすぐに溶けて行く筈だ。
折り返し、電車は駅に着いた。時計は8時を過ぎた所。白い息が出そうな中、家へと帰る。
帰路について、家まであと少しコンビニに寄ろうかと考える。
「爽くん! 待って!」
その声は、また後ろからやってきた。今度は偶然じゃない。ドラマみたいな展開、顔を真っ赤にして手を膝につき、息を切らす彼女がそこに居た。
何で……?
言葉になる前に疑問が頭を埋め尽くす。
ゆっくりと体制を立て直し、こちらへ彼女はこちらへ来る。
「何でここ……」
質問の前に、彼女は俺の肩に寄りかかり、泣き出してしまった。
「ごめん……お願い……だから……もう少しだけ……」
先ほどあった、彼女と俺との見えない壁はそこには無かった。走って来たからなのか、彼女の温もりがそこにはあった。
全く分からない。何も飲み込めない。それでも、彼女が会いに来てくれた。また会えた。
その現実だけかそこにあったから。それだけで今は良かった。
彼女が泣き止んだ後、少し話せる場所に移動する事した。
「何処に行きたい? 」
「……あの丘に行きたい」
あの丘。そこは2人でよく言った山の高台だ。山の上にある分、自転車でもかなりの時間が掛かる。
「今からか? 帰り遅くなって大丈夫なのかよ」
彼女はただ、無言で頷く。
こうなっては断る事も出来そうにない。結局、30分かけて満点の星空と夜景が見えるここまで来た。
自転車を降りるなり、先ほどまでとは打って変わり彼女は無邪気にはしゃぎ出す。
「うわぁー! ねぇ、凄い綺麗な星空だね」
立ち止まり、彼女は大きく息を吸い込む。
「ここは本当に好きなの。上にも満天の星空があって。下の夜景も星空みたい。とっても不思議な場所」
確かにそうだった。そもそも星空なんて意識しないと普段見ないものだしな。
「ねぇ、ここ座ろう」
唯の石が突き出ただけの天然のベンチ。ここが二人で来た時の特等席だ。
ゆっくりと2人でそこへ腰掛ける。冷えた石ベンチはの冷たさに彼女は少し驚いた様子を見せた。
言葉を交わす前に、また、彼女は俺の肩へ寄りかかる。
「……ごめんね。いきなりこんな事」
小さな声で彼女はそう言った。とても優しい声だった。
「お前の無茶振りには慣れてるっつーの。いいから、何かあるんだろ?」
「うん……ごめんね。私……爽くんに嘘ついた」
彼女の手が震えてるように見えた。
「西校に進んでね……最初は良かったんだ。でも、勉強も大変で、部活も大変で。私……だんだんついて行けなくなっていってた」
一筋。彼女の頬から涙が、溢れた。
「通訳の夢もね……本当に厳しくて……周りは私より出来る人ばっかりで。私が10かかる事を周りは5で終わらせて行くの。追いつこうって……必死で頑張ったけどダメで……」
信じられなかった。何より強く見えた。何より輝いて見えた。彼女が今、こんなに苦しんでいる事に。
「それでもやらなきゃダメだって……頑張っても、頑張っても周りとの差は広がって。もう分からくなっちゃった。私が通訳を目指す理由も、何で西校にいて、なんで勉強して、なんで部活するのか。……全部……もう分からない……」
聞きたくない。聞きたく無かった。俺の知っている彼女は、もっと強くて……一人で何でもできる……そんな彼女だった筈だ。
違ったのか?
そんな事、俺に言ってどうなる?
何て言ってやればいい? 何をしてやれる?
俺に出来る事なんて……何も無いじゃないか。
だってもう、今みたいに彼女の隣には居られないんだから。
「でね、今日爽くんと会って思ったの」
「何を?」
「分からない。でも、一目見た時に何か、胸の奥が熱くなる気がした。何て言えば良いか分からない……ごめんね……自分の事ばっかり」
同じ……俺と? 彼女もまた会いたいと思ってた?
「謝るなよ。俺にはこれくらいしか出来ないんだから……」
膝に乗せていた俺の手に、彼女は掌を重ねた。
彼女の涙は消えていた。とても満足そうに、微笑む。
「それだけで十分だよ。私は、爽くんに隣にいて欲しい。私が何処へ行っても、爽くんが横にいて欲しい」
隣にいて欲しい? 隣にいてもいい?
だから、と彼女は続ける。
「私と付き合って欲しい」
時間が止まった気がした。辺りに音は無く、静寂が訪れた。
「いきなり過ぎるよね。久しぶりに再会して何言ってんだろ私……返事は今度でいいから……今日はもう帰ろっ」
そう言うと彼女は立ち上がり、自転車へ向かおうとする。
「……爽くん?」
少し高い声だった。彼女が背を向けて離れて行くのが、怖かった。また会えなくなる気がしたから。とっさに俺は彼女を後ろから抱きしめていた。
「好きだ。ずっと前から好きだった。俺でいいなら、お前の隣にいさせてく欲しい」
言葉は自然と口から漏れた。言葉にして、初めて気付けた。これが正直な気持ちだ。
「うん……私もだよ……」
ーー帰りは自転車を押して帰った。2人共別れたく無かったからだろう。やけにゆっくりとした帰宅。
「しかし、どーするよ、もう10時過ぎだぞ。大丈夫か?」
それを聞くなり彼女はニャーッと笑い、肩を寄せてくる。
「なになにー? 爽くんは付き合って1日目の彼女に『今夜は帰りたくない』とか言わせたい訳なの?」
彼女は俺の背中を叩き、この変態と付け加える。
「んなっ……そんなんじゃねぇよ! 帰りを心配してるだけだっ!」
「えっ……私の家に泊まるつもりなの……それは流石に厳しいよ……⁈」
「どうしたらそういう意味に取れる⁈ 変態はお前の脳内だっ!」
中学の時のノリがこんな所で発動するとは……
「ったく。まぁ、中々都合が合わないかもしれないけどさ……何かあったらいつでも言えよ。俺で出来る事なら何でもやるからさ」
「うん……ありがとう」
「さて、じゃあ次のデートは何処へ行く? もうすぐクリスマスだしな」
「そっか……じゃあーー」
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