決断
相手にいくつか質問をし、今おとなしく帰れば自分達は追われることがないことを聞き出す。何が最善かを考えていた美奈だが、自分の手の上に置かれている計人の手の圧力が増したのを感じ、計人の方を見る。
計人は大分焦っているようだ。
美奈は、以前梨亜から聞いた天界について、出来る限りを思い出し……。
ここで帰れば、自分達に危険はなくなる。計人の安全を考えれば、相手が見逃してくれる内に帰っておくべきだ。
だが、梨亜ちゃんを放っておくわけにはいかない。相手の言うことがどの程度本当のことかは分からないが、実際に連れ去られていった以上、望ましくない事態が起こっているのは確かなのだろうから。
「計人、どうしたい?」
美奈の問いかけに、計人はしかし、何故か一瞬、はっとした表情でまじまじと見つめた。
計人は本当に時々、そんな表情をする。普段、計人が言いたいことは大抵表情から察せられるのだが、これだけは全く分からない。
計人も、これに関しては何も言ってこないので、恐らく意識している表情ではなく、私に何か伝える意思があるわけでもないのだろうが、何となく何かを訴えかけられているような気分になることも確かだった。
瞳の奥にある表情を確かめようと顔を近づける前に、その表情は姿を消し、いつもの感情の伝わる瞳が姿を現す。
「そっちこそ」
聞かれた美奈は、簡単に答える。そう出来ればいいな、という殆ど望みの薄い希望を込めて。
「私は……。一人で残る」
「却下」
間髪をいれずに返された。まぁ、そうだろう。この状態で、自分だけ安全な場所に帰り、捕らわれていった二人が戻ってくるのを待つだけ、というのに計人が耐えられるはずがない。
答えは分かっているが、一応続けて聞いてみる。
「ん。どっちがいい?」
「まぁ、ここで『はい、さようなら』は無理だろ」
「危険だと思うよ」
「あぁ、これ以上ないほどな」
「何も出来ないかもよ」
「出来ないかもな」
一応、万が一何らかの気まぐれが働いて、帰ると言わないかな、と聞いてみたが、やはり意志は固いようだ。
ふぅ、と息をついて、仕方ないね、と笑って返す。
「なら、捕まろっか」
「俺一人残るってのもあるんだぞ?」
計人が聞いてくる。確かに、これが単に誰かの厄介ごとに巻き込まれただけだったら、自分は計人を説得して帰っていただろう。
自分には地界でやりたいことがあり、そのために日々努力していることを計人は誰より知っている。
こんなところでそれを駄目にするような真似をしたりはしないが、今回はわけが違う。このまま帰るわけにはどうしてもいかないのだ。
美奈は、顎に手をかけて自分の本意を探ろうと訝しがる計人をじっと見つめた。
傍から見たら、まるでキスでもしそうな体勢の二人に、その場にいた人間は面白そうにしたり、呆れた風を見せていたが、本人達は気付かないほど必死だった。
根負けしたのは、計人の方だった。睨みあいに近いほど近寄っていた顔を離すと、手を肩に移動させ、周りから守るように引き寄せる。
「分かった。気をつけろよ」
「うん」
美奈の返事を聞いた計人は、周りを見回し、挑むように告げた。
「おとなしく、連行される。――今はな」
ひょっとして、『夢追人』と同時進行で見てくれている人がいたりして、前と表記違わない? と思った方が、万一いるといけないので補足。
『夢追人』のときは、計人が聞いてたので、いつもと違う発音を意味のあるものとして「ケェト」と聞き分けましたが、今回のは、いつもと違う呼び方になっているとは気付いていない、無自覚な美奈が主体なので、そのまま「計人」なのです。