李の収穫
「今年も、沢山実がなったそうです。お花の時期に、少し寒くなったので、今年は少ないかな、と思っていたんですけどね」
そう言いながら進む美奈に着いていくと、たわわに実った李の樹へと辿りつく。
「ここら辺、全て李の樹か? 結構沢山あるんだな」
庭に植えてあるというので、勝手に一本かと思っていた要だったが、複数の樹に、李がなっているのを見て、驚く。考えてみれば、家から門まで、年寄りならば車が必要になりそうな豪邸だ。それぞれの果実ゾーンがあってもおかしくはない。
それとなく聞いてみると、柿、栗、やまもも、ぽんかんに梨、文旦と、色々あるらしい。
「李って、自家受粉出来ないんですよ。梅とか杏とでも受粉させることも出来るんですけど、タイミングもありますし、受粉しにくい種類なので、こうやって受粉用の樹を用意してあげるんです」
言いながら、樹の間をさくさく歩いていく美奈。今回の菓子では、完熟して甘くなったものを使うらしい。
完熟前の、酸味があるのも美味しい、と、いくつかをもいで、水バケツにくぐらせ、きゅきゅっと布巾で拭いて差し出されたものを食べてみる。
「色の濃い方が甘いでしょう?」
「あぁ。だが、こっちの甘酸っぱい方も美味いな」
両手の李を交互に食べ比べ、そんな感想を漏らす。要としては、完熟前の方が好みかもしれない。
だが、行儀悪く李を頬張っていたせいで、口周りや手がべとついてきた。李を洗う用の水バケツだが、手を洗うのに使わせてもらってもよいだろうか。
そんなことを考えながら、完熟した李を食べていると、もう片方の李の汁が手を伝う。
「おっと……」
いけないいけない、と思い、服の方に流れないように腕を上げた要は、そのまま固まった。
ぺろんっ。
手が自分の意志とは関係なくあらぬ方向へ動かされ、流れていた汁が舌によって舐め取られたからだ。汁が流れないよう、最後にちゅっと吸われた気もする。
「んっ。おいし」
舐めた方は、今年もいい出来だ、と単純に喜んでおり、特に何も気にしている様子もない。情報では、そこまでスキンシップは積極的にする民族ではないはずだったが、世界というのは常に動いている。いつの間にか、他人の手を舐めるのは普通な世界になっていたのだろうか。
固まった頭で、情報を整理していた要に、何も気付いていない美奈が言う。
「あ、食べ終わったら、そのお水、手を洗うのに使っちゃってください。ここで食べる分以外、水に浮かべておく必要はないので」
美奈には頷きつつ、酸味の残る李をどうしようと眺める。いや、朝食の感じからみても、美奈は気にしないだろう。自分の口がついたかもしれない李を要が食べても。
「……あの、他人についた食べ物を舐めてしまうのは、お嬢様の癖ですので、お嫌でしたら、何度か申し上げればやめていただけると思いますよ?」
余程途方にくれた顔をしていたのか、今まで空気のように黙って控えていた庭師が、おずおずと進言してくれた。
「……ありがとうございます。いえ、お嬢様が気にしていないなら、俺も平気です」
担当地域によっては、一つの食べ物を皆で回しながら食べる習慣のところもある。鳥のように、一旦口の中で軟らかくしてから、子供に与える場所だってあるので、別にそういうのに抵抗があるわけではない。
ほんの百年程前には、そういった行為は恥ずかしいもの、という傾向があったように思うので、少しびっくりしただけだ。
そこまで思って、要は、自分が知らぬ間に、頭が固くなっている事実に苦笑した。考えてみれば、当然だ。自分達天界人にとっては、百年というのは決して長い時間ではない。しかし、地球の人間にとって、百年というのは一生に当たる長さであり、四、五世代くらい入れ替わっているような時間だ。
それほどの時間が流れていれば、思考もしきたりも変化しているのは当然だろう。
そう納得し、残った李を食べきり、残りの李の収穫を手伝った。
因みに、美奈の家にある果物類は、うちの実家の庭にある果樹類なので、ちょーっと地方色が出ている気がします。
仕方がないよね、今の住処マンションだから、都内で何が育つか知らないもん。精々、小学校のときに育てられてたレモンとか蜜柑くらいだね。
田舎の家ってのは、とにかくだだっ広いものなのさ。




