推測
「私自身では一応、お初にお目にかかります。お察しの通り美奈です」
「あぁ、よろしくな」
鳥だったり幼児だったりネズミだったりしか見ていなかった要は、これが本人か、としみじみと見ていたが、ん、なぁに? とばかりに首を傾げられて、はっと伸ばしかかっていた手を戻す。
見た目幼児のさっきまでならともかく、思春期の相手に気軽に触れたら、セクハラ呼ばわりされかねない。どう見ても小学生にしか見えないにも拘らず、考えはおじさんな要であった。
「ところで、さっきの続きなんだけど」
美奈が話題を梨亜が連れ去られた時に戻すが、計人は苦い顔でぼやく。
「つっても、何もわかんねーぞ? おっさんで、態度でかくて、武器持ってて、やな奴で……」
眼は二つで鼻は一つ、口もあったし腕も足もあっただろ……と口の中で呟く。どうも、何も気づいたことはなさそうだ、と要はそっと息を吐き出した。
「梨亜ちゃんの様子で変だったこととか」
「様子? やけにあっさり付いてっちまった位しかわかんねーが」
もしそれが本当なら、我が部下ながら、『北』に連れて行こうとする人間相手にあっさり付いていくとか、一体何考えてるんだ、と頭が痛くなってくる。せめて引継ぎをしていけ、引継ぎを。
「すぐについていくこと決めちゃったよねぇ?」
「待たねーって言われて焦ったんじゃねーの?」
「うーん。私はむしろ、あんまり慌ててないかなーって思ったんだけど。今の状況からしたらおかしいくらい」
いっそ、無事戻ってきたら減給するか、と考えながら二人の話を流して聞いていたが、ふと美奈の言葉が引っかかった。
「どういうことだ?」
口を挟むと、美奈はこちらに振り向き、少し困ったように聞いてきた。
「いえ、今思ったんですけど。『北』が殆ど生きて戻ることの叶わない場所だっていうのは、梨亜ちゃんも知っていることなんですよね?」
「あぁ、そうだな。こちらの人間が知らないことはまずない。勿論結城もだ」
知らないようなやつが夢追人になるのは無理だ。夢追人とはそういう職業だからだ。
要の答えを聞き、満足そうに頷く美奈。
「そうだとすると、連れて行かれる時、あっさりついていき過ぎかなと思ったんです」
「……確かにな」
要としても、流石に梨亜が抜けたところがあるとしても、自分や下手すれば残された二人の命が掛かってるとなれば、もう少し足掻こうとする筈だと思う。ただ、その後続けられた言葉にはすぐには頷けなかった。
「多分、梨亜ちゃんは『北』に行っても、直ぐ戻れると思ってたんじゃないかなぁ? それも、隊長さんに言っておかなくても平気な位すぐに」
「確かに。入国許可貰うから待ってろってのと、ちょっと行ってくるから待ってろってのに、そんな差がなかったな」
計人もその時を思い出すように言う。
要としても、己の部下がそこまで危機感ないとは思いたくなかったが、すぐ戻れるような場所でないことは天界人ならよく知っている。そう前向きに考えられるようなことがあるとは思い難かった。
「つまり、どういうことだ?」
ほぼ自問に近い形での呟きだったが、美奈から答えが返ってきた。
「例えば、『北』で働いている人や捕まっている人に知り合いがいて、その人が面会を望んでいる、とか……」
要は、それはない、と反射的に首を振る。そんな場所で態々面会を望む者はいるはずがないし、許されるはずもない。
「……ただ、梨亜ちゃんは、帰れるだけの根拠が何かあったと思うんです」
「『北』からすぐに出られる方法、か……」
そんなものがあるなら、あそこが悪人にとって絶望や終焉を意味する場所とはなってはいないだろう。
「万一、そんな方法があったとしても、現時点で連絡も取れない状態に陥っているのは事実だ。結城に当てがあっても、実際にはその手段が通用しなかった、ということじゃないか?」
要の指摘に、美奈は俯いてしまう。梨亜が現在行方が分からないのは確かなのだ。反論出来ない。
「それじゃあやっぱり、梨亜ちゃんが自力で戻るというのは、あまり考えられませんか?」
「そうだな」
悲しそうな美奈に、少し罪悪感を感じつつも、頷く。
「隊長さん。『北』というのは、上司が部下へ面会することは可能ですか?」
じっとダークブラウンの瞳に見詰められ、一瞬胸が騒いだ要だったが、すぐに、何か悪いことをしているわけでもないのに焦るのはおかしい、と心を落ち着かせ、言われたことを考える。
本来なら、完全治外法権なあそこに自分の要求を通すことは難しい。
けれど、今回向こうはこちらへ話を通すことなく『北』に結城を入れている。『北』は出るのがほぼ不可能な分、入れるのにも入念な調べと明らかな罪状が必要だ。それを、上司である自分に話を通さずに捕まえるなど、異常な事態といっていい。
何らかの理由があり、速やかに捕らえる必要があったとしても、本人を牢に入れた後なら、少なくとも自分が逮捕の理由を開示するよう要請して断られることはないだろう。その程度の権限はある。
そこまで考え、一つ頷く。
「あぁ、俺なら多分可能だろう。――それしかないか」
一旦外に出て、梨亜のいる『北』へと向かうことにした。




