暗雲
「……ところで、その子、誰なんだ?」
先程、美奈として通された部屋にまた入ると、早速、至極当然の疑問が投げかけられる。
「あぁ、この子は、ちょっと訳ありで今日一日預かってる子でな」
要は何食わぬ顔で言った後、美奈の方を振り返って紹介してくれる。
「こっちのおじちゃんは、島田といって、顔は怖いが子供にはやさしいおじちゃんだ」
見た目二十歳位の人に、おじちゃんという呼称はどうかと思うが、見た目は子供な二人が呼ぶなら、まぁ仕方がないだろう。
子供に優しいというのは本当のようで、しっかりと屈んで目線を合わせてくれる島田に好感を持つ。
「川岸ゆかり、ななさいです」
挨拶されたからには名乗る必要があるが、生憎、自分の名前はこの牢に捕らえられた時に申告している。少し考えたが、下手な偽名は、呼びかけられた時に反応できない可能性があるため、幼馴染みの名前を拝借した。
自分では、咄嗟に名乗るのとしては良い判断だと思ったが、言った途端、要がちょっと身を固くした。
――あ、偽名使うの言い忘れてた。
仕方がない、頑張って覚えてもらうしかない。流石に、偶然同姓同名だった、というのは変に目立ってしまうだろうし。
美奈は、間違って呼ばれた場合に、あだ名だと誤魔化す心の準備をしつつ、そらっとぼけることにした。
「そうか~、ちゃんと言えて偉いねぇ」
そんなこととも知らず、島田は美奈を手放しで褒めてくれる。美奈は、小さな子供らしく、褒められたことを素直に喜んでみせたが、きちんと笑えているだろうか?
「で、悪いんだが、説明してもらえるか?」
要が切り出し、鳥谷が静かに、しかし真剣な表情で島田に意識を集中させる。それに対する答えは、なんとも煮え切らないものだった。
「と言っても、こちらも教えるようなことは何もないんだよな」
彼は、牢に入れられた二人は通常の迷い人だと思っていたこと、その時対応した二人が、それぞれ別の用で今いないことを告げてよこす。
――え? 向井さんともう一人の人、いないの?
てっきり、既に裏事情は織り込み済みで、敵側に回っているのだと思っていたが、自分達の意見の裏を取りにいったのであろう二人がまだ戻ってきてないとなると、この牢に、事情を知っている者がいるのかどうかが疑わしい。
勿論、要を警戒して、情報を渡さぬように嘘をついている可能性もあるが、見たところ嘘をついているという後ろめたさは感じられない。
感じられるのは、運悪く拘束されてしまった美奈と計人への罪悪感と、要や鳥谷に態々手間をかけさせたことに対するすまなさ、そして大きくなりそうな予感のする面倒ごとへの懸念くらいだ。
島田は「自分が見たわけではないので分からないが」と前置きをした後、自分の知っていることを話し始めた。些細なことでも分かることは教えてくれたようだ。
その話に、美奈の分かる範囲での矛盾もなかったが、これといっためぼしい情報もなかった。
ただ、二人がその場で解放されることはなさそうだ。夢守隊の隊長が明らかに含みを持たせて質問したのに、歯切れの悪い返答しか返って来ない。
ということは、どうも、それなり以上の力を有した人物が、二人の捕縛には関わっているらしい。収穫といえばその程度か。




