カラーリバーサル 後 カレイドスコープ
♠ハヤトとかほと……♠
「ハヤト、夕方には帰って来るから」
「あぁ。ゆっくりしてこい」
玄関で身なりを整えた咲良と花音は、市内のホールに来るピアニストのコンサートを聴きに出かけた。
咲良達が出かけると、家の中は静まり返った。ハヤトは書斎に行き、昨日届いた角型の茶封筒を引き出しから取り出し、その中身を取り出した。
中には写真が1枚入っていた。
「ナホの仕返しなら、戸田で終わったんじゃないのか……?」
ハヤトはデスクの上に置いた写真を見つめ、同封してあった写真と共に1枚のメモが入っていた。“10時に家に来てください”細いボールペンで書かれたメモには名前がなかったが、ハヤトはかほだと言うコトが既に分かっていたし、かほもそれを承知のうえで無記名にしたのだろう。
ハヤトは、ようやくかほと話が出来ることの期待とは反対に、写真に描かれていた殺害をイメージされた写真への不安も大きかった。ハヤトは自分の身に危険があることを承知のうえで身支度を整え、家を出た。
『ジンの経営するコンビニは、元はナホの両親が建てた家だった。両親が病の為に入院しその後他界したあと、しばらく空き家のまま存在していた。きっと、そこをかほが引き継ぐために、維持しておいて頃合いをみてこの街に来たんだろうか…』
ハヤトは、かほの思惑を歩きながら考えていた。
照りつける太陽にアスファルトの熱のこもった匂いがしていた。セミがジリジリ鳴く声が暑さを余計に感じさせる。数10メートル歩いただけで、既にハヤトの顔からは汗が流れ、Tシャツは汗ばんでしまっていた。
コンビニに着くと、レジにジンの姿はなく、アルバイトの女の子が立っているのがガラス越しに見えた。ハヤトは建物の階段を上り、2階に上がると“阿久津”の表札を見つけインターホンを鳴らした。
少し間が空くと、ゆっくりと鍵を開ける音が聞こえ、ドアが開いた。
「どうぞ」
中から、真っ黒な髪を下ろし、白いTシャツに大きなポケットのエプロンワンピースを着たかほが姿を現した。玄関には靴がないコトを確認すると、ハヤトはかほにジンはどうしたか尋ねた。
「出かけてるわ」
かほの声は小声で透明感があった。リビングに通された。大きな鉢の中で青々とした濃い緑色の葉をしたゴムの木やドラセナが、必要最低限の家具しかない部屋に存在感を現していた。ソファーに案内されるとそこに座りハヤトは黙ってかほが来るのを待っていた。
「どうぞ」
氷の入ったアイスティーはコースターに敷かれ静かに置かれた。
「大丈夫。毒なんか入ってないから」
かほは薄く笑い、ハヤトにアイスティーをすすめた。一気にそれを飲み干すと、冷たい液体が身体の中を通り外を歩いていたハヤトには気持ちよく喉を潤してくれていた。
「……私に、聞きたいことがあるでしょう?」
かほが尋ねると、静かな部屋でカランとグラスの中の氷がゆっくり溶け出し音を立た。
「あぁ」
ハヤトは焦る気持ちを落ち着かせていたが、鼓動が大きく聞こえ心拍数が上がっていた。
「そうだ、その前に……」
かほは、ソファーの横に用意しておいた大きな木箱を重たそうに持ち上げ、テーブルの上に置いた。中を開けると、小さな仏壇になっていて、かほの家族の位牌が詰まっていた。
「ナホ、ハヤトくん来たよ。よかったね……」
哀しげに位牌に話しかけたかほを、ハヤトは黙ったまま見ていた。
「私も、ハヤトくんと同じ。誰もいなくなっちゃった……」
かほは、小さく溜息を吐いて徐に仏壇の扉を閉めた。一般的な家庭なら、部屋の一角に置いてあっても良さそうなのだが、その全貌を隠すかのようにしてそれに鍵をかけて再びソファーの横に置いた。
「お前には、ジンがいるだろう? お前のコトジンは知ってんのか?……」
「知らないわ。阿久津は母方の祖父母に引き取られた名字だし。戸籍も抜けて独立してるから。婚姻届も、私が出したし。幸いなことに、二卵性でナホと顔が似ていないことね。あのヒトにも近づきやすかったわ」
薄い笑顔でかほはテーブルの縁を見つめていた。色白い肌に艶やかで真っ黒な髪の毛が鮮やかに映えていた。
「なぁ、かほ。お前が今まで俺に送りつけてた写真は、どれも人が殺されてたけど、あれはナホへの復讐なのか?」
ハヤトはじっとかほを見つめ、かほは少し黙ったままだったが、真面目な顔をし視線を上げてハヤトと顔を合わせた。その目は黒くハヤトの顔が反射して映って見えていた。
「……そうね。沢木たかこの傲慢な我がままが、ナホの小さな希望を奪ったの。あんなにピアノ上手だったのに。私、ナホの弾くカノンが好きだった……。そう、ハヤトくんの子供、花音ちゃんて言うのよね? ハヤトくんが付けたの?」
かほはスッと口元を軽く上げ、少し明るい表情をした。
「いや……あれは、二人で一緒に決めたけど、咲良が考えた」
ハヤトの言葉を聞くと、かほの表情はストンと抜け落ち、冷たい視線をハヤトに向けていた。
「そうよね……ハヤトくんがナホの好きな曲知ってるわけないわよね。鈍感だものね。そう、私が送ったナホの宝物。あれ、意味分かる?」
「? あのちっこいフィルムのコトか? あれ、確かナホがコンクールで金賞とったやつだろ?」
かほは、静かに溜息を吐きながら、横に首を振った。
「だから、鈍感なのよ。ナホの気持ち、ハヤトくんはずっと気づかなかったんだから」
かほは、小さく息を吸い再び話し始めた。
「小さい頃から、ずっとハヤトくんのこと、ナホは好きだったのよ。いつも、電話や面会で会いに行くと、ナホはハヤトくんの話ばかり私に楽しそうにしてくれてた」
「…………」
ハヤトは黙ったまま、かほの話を聞いていた。
「ハヤトくんといる時間は、ナホには楽しいひと時でも、学校は地獄だったのよ。ハヤトくんは変わらずナホに関わってくれてたけど、クラスメイトがそれを僻んだのね。まさか、近所の愛猫家で極度のクレーマーになってたなんて、お店に来て商品のクレーム言われてこちらも面食らったけど。あまりにもうるさすぎるから、“おまけ”しておいたわ」
「……戸田だよな? おまけってなんだ?」
かほは、右手で軽く口を隠しながら小さく笑った。だが、その目からは笑みが見えずどこか冷ややかに感じられた。
「クレームの矛先よ。あの猫、家にも来るからキャットフードに混ぜて毒盛ったのよ。お人形のお口も一緒に食べてくれたわ」
かほは、肩を小さく震わせてクスクス笑っていた。すると、耳にかけていた長い髪が、さらりと落ち再びかほは髪の毛を耳にかけた。
「戸田が、ナホに何したって言うんだ? 人や動物を物みたいに排除するお前の気が知れない……。まして、毒なんて。なんて酷いコト……」
ハヤトが言葉をかほに吐き捨てると、笑顔が一変しハヤトを睨みつけ鋭く話し始めた。
「ナホ、泣きながら電話で話してくれていた。私には、ナホ何でも話してくれてたから。戸田みなみに、上履き隠されたり、机の中にゴミ入れられたり、教科書に落書きされたり。居場所がないナホはトイレで給食食べてたけど、そこを見つけたあの女がナホのご飯に消しゴムのかすや鉛筆の削りかすをかけて、無理やり口に押し込んだのよ! 私が、傍にいたらそんな女どうにかしてやったのに……」
「だから、復讐するためにアイツらを殺したのか……?」
「ナホを、傷つけるだけ傷つけて、平気で生きてるからよ! ナホが受けた痛みを知らないままのうのうと生きてると思うと、悔しすぎて身震いするほど許せなかった。ナホと同じように…いいえ、それ以上に痛みを分かってもらわないとって。ナホがどれだけ辛く、苦しんだと思ってるのよ!」
「あの時、俺に、教えてくれてたら……」
ハヤトが話終わるのを待たずに、憤慨していたかほが鋭く言葉を投げた。
「ナホが、ハヤトくんには言わないでって。ハヤトくんを巻き込みたくなかったのよ……」
ハヤトはナホが口を割らずに、ただただ泣いていたのを思い出し、胸の奥が痛かった。
「分からないんだけどさ……カジの元カノは? あの……アヤカって人はナホと何か関係あるのか?」
ハヤトの言葉に、かほは目を少し大きく開きハヤトの顔を見た。
「あの女、ハヤトくんの友達とも……」
その顔は、徐々に強張り眉間に皺が寄りだしていた。
「ナホじゃない。私と関係があるの。あの女、私とジンの大学の後輩で私達が付き合い始めの頃、ジンに色目使ってきてたのよ」
「まさか、ジンはあの女と……」
かほは、ぎゅっと唇をかんで怒りで身を振るわせた。
「そうよ。まさかよ! あの女そのコト自慢げにサークル仲間の間で語ってたのよ。私とジンが付き合っているの知っててよ!」
「だからって……殺すことないだろう。人を殺すコトなんて、絶対にしてはいけないことだろ!! そんな女でも哀しんだヤツだっているんだ……」
「…………」
かほはギッとハヤトを睨みつけ、込み上げる怒りを必死に静めていた。ハヤトはそんなかほに溜息を吐いて肩を落とし、息を吸い込み話出した。
「あのさ、まだ何かする気なんだろ? 昨日届いたこの写真……お前また誰か殺すのか? もう、いい加減にしろよ!」
ハヤトの声が少し強くなった。ズボンのポケットに入れておいた写真をテーブルに出すと、身を乗り出してかほに聞いた。
写真は、ビルのような建物の模型の傍で地面に倒れ頭から血を流している黒い短髪をしたブライスドールは、服装がボーダーTシャツにカーゴパンツと今までとは違うカジュアルさとボーイッシュな雰囲気があった。さらに……。そのすぐ近くにも、同じように人形が倒れていたが、こちらはどう見ても男性のような装いだった。顔の作りは少女だったが、白髪交じりの七三分けの髪に黒縁メガネをかけた白いワイシャツに黒のズボンを履いて人形にはミスマッチな雰囲気をしていた。
「ここに写っている人形は、2人だ。誰なんだ!? こいつらも殺すのかっ!!」
ハヤトはかほに怒鳴りつけた。かほは、動じずハヤトをひんやりとした目で見ていた。
「なんだよ、その目っ!! お前、いい加減にしろよ!!」
ハヤトはかのほの細い身体を掴み、身体を揺すった。
「痛いわ……」
かほの言葉にハヤトは両手を離したが、怒りはおさまらなかった。
「……きて。見せたいものがあるから」
かほはすっと立ち上がり、ハヤトはかほの後を付いて行った。玄関の近くの部屋の前に付くと、かほは服のポケットから白い手袋を出してそれを手にはめ、ドアノブに手をかけた。
部屋は、ジンの書斎のようで、ギブソンのレスポールが4本壁に飾ってあった。その壁の反対側には何か対照的に、ギターではなくカメラが並び、フィルムやレンズをを保管するケースなどが置いてあった。
「いいのか? ここ、ジンの部屋だろ?」
「何も、触れないでね」
かほはそう言うと、カメラの並ぶ棚の奥にあるクローゼットから鍵の付いた箱を取り出した。すると、ポケットから作ったと思われる合い鍵を取り出し、デスクの上に置いて簡単に開けた。
「……おい、いいのかよ!」
ハヤトの言葉をかほは無視して、その中を開けて見せた。
「……このカメラもしかして」
「そうよ。これは、私のおじいちゃんがピアノを諦めたナホにくれたカメラ」
中には、使い古されたニコンFM10の一眼レフカメラが収められていた。それを取り出し、カメラの下をひっくり返すようにしてかほは、ハヤトに見せた。そこには、薄汚れたキャラクターのシールが貼られ“グンジナホ”とマジックで書かれていた。
「どうして、これを? お前、ナホの遺品で探してただろ?」
「……分からないの? ナホは自殺なんかじゃない。あのヒトに殺されたのよ。だから、ここにあるのよ」
『……なに、言ってんだ? ジンがナホを殺した?』
ハヤトはかほの話に困惑し、スーッと顔の血の気が引くような感覚がした。
「死ぬ前日、ナホから電話があった。同じ写真部の男の子に意地悪されてて、カメラを取られたって。明日返すから部活で朝集まる前に、学校の屋上に来て欲しいって。ナホ、とても怯えてた。カメラ取られた時に言われたらしいんだけど、自分はずっと前から写真撮っているのに、突然はじめたばかりのナホに金賞とられて悔しがってたみたい……それだけじゃないけど」
ナホはカメラから視線を離しハヤトを見た。
「ここに引越してきて、偶然ハヤトに会ったあのヒト、嬉しそうに私に話してくれてたの。『何でもそつなくこなす、憧れのエンドウくんに会えて一緒にバンドできる』って。あのヒトも感情は別だけど、ナホがハヤトくんと仲良くしていたこと、妬んでいたのよ。それは、電話でナホが言ってたわ」
「まさか……だからって、ジンがナホを屋上から突き飛ばしたのか? そんなの分かんないだろ?」
「ナホが自殺したって、言いたいの? ない! そんなコト、絶対ない!! 私達は、離れてるけど力を合わせて生きて行こうねって、誓い合ったのよ。ナホは、近くにハヤトくんがいるから、頑張れるって言ってた。いじめに耐えてたんだから。自分から死ぬはずなんかないのよ!」
ナホはぼろぼろと涙を流して、悲痛に言葉をハヤトへぶつけていた。かほは荒い呼吸を整え、必死に息をしていた。
「かほ、お前、ジンを殺すつもりなのか? お前と結婚した家族だろっ!? 何考えてんだっ!!」
ハヤトは頭に血が上り、顔を赤らめながらかのほ身体を強く掴んだ。かほの身体が強張り硬直している感覚が、ハヤトの掌で感じられた。かほは、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭い、整えた呼吸をして薄く笑った。
「何がおかしいんだ! お前、イカレてるぞ!!」
かほの態度にハヤトは怒りを爆発させ、怒鳴った。
「家族!? バカなこと言わないで!! 私は、この日の為に我慢してあのヒトに近づいたのよ! ここに住むことにあのヒトは何も深く考えてなかったわ。阿久津家に入ってくれたことも。あのヒトね、付き合っていて分かったけど、自分のいいようにしか物事考えてないの。だから、上手く利用したわ!! 土地と家と仕事が全て手に入ると聞いて、すぐ飛びついたもの」
ハヤトの怒りに誘発されたかのように、かほは高い声を出して発狂しかけた。
「でもさ……お前アヤカって女に嫉妬したんだろ? それって……」
かほは、ハヤトをきりっと睨みつけ口を尖らせた。
「やめてちょうだい! あの女を殺したのは、嫉妬じゃない。知らしめたのよ! あの女に、ヒトのモノに手を出したらどうなるか……って。あの、何でも人のモノを欲しがる目……思い出しただけで、怒りが込み上げてきそうだわ。それに、あの女とくっつかれたら、私の計画が台無しになるからよ!」
かほは、1点を見つめ錯乱し、身体を震わせていた。ハヤトはそれを見て哀しそうにかほを見ると、片手で自分の顔を覆い小さく溜息を吐いた。
「……お前、昔はそんなんじゃなかったのに。施設来た時はナホにくっついて一緒に人形で遊んだり、俺達と一緒になってけらけら笑ってたのに……」
「そうよ。全部、ナホを苦しめたあのヒト達が悪いのよ。あのヒト達が私のコトをこんなにも変えてしまったのよ」
ハヤトはふと昨日届いた写真を思い出し、かほに尋ねた。
「あの写真、一人はジンだと仮にしてだ、もう一人は誰なんだ? お前、いったい何人ヒトを殺せば気がすむんだ!!」
ハヤトは再びかほを掴んだ。その手に力が入る。かほは、痛みを堪えながら強気な態度で笑みを見せた。
「私は、人殺しなんかしてないわ。指一本触れてないもの」
「? 何言ってんだお前。じゃぁ、誰が殺したんだ? まさか、ジンか?」
ハヤトが尋ねると、かほは声を上げて笑った。拍子抜けしたハヤトの手をすり抜け、かほはカメラの入った箱の中から1枚の写真を取り出してハヤトに見せた。
「……これって」
写真には、飛び降りて地面に身体を叩きつけられたナホの死体が真上から写されていた。そのすぐ傍には……。
「こいつ! こないだ、学校で会ったやつだ! ……何してんだ?」
じっくりと写真を見ているハヤトにかほは、説明し始めた。
「そう。会ったんだ? 自分の死ぬ場所に呼び寄せられたのかしらね? この写真を撮ったのは、ナホを屋上から突き飛ばしたあのヒト。そして、その近くにいるのは写真部の顧問をしていた教師。ナホが血を流して意識を失っているのに、救急車も呼ばずにナホの写真を撮ってるのよ!」
かほの言葉に、ハヤトは胸がむかむかして顔を顰めていた。
「なんなんだ。こいつら、おかしいだろ……」
「ようやく、分かってくれたのね」
「お前も、イカレてるだろっ!! 何があっても人殺しなんて間違ってんだろ!」
「いったじゃない。私は指一本触れてないって。殺したのはね、このヒトよ」
かほは写真に写るサギヌマを指差した。
「? この先生が、人殺ししてたっていうのか?」
半笑いしながらハヤトは、かほに聞いた。
「そうよ? この先生、こんなふうにナホの写真撮ってるくらいだから、この写真を見つけた後いろいろ調べてたの。そしたら、闇サイトに不定期に現れる“掃除屋”って言う殺し屋をしているのが分かったわ。きっと、人殺しして写真撮って楽しんでるヒトだろうと思って、依頼したらすんなり、仕事してくれたわ」
「殺し屋って……。なんなんだ……。かほ、お前は、殺人を企ててソイツを操ったんだろ? お前だって……」
かほは、不敵な笑みを浮かべ写真とカメラをしまった。
「証拠は全部塗り替えられるわ。さ、お話はおしまい」
かほが動くと、さらりと揺れた髪からシャンプーの匂いがハヤトの鼻についた。
「殺しに行くのか? あの写真は2人が写ってんなら、お前が殺すんだろ?」
「そんなコトしなくても、勝手に2人で死んでくれるわ」
かほは、デスクの上に置いてあった時計を見た。午前10時44分とデジタル表示されていたそれをハヤトも確認した。
「どういうことだよ」
「仕掛けたのよ。毎回、ハヤトくんに送った写真の画像を掃除屋にも送っていたけど、今回、掃除屋にメールで送ったのは、あのヒトが撮ったあの写真をスキャンしたもの。そして、あのヒトには当時の顧問だったサギヌマを偽って、ナホの殺人について知っていると封書を送りつけたのよ」
「つまり、ジンはあの時、あの先生が何かに気づいて呼び出したと思い、あの先生は事実をばら撒かれるコトを防ぐために……」
ハヤトは慌ててドアに手を掛けようとしたが、すかさずかほは声をかけてハヤトを止めた。
「止めても無駄よ。もう、遅いわ」
「なんでだよ!? そんなのわかんねーだろっ!」
緊張した顔をしたハヤトにかほは小さく首を振った。
「ハヤトくんが来る前に、警察から電話があったから。学校の屋上で男と揉み合いながら二人が建物から落下したと、サッカーを指導していた教師が見たって。救急車駆けつけたけど、二人とも即死だったって」
かほは、安堵した顔つきで胸を撫で下ろしていた。
「そんな……。ジンが……」
ハヤトは両手を顔で覆い、カクンと膝が折れるように床に座り込んだ。ライブして少しずつメンバーになじんできていたジンの控えめな性格や、大人しい雰囲気、目を細めて笑う顔が浮かんでいた。かほの言葉に、衝撃は大きくハヤトは少しの間放心状態だった。そして、ゆっくりかほを見て口を開いた。
「……こんなことって。……お前、自首する気ないのか?」
「そんなコトするはずないでしょう? 全てはあのヒトたちが起こしたこと。後始末もしてもらうつもりよ」
かほはするりとハヤトの前から離れると、部屋のドアを開けた。
「帰って。そろそろ、警察がうちに来るわ」
「かほ、お前、これからどうすんだ?」
「山梨の家に帰るわ。ここは、人に任せるつもり」
ハヤトは大きく溜息を吐いた。部屋を出て玄関で靴を履くと、もう一度かほの顔を見た。落ち着いた様子で、少し微笑んでいる表情にハヤトは唖然としていた。
「あのさ……もし、このコト俺が警察に話すとか、心配しないの?」
「しないわ。話しても構わないけど、証拠が私と結びつくかしら……?」
見据えた態度でかほは、ハヤトに投げかけた。
「たいした自信だよな?」
「ねぇ……ハヤトくんは、ナホが殺されたこと、どう思うの?」
「それは、断言できない事実だろ? 例え、ジンが突き飛ばしたとして。俺は、ジンを許せないだろう……。いくら妬んだ気持ちがあっても、子供だからって決して人を殺してはいけない。俺は、ナホが死んで自分の家族を失った気持ちだった……。いじめられていたコトや、落とした命を救えなかったコトは今でも苦しい。……たまにナホの夢見るんだ……それくらい、消えない過去だ。けど、俺は、ナホを苦しめた奴らを恨む気持ちはあっても、殺したりはしない。ナホが死んでしまった分は、しっかり生きていこうって、俺は思ってる」
ハヤトは真剣にかほに話した。かほはハヤトの言葉を受け止めた。まるで、ナホが聞いていたような気がした。ハヤトはかほの肩に手を触れると、息を小さく吸い込んだ。
「お前も、ずっと辛かったんだよな……? ごめんな……。あの時、傍にいてやれなくてな……」
かほの目からスーッと涙が流れ落ちた。ハヤトは小さく溜息を吐いて玄関のドアに手を掛けた。
「……あり……がとう」
かほは、震える声を振り絞って、ハヤトに言った。
「もう、復讐はないだろうけど……これからはさ、もう少し相手の気持ちも考えてくれよな……。死んだヤツにだって家族や大事な人たちがいて、お前がナホを失ったように、酷く哀しむんだろうから」
ハヤトは泣いているかほにそう言うと、扉を開けて家を出た。
♠バンド グラスホッパー メンバー募集!!(G)♠
小学校の校舎でジンとサギヌマが互いにもみ合いながら屋上から落ちて死んだ。その事実は、すぐに知らされ、かほの家には警察が家宅捜査に現れた。
ジンの書斎は、かほの手によって塗り替えられた。これまで作ったブライスドールが入ったプラスチックのケースやコレクション風に並べられた人形たちが飾られ、以前からあったように置いておいた。そして、ナホのカメラとサギヌマの写真を見つけそれも全て押収された。
サギヌマの家にも同時に家宅捜査が入り、島田アヤカの目をくり抜いたナイフ、沢木たかこの手首を落とした鋸、サギヌマの黒皮の手袋からは、絞殺した時に引っかくように付着した彼女たちの指紋やDNAが見つかり、鍵のかかった書棚から、サギヌマのコレクションであるこれまで殺害してきた死体の写真を収めたアルバムも押収されていった。サギヌマのパソコンからは足がつかないようにかほとのやり取りしたメールは全て削除されていたが、闇サイトへのアクセスは調べ上げられた結果記録が残っていた。
数日後、東大和田署の刑事課では、ブライスドール連続殺人事件の終幕をすべき、情報をボックスに片付けていた。
「……目には目をって、コトですかね? 女を想って彼女を苦しめたヤツや浮気した女を掃除屋を使って殺し、しかもその掃除屋自身も同じ目に……って」
長谷川は張ってあった殺害現場の写真をしまいながら、牧に話しかけていた。
「……残念でしょうね」
牧は鑑識が撮った校舎から落ち、頭蓋骨が飛び散ってしまった無残なサギヌマの死体の写真と、サギヌマのコレクションしたアルバムを眺めていた。
「何が……ですか?」
「掃除屋ですよ。自分自身の死体の写真は、撮れませんし見るコトも出来ないですものね……」
牧は薄く笑みを浮かべ、サギヌマの写真を見つめた。
「殺人した後、写真に収めコレクションするなんて……気が知れませんね。けど、掃除屋も実行犯も遺体になってしまいましたが、逮捕に至りこれでようやく事件も終わりましたね。牧さん、お疲れ様です!」
長谷川は清々しい笑顔ではきはきと、牧に言った。
「…………」
「どうかしましたか?」
長谷川は牧の顔を見た。牧は“いや、別に”と言って部屋を出て行った。
『“あの女”は、完全犯罪にしたつもりでしょうか……。必ず、尻尾を掴んで逮捕しましょう』
牧は尖った顎を手で触りながら、デスクに戻っていった。
ジンが亡くなり、シゲとカジの3人でジンの親が喪主をした葬儀に出向きジンを見送ると、かほも颯爽と山梨の実家に帰ってしまい、ハヤトは心に大きな穴が空いた気持ちでしばらく何も手に付かなかった。ちょうど、仕事も夏休みの期間だったため、ハヤトはずっと部屋に閉じこもり、食事もあまり摂らずに塞ぎこんでいた。
部屋の外がざわつき、廊下を歩く足音が近づいてくると、ドアをノックする音が聞こえた。ハヤトは書斎のドアを開けた。
「ハヤト、お前は漂流者か?」
「2、3日会わないうちになんか随分老け込んだな」
ドアの前には、シゲとカジが立っていて2人は、ハヤトの身なりを見てそう言った。
「無精髭生やすと、童顔のお前の顔も少しはおっさんになるんだな?」
「いや、伸ばすなら俺くらいやれよハヤト!」
2人はハヤトの無精髭面におどけてあれこれ話していた。それでも落ち込んでいる様子のハヤトを見兼ね2人は顔を見合わせた。
「思い悩むのもいいけどなぁ、オレ達にはライブが迫ってんだ」
そう言うと、ハヤトを部屋から出し背中を押しながら外へ連れ出した。
「なんだよ? 今は、そんな気分じゃない……。おい、何処連れてくんだ? ライブって言ったって、ジンが死んじまったんだ、ギターがいないんだぞ? 俺はやらねーぞ」
「あー。そうだろうな。オレ達だって、同じだ。ジンがあんなんなっちまって、そんな気分じゃないけれど、いつまでもそのままだと、腐っちまう。ジンの為にも、グラスホッパーは次のライブをやるんだ」
シゲの言葉に続いて、カジは、
「ハヤト、いろいろ考えて頭使うのも大事だけど、もっと楽に生きようぜ。だらける楽じゃなくってさ、楽しむんだ。お前が楽しめるコトって何だ?」
大きな掌がハヤトの背中を押して言った。
『俺が、楽しめるコト……?』
もやがかかった胸の中で、ハヤトは歩きながら考えていた。
「お前らがいて、グラスホッパーでバンドしているコト……かな」
ハヤトが答えると、2人はハヤトの背中から手を離した。それが、ハヤトの中で背中を押され自分の足で前に進んだような感覚に錯覚していた。
「出てんじゃん、答え」
シゲもカジもハヤトの答えが分かっていた。それをハヤトに出させるために、ある場所に連れてきた。
「……これ」
青空青果店の前に3人は立ち止まった。店の窓には、いつぞやハヤトが目にしたシゲと蓮のお手製のバンドメンバー募集の張り紙が同じように張られていた。
「これを見て、ジンはグラスホッパーのギターでメンバー入りしたんだよな……」
ハヤトは同じこの場所で、再会したジンに声をかけられたコトを思い出し、目頭が熱くなった。
『ジンが、ナホを例え殺したとして。俺には、ナホを失った悲しみ、何も救えなかった自分自身への後悔と、ジンと一緒に一つのコトに夢中になって、最高の時間を分かち合えた仲間だったコトと……。かほみたいに、極端な憎悪の執着心は俺には持てない。なぁ、ナホ。俺、お前が死んじまったコトもジンが死んじまったコトも、どちらも哀しいんだ。間違ってるかなぁ……』
ハヤトは顔を上げ、真っ青な空を仰いで尋ねた。
“……間違ってないよ。ハヤトくん”
『------!?』
ハヤトは、耳元でナホの声が聴こえた気がした。けれど、勿論姿は何処にもなくシゲとカジが両隣に立っていた。
「……あのう。それって、まだ募集してますかね?」
3人は、男に声をかけられ振り向いた。
カラーリバーサル END
俺は、エンドウハヤトの耳元でグンジナホの声色を使い声をかけた。ハヤトとその隣に立つシゲの間を俺はするりと抜け宙を舞った。彼らの後方からは一人のギターケースを持った青年が歩いていた。
「アイツだな」
俺は“予定通り”青年を元へ行き、手で顔を撫でるように風を起こし、青年の意識と視線の先をシゲが店に張ったバンド募集の張り紙へと向けさせた。
青年の隣で中に浮いたままじっと事が起きるのを待っていた。青年は立ち止まり、遠目でそれを見る。ゆっくり近づき、ハヤト達に声をかけた。
「人間界の時間で4時間5分。今日の任務終了! さて、俺は“職場”に戻るとするかな」
薄いシルクのような艶やかな光沢のあるマントでもないシーツでもない大きな生地を身に纏い、カートは瞬きする間もなく瞬時に姿を消し自分の世界へ戻っていった。
…………next story “カレイドスコープ”…………
初めてサスペンスに挑戦してみました。いかがでしたでしょうか……?
ぜひ、評価や感想を頂けたら幸いです。
お話を書いていて、いろいろと考えさせられました。事件をパズルみたいに組み立てていったり、キャラクターの個性、音楽に関しての臨場感……。いろんな壁にぶち当たりましたが、何とか出来上がりました。
至らない部分は多々あります……。なので、どんなお話を書いていても私は“完成”ではなく“未完成”だと思ってます。
前作同様、次作がループしてましたが、次作はそのまま続くのではなく、過去2作がどこかでループしてくる予定です。
次作は、ファンタジックな……ちょっと推理も絡みつつ……といったところになります。
もし、ご興味ありましたら次作『カレイドスコープ』もよろしくお願いいたします。m(__)m
最後まで作品にお付き合いくださいまして、ありがとうございました! :)
Special thanks my fiends!!