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几帳面な男

♠サギヌマ♠


 梅雨明け宣言が出たと同時に猛暑日になり、外を歩くだけでも汗が滝のように流れる。店の前を通過すると、一瞬冷気が感じられたが、再び気だるくなるくらいの暑さに戻る。サギヌマはそれを感じさせない冷淡な顔つきで辺りを見渡さず、視線は直線を描くように背筋を伸ばしてスタスタと歩いていた。駅前のコインロッカーにたどり着くと、33番の鍵を開け中からそれまで手元に持っていた黒い鞄と全く同じ大きさとメーカーのものを取り出した。そうして、持ち歩いていた鞄の中から1枚の角型の封筒を取り出すと、それをロッカーに入れ再び鍵をかけた。両手に荷物を持って歩きながら、サギヌマは駅から出ているスーパー銭湯の無料送迎バスに乗った。車内には殆ど人が乗っておらず、貸切状態だった。綺麗好きなサギヌマは、身体に染み付いた血生臭いにおいを落とすために、仕事の後は必ずひと風呂どこかで浴びて、着替えをするコトにしている。この一通りの流れは、サギヌマの中の大事なルールだった。


♠日傘の人物♠

 

 サギヌマが立ち去った後、駅前のコインロッカー33番の前に、黒い日傘をさした人物が現れた。日傘で隠れ、顔は確認できない。黒い靴を履き、黒いズボンを履いていたが、男なのか女なのかすら、分からなかった。白い手袋をしていたその人物は、作った合鍵でロッカーを開けると、サギヌマが置いた角型の茶封筒を手に取り中を取り出した。ポラロイドカメラで撮った写真らしいそれを確認すると、ニタリと不気味に微笑みそれを鞄に仕舞い、別の茶封筒を取り出してそれをロッカーに置くと、再び鍵を閉め駅のほうへ去っていった。


♠サギヌマ♠

 

 風呂から上がり、持ち歩いていた鞄の中から下ろしたての白のランニングシャツにブリーフ、黒の靴下、そして糊の利いた真っ白いワイシャツに袖を通し襟元のボタンを開けずに全部ボタンをかけた。同じように糊の利いた黒のズボンを履いてベルトを締めた。それまで着ていた服を丁寧にたたみ、同じ鞄に入れた。白髪交じりの髪の毛にブラシをかけ丁寧に七三分けにすると、念入りに持っていたポマードを付けた。艶やかに整えられた髪をとかし、ブラシに付いたポマードをティッシュでふき取り、黒いポーチにそれを一つ一つ丁寧にしまった。再び、鏡を見ると額に出来た皺、色白い肌、ほうれい線に少し弛んだ頬、薄い唇をしたサギヌマの高い鼻に黒縁のメガネをかけた。サギヌマの一つ一つ丁寧な手際のよさに、隣にいた老人が惚れ惚れしてみていた。

「アンタ、几帳面だね」

「性分で……」

 サギヌマは無表情のまま、静かに老人に答えた。立ち去り際、サギヌマの荷物をみて、

「随分大荷物だねぇ。旅行にしちゃまとまり悪いし。大金でも入ってるのかい?」

 冗談を言いながら、ひっひと笑った。サギヌマは口元に皺を作り白い歯を見せて薄く笑った。

「……だったら、いいんですけどね。仕事道具ですよ」

 スーパー銭湯から出ている送迎バスに再び乗り、駅前に来たサギヌマは再びコインロッカーに戻ると、持っていた33番の鍵を開けた。中には、さっき入れた角型の茶封筒はなくなり、別の茶封筒が置いてあった。それを手に取りすぐに立ち去った。駅近くにある百貨店に入るとエアコンの効いた冷たい空気に包まれていた。サギヌマはトイレに行き、個室の中に入ると鞄の中からさっきの茶封筒の中身を確認した。1万円のピン札の束が帯をつけた状態で一束入っていた。サギヌマは鞄の中から大きな紙袋を取り出すと、スーパー銭湯で着替えた血生臭いにおいが染み付いた服をそれに入れ、トイレのゴミ箱に捨てた。もう一つの鞄に茶封筒をしまい、衣服を捨て空いた鞄の口を閉じ百貨店を出ると、更に駅ビルまで移動し、そこのトイレに入ると人がいないコトを確認し、もう一つの鞄から血の付いた雨合羽、靴裏を保護する為に使用した使い捨ての紙キャップ、皮のベルトの入った黒いビニール袋を取り出すと、ゴミ箱へ押し込んで捨てた。鞄の中には、ポラロイドカメラと、紙に包まれた鋸、黒皮の手袋が入っていた。衣服を入れていた鞄が空いた為、それを丁寧に折りたたみカメラの入った鞄のほうにしまうと、外へ出て再び駅前を歩いた。繁華街近くを通りがかりその一角の蕎麦屋に入ると、威勢のいい板前の声で出迎えられた。店内は昼時のせいか、ほぼ席が埋まっていた。すぐに、女性店員が現れると、

「お客さん、カウンターでよろしければすぐにご案内いたしますが……」

 そう言われ、素直にそれに応じ席に座ろうとすると、店員が再び声をかけた。

「お荷物、よろしければこちらでお預かりいたしましょうか?」

 サラリーマンの外回りの荷物にしては、少しボリュームのあるその鞄を見て、店員がそう言うとサギヌマは静かに、

「いや、足元に置きます」

 そう言った。

 熱いお茶と、冷たいお絞りがサギヌマの前に置かれると、板前が注文を聞いた。メニューを眺め、サギヌマは刺身と季節の天麩羅を頼んだ。

「お飲み物はいかがですか?」

 付け加えて板前に聞かれると、隣の席のサラリーマンが既に昼間からビールを飲んでいた。

「……白ワインを」

 メニューを閉じて注文すると、メガネを外し冷たいお絞りに顔を押し付けた。よく冷えたお絞りが顔の熱を奪っていく。お絞り越しに一瞬ホッとするが、すぐに冷淡な表情を取り戻すとお絞りを外してメガネを掛けた。

「今日は暑いよねー。梅雨明けしたとたん、こんなんじゃこれからどうなるやら」

 隣に座っていたサラリーマンが、板前に話しかけていた。サギヌマの前にすぐにグラスに入ったよく冷えた白ワインがくると、サギヌマと同じくらいの歳をした中年のサラリーマンが隣の席から話しかけてきた。

「お宅も、出張ですか?」

「……まぁ、そんなところです」

 サギヌマは男の顔をチラリと横目で見て静かに言った。

「仕事の後の一杯は、特に昼間っからだと格別ですね」

 嬉しそうに男はサギヌマに話、ジョッキを空ける勢いで、グビグビと喉を鳴らしてビールを飲み干した。サギヌマは声に出さずに、小さく頷いて返事をし、冷えたグラスに口をつけ白ワインを一口飲んだ。

 

♠ブライスドールの殺人予告♠


 このところ、仕事の案件が立て続き、ハヤトは書類の処理に追われていた。シゲの家に3日連続行けずじまいと諦めて、帰宅した。家のドアを開け玄関に客らしき男が人が2人立ち並び、咲良がその前に立っているのが目に入った。3人は、開いたドアに視線を移し帰宅したハヤトを見た。

「あ、ハヤト……」

 咲良が少し困った顔つきでいた。客の二人は、東大和田署の刑事で牧と長谷川と名乗り、咲良に聞き込みをしている所だった。

「東大和田って……都内の方でしたっけ? 何か、あったんですか?」

「昨日、こちらに沢木たかこさんが来たとのコトですが。今日、その沢木が自宅で何者かに殺害されたようで……。こちらなんですがね」

 長谷川が手にしていた写真をハヤトに見せた。

「!!」

ハヤトは写真を見ると、脳裏に隠れていたものが繋がったのを感じ、ハッとした。

 写真は、沢木が自宅のグランドピアノに押し込められ胎児のような体勢てぐったりしていた。首元にはベルトのような細い締め後と、締められたときにもがいたのか爪あとが縦に残っていた。

「何者かに首を絞められたようなんですがね」

「けど、刑事さんピアノに血がついてますよ?」

 疑問に思ったハヤトが長谷川に尋ねると、長谷川はもう一枚写真を取り出してハヤトに見せた。

「……っ!? 手首っ!?」

 ピアノの鍵盤部分の蓋に切り落とされた両手を挟め、手首がぶら下がり血が滴り落ちていた。

「沢木は、何者かに絞殺された後、両手首を切られピアノに押し込められたと見られます」

「? これって、何ですか?」

 よく見ると、蓋の上に小さな手のようなものが置いてあった。

「人形の手ですね」

 写真を見ていたハヤトに、牧が訪ねた。

「あなたは、今までどちらにいましたか?」

『なんだ、コイツ? なんか気持ち悪いな……』

 柔らかい表情に優しげな眼差しでハヤトの目を離さず、じっと見つめていた。

「今日は、ずっと会社で仕事してました」

「先ほど、奥さんにも伺いましたが、昨日、早朝こちらに来て沢木と奥さんがもめていたと。近所の方が見ていたそうで。……ご主人は、沢木と面識は?」

「昨日が、初めてです」

 長谷川はメモを取りながらハヤトに聞いていた。

「念のため……ですが。島田 アヤカと言う女性はご存知ですか?」

 牧はハヤトの顔をじっと見たまま尋ねた。

『どっかで聞いた名前だな……どこだ?』

 ハヤトは牧から視線を外し、それを足元に落として思い出していた。

「!! それ、もしかして友達の元恋人だった人かもしれません。……たしか、アヤカって名前だったような」

 ハヤトはおずおずと記憶の糸を辿りながら、カジの言っていた話を思い出していた。

『たしかそんな名前だったような……』

「友人の名前も教えていただけませんか? 同じ管轄で起きた事件なんですが、ご協力下さい」

 長谷川はハヤトに話すと、ハヤトははいと返事をして、カジの名前を伝えた。

「加治でしたか。彼とは?」

 長谷川の問いかけに、ハヤトは小学校からの同級生と説明すると長谷川はメモを取っていた。

「最後に、もう一つ」

 長谷川は、更に写真を一枚出すとそれをハヤトと咲良に見せた。3頭身の茶色く長い髪をした黒く長いまつげ、横目で少し眠たそうな表情に小さな口、ぷっくりとした頬にはピンクのチークを付けた女の子の人形が写されていた。

「……かわいいですね」

 咲良は写真を見てそう言ったが、ハヤトは目を丸くしてそれを見ていた。何かを隠すかのように、ハヤトは、

「そうか? ……俺は不気味な人形だと思う。着せ替え人形ですか?」

 長谷川に話しかけた。

「事件の参考写真なんですがね。ブライスドールっていう人形なんですが、子供というより大人の趣味で楽しむ人が多いようです」

「あ、私インターネットで見たことあります。髪型とか、服とか凄く凝ってますよね」

 咲良は長谷川にそう言うと、牧が二人の顔を見て話し始めた。

「パーツを組み立てて、いろいろカスタマイズして作るみたいですね。頭部の後ろに紐があって、それを引くと目の色や向きが変わる仕掛けがあるそうです。女性だけではなく、男性ファンも多くいるとか。日本だけではなく全世界にファンがいるようです」

「へー……こんな人形が」

「はは。バカにできませんよ。中にはプレミアついて、高い値でオークションに出されているものもあるとか。コレクターもいるらしいですからね」

 牧は穏やかに笑い、ハヤトに説明すると、

「念のため、ですが。加治にそういう趣味はありますか?」

 表情を変えずに微笑みながら尋ねた。

「カジが人形? いやぁ、ないですよ」

「そうですか。念のため、君の友人にも直接確認してみますか」

 牧が動き出すと、長谷川も慌ててメモをしまい、後に付いた。

「何かあれば、ご連絡下さい」

 はいと、咲良が言いハヤトは小さく頭を下げるだけだった。ハヤトの家を後にした牧を追いかけながら長谷川が訪ねた。

「あの夫婦ですかねぇ……」

 両腕を組み、長谷川が小さくうなっていると牧はチラリと長谷川を見た。

「どうでしょうか。彼の勤務先、アリバイあたってくださいね。女のほうは家にいたようでしたね」

「はい! けど、牧さん。どちらのケースも指紋一つ残っていないですね……。犯人はご丁寧にも手首を切ったときにビニールを敷いて家を汚さないようにして、ゴミ箱に捨てたようですしね。綺麗好きというか、几帳面というか……そう言えば過去にも未解決でありましたね?」

 長谷川に言われ、牧はつぶやくように、

「掃除屋……の仕業か……」

 意味深な言葉を吐いた。

 二人の刑事が立ち去った後、ハヤトは咲良に、

「お前、今日は家にいたんだろ?」

 心配そう聞くと、咲良は頷いて、

「午前中はお洗濯とか家にいたけど、午後から生徒が来たからレッスンしていたわ」

 不安そうな表情で話した。

「そうか……」

「沢木さん、昨日会ったのにね……あんな酷いコト……マリンちゃんまだ小さいのに」

 咲良の華奢な肩に手をかけ家に入ると、ハヤトは玄関のドアを閉めた。

「あの写真の人形、刑事さん何が言いたかったのかしらね?」

 咲良の疑問にハヤトは、

「刑事さんが見せた写真にあったろ? 蓋の上に乗ってた人形の手。たぶんあの人形なんじゃないか?」

 考えながら咲良にそう言った。

「奇妙なコトするわね……。早く犯人捕まるといいわ。ハヤト、ご飯もうすぐできるから」

「あぁ。ちょっと、書斎に行ってる」

 歩きながら、ハヤトの心臓は心拍数が上がりドキドキしていた。書斎に入ると、部屋のドアに鍵をかけ、デスクの引き出しの鍵を開け角型の茶封筒を取り出した。イスに座り、デスクのライトをつけ小さく息を吸い、中から写真を取り出し2枚の写真をよく見ていた。

 1枚は赤い空間に模型のベッドがあり、その上には巻髪をしたブライスドールが裸の状態で仰向けに横たわっていた。よく見ると、首に赤紫色の細いラインがあった。顔は目の部分がセットされておらず、中は暗くなっていて顔の表情が不気味な印象をかもし出していた。そうして、目のパーツを切り離したように目が二つ両足の前に置かれていた。

 もう1枚は、まるでハヤトがさっき、刑事から見せられた写真を再現しているかのようだった。黒髪をポニーテールにしたブライスドールは青白い顔をし、長くカールしたまつげに横目をしたグリーンの目、首の周りには1枚目の写真と同じ赤紫色をした線が描かれていた。それは模型のグランドピアノの中に押し込められ、沢木同様に両手首を切られ、鍵盤の蓋に手が挟まれ、血のような赤い液体が滴り落ちていた。更にそれよりも小さな人形の手がそこに乗せられていた。着ている服は白いワンピースだったが、実際沢木は、黒いTシャツに白いサブリナパンツを履いていた。

 ハヤトは深く溜息を吐くと、両手で頭を抱えた。届いたときは、悪質な悪戯だと思い過ごしていたが、そうでもなさそうで、殺人事件に関連があるコトには違いなく、2枚目の写真は沢木が生前の頃に送られていたため、殺人を予告してそれを忠実に再現しようとしていた猟奇的なヤツが自分の周りに潜んでいるのかも知れない。

『誰だ、どうして俺にこんな写真を送ってくるんだ?』

 身の危険を感じ始めたハヤトは、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、東大和田署の連絡先を検索していた。

「…………」

 2枚目の写真を見つめたままハヤトは何かに気がつき、スマートフォンの画面をスクロールする手を止め、それをデスクに置いた。

『……まさか』

 ハヤトは両手で顔を覆うと、何かを思い出した。誰もいない静かな部屋に自分の鼓動の音がドキドキと早く、大きく鳴り響いて聞こえていた。


♠ハヤトとシゲとカジと……♠


 日曜日、ハヤト達はシゲの家に集まり角田との初顔合わせをすることになった。

「あれ? 今日は蓮はいないの?」

 リビングのソファーに座ると、エアコンのスイッチを入れてシゲに声をかけた。

「あぁ、まぁことそのママ友と都内に出かけた。なんか、スイーツの新しいお店ができたとかで」

「へー。女は甘いもん好きだよなぁ……」

 ハヤトはエアコンの前に立ち、Tシャツをパタパタさせて身体を冷やしていた。

「そうか? 俺も好きだぞ」

 カジがあっさりそう言うと、ハヤトにつられエアコンの前に立ち、シャツの襟元をパタパタさせた。

「……? お前ら、何やってんだ?」

 冷えた麦茶を入れてキッチンから運んできたシゲは、二人を見て呆れていた。

「あちーんだって!」

 ハヤトがだるそうな顔をしてシゲを見て言った。

「ここ、風抜けないからなぁ」

 シゲはテーブルにグラスを置くと、床に座り胡坐をかいた。

「その事件さぁ、連続殺人って言うヤツなのか?」

 神妙な顔でシゲは二人に聞いた。

「俺なんか、2回も疑われたんだぜ? しかも、家に来て変な人形見せられてさ、“それ持ってるか?”なんてさ? 俺、女は好きだけど、女みたいなそんな趣味ないし。あの刑事ってばさ、微笑んで“また、会いましたね”帰り際には“今度は、写真見ても吐きませんでしたね”っだって。アイツ気持ちワリイよ」

 カジは伸ばした顎鬚を手で撫でながら、小さく憤慨していた。

「カジは死んだ沢木さん、知らないんだろ?」

 ハヤトが尋ねると、カジは首を横に振り、

「写真で初めて会ったよ……。綺麗そうな人だった。残念だな……」

 肩を落として小さな溜息を吐いていた。

 ハヤトはスマートフォンを取り出し、ダウンロードした画像をカジに見せた。

「カジが刑事から見せられた、元カノの膣ん中に入っていたのって、これか?」

 画面には、キューブのような形をした1面ずつに目が付いていて、それは1面ずつ色が異なりグリーン。オレンジ、ピンク色をしていた。

「!! そうだ。これだよ。けど、これ、真ん中になんかくっついてるぞ? 俺がみたのはコロコロしたこの1つ1つがぎっしり入ってたと思うが……」

 カジは画面の中の人形のバーツを指差して話していた。

「これは、両目が部品で繋がっていて、組み立てると頭の後ろの紐で目の色や向きが変わる仕組みになってるんだ。きっと、カジが見たのは、ここの部分を切り取ったんだろう。……殺された二人の繋がりは分かんないけど、その人形は関係しているから、ひょっとしたらシゲの言うとおり連続殺人なのかもしれないな……」

「けど、ハヤト。なんつーか、ピアノの中に死んだ人間入れるって、けっこう重そうだけど女にできるのか? うちのかーちゃんなら、大根やじゃがいも入ったダンボールくらいなら軽々だけど……」

「シゲのおばさん、そんな力持ちなのか?」

 カジは真顔でシゲに聞いていた。シゲはケラケラ笑って大きく頷いて見せた。

「そうだよな……。ピアノ自体も高さがあるし、沢木さん、うちの咲良より身長高かったから痩せているとはいえ死体だから重いだろうし……。シゲは、どうして女だと思うんだ?」

 ハヤトはシゲに問いかけると、冷たい麦茶を口にした。グラスには細かい水滴ができ、グラスを置くとハヤトは濡れた指を履いていたデニムパンツで拭った。

「いや、だって人形なんてさ。女だろ?」

「……一概にそうも言えない。あの刑事も言っていたけど、ブライスドールって人形のファンは男女問わない。だから、カジにも聞いたんだろうな」

「あぁ。俺は、フィギュアの一つも持っていない! 人形より、生身の女のほうがダンゼンいいからな!」

 カジが力をこめて言った言葉に、ハヤトとシゲは小さく笑った。ハヤトは、リビングの掛け時計に目を移した。それを見ていたシゲが、

「角田か? 遅いなぁ」

 ハヤトが考えていることを読み取ったかのように、角田を気にかけた。

 角田の店は週初めにオープンし、区役所裏の通りの角と場所が当たったのか客足は良く、お陰でシゲの店や商店街には多少影響が出ていたのは、事実だった。オープン当日ハヤトも仕事帰りに通り道だったため、店を覗いてみたが角田の姿はなく、シフトで入っていたらしい若いアルバイトの男がレジに立っていた。

「あいつ、店どうするんだ?店長だろ?」

 カジが二人に素朴な疑問を投げかけた。

「? 店番ってことか? そりゃ、嫁かバイトがいるんだろ?」

 シゲがあっさりそう答えると、下の階からシゲの母親がシゲを呼ぶ声が聞こえた。

「ヒロシゲー、お客さんよー」

「お! 噂をすればだな? オレ、行ってくるわ」

 シゲが軽快に飛び跳ねるように床から立ち上がると、足取りも軽くリビングを出て角田を迎えに行った。

「……ハヤト、大丈夫か?」

 疲れた様子のハヤトを見て、カジが心配して声をかけた。

「あ。あぁ。なんか、奇妙な事件だよな。お前も、もう平気なのか?」

「俺はもう、大丈夫だ。それに……。俺の高校の時の友達がさ、結構純なヤツなんだけど、そいつに彼女ができてさ。なんか、あの二人みてたら、俺もまた誰かと付き合えたらいいなぁ……って、思い始めたんだ」

 カジは目じりに皺を作り、くしゃっと笑った。

「……そうだな」

 ハヤトもつられて笑顔を見せた。

「諸君! 我らが、グラスホッパーの期待するギタリストを紹介する!! 角田 仁くんです!」

 シゲの紹介に、角田は、ボーダーのTシャツ、綿素材の紺色のパンツを履いた格好で照れながらリビングの入り口に立っていた。

「……どうも。こんにちは」

 茶色のギターケースを肩に掛け、小さく頭を下げると二人を見た。

「遅かったな?」

「あ、あぁ。ちょっと店でトラブルあって……」

「まぁまぁ。それより、ようやくバンドにギターが入ったんだ。待ってましたの角田くんだ」

 シゲは嬉しそうに角田の背中を押して、ソファーに座らせた。

「下で角田に会った、かあちゃんも、スッキリした顔してたよ。ずーっとお前の事、見覚えあるって引っかかってたんだからなぁ」

「いつだっけ? 転校してまたすぐ転校したんだよな?」

 ハヤトが角田に聞くと、角田は恥ずかしそうに俯いていた顔を上げた。

「小学校6年の春頃に来て、卒業……と同じくらいだったかな。中学の時には引越ししてたし。父親の仕事が転勤多くて……」

「俺、カジ。6年のときはハヤトたちとクラス違かったから、角田くんとは面識ほとんどないと思うけど。ドラム担当してます」

「よろしく……。カジくん」

「カジでいいよ」

 白い歯を見せてにかっと笑ったカジを見て、角田は薄く笑った。

「角田……って、呼ぶより阿久津は奥さんの名字なんだろ? なんかしっくり来ないなぁ。皆メンバー名前で呼んでるし、よければジンはどうだ?」

 シゲはグラスに入れた冷たい麦茶を差し出して、ジンに渡して尋ねた。

「あ、あぁ。構わないよ」

 ジンがOKを出すと、シゲはぱぁっと明るい顔をして小さく跳びはねた。

「よしっ。じゃぁ、オレ部屋からアンプ持って来るわ」

 シゲは自分の部屋にアンプを取りに行くためにリビングを出た。

「ジンは、どんな曲聴くの?」

 カジが尋ねると、ジンは俯いていた視線を上げ座っていても座高の差のあるカジを見上げて話した。

「洋楽のロックなんだなぁ……。俺も洋楽聞くけど、少しも被らないなぁ……」

「あまり、メジャーどころじゃないんだ。輸入版しかなかったりするし……」

 カジとジンが音楽の話題で盛り上がる中、ハヤトは黙って二人の話を聞いていた。

「ジン、俺たちの曲聴いてくれた?」

 CDRに落としたグラスホッパーの曲を、シゲが前もって渡してくれていた。ハヤトがジンに尋ねると、一重の目を細めて笑顔で頷いた。

「聴いたよ。オルタナ系なのかと思ったら、けっこうロックな感じもあるんだね? 曲って、誰が書いてるの?」

「曲は、シゲ。詩は俺がほとんどだけど、シゲやカジが書くときもある」

 ハヤトはジンに教えると、納得したような様子で、

「エンドウくん、けっこう綺麗な詩書くんだね? タイトル忘れちゃったけど、あべこべな言葉が出てぶっ飛んだ感じのは、シゲかな?」

 少しずつ打ち解けてきた雰囲気で話してくれていた。

「エンドウくんじゃなくて、ハヤトでいいよ。ぶっ飛んだヤツは、多分“トリケラトプス”って曲だろ。あれはそう。けど、シゲとシゲの息子の蓮との合作なんだ。なかなかぶっ飛んでたろ? ライブであれ歌うの勇気いるんだぞ」

 ハヤトが苦笑いしてそう言うと、ジンも大きく頷きながら苦笑いした。 

「あまりデカイ音たてると、かあちゃんにすげー怒られるから、ちっこいアンプでゴメンな」

小ぶりのアンプを持って、シゲはすまなさそうにジンに言いながら戻ってきた。ジンは小さく横に首を振ると、ギターケースからギターを取り出してアンプに繋げた。

「へぇ……。ギブソンのレスポールかぁ。なんか、その色……黒ビールみたいで旨そうだな」

 シゲはジンにそう言うと、ジンは頬に皺を作り小さく笑った。

「ジンは、いつからギターはじめたの?」

 ハヤトに聞かれ、大学のサークルからと答えるとコードを押さえて弾き始めた。滑らかに動く指を見ていたハヤトはそれを感心するのもさながらに、シゲの弾くギターの音に3人は聴き入っていた。

「……上手いなぁ。いいじゃんジン!」

 曲を弾き終えると、シゲが喜んでいた。

「ありがとう……。けど俺、好きなバンドのコピーして弾くくらいしかしてないから、ほとんど趣味で。サークルもちょこっと顔出してただけで、バンドって実際やったことなくて」

 照れながらジンはハヤトたちにそう言った。

「大丈夫だって。これは、またイベント混ぜてもらってライブすっか!」

 カジは気分が上がっていた。その言葉にハヤトもシゲも賛成し、シゲは立ち上がると大きく跳びはねた。

「おっしゃー! ライブだーっ!」

 元気にそう言うと、すぐさま下で“ヒロシゲうるさいよ!”と母親の声が飛んできた。

「……やべぇ」

 肩をすくめてシゲは落ち着きを取り戻し、床に座った。3人はシゲを見て苦笑いしていた。

 








 

お話が少しずつ動き出し、また殺人事件が起きました。

ハヤトの手元に届いたブライスドールの写真や几帳面な殺し屋サギヌマを操っている人物は?

ようやく、グラスホッパーにメンバーがそろいジンが入りました。少しずつ打ち解けてきた様子です。今後の活動は……?


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。m(__)m

この後もまだ続きますので、よろしければ次回もご覧下さい。:-)

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