表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

バンド グラスホッパー メンバー募集!! (G)

前作『靴擦れ』からの続編。

小学校からの友人が集まったバンドメンバーである、前作からの登場人物カジ。

日常的な中に、突然舞い込んだ残虐な殺人に不安を抱えつつ、それぞれの家族、人付き合いなどを盛り込んだ微笑ましい笑いもある、サスペンス。


♠ハヤトとシゲとカジ♠

 

 青ざめて放心状態のカジは、うなだれた顔を両手で覆いパイプイスに座っていた。元恋人の島田 アヤカの死の衝撃と哀しみが大きく、更にバンドの練習前に刑事に見せられたアヤカの死体の写真が脳裏に焼きついて離れず、胸のむかつきが残りざわついていた。バンドメンバーであり、小学校からの同級生のハヤトとシゲは、互いにその場で立ちすくみ静かに見守っていた。

 襟を立てた七分袖のカラーシャツに黒のニットを肩に掛けていたカジの背中が、微かに震えていたのを見ていたハヤトは、シゲにアイコンタクトするように顔を見合わせた。シゲの二重で茶色の大きな目の奥が哀しげな印象を見せるとその目を伏せ、小さく溜息を吐いて横に首を振っていた。

 二人は練習時間目一杯までカジをそっとしておいた。俯いていたハヤトは顔にかかった茶色のさらさらした前髪を手でかき上げ、アンプの上において置いた青いチェックの半そでシャツを手に取ると、白いTシャツの上に羽織った。ハヤトはシゲをスタジオの隅に移動させ、小声で相談し始めた。二人は、カジともう少し一緒に居てやろうと考えが一致すると、とりあえずシゲの家に行くことが決まった。ハヤトはカジの目の前に立つと、そっと肩に手を掛け、

「カジ、時間だから出よう。シゲの車で一緒にシゲの家に行って、ひとまず気持ち落ち着かせような……」

 静かにシゲに話しかけた。カジは返事をすることもなくそのままうなだれていたが、ハヤトがカジの腕に手をかけると立ち上がり、背中を押されながらゆっくり重い足取りで歩き出した。

 

 スタジオ近くの駐車場に止めてあるシゲのHONDAオデッセイに、カジを後部座席にハヤトは助手席に乗り込んだ。国道16号線から丁度横浜横須賀道路の真下を通り、市の南部にあるハヤトたちの街に向かってシゲが車を走らせていた。誰も口を開くこともなく雑談するでもなく、カーオーディオからはR&Bが弱々しいヴォリュームで流れ、ハヤトは窓から外の産業地帯の建物をぼんやり眺めながら聴いていた。

 しばらくすると、ようやくカジは両膝に肘を立て手で顔を覆ったままうなだれていたが、ゆっくりと息を吸い込んだ後、口を開いた。

「アヤカは、なんであんな殺され方……いったい、誰が……」

 吐き捨てるように小さくつぶやいたカジの言葉に、悔しさがこもっていた。後部座席のカジをシゲはルールミラー越しに見た。助手席に座っていたハヤトが後ろに軽く身体を向けた。

「……なぁカジ。聞いてもいいか……? その写真、どんな感じだったんだ?」

ハヤトの言葉にシゲも、前方の車の動きに注意しながら、ルームミラー越しにチラチラ見て気にかけていた。

カジは少し黙っていたが、ゆっくりと思い出しながら、刑事から見せられた2枚の写真の様子を二人に話した。ハヤトは話を聞き終えると身体を戻し、窓の外をじっと見つめたまま難しげな表情をしていた。

「……ひでぇな。猟奇的なヤツなんじゃねぇか……?」

 シゲは、フロントガラスを睨みつけ、眉間に皺を寄せながら静かにつぶやいた。ハンドルを握る手に微かに力が入っていた。ハヤトの視線は遠くを見つめ、シゲの言葉に付け足した。

「……単純に猟奇的なヤツなのか、それとも……」

 シゲとカジはハヤトに視線を向けていた。

「何だよ?」

 カジが尋ねると、ハヤトは小さく息を吸って話しはじめた。

「いや、そんな残虐に殺したことに対して、何かしらの意味があったとしたらだ。……例えば、恨みとか……よく分かんないが、そこに何か意味が含まれているのかもしれないか……って。俺、サスペンス物好きだから、そんな風に考えちまったけど。深読みしすぎだな……悪いな」

 ハヤトは“不確かだし今こんなコト言うのは、不謹慎だよな忘れてくれ”と付け足して言ったが、カジはハヤトの話に、思い当たる節があると話し出した。

「いや……ありえたりするかもな。お前らに話さなかったけど、浮気って言ってもアイツ、俺の他に5人と付き合っていたんだ。別れ際に問いただしたら、アイツ開き直ってそれを教えてくれたよ……。ひょっとしたら、その中のヤロウの誰かが恨んで……」

 カジは、再び顔を覆いうなだれた。

「……念のため、カジも気をつけておけよ」

「え? おい、何だよハヤト? それじゃぁまるで、カジまで狙われるってか? やめよーぜ。人が死んでカジがこんな状況なのにさ。それに、カジは無関係かもしれないだろ? そんなこと言ったら、不安になっちまうじゃねーか。ホント、お前考えすぎだぞ」

 徐々に憤慨しかけてきたシゲにハヤトは、

「悪かった。そうだよな、こんな時に……」

 シゲにだけではなく、カジにも含めて謝った。

 

『この時は、カジだけではなくシゲも俺も、カジの元カノの殺人に巻き込まれているコトに気が付かなかった……。ただ、ぼんやりとした不安だけが気味悪く残っていた』


 国道16号線と平行している区役所通りの裏手にある商店街の一角に、シゲの両親が営む八百屋があった。京急線の駅からは少し離れていたが、近くに住宅街があり客足は生計が立てられるくらいは、そこそこあった。駅前に大きな百貨店ができ、その中には大手スーパーも入るようになったり、コンビニに生鮮食品が売り出される前までは、朝から夕方まで客足は絶えず、時には品切れになることもあったとシゲの祖父が生前シゲに語ってくれていた。シゲも両親と一緒に仕事を手伝いながら、同じ建物の2階にシゲ家族も住んでいた。

「……いいのか? 急に押しかけて?」

 カジは車から降りると、様子を伺うように二人に話しかけた。

「カジは、あまりシゲの家、来ないか。俺なんかいつも、我が家のように来てるから」

「ホント、違和感ないんだぜ。ハヤト用の茶碗まであるからな」

「お前、図々しくないか……?」

 呆れたカジにハヤトは、

「いや、おばさんがいい人だからなぁ。メシも美味いんだぜ」

 謙虚になるどころか満足気な様子で、シゲの母親を褒めていた。店には買い物客が数人、店のものを物色していた。3人は、シゲを先頭に店の中に入っていった。

「おかえり。おや、早かったね? あらー……もしかして、カジくん?」

 店先に出ていたシゲの母親の表情が、徐々に明るくなった。カジが返事をすると、

「あらー。しばらく見ない間に、カッコよくなってー。俳優さんみたいね。モテるでしょう? ご両親はお元気?」

 目がきらきらと輝きながら、ハヤトとシゲの存在はすっかり忘れられ、カジに夢中になっていた。

「いえ……そんなには。両親は元気です。祖母が車椅子生活になってしまったので、施設に入ってしまったんですが……」

「そう……。元気なおばあちゃんだったけどね。さみしいわね。……あ、上がっていくでしょ? ヒロシゲ、お茶出しなさいよ。ねぇ、カジくん、これからももっと家にいらっしゃい。ハヤトくんなんか、もうしょっちゅう来て家族みたいなもんだから……ね」

 シゲの母親は最後にハヤトを見ると、念を押すように言っているようだった。

「はい」

 ハヤトとカジは同時に返事をしたが、カジはおずおずと、ハヤトはハキハキと答えた。

「カジくんは、お仕事なにやってるの?」

 シゲの母親の話は止らず、カジに興味津々だった。

「あ、キッチンショールーム関係の営業やってます」

「そうなのー。サラリーマンも大変よねぇ……。結婚は?」

「いえ……まだです」

「そうなの? こんないい男なのにね。もしかして、選りすぐってんのかしら? なんて。あ、そうだわ! もうすぐお父さんたちにもご飯作るから、あんたら食べて行きなね」

 シゲの母親は一方的に聞きたいことだけ聞くと、3人にそう言って返事を待たずに接客に戻った。

「ごめんな、なんか母さんいい男に弱いから、それに、カジがオレんちくるの久しぶりだから喜んじゃったみたいだな」

「いや、別に構わないけど……確かに久しぶりに来たな。最後に来たのは……大学の頃かなぁ……。それより、メシいいのか?」

「あぁ。母さんがそう言うんだ。それに、お前の事気に入ったみたいだしな」

 シゲは先頭になって家の中を案内しながら、カジに言った。

「シゲのおばさんって、若いなぁ」

 茶色に染めた長い髪を束ね、ナチュラルメイクをしていたシゲの母親に対してそうつぶやいたカジが、ぼんやり見とれていると、

「それ、母さんの目の前でそのまま言ってやってくれ。大喜びするから。あぁ見えても、もう60になるけどな」

 シゲは肩を震わせながら、クスクスと笑って言っていた。

「へぇー。見えないなぁ……」

 感心しているカジの追い討ちをかけるかのように、歩くカジの後ろからハヤトが、

「怒らすとなぁ、この家でいっちばん怖ぇーんだぞ……。気をつけろな」

 蒼白したような顔を作り、カジを脅した。

 カジはいつの間にか落ち着きを取り戻し、自然と笑顔が見られるようになっていた。シゲが2階に上がると、ドタドタとした音が小刻みに聞こえ近づいてきていた。

「とーちゃーん。おかえりー!!」

「おっ! 蓮(れん)ただいま。お留守番ちゃんとしてたかー? ほら、ハヤトとカジが来たよ」

 廊下から駆け寄ってシゲの身体に飛びついた小さな男の子は、シゲに抱きついたまま“うん”と返事をして、その後ろに立っていたハヤトとカジをじっとみると、ぱぁっと顔を明るくして、

「ハヤトマーン!」

「おう!」

 シゲに抱きついたままハヤトを見て小さな掌を上に掲げ、ハヤトとハイタッチしていた。

「……? だぁれ?」

 蓮は、カジを指差しカジを見上げていた。シゲに合わせてセットしてもらったのか、黒く猫毛の髪はワックスでセットされ無造作になっていたが、すこし頼りなくぺしょんとなっていた。

「カジだよ、蓮」

 抱きかかえたまま、シゲが蓮にもう一度教えると、大きな体つきのカジを見上げたまま、

「カジー? みち子先生がお話で、読んでくれた人みたいだぁー」

 なにやら納得してた。ハヤトとカジは顔を見合わせ、互いに首を傾げた。

「えっと……俺がお話に出てきたのかな?」

 カジが少し身体を屈め、視線を蓮に合わせて聞いた。蓮は目をきらきらさせて大きく頷いてみせた。

「たぶん、オレが想像するに、ガリバーかなんかじゃないか? 幼稚園で先生がお話読み聞かせでもしてくれたんだろ?」

 歩き出したシゲの後に続いて、二人は納得していた。

「小さい子にしてみれば、確かに俺は大男だな……」

 目じりに皺を作り、くしゃっと笑ったカジにつられ、蓮もにかっと乳歯を見せて笑った。その歯並びは抜け変わりで前歯の1本が抜けて、愛嬌ある表情を印象付けていた。

 リビングに案内されソファーに座ると、お茶を入れに行くシゲの後をちょろちょろと蓮もくっついて行ってしまった。

「他人の子って、成長早いなぁ……あの子のコト赤ちゃんの頃しか覚えてないや」

 蓮を目で追いながら、カジは思い出しながら話した。

「そうだよな。蓮、もう5歳になるぞ」

「そうなんだぁ……。ハヤトのとこの花音(かのん)ちゃんって、いくつだっけ?」

「俺んとこは、いま8歳だ」

 感心するカジを余所に、ハヤトは辺りを見回しキッチンにいるシゲに向かって話しかけた。

「シゲ、まぁこちゃんは? 仕事?」

「あぁ。なんか、メーカのプレゼンに間に合うように、デザインせかされてるんだってさ。オヤジたちと同じくらいに起きて出かけていった。帰りも遅くなるって言ってた」

「ファッションデザイナーも忙しいんだなぁ」

「嫁が忙しくしてるのは、ハヤトのところも同じだろ?」

 シゲが冷たい麦茶をグラスに注ぎ、二人のテーブルに置いた。そうして、牛乳の入った小さなプラスチックの取って付きのコップは、シゲの隣でカーペットにぺたんと座った蓮用にテーブルの端に置いた。

「まぁ、いまは花音たち幼児から低学年の子供たちのコンクールが近いからなぁ……。家の地下を咲良(さら)がピアノ教室にしちまったお陰で、おれはなんだか居心地悪い感じでな……で、ここによく入り浸っている訳だ」

 ハヤトが小さく苦笑いすると、カジに真面目な顔をして、

「カジ、独身はいいぞ! お前が羨ましい!」

 カジに切実に話している目の前で、シゲもそれに同感していた。

「ほーんと。いいなぁ、カジは。いいよなぁ、独身」

 シゲの言葉を真剣に聞いていた蓮は、立ち上がり隣に座っていたシゲのTシャツの袖を引っ張ると、

「とーちゃん、ボクもドクシンになる!」

 澄んだ目をしてシゲにきっぱり宣言しているのを見て、3人は笑ってしまった。

「ははは……ごめんな、蓮。独身になるのもいいけど、とーちゃんは、蓮がママみたいな、かわいいお嫁さん連れてきてくれるのもいいなぁー」

 立っていた蓮をぎゅうっと抱きしめてシゲが言うと、蓮は少し考えて“お嫁さん、ママがいい!”と元気いっぱいに答え、和やかな空気がリビングに漂っていた。

「そーだ。そろそろ本腰入れて、ギター捜そうぜ?」

 ハヤトは二人顔を交互に見て言った。

「そうだなぁ……。タケが転勤で抜けて依頼だから、1ヶ月はギターなしだったんだなぁ……」

 シゲが思い返してそう言うと、カジは今日の練習の事を思い出し“今日は、すまなかった……”と二人に謝った。

「気にすんな。それはそれ。今は、俺たちのバンドの心配もしようぜ」

 落ち込みかけたカジにハヤトは言葉をかけると、カジは苦笑いしながら、

「そうだな。ハヤトのギターじゃ、ヘナヘナして心配だからな。思い切って、シゲの家の店の前に張り紙するか! “グラスホッパー メンバー募集カッコG”って」

 冗談を言って二人に笑って見せた。

「それ、いいかもな! “ギター教室で習い始めました”とかいうおっさんとか、“私、軽音部です”っていう女子高生とか来たりして」

「JKかっ!? シゲ、それいいなぁ。俺、それだとすげーやる気出るぞ!」

 シゲとカジが悪乗りして話を膨らませると、ハヤトは決まり悪そうにふくれっ面になり、

「仕方ねーだろ。あれでもけっこー練習してんだから。けど指が、動きにくいんだよ……」

 口を尖らせて言うと、二人がごめんと笑いながら謝っていた。

「にぎやかねー? 下にスパゲティ用意したけどここで食べるかい?」

 シゲの母親がやってきて、リビングのドアを開けてそういうと、シゲが立ち上がり“あぁ”と返事をした。1階は八百屋店舗とシゲの両親の住まいになっていて、普段大抵はそこでシゲとハヤトは食事をしていたが、話し込んでいるのを見兼ねて母親が気を利かせていた。

「そういえばさ、商店街の先の角にコンビニ作っていたけど、もうじきオープンするらしいよ。さっき、店長さんが挨拶に来たのよ」

「角のとこ……?」

 シゲがそう言うと、シゲの母親は言葉を付け足した。

「ほら、もうだいぶ前から空き家だった所を新地にして建てたのよ。さっき、そのコンビニの店長って人が挨拶に来たのよ。きっと商店街を挨拶に歩いてるんだろうね……。またうちにも影響でるかしら」

「まぁ、はじめのうちはそうかもなぁ……。店長はどんな感じの人なの?」

 シゲが尋ねると、母親はスッキリしない表情を浮かべた。

「阿久津(あくつ)さんってご夫婦なんだけど、まだ二人とも若そうだったけど。ご主人は板前さんみたいな短髪で、物静かな雰囲気の店長さんだったわ。奥さんはあまり顔がよく見えなかったけど、なんとなく地味な雰囲気だったわね。ご主人の後ろに立っていて挨拶のときは頭下げるだけだったけど……ご主人の方、なーんかどっかで見たような気がするよのねぇ……けど、阿久津さんなんて覚えないし……」

 そう言いながらシゲの母親はリビングを出て行き際、

「蓮は、どっちで食べるんだい?」

 シゲの後ろで一緒に立っている蓮を見た。

「ボク、とーちゃんたちと食べる!」

「じゃ、ヒロシゲ、蓮の分も持ってきなね」

「あぁ」

 ハヤトは、シゲの母親の話を気にかけ、なにやら考えていた。

「空き家なんて、あったっか?」

 カジはシゲに尋ねると、母親の言うとおり自分らが小さい頃からずっと空き家だったきがすると話していた。

「角のほうなら、ハヤトの家の道のほうだよな? 覚えてるか?」

 シゲは思い出しながらハヤトに聞いたが、蓮にカーゴパンツの裾をつままれて急かされた。

「…………あぁ、そうだったような気がする……」

 ハヤトは何かを察していたが、言葉を濁して見せた。


 翌日、ハヤトは会社の帰り道にシゲの家に立ち寄ろうと、店の窓に1枚の張り紙がしてあったのを見つけた。

“バンド グラスホッパー メンバー募集!! (G) 詳しくは八百屋 青空青果店 シゲまで!”

 黒いマジックで書いた大きな文字は、察するにシゲの直筆らしく、その周りには色とりどりのクレヨンで、蓮が書いたであろう怪獣や車、ギターらしいものまでちゃんと書いてあった。

『……おい、マジでやったのかよ』

 ハヤトが呆れながら張り紙を見ていると……。

「これって、もう決まってしまいましたかね……?」

 ハヤトが声に気が付くと、いつの間にかすぐ隣に男が立っていたことに驚いた。

「-----!!」

「あぁ、驚かせてすみません」

 男は30代くらいだろうか。痩せ身の中背、黒いポロシャツとジーンズ姿で立っており、角刈りの黒髪をしていた。

「? ……あ」

 ハヤトは男を見ながら、頭の中の記憶の糸を引っ張り出していた。

『えーっと……たしか……』

「かくだ……!? もしかして、角田 仁(かくだ じん)?」

 男はハヤトに言われ、おずおずと“はい……”と返事をした。

「俺、ハヤトだよ。小学校一緒だったの、覚えてる?」

 はやる気持ちのハヤトに言われ、男はようやく顔を少し明るくしてハヤトを見た。

「……あー。エンドウくんか。久しぶりだね……」

「おー! すっげー懐かしいな! たしか……中学入る頃にお前んち、引っ越しちまって以来だよな?」

「そうだね。……今は、僕“阿久津”って名字なんだ」

 俯き加減で阿久津はハヤトから視線をそらしていた。ハヤトはその聞き覚えのある名字を、何処で聞いたのか、すぐには思い出せないでいた。

「何? 両親離婚とか?」

「いや……僕、婿に入ったんだ」

 阿久津は言葉を少し溜め言い難そうな様子だったが、ハヤトにはそれが感じられなかった。

「あ! 思い出した。もしかして、角のコンビニってお前のとこ?」

 ハヤトは昨日、シゲの母親の話を思い出すと阿久津に尋ねた。

「そうだよ。もう、話知っているんだね?」

 苦笑いと言うよりは、引きつった陰湿な表情をみせ、阿久津はハヤトに尋ねた。

「あぁ、それなら俺、よくここでシゲとつるんでるから、聞いたんだよ。そうだ。ギター! 実は、おれもこのバンドメンバーなんだ。これでもいちおー歌やってるんだ」

 外は夜になっても暑さが冷えず、ハヤトは締めていたネクタイを少し緩め、ワイシャツのボタンを一つ外して阿久津と話していた。

 店の前の街灯に集まった虫たちの中に、落ちてアスファルトに仰向けにひっくり返っていたカナブンが、もがきながら全ての足をぱたぱたさせていたのを、阿久津はひんやりとした目で見つめていた。

 

 



 






 

 

 

 


 


   


 




前作『靴擦れ』から一転して、サスペンスになりました。続けて登場したカジ(加治)のキャラクターが上手く出て欲しい所ですが、まだまだ……^^;

今回の主人公はハヤト。そしてシゲと男性なのですが、彼らを描く上では楽しんでます。

サスペンスには初挑戦の作者です。本や映画、海外テレビで見る・読む側では楽しんできましたが、いざ作者となるといろいろ考え込んでしまいます。

サスペンスは処女作で、不慣れかもしれませんが精一杯楽しんで書いていこうと思います。

今後、阿久津がメンバーに入るのか? 彼は……? まだ不透明な板前風のコンビニ店長、阿久津も含め今後も『カラーリバーサル』をよろしくお願いします。ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ