再会
――見つけた。
高二というこの微妙な時期、私はこの町に戻ってきた。
そして、松崎隼に再会した。
。°☆。°
中二のころ、私は護身用の武器と称して、カッターナイフを持ち歩いていた。もちろん先生には注意されていたし、自分でもやめたほうがいいとは思っていた。けれど、どうしても手放せなかった。なぜなら、教室でそれが役立つ機会は多かったし、クラスメイトに散々悪口を言われていたときに、私の気力の源はそれしかなかった。
「もし理不尽なこととに耐えられなくなったら、これを使うんです……」
そんな私から、カッターナイフを卒業させてくれたのが松崎隼だ。
「危ないっての。その……ヤバかったら、俺、助けるから」
そのそっけない一言が私を変えた。
そして、その後、私はタメ口を覚えた。
「中野、お前、なんで敬語なんだ?」
「どうして私の名前、知ってるんですか?」
「質問に質問で返すのはなし。なんで敬語なんだ?」
「怖いからです」
「は?」
驚いて目を丸くした松崎。なるほど、それでは通用しないタイプの人間か、と私はこっそりため息をついた。
「タメで話すのが怖いんです」
「なんで? 同い年じゃない」
「でも、なんか、あの……もし、それでいちゃもんとかつけられたら嫌じゃないですか」
「つけるやつ、いねえよ」
「いるんです。世の中には……」
「じゃあ、そんなやつがいたら、俺が倒す」
「たっ倒すんですか?」
「うん。シャカイテキにね。だから、タメでしゃべってほしい。そんで、俺はお前と同じクラスだから名前くらい知ってる」
そのとき、隼は子供だったから、そんなことが言えたのかもしれない。とにかく、無邪気な笑みを浮かべてそう言っていた。
。°☆。°
再会したのは、職員室前の廊下だった。
「あっ……松崎じゃん」
しかし、相手のほうは私を覚えていなかったのである。
「あっ? 誰かと思えば美人と噂な転校生か」
「へっ!? いや、私、ほらあの、中野沙弥です。中学同じだった……」
「え? あ、っと……幼馴染って感じ? ごめん、気づかなくて」
どうしてだろう。何かが引っかかっている。
「ま、これからよろしくな。俺、二年蒼組だから」
蒼組は私の所属するクラス、碧組の隣だった。ちょうどいい。なぜかここでは蒼、碧(一階)と緋組、輝組(二階)は行き来ができなかった。だから、同じクラスではなかったのは残念だが、不幸中の幸いとも言える。
松崎との会話を終えて振り返ると、確か同じクラスだったと思われる男子がにやけ顔で近寄ってきた。
「何、お前もあいつのファンのクチ?」
「え? どういうことですか?」
「だからさぁ。知らないの? この学校の裏サイトみてみ。松崎のファンクラブあるから」
「あ、ありがとうございます」
「なぁ、なんでお前、敬語なの?」
これは……。
私は、デジャブを感じた。そして、体のどこかでそのデジャブを拒否している。
「嫌!!」
「えっ……ちょ、」
その名もわからない男子がびっくりするのも無理はなかったと後になって思った。私はカッターナイフをほぼ反射で出していたからだった。
。°☆。°
その後、駆けつけた担任の体育教師に軽く注意を受けて、私は帰路についた。
その時、ふいに後ろから肩を叩かれた。とっさにこれもまた反射で、カッターナイフの仕込んであるポケットに手をやった。しかし、後ろにいたのはさっきの男子だった。
「やだなぁ。不審者じゃないよ、俺」
「あの……癖なんですよ。その……」
中学時代のことを打ち明けようと試みてみた。けれど、やっぱり本能的にそれはだめだと、体のどこかが警鐘を鳴らしている。
「どうした?」
「やっぱ、いいです。すいません」
すると、その男子はそれを松崎を心配してのことだと思ったらしい。
「松崎な、高一の時、交通事故にあったんだよ」
「交通事故、ですか?」
それならばおかしい。私はニュースや新聞などは隅々まで目を通していたし、今もそうだから、気が付かないはずがない。
「それがな。……一応、内密にしてほしいんだけど、どうも加害者が警察のツレだったらしくてさぁ。メディアには報告されてないんだ。それに、松崎の家ってほら、少し荒れてるから。なんでも夫のDVとかやばいらしいし。隼なんてしょっちゅう俺んち避難して泊まってくぜ。その弟もたまに来るけどな。閏君っていうんだけどな。そんなわけだ。だけど、隼は『交通事故に遭ってしまいました』……では済まなかったんだ」
そこで話の腰を折った。展開が見えすぎていて、最後まで聞けなかった。
「そして記憶喪失ですか」
「正解。ま、正確には思い出せないだけらしい。何かアクションがあれば思い出せるんだってお医者が言ってた。俺が知ってるのはもう少し詳しいんだけど。メアド教えてくれたらもう少し喋ってもいいよー? 君ならこの言葉の意味、捉えられるよね? 君と隼は知り合いだったみたいだし?」
最後に付け足された言葉で私にはそれがどういう意味か分かってしまっていた。けれど、私は迷わず赤外線ポートを向けた。
「saya.syun125@……このやつか? 名前が「サヤ」になってるファイルの」
「はい」
「やっぱりお前が中野沙弥だったか」
「そうです」
「教えてくれたから、俺ももう少し教えるよ」
。°☆。°
私は、中三の秋に転校が決まった。でも、松崎以外に事前に言っておきたかった人はいなかったし、松崎には何故かいえなかった。つまり、転校のことは誰も知らなかったのだ。
しかしそれからしばらくして、松崎に屋上に呼び出された。
「中野。お前、隠してることあるだろ」
「ないよ」
「いや、あるな。一年間一緒にいるんだ、分かる」
そう言われて仕方なく転校することを口にした。
「そうか。残念だよ」
「うん……」
冷静に答えた松崎に、それ以外にどう返せばいいか分からなかった。それに、少しでも長い言葉を口に出したら泣いてしまいそうだった。
その時、ふと松崎が言ったのだ。
「メアド、交換しよう」
「えっ」
「最近流行りの、オソロイのメアドにしよう」
「え?」
最近流行っているのかはよく知らなかったが、それ以前にオソロイのメアドが分からなかった。
「たとえば、saya.syun125ってお前が登録するだろ。お前十二月生まれで、俺五月な。そうしたら俺はsyun.saya512って登録するんだ。離れてても繋がってる、とか言ったらお前の嫌いなケータイ小説チックになるかもしれないけど」
なるほど、つまり似ているメアドに変えるという事か。確かに私のメアドは初期設定のままだったから、帰るのは妙案だと思った。
「いいよ」
妙に強気な声が出た。松崎が一瞬慄いた。
「交換しよう」
「いや、そんな、心中しましょうみたいなノリで言われても!」
「私にとって自らの個人情報漏洩は最大の禁忌なんだよ」
「そーかい。じゃあ赤外線で」
ちなみに赤外線送信を覚えたのはこの時である。
。°☆。°
その男子は、山郷陸都というらしい。名前を聞くと、知らなかったの、と驚かれてしまった。
「それにしてもな。松崎と初めてメアド交換した女子、びっくりしてたぞ。サヤってどなた?っつっても松崎は答えなかったし、松崎はモテてたから隠れた彼女じゃないかって噂になってさ」
「そうでしたか。お騒がせしました」
松崎がただ一言、幼馴染だと言えば済んだ話なのだろうが、言わなかったのが松崎らしい。
「ま、そんなわけでいろいろひと悶着あったけど、隼のメアドは変わってないな~。早いとこ記憶が戻ったらいいな、中野」
「そうですね……」
「そうそう、メアド聞いたのはお前が中野沙弥かを調べるためだったけど、たまに連絡とかしちゃってもいい?」
「あ、構わないですが人には教えないでくださいね。教えるなら私の許可を取ってください」
最近巷で、巨大掲示板などに個人情報を晒すのが流行っているから、一応言ってみた。
「分かってるよ。俺、こう見えて流行には乗らない人だぜ」
「そうなんですか? 意外です」
山郷は苦笑し、それが会話を終わらせる合図になった。
「松崎の記憶、なあ……」
こっそり呟いた独り言は、帰路につきかけていた山郷にしか聞こえなかった。
調子に乗って連載増やしまくっている作者です。死亡フラグですね。もし続きを楽しみにしてくださっている人がいるなら、「○○」早く更新しろーとかコメントいただければ優先して書きますので許してください。
カッターナイフは、依存できるものではない気がするのですが、どうやらそういう方もいらっしゃるようです。ちなみに私はネット依存症です。ニコニコにも依存しております。
あと、無双(意味分からん、って人は私の活動記録をご覧になってください)はこれにて終了です。一週間毎日うpはしんどかった~。公募のほうに徹底しようと思います。あっけなく予選落ちして帰ってきたらここに載せます……。