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キツネ坂  作者: 千ノ葉
9/16

初デート

 あの日から三日、僕は何事もなく日常を過ごしている。学業も友人関係も落ち着いてきて、特に何の問題の無い日常。そんな時間を送っていると、あの時の出来事が本当にあったのかさえ疑問に感じてしまう。

 このことを僕は誰にも話していない。誰も信じてくれないだろうし、それに居なくなってしまった亜季と逢ったなんて言ったら、相手はどんなことを言ってくるか分からない。

 僕に出来ることは、あの日の時間を忘れないように記憶に留めておくことだけであった。

「裕さん。どうしたの?」

 ふと気が付くと、亜矢が僕の席の隣まで来ていた。亜矢の顔を見るとどうしても亜季のことを思い出してしまう。彼女が居てくれたら、こんな風に僕の側にいてくれるのだろか。

「裕さん、なんだか元気ないですよね?」

「そうかな?」

 僕は取り繕ったような笑顔を見せる。でもその笑顔はどこかぎこちなく見えるのだろう。亜矢は少し心配そうな顔をする。

「えっと、裕さん。今日の放課後空いてません?」

「えっと……… 空いてるけど」

「じゃあ、一緒に出かけませんか?」

 彼女はいきなりそんなことを口にする。突然のことだったが、幸運なことに僕には用事などない。

「うん。いいけど」

「やったっ!」

 返事をすると、彼女は嬉しそう笑顔を見せる。その笑顔には何の曇りもなく、ただただ嬉しそうであった。


 

時間はあっという間に過ぎ、すぐに放課後の時間がやってくる。HRが終わると、彼女はすぐに僕の席へとやってきて、

「校門で待っています」

 彼女はそう小さく告げると、級友に挨拶をし、教室を出て行った。少し時間を置いて、僕は荷物をまとめ次第、彼女の後を追った。

 当たり前のことだが彼女はちゃんと待っていてくれた。ここで彼女がいなかったら、僕は間違いなく泣いたであろう。

だが、彼女は僕をからかうほどひねくれた性格ではない。

 亜矢は校門の壁を背に辺りをキョロキョロと窺っている。ほとんど時間なんて経ってないのに、何刻も待ちわびている様なその仕草はとても可愛らしかった。

 デートの時に相手を待つ彼女はあんな感じなんだろうか。というか、良く考えればこれはデートにカウントされるのだろうか?

 そう思った瞬間に僕は自分の顔が赤くなるのを感じた。思えば、女子と二人っきりで出かけるなんて小学生以来だ。あのときには感じなかった恥じらいなどが出てきてしまう。

 とりあえず、彼女をこれ以上待たせるのは悪い。僕は足早に彼女の元に向かって歩いた。

「亜矢」

 そう声をかけると、彼女は壁から背を離し、優しい笑顔を見せてくれる。

「それじゃ、行きましょうか」

 そう言って僕のすぐ側まで寄ってくる。その距離はいつもより少し近い気がする。僕の緊張感が伝わっているのか、彼女の表情も若干固い。

「で、どこに行くの?」

 僕は尋ねる。これがもしデートであったら僕がリードしなければいけない所だろうが――、生憎、いきなりプランを立てられるほど器量持ちではない。それに引っ越してきて間もない僕に考えられる遊び場なんてたかが知れている。

 つまり目的地は彼女に任せるしかないのだ。

「まずは――お茶にしませんか?」

 そう言って亜矢は僕の半歩前を歩き出した。その足取りは、いつもより少しだけ早い気がした。




 僕らは放課後の市街地を歩く。僕らと同じぐらいの年頃の学生が、街にはいっぱい居た。その中には〝本物〟のカップルもいる。彼らは堂々と手を繋ぎ、何でもない談笑を繰り返している。

 もしかして、僕らもそう見えているのではないのだろうか? 僕は恥ずかしくなり、同じ気持ちであろう隣の亜矢の顔を覗き込んだ。

 亜矢の表情は特に変わりない。いつも通りの可愛らしい彼女だ。

「何か、顔に付いてますか?」

 チラ見しただけなのに、視線に気が付かれた。「何でもないよ」と僕は返し、道の正面へと目線を戻した。


 亜矢は商店街のある場所で足を止めた。この付近の景色は前に見たことがある気がある。それはそうだろう。目に入ってきたのは〝ホワイト・フォックス〟の看板なのだから。

「ごめんなさい、ここしか思い浮かばなくて」

 彼女は僕の唖然とした表情を見て苦笑しながら店の中へと入っていった。彼女自体、自分のアルバイトをしている店に入るのは照れ臭いのだろう。

 それにしても、こんな短期間に姉貴のお店に二度もお世話になるとは…………本当に〝姉に逢いに来るシスコンの弟〟という肩書を持つことになるかもしれないな。

 僕の戸惑いを知らずに亜矢は扉に手をかけ、店内に入った。途端、ウェイトレスさんが元気の良い声を掛けてくる。

 幸運な事に姉貴ではなかった。その身なりからして、おそらくは高校生のアルバイトだろう。僕が胸を撫で下ろしている間、彼女は親しげに亜矢と会話を交わしていた。

「亜矢、その後ろの子、彼氏?」

 そんな会話が聞こえ、僕はドキッとする。

 恋愛関係の質問には敏感に反応してしまう年頃なのだ。亜矢は僕のことをどう思っているのだろうか? 僕は愚かにも耳を澄ましてしまう。

「ううん。クラスメイトの裕さん。それに…………」

 なんとなくその〝クラスメイト〟という単語が寂しかった。そんな表情を知らずに亜矢はその店員に耳打ちをしている。

「えっ! うそぉ!」

 ウェイトレスの彼女は驚いた表情で僕の顔をマジマジと見てくる。亜矢は彼女に何を吹き込んだと言うのだろう?



 店員さんに案内され、僕らは一番奥の席まで案内される。そういえば前、来た時もこの席だったっけ…………

 亜矢は慣れた手つきでメニューを確認する。この仕草から見て、ここには客としても頻繁に来ているらしい。早くも注文を決めた彼女を待たせないように僕も注文を確定する。


 すぐに注文した品が届く。しかし彼女が持ってきたトレイには頼んだ覚えのないチーズケーキが2人分乗っている。

「えっと、これ――」

「これをどうぞ」

 ウェイトレスさんは意味ありげな笑顔と小さなメモを残すとその場から去ってしまった。

「差し入れです。美味しく食べてね♪ 姉より――って…………」

 姉貴面して微笑む姉貴の顔が浮かんでくるようだ。僕の表情を見て亜矢は少し笑っている。

「亜矢、このこと知ってたのか?」

「あっ、はい。海晴さん、今度裕さんが来たらサービスしてやろうって良く言ってましたから」

 亜矢は補足説明を織り交ぜながら僕のことをクスクスと笑っていた。

「はぁ…………やられたぜ」

 僕も笑うしかない。捨てるわけにはいかないので、姉貴の厚意(おせっかい)をありがたく受け取ることにした。




 甘いものがあるせいか、僕らは学校で話すよりも、よりプライベートに近い話をする。

 自分の趣味だとか、好きなアーティストだとか。そして、話題は唐突にこの店のこととなる。

「海晴さんってすごい人気なんですよ。お客さんでも、彼女を見るために来ている常連さんがいるとか」

「へぇ。あんな小動物みたいなのの、どこがいいのか」

「えーっ! 絶対可愛いですって!」

 亜矢は姉貴を絶賛する。ここで認めれば姉貴に負けた気がするので、断固として僕は自分の意見を押し通した。

「それよりも亜矢のウェイトレス姿のほうが似合ってたって」

「えっ?」

 僕は反撃を試みる。どうやら効果はバツグンなようだ。

「やだな。からかわないでくださいよ」

 そう口で言うも彼女は嬉しそうだ。

 こうして彼女と話していると僕は笑顔になってしまう。その笑顔に答えるように正面の彼女も笑う。その笑顔の連鎖が心地よかった。

「でも、良かった……裕さん、この頃、元気なかったので」

「ああ、まあね……」

 そうか、彼女は僕のことを心配してくれていたのか。そう思うと嬉しくなる。

「何かあったら、相談に乗りますよ?」

「うん。ありがと………」

 相談などできる事柄ではないが、その言葉は覚えておこう。

 亜矢も僕と同等、それ以上に亜季に逢いたいと思っているのかもしれない。僕の願いが叶うならば、三人でもう一度、話をしてみたい。無理だろうけれど。




 時間が来たので僕らは席を立つ。店の奥にいるであろう姉貴は最後まで姿を見せなかった。仕方が無いので、家に帰ったらお礼を言っておこう。


 僕らは二人だけの帰路に着く。

 何となく自然に隣にいる亜矢のことが不思議に感じる。彼女はあの子ではないのに、こうやって僕の隣に居てくれる。それは決して悪い気持ちでは無かった。

「じゃあ、裕さん。また明日」

「ああ……」

 笑顔で手を振る彼女を家の前で見送った。彼女が玄関の扉に消えた途端、僕の周りは急に寂しくなる。

「僕も帰らないと……」

 先ほどまでのゆっくりした歩調のまま、僕は家へと帰った。





 キッチンで晩御飯の支度をしていると、玄関の扉が開く音がした。十中八九、姉貴が帰って来たのだろう。

 予想通り疲れ顔をした姉貴が部屋へと入ってくる。姉貴はソファーにドッと腰を下ろし、肩をクルクルと回している。

「おかえり」

「ただいまー。疲れたー」

 姉貴はそのままソファーに寝っ転がるとTVのスイッチを入れた。

「姉貴、今日はケーキありがとうな」

 ここで言わなければ忘れそうだったので、僕は素直に姉貴に感謝を述べた。

「あー、気にしないでいいわよ」

 こういう姉貴を見ていると大人だなぁと思う。

「それより裕、お姉ちゃん、喉が渇いたんだけど?」

「何? 牛乳でいい?」

「何それ? お姉ちゃんにもっと背を伸ばせと言いたいの?」

「いや、そんなことは言ってないけど…………」

「じゃあ、胸? 胸なの!」

 はぁ…………前言撤回、姉貴はやっぱし、まだまだ子供だ…………

 僕は姉貴から指定された通りにビールを持って行ってやった。



「っぷっぱぁー! 生き返る!」

 姉貴は二本目のビールを飲むと、オッサンのようなセリフを吐く。この姿を姉貴のファンという人に見せてやりたい。小さ な身体に似つかない、この飲みっぷりには僕も圧倒されてしまう。

「裕。飲むー?」

「あー、遠慮しときます」

 顔の赤くなった姉貴を適当にあしらいながら、僕は食事を進める。

「でー、亜矢ちゃんとはうまくいったの?」

「はぁ?」

 この酔っ払いは何を言っているのだろう?

「亜矢、ちゃん、裕のこと、心配してたのよ?」

「ああ、そうみたいだな……」

 姉貴が知っているということは、バイトの時にでも亜矢と話したのだろうか?

「裕ー、亜矢ちゃんを悲しませたら、だめなんだからねー!」

「うわぁ、なんだよ姉貴!」

 この酔っ払いはいきなり僕の頭を掴むと、腕でギュウギュウと締め付けてくる。

「痛いって、姉貴!」

 姉貴はそのままトロンとした目になると、ウトウトとソファーのほうへと向かっていった。そしてソファーに横になりテレビを見ている。

「まったく、食器ぐらいかたせよ……」

 僕は姉貴の食べ終わった食器を流しへと運び、スポンジと洗剤でそれらを洗う。水道の水は目が覚めるほど冷たい。食器洗いが終わる頃には僕の手は真っ赤になっていた。

 リビングに行くと姉貴がソファーうつ伏せになって寝ていた。

「姉貴、そんなところで寝たら、風邪引くって!」

 身体をゆするが反応はない。

「まったく………」

 僕は毛布を持ってきて、姉貴の身体へとかけてやる。

「お疲れ様、姉貴」

 テレビと部屋の明かりを消すと、僕はその場を後にした。



 部屋に戻り、ベッドに寝転がる。今日はどうも宿題をやる気にはならなかった。というより三日前から僕はほとんど勉強に集中できていない。

 こうやってベッドに寝ていても、あの日のことが頭を過ぎってしまうのだ……

 ふと、視界の横にオレンジの光が入ってきた。そちらを向くと携帯電話が僕を呼んでいた。開いてみると、画面には着信メールがあった。送り主の名前は坂上 亜矢。

 そうだ。今日、喫茶店でやっとメールアドレスを交換したんだっけ…………

 どうやら1時間ほど前にこのメールは届いていたらしい。

 メールの内容を要約すると、〝今日は楽しかったのでまた遊びに行きましょう〟ということだった。

 僕は今日のことを思い出して、なんとなく自分の顔がニヤけるのを感じてしまった。僕も亜矢と過ごした時間が楽しかったのだ。

 ボタンをプッシュしてメールを送信する。そうするとすぐに返事が返ってきた。簡単な文章を送っただけだというのに、彼女は次の話題が広がるようにメールを返してくれる。そんな言葉と言葉のキャッチボールが楽しい。

 気が付けばもう深夜過ぎ、僕は〝おやすみ〟のメールを送り最期のメール受信を待つ。そして携帯が鳴り、彼女のメールをいち早く確認する。

 そこには「おやすみなさい」という言葉と可愛らしい絵文字が記されていた。そのメールを確認して、僕は携帯電話を布団の上に投げ捨て、天井を見る。

 同じ姿勢で作業をしていたせいか肘が痛い。しかし僕は満足感に満たされていた。そして改めて思うのだ。今日は楽しかったと…………



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