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キツネ坂  作者: 千ノ葉
7/16

夢とキツネ耳

「ただいまー」

「おかえりー」

 家に帰ると姉貴が先に帰ってきていた。普通に過ごせば僕の方が早く帰って来れる計算なのだが、今日はいろいろな部活に勧誘され、引っ張りダコになっていたせいで僕の方が遅い帰還となったのだ。

 キッチンを走り回る姉貴を横目に、僕はリビングのソファーに腰を掛けてテレビの電源を入れる。ゴールデンタイム手前ということでチャンネルを回してもニュースしかやっていない。仕方ないので、僕はカバンの中から小説を取り出し、それを読み始めた。僕は運動が出来ない時間が長かったので必然的に本を読むことが多くなっていた。どのジャンルが好きというわけではなく、エッセイからライトノベルまで幅広く手を伸ばしている。

 ちなみに今読んでいるのは恋愛小説だ。こういうものをしていると無性に恋をしたくなる。僕は生まれてこの方、彼女というものを作ったことがない。だからこそ、その未知のものに惹かれてしまうのかもしれない。とはいっても転校早々、そんなチャンスはないと思う。だが長い高校生活のうちに恋人の一人や二人を作りたいと思うのが人の性ってものだろう。

「裕。ごはんよ」

 姉貴の声に僕は本に栞を挟み、ダイニングへと向かう。

 今日のご飯は匂い通り、焼き魚と味噌汁という質素なものであった。

「裕。何かいいことでもあったの?」

 姉貴は僕の顔を見ながら、そんな言葉をかけてくる。

「なんで?」

「なんだか嬉しそうだから」

 僕は自分の顔を触りながら、どんな顔をしているか確かめた。別に普通通りだと思うのだが。姉貴のセンサーに引っかかるということはニヤニヤでもしていたのだろうか。

「亜矢ちゃんと何かあったの?」

「えっ、何で分かったの?」

「ただの勘よ。カ・ン」

 姉貴はフフっと笑うと意地悪そうな目で僕を見る。

「まあ、裕は単純だからね」

「どういう意味だよ!」

 僕は単純とか言われるのがそんなに好きじゃない。なんだか子ども扱いされるようで嫌だからだ。

「まあ、そんな調子なら大丈夫そうね」

「なにが?」

「ううん。なんでもない」

 僕は姉貴が何を言おうとしたのか分からなかった。その答えが出る前に、姉貴は逃げるようにテーブルを立ち上がる。

「お風呂、先に入るわよ」

「はいどうぞ」

 廊下から聞こえてくる声に僕は大きな声で返答をする。

 さて、僕もゆっくりはしていられない。食事の後片付けをした後は宿題だ。早くここの生活に慣れなくてはいけないのだから。



 今日、学校から出された宿題は思ったよりも簡単であった。これならば当分は勉学の面では楽が出来るはずだ。

 余った時間を僕は読書に当てる。丁度良く、外からは鈴虫の声が聞こえている。都会では聞けなかったそんな声をBGMに僕の読書は進んでいった。

 気が付けば時計の針は深夜を回っている。どうやら熱中し過ぎていたらしい。僕はスタンドライトを消すと布団に潜り、目を閉じた。先ほどまで小説を見ていたせいか、どうしても頭の中にいろいろな情景が駆け巡ってしまう。うるさい頭の中を沈めるように僕は固く目を瞑った。





どのぐらい時間が経ったのだろうか? 僕は白い空間の中を漂っていた。そこでは自分が立っているのか座っているかすら、分からない。この感覚は知っていた。これは夢だと直感的に分かる。しかし、こんなに夢を夢だと思えたことはあるだろうか?

 そんな疑問を他所に僕の足は前に進んでいた。実際は、僕自身が進んでいるのか、同じ場所に留まっているのか、はたまた戻っているのかすら分からない。だが、前進していると信じなければ前に進めない気がしたので、僕は疑問を浮かべないように努力しながら目線を前にやり続けた。

 その甲斐あって、しばらくすると白い霧の奥に何かのシルエットが見えた。それは小さく、子供のように見える。目を凝らしてその正体を掴もうとする。その思いが叶ったのか、視界の霧は段々と晴れていった。

 次の瞬間に目に入ったのは激しい痛みであった。直接何かされたわけではない。僕の瞳に急に眩しい光が入ってきたのだ。

恐る恐る目を開けると、そこはあの坂の上であった。どういう原理でここに辿りつけたのかは知らない。夢だからと納得するのが一番手っ取り早いだろう。

 僕は臆することなく広場に向かって直進する。夕陽に染まる風景は僕の頭にある通り、綺麗なものであった。

 それだけではない。この乾いた空気の匂い。風の音。そして少し肌寒い気温。すべてが僕のイメージ通りなのだ。

 そんなことに気を取られ、僕は謎のシルエットのことをすっかりと忘れていた。辺りをキョロキョロと見渡す。しかし、そこには先ほどの人物のような姿は影形無い。

 ――ガサッ、そんな音がした。僕はその音の元を探す。そして見つけたのだ。紅葉の樹の枝に腰掛ける少女を。

彼女は幹にもたれ掛かり、夕陽を眺めている。紅い光に負けないほどの純白の着物が印象的だ。年はかなり幼く見える。おそらくは小学生の中学年ぐらいだろう。

 だが、それよりも僕は彼女のことが心配になった。少女が腰掛けている木の枝は細く今にも折れそうな気がしたのだ。何故そんなところに彼女が居るのかは分からない。しかし、その枝から地面までは優に三メートル弱はある。あんな小さい子が、そんな高所から落ちたら大怪我をしてしまうだろう。

「ねえ、危ないよ! 降りて来れる?」

 慌てた僕は彼女へと声をかける。声に気が付いたのか彼女は僕のほうを見る。そして次の瞬間、とんでもないことをしたのだ。

 彼女は静かに枝から降下する。その動作が静か過ぎて、僕は何が起きたか分からなかった。しかし、すぐに頭の回転が追いつく。飛び降りたのだ! 彼女は!

「危ない!」

 僕は咄嗟に走り出そうとするが、格好悪いことに湿った落ち葉に足を取られて転んでしまう。それはまるでヘッドスライディングをしたような格好だ。

 それでも彼女を受け止めようと、手をまっすぐと伸ばした。

 動作の途中で僕は目を瞑ってしまう。彼女が地面に叩きつけられるところを見たくなかったからだ。しかし、彼女が地面に激突したような音は、いつまで経ってもしなかった。

 恐る恐る目を開けると、僕の鼻先に少女が立っていた。彼女は両足でしっかりと立ち、どこも怪我をした様子はない。

 そこで僕は思い出す。これは夢なのだと。

 夢なのに大げさな行動をした自分を少し恥ずかしく思いながら、僕も起き上がる。

 目線を上げた途端、僕はギョッとしてしまう。さっきは気が付かなかったが彼女の頭には人間にありえないものが付いているのだ。

 フワフワとしていて、時折ピクッと動く。それは紛れもなく動物の耳であった。

 ここまでリアルであるとそれが作り物であるとも思えなくなる。

 僕はそこで少女の目線に気が付いた。どうやら僕は彼女の耳をずっと凝視していたらしい。

「あっ、ごめんね」

 そう言い、僕は彼女の顔へと目線を移す。彼女は小さいながらすごく整った顔つきをしていた。銀の長く伸びた髪、その雪のように白い肌、大きな琥珀色の瞳、そして赤い唇。また僕は彼女の顔に見入ってしまいそうになる。

「えっと、君の名前は?」

 僕は威圧感を与えないように彼女の前にしゃがみ込み目線を合わせる。しかし彼女はプイッと目線を逸らしてしまう。どうやら嫌われたらしい…………まあ、とりあえず僕は自己紹介をしてみる。

「僕の名前は裕。君はこの近くの子?」

「………」

 彼女は依然そっぽを向いて答えてくれない。夢だとしてもちょっとショックだ。僕は子供に嫌われるような怖い顔をしてないと思うのだけれど…………

 彼女は僕の顔をじっと見ると、柵のほうへと歩き出す。僕はどうしていいか分からずに、彼女の後を追う。

 彼女は柵に手を掛け、夕陽で染まる街を見下ろした。

「君、ここが好きなの?」

 少女はコクッと頷く。その相槌は今日一番の成果であった。

「僕も好きなんだ、ここ」

 僕も柵のそばへと移動し、街を眺める。彼女の頭に手を当てると、彼女は気持ち良さそうに頭を手に擦り付けてくる。どうやら頭を撫でられるのは好きらしい。

「ねえ、裕」

 しばらく、彼女の頭を撫で回していると、彼女はふいに僕のことを呼ぶ。呼び捨てなのは気になったがそこは大人の対応だ。

「なに?」

 彼女は一息つき、返事をした。

「逢いたい? あの子に」

「えっ?」

 僕は少女のほうを向いてしまう。彼女は冗談で言ったのだろうか? あの子というのは…………僕にとっては一人しか思い浮かばない。というより、なぜ彼女のことを知っているのだろうか?

 僕は目の前の少女を見つめる。彼女はその大きな瞳を僕に向け答えを待っているようにも見える。

「遭いたいに決まってるじゃないか…………」

 僕はそう言った。今までこんな言葉は誰にも言わなかった。僕自身、この言葉を心のどこかに封印していた。この言葉を口にしてしまえば、彼女のことで心が押し潰されてしまうと思っていたから。

 彼女は僕の言葉を聞いた少女は、スウッと指を僕の顔の前に持ってくる。今にも折れそうな細い指は僕の頬に触れる。白い雪の指はとても温かかった。その指は僕の頬を流れる涙をふき取る。

「泣かないで、裕」

 そういって彼女は僕のそばを離れる。そして、

「その想い、忘れないでね」

 そう言って坂を下って行った。

 僕は彼女の姿が完全に見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。その頬には温かな温もりがいつまでも残っていた。


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