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キツネ坂  作者: 千ノ葉
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新たな日 新たな場所

 鳥の声が耳に届く。その音はいつもよりも遥かに大きい。そんな騒ぎ声で僕は半ば強制的に覚醒させられる。時計を見ると五時四十…………何分かだ。

 とにかく僕が言えるのは、まだ眠い。二度寝しようということだ。そしてあっさりと目を閉じた。だが、壁越しに何か忙しそうに動く足音が僕の睡眠を邪魔する。

 母さんにしては、なにか、すばしっこい感じだ。そこで僕はやっと思い出した。ここは東京のマンションの一室ではない。昨日、実家に帰ってきていたことをすっかり忘れていた。

 身体を起こすと、昨日開けられなかった沢山のダンボールで埋め尽くされた部屋が目に入る。起きがけに見る散らかった部屋は決していいものではないな。今日はこいつらを片してやらないと。


「そして――この足音は姉貴か」

 朝早いというのに、何をやっているんだろうか? 僕はベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けた。

 僕の部屋は一階にあり、すぐそばにダイニングキッチンがある。そこに姉貴がいた。素早いフットワークで何かをしている。そのチョコマカさは小動物を連想させる。リス……それとも、ネズミか……

「あっ、裕。早いわね」

 姉貴は僕の姿に気が付くと、挨拶をする。しかし、その動きを止めることはしない。

 フライパンで何かを炒めながら、皿を片手で用意する。仕事が仕事だけあって、その手際はものすごく良い。この感じだと、朝からそうとう豪華なものを期待できそうだ。テーブルの上には既に数々のおかずが並んでいる。

「お昼の分も作っておいたから」

 なるほど。姉貴は今日も仕事があるのだ。これは僕に対しての配慮なのだろう。うむ。良くできた姉だ。

 働き者の姉貴見ていると、さすがに何かを手伝わなくてはいけないという気にもなる。

「姉貴、なにか手伝おうか?」

 僕は珍しく自分からお手伝い宣言をした。しかし――

「じゃあ、後ろから応援して」

「はい?」

「だから、お・う・え・ん!」

 姉貴はまじめでしっかり者なのだが、たまにこういう訳の分からないことを言い出すことがある。天然ってやつなのだろうか? まあ、僕に手伝ってもらいたいことはないようだ。僕はせめて邪魔にならないように、洗面所に行き、顔を洗ってくることにした。


 鏡に映る自分は、冴えない顔をしている。おまけに寝癖も酷い。昨日ちゃんと乾かして寝なかったせいだろう。今日はちゃんと荷物を整理してドライヤーなども探さないと…………

 水を手に取り、ぺたぺたと髪につける。そして、髪のセットに満足したところで、僕は洗面所を後にした。

 僕がダイニングに出て行ったときには机の上に数々のおかずが並んでいた。先ほどよりもその数は多くなっている。

「さぁ、少し早いけど、朝ごはんにしましょう」

 姉貴はそう言うと僕をテーブルに着かせた。昨日はそんなに不思議に感じなかったがこうして二人で向かい合って食事をするのは久しぶりだ。

「なによ、裕? 見つめちゃって」

「いや、なんでもないよ」

 不思議そうに顔を上げてきた姉貴の表情に僕はつい俯いてしまう。

「もしかして、私に見とれちゃった?」

「それはない」

 そこは弟としてきっぱりと否定する。

「もう素直じゃないんだから」

 クスクスと笑いながら、姉貴は食事を続けた。



「ごちそうさまでした」

 僕は手を合わせて、食事を終える。

「おそまつさまでした」

 姉貴も僕の仕草を真似して、手を合わせる。久しぶりの姉貴の料理は美味しかった。半熟のベーコン入り目玉焼きや、シナモントースト、他のおかずにも手をつけたが、どれもこれもが美味しい。さすが毎日料理をしているだけある。

「じゃあ、お昼はレンジで温めて適当に食べてね」

「うん」

 僕に昼ごはんの説明をしてから姉貴は食事の片づけを始める。

「姉貴、仕事あるんだろ? 僕がやっておくよ」

「あっ、そっか。お願いするわね」

 まるで僕が居ることをやっと思い出したようにそんな台詞を言った。家事分担制を自分の口から言ったのは昨日だというのに…………長年の一人暮らしの要領が身に染み付いてしまっているのだろうか? 僕も甘えすぎないように頑張らないと。

テーブルを片付けながら、僕はそんなことを思った。

 まずは汚れた食器を流しに押し込むと、それを順々に洗っていく。皿洗いなどは今までもしてきたことだ。僕は難なくこなしていく。皿洗いとテーブルの上の片づけが終わったところで、姉貴がダイニングへと顔を出す。

 先ほどの服装とは違い、外出用のカジュアルな服装をしている。その顔には薄く化粧をしているらしい。少し大人っぽい外見になっている。

 そんな化粧などしなくても、スッピンでまだまだいけると思う。声を大にしてそんなことを言いたいのだが、本人が大人っぽく見せたいらしいので、敢えて黙っておく。

「じゃあ、裕。お姉ちゃん、行ってくるわね」

「ああ」

「お昼ご飯ちゃんと食べるのよ、それから――――」

「子供じゃないんだから、大丈夫だって」

 次から次に言葉を発する姉貴を玄関先から押し出すようにして僕は彼女を見送った。

「さて、僕もそろそろ始めないとな」

 僕もダラダラしていられないのだ。今日は学校に転入の手続きをしにいかなくてはならない。そして姉貴が仕事ということで、夕飯も僕が作ることになる。

 逆算して考えると、そこまで遊んではいられないのだ。それに昨日見られなかった風景も見たいと思っているし。

 

 様々な思考を浮かべながら家事を済ましている間に、時間はどんどん過ぎていく。時計を見ると十時過ぎ。そろそろ学校に行く約束の時間だ。

僕が転入することになったのは公立の白狐高校というところだ。偏差値的には結構高く、この辺りでは一番の進学校となっている。とは言っても、僕が東京で通っていた学校のほうが格上で転入試験などは楽々パスできた。

 僕がこの高校を選んだ理由は、ある程度学力が高いという事と、家から一番近い学校であるからだ。徒歩二十分という距離は、都会の満員電車通学を味わってきた僕にとって天国のように思えてくる。

 それにしても子供の頃から見慣れた学校に、まさか転入で入れるは思わなかった。僕のワガママを聞いてくれた父や母には感謝をしたい。


 僕は必要書類などを確認し、家を出た。もちろん、姉貴に渡された合鍵で戸締りをすることも忘れていない。

 外は今日も快晴だ。見知った道をしばらく行くと、校門が見えてきた。門の脇には県立白狐高校と書いてあるプレートが掛かっている。目的地はここで間違いない。外来者用の門を通り、敷地内に入っていく。

 こんな時間に私服で高校に行くのは少し勇気がいる。生徒にでも見つかれば不審者扱いされて視線を受けることになる。だが、書類を出すというミッションがあるし、逃げるわけにはいかない。ここは堪えるしかないのだ。

 だけど、やっぱり人目は気になる。僕は潜入ゲームのように半ば、身を潜めながら、僕は校内を進んで行った。


僕の心配は杞憂に終わり、校内では誰にも会わなかった。校長室と職員室に寄り、必要書類を渡すと、晴れて僕はこの学校へと転入を認められたのだ。

 校門を出て、僕は振り返った。明日からここが僕の学び舎になるのだ。春でもないのに心がざわついているのが分かる。好奇心、そして不安。どちらも波紋となり僕の心を揺れ動かしている。こんな気持ちはを感じたのは、随分久しいものだった。


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