天国の門の前で
「ここが入り口」
白狐はそう言って私の手を離した。目の前には大きな白い扉が見えている。あの先が多分、俗に言う天国なのだろう。
「へぇ。三途の川とか、お花畑を想像してたけど、扉なんだ」
「イメージは人それぞれ違う」
「へぇ」
昔からお城に住みたいなどと想像していたせいで、大きな扉なのだろうか。
扉を見ると、取っ手も何も付いていない。これをどうやって開けるのだろうか?
まさか自分で押すわけではないと思うのだが。
「そろそろ行くけど、心残りは? あの扉をくぐったら、現世には戻れない」
「心残り…………いっぱいあるかな」
私の言葉を聞き、白孤は少し困った顔をする。
「亜季。私は本当に願いを受け入れられた?」
「そりゃ、裕ちゃんとも喋れたし、亜矢にも逢えた。十分だよ」
白孤は私の言葉を聞いても、釈然としない表情を取る。
「そんな顔しないでよ。白孤には本当に感謝してるんだよ?」
事故の直後、私は自分が死んだ事も分からず、その場に縛りつけられていた。
毎日同じ場所から同じ景色を眺めていた。たまに通る人に声をかけては無視され、何度泣いた事か。
そんな私に気が付いたのは、人間ではなく神様だった。
白孤はまず私に謝った。自分の力では助けられなかった事を。
そして知った。事故の事、私が死んだ事。そして、もう一人。ずっと待っていた人が今、危篤であるという事を。
自分の死以上に裕ちゃんの事が気にかかった。裕ちゃんを失いたくなかった。
私は白孤に願った。「あなたが本当の神様なら、裕ちゃんを助けて欲しい」と。
彼女は答えた。「裕を助ける事もできる。でも、あなたは一生彼と生死を別つことになる」と。
問いの意味が理解できなかった私は、がむしゃらに「助けて欲しい」と、頼み込んだ。
あそこで助けを求めなければ、おそらく裕ちゃんと私は結ばれたのだろう。
でも、死の淵にある大切な人の生を願うことしかできなかったのだ。
白孤は私の願いを叶え、裕ちゃんを助けてくれた。本当なら、私と言う存在はそこで消えている筈だった。
けれども、私は現世を離れる事が出来なかった。
「亜季――――ごめんな…………」
裕ちゃんは私にそう言っていた。その言葉だけで、彼の痛みを感じてしまったから。
「お願いだよ! 白孤! もうひとつだけ、願いを聞いて」
「無理」
「そんな…………この通り、何でもするからっ!」
「…………はぁ。分かった。願いを言って」
随分無理を言って、お願いを聞いてもらったものだ。
「亜季。私も、あなたと居て、楽しかった」
白孤は言った。
彼女は願いを聞き入れる代わり、ある条件を提示した。
「その代わり、私の遊び相手になって」
白孤の言う通り、私は彼女と七年を共にした。友人として。それは裕ちゃんと過ごした日々と同じ長さだ。
だから、彼女との別れも何だか寂しい。
「白孤は、これからどうするの?」
「どうもしない。今まで通り」
「寂しくない?」
「…………少し」
「そっか…………」
私は彼女のことも一人にしてしまう。そのことがどうしても気になっていた。
「心配しないで。私は一人じゃない。それにあなたも」
私は頷いた。
そうだ。私ももう縛られてはいないのだ。
進もう。未来へと。
裕ちゃんも亜矢も幸せを手に入れたのだ。私だって――――
「じゃあね」
私は手を振り、光の扉へと寄った。
息を吸い込み、扉を押した。