プロローグ ―秋めく峠と幻影―
この世界を構成しているものはなんなのだろう?
目に入る夕陽も、頬をなぞる風も、この草木の匂いも
本当は嘘ではないのだろうか?
これが現実であるという確証はない。しかし………
僕は握られている少女の手の温もりを確かめるように、右手にほんの少しだけ力を込める。
少女はそれに応えるように、手を握り返してくれる。
その感触は強く、柔らかく、そして優しい。
この温もりだけは信じたかった。たとえ世界のすべてが嘘だとしても――――
これだけは本当であると信じたい。
ゆっくりと僕たちは包装された道を登っていく。
この道はどこまで続いているのだろうか?
永遠――それでも言い。ここにずっと居られるのなら。
しかし、僕の足が止まらないように彼女は僕の少し前を歩いていく。
永遠だと思われた道は終わり、終着点が見えてきた。
いつものベンチに腰を降ろし、僕たちは夕陽の峠から町を見下ろした。
いつか見たその風景は、とても綺麗なものであった。
「ねえ、裕ちゃん」
「なに?」
彼女は少し寂しそうな顔を向け、僕と会話をする。
彼女も感じているのだろう。これが最期であるということを――
僕はいつの間にか泣いていた。
「泣かないで。大丈夫だよ」
僕より身長が数センチ高いからって、彼女はいつも姉貴ぶる。
本当は僕より寂しがり屋で怖がりだというのにさ。
「ねえ、裕ちゃんは――の事、どう思ってるの?」
「…………」
「そっか。やっぱりね」
彼女はうつむく僕を置いて、ベンチを立ち上がり、柵に手をかけた。
「これが私からの最期の魔法だよ」
彼女は笑った。その笑顔は強がりでも何でも無くて、僕が一番見たいと思うものであった。