精霊の王(2)
ラオス人民民主共和国。
そこは東南アジア唯一の共産主義国家だ。少数民族の集まりでできた国でもある。
ベトナム戦争の時は米軍に激しい空爆を受けていたりする。
旧ソビエト連邦のペレストロイカの影響で改革開放路線にかわり、極端な共産主義への傾向は消えた。
日本の経済支援が多く入っている。でも、日本との交流は少ない。ラオス側は観光や資源開発を狙っていて、友好モードを盛り上げている。令和七年の愛子内親王殿下の訪問は記憶に新しいところだ。
そして、ほぼ仏教国である。「東南アジアで一番うまいビール」の産地でもある。
本当によく分からない国だ。
南方の高地民族であるニャルプン族は、ラオスの支配に激しく抵抗してきた。
元々は精霊信仰を基盤とする民族だ。道教やヒンズー教の影響も受けてはいるが、それは軽微。文字は註音字母という中華民国の発音記号を元にした独自文字を使っており、周辺で使われているインド系の文字とは一線を画している。これは、国共内戦で逃げてきた国民党軍が伝えた物をニャルプン王が採用して国の文字として制定した物らしい。言語としてはブータン語に近く、日本語に似た単語もちょくちょくある。外国語としては。高齢者のインテリはフランス語やロシア語を話せる。若者には英語を話せる者が多い。
以上、手越准教授から教えてもらったニャルプン情報だ。
「騒ぎは見ていたから知っているが、残念ながら僕はニャルプン語やラオ語がわかるほどの研鑽は積んでいない。ただ、ナイフを振り回して『カットオフヒズヘッド! ブリングバックトゥーアワカントリー!』と英語で叫んでいたのは聞き取れた。葬儀場の職員が総出でとりおさえていたよ」
そりゃ、逮捕されるわなあ、という状況だったらしい。
幸い、警察官はすぐに駆けつけた。そうでなければ、死人が出ていたかもしれない。
「針谷教授は、現地で王の扱いを受けていたんでしょうか」
私の質問に、手越先生は首をひねった。
「うーん。警察からもそれは聴かれたよ。針谷先生がニャルプン族の王の称号を持っていたのか、とか。けど、そういった話は聞いたことがないなあ。まあ、フィールドワークの過程で名誉称号をもらったといったことはあるかもしれないが」
「名誉称号、ですか?」
「ああ。たとえば、ある階層以上の人しか参加出来ない儀礼を見たいとお願いしたとする。すると、遠くの国からわざわざやって来た学者さんだ、ということで特別に称号が与えられるかもしれない。時には金や物で解決することもある。日本の知識や現地政府との仲介で認められることもある。が、王、というのはちょっと聞いたことないなあ」
「ニャルプン王は、妻が十二人いなければいけない、というような話はないでしょうか」
「あー、それも警察から聞かれた。けど、君、よく知っているなあ。ひょっとして、警察関係者が知り合いにいるとか?」
「は、はあ。ちょっと漏れ聞こえてきまして」
笑ってごまかす。通訳が情報を漏したとあっては大変だ。
「うーん、妻が十二人か。精霊王の話にそういうのがあったなあ」
「精霊王?」
「ああ。十二支に配当された妻たちが、精霊王の命を狙うんだ。子供向けのお話だよ。確か文学部の図書館にフランス語版があったはずだ」
……どれだけ殺伐とした民族なの!?
そして私はふと気づいた。
お葬式で暴れたという犯人、わざわざラオス語の通訳を呼ぶ必要、なかったんじゃないの? 尋問は英語でよかったんじゃないの?
その日、メリーさんの帰りは遅かった。
「ずっと警察署だったの。疲れ果てたのー」
持参の缶ビールをあおっている。アテは、うちにあるスルメと駄菓子だ。
「今回もラオス語?」
「そうなの。しきりにラオス大使館に連絡をとってくれって。でも、通訳の仕事は翻訳するだけだから、あたしに要求するのはお門違いなの~」
ぷはー、と言いながら酒臭い息を吐いている。すでに何本か飲んできたらしい。
「ねえ、ラオス語にこだわったのは、大使館の人と接触したかったからじゃないかな」
「でも、そんなことしたら強制送還は必至なの」
「逆に、強制送還されたかったから、とか?」
「そうかもー」
今度は梅酒をあおっている。酔えれば何でもいい、という感じだ。
「それに、どうして今日も拘留しているの? 儀式妨害罪と銃刀法違反くらいでそんなに目一杯拘留するのかなあ」
「それは何とも言えないのー」
メリーさんは、缶チューハイを持った手でパソコンを指さす。自分で調べろということか。
SNSのトップニュースには何もない。
地元のメディアのサイトを見る。
「針谷」で検索すると、大きくお葬式のニュースが出ていた。ただ、騒ぎのことは触れられていない。記者は参列者の列を見ただけで帰ってしまったのだろう。
関連ニュースとして別のニュースが出ていた。
「針谷教授宅に泥棒」
葬儀中の針谷教授の自宅に外国人窃盗団が侵入、家の中の骨董品などを盗み出した。目撃者によると、東南アジア系の男たちだったという。
「この線を追っているんだ。確かに、つながりありそうだよね」
ふんす、とメリーさんは謎の返事をした。
翌週。
民族学の授業は閑散としていた。
手越准教授の実力は未知数。しかも、けっこう高めの自著を教科書として指定していたため、逃げた学生が多かったのだ。もっとも、ネット越しの聴講者はたくさんいるのだろうが。
まずは、文化人類学(Cultural Anthropology)と民族学(Ethnology)の関係性に始まり、民族という言葉の定義、グルーバル化した世界での現代的な意味、セルフアイデンティティーとしての民族、国家の都合によって作り替えられる民族の定義、観光資源としての少数民族の形成など、すごく真面目な話から始まった。針谷教授の、初日にクリスタルスカルをもってくるような大衆受けする授業とはかなり違う。
私のノートはびっしりと書き込みで埋まり、一時間半の授業は充実した物となった。
手越先生は最後に、ネット放送のスイッチを切ると出席者に言った。
「えー、余談になりますが、今週の土日に針谷教授のお宅を訪問して遺品の整理をしたいと思います。これは単位とは無関係な自由参加の活動で、完全なボランティアとなります。それでも来ていいよ、という方は、この場所に集まって下さい。動きやすい服装でお願いします」
集合場所と時間を板書する。
「あと、信頼出来るお友達も連れて来てもらってかまいません。ご存じかもしれませんが、針谷先生のご自宅には、葬儀中に泥棒が入ってかなり荒らされてしまいました。その後始末、というのが実情です。よろしくお願いします」
私は心の中で「やった!」と叫んだ。




