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八〇一戦線異状あり(1)

 夜中の十時ちょうどにチャイムが鳴った。

 お向かいのかがみさんだった。

 支倉(はせくら)かがみ。「支倉かがみのミスティックムーンナイト」の配信者にして、ちょっとは名の知れたコスプレイヤー。今日は地雷系の服を着ている。『地雷姫殺人事件』の姫ちゃんの格好だ。

「どうぞ、入って」

「ういですー」

……キャラになりきっている。メイクもばっちり、ドラマで演じられたままだ。

「実はご相談したいことがありまして……」

「ウェルカム!」

「恐縮ですー」

……身振り手振りをまじえたなりきりがうざい。けど、それがギャップ萌えで人気なのだ。なりきりコスプレイヤーとしてははずせない要件というわけだ。

「で、相談というのは?」

「えーっとですねー、リスナーさんからの依頼なんですけど-」


 かがみさんの話を要約するとこうだ。

 リスナーの三花猫さんの家に差出人不明で同人誌がとどくようになった。それも、かなりエッチな内容の。

 最初はパラパラとめくってから捨てていたが、あまりに頻繁に届くので差出人不明のプレゼントは受け取り拒否にすることにした。

 すると今度はお婆ちゃんから電話が来た。

「私が送った生ラーメン、帰って来ちゃったじゃない。ちゃんと受け取ってよね。賞味期限きれちゃったわ」

 叱られた。

 そこでやむなく荷物をうけとることにした。そして、不要な物は捨てることにした。

 燃えるゴミに出したら今度はゴミ収集の人に叱られた――というか張り紙をされた。

「紙ゴミは資源ゴミの日に出して下さい」

 仕方なく、紙袋に入れて廃品回収に出すことにした。

 けど、顔を覚えられるといやなので、最近はシュレッダーで裁断して燃えるゴミに混ぜて捨てている。

 人生が同人誌との戦いに費やされて、これからも生きて行ける気がしない。

 元カノからの嫌がらせかと思って引っ越しもした。

 けど、同人誌は送られ続ける。

 発送元は複数だ。大手同人誌屋にアニメショップ、ネットオークションなど。

 これは怪奇現象と言うべきなのだろうか。


「うーん」

 私は腕組みをして考え込んだ。

「怪奇現象かどうかは別にして、古本屋に売り払えばいいんじゃない?」

「メリーさんもそうアドバイスしていました。でも、ISBNのついていない本は買い取れない、て逆に処分費を請求されたそうです」

「わーっ、つらっ!」

 確かに、大手中古書店の中にはそういう頭の硬いところもある。本当に価値のある古書の値が自分でつけられないのだ。が、世間には同人誌専門の買い取り業者もある。てか、三花猫さん、よほど同人誌と無縁の生活をしてきたらしい。

「って、メリーさんには相談したんだ」

「はい。ていうか、配信中に少しだけ相談にお答えしました。リスナーの皆さんからは『現物を見てみないと何とも言えない』という反応がほとんどでした。けど、三花猫さんは現物の写真は送ってくれませんでした。ただ、現物が送られてきたんです。ネットテレビの事務所宛に」

「……ははは。やってくれるわね」

「そして、その現物がそっくりそのままうちに届けられたんです。蜜柑箱数箱ありました」

「うわっ、えぐっ!」

 怪異が原因だとしたらかなりヤバい状況だ。このまま、エロ同人誌の送りつけがあちこちに伝播(でんぱ)したら大変なことになる。三花猫さん、まったく罪作りな男だ。

「で、それこそメリーさん案件だと思うのだけど」

「いえ、多分、彼女の手にはあまると思います。あの人、意外と保守的なんです。『読後焼却』の中身も異性愛物ばかりでしたし」

「あ、パンドラの箱、開けたんだ」

「はい。本当にヤバい中身なら関係解消もやむなしと思いまして」

 確かに殺人ビデオ(スナッフフィルム)なんかはさすがに所持するのが危険だ。かがみさんの行動ももっともだ。

「ということは、そのエロ同人誌というのは……」

「はい。男性の同性愛物です」


 昔の迷言にこういうのがある。「ホモが嫌いな女子なんていません」。

 実際にはそうではない。

 現に私だって、排泄口を使った交接なんて反吐が出るほどおぞましい。

 それを楽しんでいる人たちは別にいてもいい。ただ、それを万人に押しつけたり広言するのには反対だ。日陰の楽しみは日陰でとどめておいていただきたい。この点では、私とかがみさんの意見は一致した。

 かがみさんの衣装部屋で、届いた同人誌をチェックする。鬼畜眼鏡教師からスポ根マンガのパロディーまで、発行年代も絵柄もいろいろある。イケボ(・・・)声優ネタとかは訴えられそうな気もする。筋肉ダルマのガチムチホモ、異世界転生の奴隷物、ほぼまんべんなくゲイの趣味が網羅されている。これだけ取りそろえるということは、女性向け同人誌ショップの店員がセレクトした初心者(?)向け入門セットという感じか。

 私はその中に一つの偏りを見いだした。

「気づいたんだけど、この中にショタ物ってないよね」

「えっ!? あっ、そうですね」

 そう。私が唯一受け入れられる組合せ――年上男子と年下男子のカップリングが皆無なのだ。

「そういえば、女装男子もないです。今時、男の娘(おとこのこ)なんて定番中の定番なのに」

「ある意味、このチョイスには偏りがあるよねー。半陰陽(フタナリ)とか、あってもよさそうなのに」

「そうですねー。可愛い系が足りないですー」

 オタク女子が「獲物」をあさっているとこんな感じである。

「確かにこんな本ばかりだったらメリーさんは発狂しそうだね」

「『汚物は焼却だー』とか!?」

「そう。裏庭で盛大に燃やしそう」

「で、様子を見に来た大家さんに叱られたりして」

「ありえるー」

「誰が世紀末モヒカン伝説じゃー!」

「あっ、メリーさん!」

「スタジオ入りは一時間前に、て言ったのはかがみんでしょ。なにやってんの」

 スマホを見ると本当にそんな時間だ。

「さすがに打ち合わせなしのぶっつけ本番は避けたいの。……あ、これが前回言っていた同人誌のサンプル!?」

 一冊手に取ったメリーさんは、ぱらぱらとめくって本当にいやそうな顔をした。てか、それ本当に一番ヤバいガチムチホモのやつだ!

「これは? 即売会の戦利品?」

「前回話題になった『同人誌送りつけられ事件』の現物ですよー」

 こうして打ち合わせが始まったのだった。

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