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四不象がやってくる(4)

 かくかくしかじか。

「要するに、疫病をもたらす謎の怪異が神戸に上陸した、緊急に対策をとってほしいということね」

「そうですー」とメリーさん。

 お稲荷さんは頭を抱えている。

「そして、そのシフゾウてのは得体の知れない暗殺者だとも言われている」

「さようでございます」とヤンさん。

「その暗殺者って説はどこから出たの?」

「神戸在住の道士がそう申しておりました。その道の達人と称せられる信頼出来る方でございます」

 ヤンさんの語る四不象像は不気味だった。

 そもそも、四不象は元始天尊や太公望のような高貴な神の乗り物などではないという。山神や土地公レベルの騎獣で、山の精霊や化物の変化(へんげ)したものだというのだ。陰陽の境目にいるあいまいな存在 で、じっと見てはいけないし追いかけたり大声で騒いだりしてもいけない。そっとしておかないと家族に不幸が起きるというのだ。

 ただ、それを悪用して家族を皆殺しにした例もあるのだとか。自分をのけ者にした家族に復讐した者がいた。都合よく物事が進み、孤独と全財産を手に入れた。その人は人の法では裁けなかったそうだ。

 一部の法師――民間祈祷師の間には、四不象に祈って誰かを呪殺する方法も伝わっているらしい。まさに「死・不祥スープーシャン」だ。

 そして今。四不象は謎の暗殺者として神戸を徘徊していた。得体の知れない怪物として。

 お稲荷さんは、少し顔を上げて言った。

「じゃあ、その四不象に依頼して饕餮を暗殺してもらえばいいじゃない」

……えっ!? なんて投げやりな回答!

「神戸にはその道の達人がいるんでしょ。頼んでみなさい」

「でも、その後はどうすればいいんでしょう」と王さん。

「四不象を怒らせるとその祟りは饕餮に居座られるよりも怖いと聞いています」と胡さん。

 お稲荷さんはメリーさんの方を指さす。

「ドクター・メリー・ジェーン・ウィンチェスター、あなたも名うての暗殺者じゃなかったかしら。オキュパイド・ジャパンの頃は」

「えへ。今はもう引退しました」

 可愛くごまかしている。「ベッドの下の殺人鬼」を始末してくれたのはつい一年前のことだと思うのだけど。

「はぁ。自分たちでカタをつけなさい。あなたの館の中のことなんだから。……天朝(てんちょう)は関与せず。以上!」

 お稲荷さんの裁定は簡潔だった。

 饕餮を四不象に始末させて、四不象はメリーさんが始末する、神々は一切関知しない。

 怒らせると怖いという正一位稲荷大明神、なげやりかつ苛烈な性格だった。


 私たちは日の暮れた稲荷山をととぼとぼとおりた。街灯一つない道を、月明かりを頼りに進んで行く。そろそろお腹もすいていた。

「このあとどこかで軽く飲まないか。今日は疲れたよ」

 会長が珍しく弱音を吐いた。

「おつきあいします」と澪さん。心なしか声が弾んでいる。

 王さんと胡さんは二人で何やら話している。

 ヤン執事は……

「タクシーだと一時間ちょっとでお舘まで帰れますので、私はこれにて失礼いたしたいと思います」

 ペコリとメリーさんにお辞儀をする。

 そしてためらいがち女主人にたずねた。

「もしよろしければこのままお屋敷までご案内したいのですが、いかがでしょう。幸い、明日は休日ですし、一度現状を確認していただければと思うのです」

 メリーさんは私の顔をちらりと見る。

「さつきも行くって言うのなら行ってもいいかなー」

 メリーさんの館! それは結構有名な都市伝説だ。縁がないと行き着けないと言われている。饕餮(とうてつ)は人は食べないというし、一度見ておいてもいいかも!

 返事はもちろん「行きたい、です!」だった。

 王さんと胡さんが近づいてきた。

「私たちもご一緒していいでしょうか。神戸に行くのなら早めがいいと思うのです」

変化(へんげ)の術が使えますし、定員オーバーにはならないですよ」

 かくして、ヤンさん、二胡を抱えた私、キツネのぬいぐるみを抱えたメリーさんは、駅前でひろったタクシーに乗って六甲山へと向かったのだった。


 六甲羊牧場。

 カーナビにその名を入れるとルート案内は問題なく出た。

 深夜の長距離行に最初は渋っていた運転手さんだが、メリーさんがポシェットから取り出した札束を見と急に態度がよくなった。

 名神高速道路を経由して宝塚のインターチェンジを降り、下道へ出る。やがてルートは狭い道へとかわった。

「舘にはゲストルルームもございます。留学生のお二人もいかがでしょう」

 ポロン。

 二胡の弦が勝手に鳴る。どうやら同意したようだ。

 道端に大きな羊の看板が立っていた。六甲羊牧場の文字もある。

 その少し先の小さな橋をこえてタクシーは牧場の奥へと進む。

 そのとんつきに壮麗な洋館が待ち構えていた。

 羊の頭が彫刻された玄関のひさし。都市伝説で言われている通りだ。

 タクシー代はヤンさんが払ってくれた。

「お帰りなさいませ、メリー様。私ども一同、ずっとお帰りをお待ちしておりました」

 ヤンさんは大きな鍵を取り出すと、西洋の城門のような分厚い扉を開いた。


 王さんと胡さんが元の姿に戻った。どこからどう見ても花の女子大生だ。

 お屋敷の玄関ホールを見回して目をぱちくりしている。

「で。その饕餮ってヤツはどこにいるの?」

 メリーさんがたずねた。

「二階奥の、当主の部屋を占拠しております。おそらく今の時間は眠っているかと」

「武器はある?」

 ふんす。

 ヤル気満々だ。さっさと決着をつけたいのだろう。

「武器庫にご案内いたします」

 ヤンさんは、手近に置いてあった懐中電灯を手にして先に立つ。LEDの光が丸い円を描く。

 一階の横にある石の階段から下におりる。手すりはロココ調で、昔の百貨店みたいな重厚な造りだ。

 石造りの地下通路を進む。ほぼ倉庫の列といった感じだ。

 武器庫は館の真ん中あたりにあった。

「銃の手入れは、している?」とメリーさん。

「それが、近年は弾薬の入手が難しく、試射していない物も多うございます」

「刀とかは?」

「それなりには手入れをしております」

 メリーさん、厳しいまなざしだ。

「王ちゃんと胡ちゃんは? 一度、饕餮とやりあってみる?」

 王さんは首を横に振る。

「私は平和主義なので。皆さんを鼓舞したり眠らせるくらいはできますが、それが限度です」

 元が楽器なのでそんな感じなのだろう。

「私も戦闘力としてはあまり期待しないで下さい。多分、確実に、すぐに気絶しますから」と胡さん。

 これでわかった。この子は狐狸精のうちでも狸よりなんだ。愛嬌があるのもそのせいだろう。

「さつきは?」

「うん。使えるとしたら短剣とかバールとかかな。剣道とかやったことないし」

「じゃ、決まり。ヤン、武器を適当にみつくろって三人に貸してあげて。あたしは、ちょっと京都まで行って自前の武器を取ってくる」

「京都まで!?」

 メリーさんはにやりとするとスマホを取り出した。

 物陰に行って電話しはじめる。

「夜分ごめん。起きてた? あ、もうすぐ配信かぁ。ちょっとお願いがあるんだけど。あたしメリーさん、今、京都駅にいるの……」

 可哀想に。かがみさんが犠牲になるのか。いや、この場合、メリーさんが犠牲になるパターンか。「支倉かがみのミスティックムーンナイト」に無理矢理出演させられるのは決まりだな。


 夜中。

 メリーさんからの着信を待つ。

 手持ち無沙汰なので、渡された短刀を振ってみたりする。守り刀のマキリだ。刀身は幅広で、片刃だけど先が尖っている。柄は鹿の角で、装飾性と滑り止めとしての実用性を兼ね備えている。いざとなったら使えそうだ。

 夜食はヤンさんが運んでくれた。

 ブロッコリーとニンジンのクリームシチュー。

 パンとともに食べる。おいしいパンだ。さすがは神戸だ。

 肉は(とり)だろうか羊だろうか。肉があるのがありがたい。ひょっとしたら大豆タンパクかもしれない。

 考えてみれば理不尽な話だ。私たち人間は動物性タンパク質を食べないと弱って死んでしまう。いや、正確に言うと、菜食主義者は病気にならないように細かな栄養管理が必要になる。あるいは腸内細菌比率の大きな変更が必要になる。羊たちのように草を食べていれば生きられるというわけではないのだ。なのに殺生をよくないことと考え、その一方で動物の肉を好んで食べたりもする。そして、六甲羊牧場の羊たちは饕餮に苦しめられつつ、仲間を犠牲にして経済的利潤を得ている。何が正しいのか正しくないのか。

 なんて事を考えていると、いつの間にか眠っていた。ふかふかの羊毛ベッドだ。ちなみに、私とメリーさん、王さんと胡さんが同室だ。ゲストルームで「当主の部屋」の反対側にある。饕餮に出くわすことはまずないだろうとのこと。

 夜中に目が覚めて一階のトイレに行く。

 誰かが声を押し殺して泣いていた。シャワーの音もしている。

 私は、マキリを鞘から抜いて胸の前に構えた。

 トイレの隣りは大浴場だ。ヤンさんは二十四時間掛け流しの天然温泉と言っていた。他の宿泊客がいても不思議ではない。

 それにしても、泣き声がするのは何なんだろう。明らかに女の子の声だ。

 脱衣所に入り、奥の引き戸を静かに開く。そこは天然の岩窟湯につながっていた。

 洗い場に全身血まみれの少女がいた。全身を泡立てて必死に洗っている。

「キミ、何があったの!?」

 用心しつつたずねる。少女は私が構えたマキリに一瞬恐怖の目を向けた。が、害意がないことはわかったのだろう、言葉を絞り出すようにして答えた。

「私はこの舘の下働きです。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。仕事おわりにお湯を使わせていただいていたのです」

「て、あんた何歳なの!?」

「十四歳です。……たぶん十四歳です」

「児童福祉法違反じゃない!」

「ですよね。悲しいかな、ここには警察も法律も通用しません。魔界なんですから」

「はあ?」

 うかつだった。

 メリーさんの舘が現世にあると思い込んでいた私がバカだった。

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