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四不象がやってくる(1)

 ミステリー研の部室に顔を出すと、部長と澪さん、そして二人の女性が待ち構えていた。

 この間、京都文化大学で出会った留学生のコさんとオウさんだ。

 二人は私の顔を見てあからさまに表情を曇らせる。

「え? 何?」

「メリー君待ちなんだ。魔界探偵としてのメリー君に依頼だそうだ」

「魔界探偵としての!?」

 大学の講義で話したのだろうか。

「話は彼女が来てからにするらしい」

「ええ。その方が二度手間になりませんから」

 オウさんが、クールな表情のまま補足する。

 オウ・ギョクヒ。元・東湖大学職員。

 コ・ケイメイ。台湾からの留学生。見た目はほにゃっとして可愛いが、東湖大学では万年学生をしていたらしい。

 二人ともきれいな日本語だ。そして、怪異だ。

「て。どうしてこちらに? 文化大学で話せばよかったのに」

「大学では他人の耳がありますから」

「願人先生にたずねたら、ここに行けと言われたのです。起きていない事件では処理しようがないから、と」

……あ、なるほどね。

 そこに廊下から鼻歌が聞えてきた。往年の名作アニメ『戦え!!イクサー1』のテーマ曲だ。クトゥルー神話ネタのはしりで、宇宙を放浪する宇宙人からの侵略と巨大ロボで戦う話。

「こにゃにゃちは、なのですー」

 勢いよく扉を開けたメリーさん、二人の学生と目があって固まる。

……プライベートのご陽気な姿は職場では見せていないらしい。

「ウィンチェスター先生、こんにちは」

「お邪魔しています」

 二人が立ち上がって頭を下げる。礼儀正しい子たちだ。

 一通りの挨拶がすみ、メリーさんがパイプ椅子に着くと、二人は「起きていない事件」について話し始めたのだった。


 王玉琵と胡磬鳴の二人は、日本文化を学ぶべく親戚のつてを頼って来日した。どうやら華僑の中には、怪異もたくさん混じっているらしい。

 神戸に住むその親戚から不吉な連絡が来た。四不象が来るというのだ。

 四不象――スープーシャン。四不像とも書く。日本語ではシフゾウ。

『封神演義』では太公望の騎獣として知られているアレだ。ちなみに、四不象とされる麋鹿(ビロク)という珍獣も実在するが、本来の四不象は「麟頭()尾体如龍」つまり、麒麟のメスの頭、獬豸(かいち)の尾、体は龍のごとし、と描写される物でかなりイメージ違う。

 四不象には「中途半端」「どっちつかず」「曖昧模糊」といった意味合いもある。「不完全な瑞獣」「縁起が悪い中途半端な生き物」とも言われているのだ。

 さて、九〇年代に中国のとある飲料メーカーが「四不象」という名前のスポーツドリンクを売り出した。テレビやラジオで宣伝したが、これが閩南語・潮州語圏でパニックを引き起こした。「四不象」の発音が「死不祥」に近いからだ。一部の人々が「死不祥」の怪物がやってくる、と勘違いした。この事件で、四不象は不吉なイメージをまとうことになる。

「四不象は疫病と横死をもたらします。どのような対策をすればいいんでしょう」

「神戸の道士や法師にも相談したそうなのですが、四不象の災厄自体が曖昧模糊としているので、これといった返事はもらえなかったそうです」

「それに、道教の儀礼に参列したら、私たちも消えてしまうかもしれません。さすがに、それはリスクが高すぎます」

「四不象の災厄には『病死に似て病死にあらず、焼死に似て焼死にあらず、溺死に似て溺死にあらず、轢死に似て轢死にあらず』という言い伝えもあって、何が起きるか分からないんです」

 王さんも胡さんも必死で訴える。

「えと、えと……」

 さすがのメリーさんも目が泳いでいる。会長に、ちらちらと視線を送って助けを求めていたりする。

 会長がおもむろに口を開いた。

「牛頭天王――祇園さんに頼ってみるのはどうだろう。得体の知れない災厄を祓うにはいいと思うのだが」

「リスクが高いです。怪異的存在は消し飛んでしまうかも……」とメリーさん。

 澪さんが手を挙げた。

「観音様はどうでしょう。心が広そうですし、中国でも広く信仰されていますよね」

 王さんは、考え込んでいる。

観音媽(クヮンインマー)ですか。有求必応――求めれば必ず答える、が売り文句ですから、可能性はあるかもしれません」

「ただ、リスクは高いです。正統派の神々は、怪異は嫌いがちです。いわば私たちは世界に生じたバグですから」と胡さん。

 私はずっと気になっていたことを尋ねた。

「王さんと胡さんは、何の精霊なんです?」

 二人はためらう。私は言葉を継いだ。

「王と胡、というと、ひょっとして妲己の義妹のお二人では?」

「なぜ、それを!?」

 王さんから一瞬、殺気が放たれる。魂を貫くような殺気だ。が、ここで暴れる気はなさそうだ。

「王玉琵と胡磬鳴という名前からです。確か『封神演義』では王貴人と胡喜媚という名前で出てきたはず……」

「はあ。そこまで見抜いているのなら、隠し通せないですね。確かに私は王貴人、この子は妹の胡喜媚です」

 大きな溜息をついている。

「ただし、何度も転生を繰り返していますけどね」と胡さん。

「あたしが見たところ、二人にはかなりの霊力差があるみたいなんだけど」とメリーさん。

「私はただの付喪神ですから。でも、日本では、マンガやアニメのおかげで胡喜媚はわりと人気があるんです。人気者になるとパワーも強くなるんです」

「というと、妲己ちゃんもいるの?」とメリーさん。わくわくしているようだ。

「いえ。蘇娘娘(ニャンニャン)は殷とともに亡びました。そのあと玉藻前となりましたが、那須野原で射殺されて殺生石になったと言われています」

 何年か前に割れたヤツだ。

「玉藻の前というと、鳥羽天皇の時代の話ですね。千年くらい昔の話です」と澪さん。

「殷の紂王は三千年前。というと復活には二千年くらいかかるということか」と会長。

「はーあ、妲己ちゃんに会いたかったな」とメリーさん。

 胡さんが頬を膨らませる。

「どうして日本人は娘娘のことを呼び捨てにするのかなあ。王のことも紂王なんてひどい呼び方をするし。周王のプロパガンダに乗せられすぎですよ!」

 いけない、これからは呼び方に気をつけよう。

「親戚、ということは、中国にもたくさん親族がいらっしゃるってことでしょうか」と澪さん。

「ええ。王家村は代々、楽器作りをなりわいとしてきました」

「胡家村は踊り手や役者を輩出していました」

「というと、そちらのツテは……」

「日中戦争や国共内戦で故郷はボロボロ、今ではかろうじて台湾と在日華僑のつながりがあるだけです」

「四不象が来る、てのもそっちからの情報で、親戚もどう対処していいのかはわからなかったらしいの」

 色々と大変そうだ。そして、話が元に戻ってしまった。

 会長が手を挙げた。

「あー、一つ質問があるのだが」

 そして、ためらいがちに言った。

「九尾狐って君たちと関係あるのかな。中国で人気の女神だと聞いたのだが」

 九尾狐。狐仙廟で祀られている人気の神様だ。日本では民俗学者の大谷亨氏が発掘するまでほぼ知られていなかった。今ははタイ発祥のセクシー九尾狐が流行っているのだとか。

「まあ、遠い親戚みたいなものですね。ほとんど関係ないし」と胡さん。

「そういえば、陽明山には狐仙廟がありましたよね」と王さん。

「あそこは狐の怪異以外は行けない場所ですよ。それに、四不象対策に台湾へ帰っても間に合うかどうか」と胡さん。

……えっと、あなたは確か、雉鶏の精なのでは? なぜ詳しい!?

 胡さんが私の考えを読み取ったのか、頬をふくらませた。

「私も狐狸精の仲間ですってば。胡ってのは、狐狸精が代々使っている姓です。それに、雉や鶏は私の好物ってだけです!」

「というと、狐の仲間なんだね」

 会長が何かひらめいたようだった。

「ならば、うってつけの守護神がいる。伏見稲荷のお稲荷さんだ」

 灯台もと暗し。

 でも。

 お稲荷さんって怪異のお願いも聞いてくれるの!?


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