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不人気な講演会(3)

 ボルス・ニーデマン教授の講演は、メリーさんの機転で大盛況におわった。ニーデマン教授が語る東湖大学にまつわるさまざまな話は、日本では知られていない台湾の科学的先進性やあくなき探究心について存分に教えてくれた。とりわけ常温核融合に関する逸話は、噴飯物かつ涙なくしては聞けなかった。

 立ち見まで出る大盛況のうちに、講演会は終了した。

 色んな種族の学生たちが列をなして出口に向かう。私はそれを眺めながら世界ってなんて素晴しいのだろうという高揚感に包まれていた。人種や国籍の垣根を乗り越えると、こんなにもたくさんの可能性が見えてくるのだ。それこそが来たるべき世界「キクル・ケッカ」なのだ。

 退出者の波がまばらになってきたので私も出口に向かう。

 午後四時。まだ日は高い。ロビーには明るい日射しが差し込んでいた。

 そこに見知った人物がいた。

 トレンチコートを着込んだずんぐりむっくりのおじさん。今は鍔つき帽をかぶって禿げ頭を隠している。一度見たら二度と忘れられない特徴的な人物――というよりは怪異だ。メリーさんが日本の官憲に捕まった時にお世話になった変態弁護士、スタスタ坊主氏。トレンチコートの下にはおそらく注連縄(しめなわ)だけを締めている。

「お久しぶりです。お元気でしたか」

 向こうから声をかけてきた。

「おかげさまで。その節はお世話になりました」

 無難な挨拶をする。

「ところでメリーさんは?」

「まだ中にいます。講演会の後始末とかもあるでしょうし、いつ頃出てくるのかはちょっと」

「そこらへんで待たせていただきましょう」

 すたすたとロビーを進む。

「何かあったんですか」

「何かも何も、大変だったんですよ。気がつきませんでしたか?」

「というと?」

 閑散としたロビーには、講演会で見かけた台湾からの留学生もいた。ドクロ型の髪留めが印象的だ。こちらにちらちらと視線を向けている。

「えっと、私の能力についてはお話したことがありましたっけ」

「弁護士さん、ですよね」

「ええ。ただ、私の本来の能力は『事実を嘘に変える』というものでしてね。まあ、天照大神(アマテラスオオミカミ)のお力を借りての話ですけど」

「はあ……」

 使いようによってはヤバい能力だ。それで無敵の弁護士というわけか。そういえばスタスタ坊主さんの名前は願人友右衛門だっけ。

「ところで、あなた先ほどまで何をしたか覚えていますか?」

「先ほどまで……?」

 ホールで講演を聴いていたはずだ。メリーさんがわたわたしながら通訳をしていたような気がする。

 記憶が曖昧だ。脳裏に「パティクリパティクラ」という単語がちらりと浮かぶ。けど何のことかはわからない。確か、何かの哲学的概念で……

「おっと、無理に思い出そうとしないで下さいね。忘れるべきです。覚えていてもろくなことがない」

「そういえば、講演会は……」

「おわりましたよ。つつがなく」

 夢から覚めて起きたような気分だった。ひょっとしたら途中で眠ってしまったのかもしれない。

 ちらっとシャム猫頭の学生たちのイメージがよぎる。どんな夢を見ていたのだろう。

「あっ、メリーさんが出てきましたよ」

 メリーさんは、手に何かの紙束を持っていた。哲学科の教授と少し話をしてからこちらに来た。

 二人の留学生が立ち上がった。

「先生、先ほどはありがとうございました」

「無事、願人先生にお願いすることができました」

 確か、コさんとオウさんだ。質疑応答で名前を言っていた。

 私も、メリーさんのもとに近づく。

「メリーさん、お疲れ様」

「大変だったのー。二人がいてくれて助かったのー」

 何やら大事があったらしい。機材トラブルか何かだろうか。

「スタスタ坊主さんがいるということは、全て丸く収めてくれたみたいね」

 にっこりする願人氏。

「はい」とコさんとオウさんもうなずく。

「ヒヤヒヤ物だったのー。もしニーデマン教授が台湾語を聞き取れたら大変だったのー」

「そうですね。私も突然戦前の台湾語が聞えた時には混乱しました」

「そうそう。で、タクシーに飛び乗って願人先生の事務所に行って……」

 スタスタ坊主先生がいやそうな顔をする。

「その話はもうよしましょうや。また世界が変容したらたまったものじゃありません」

「世界が、変容!?」

「失敬、何でもないんです。忘れましょうったら忘れましょう♪」

 願人弁護士は、全てを振り払うように手をひらひらさせながらその場を去るのだった。


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