不人気な講演会(1)
京都文化大学。
そこは、日本の知恵と文化の継承をになうことを目的として設立された総合大学だ。
「理系頭のない人間」にとってはかなり居心地のいい場所になっている。
ただ、文化系の知識だけ詰め込んでも社会に出たところで役立たずになってしまう。
そこで、「士業」や「教職課程」、「運転免許」などの取得が強く勧められている。
いや、本当、会計士とか税理士の資格を持った学校の先生とか司書なんて、最強じゃないですか。
というわけで、私も中小企業診断士の資格を求めてここの単位を取ってみることにした。
……中小企業診断士って、全然、いわゆる中小企業を相手にしていないんだよ。何せ法律上の中小企業は日本の企業の九九・七パーセント、そのうち零細企業は八割以上。町の個人経営のお店のコンサルをするとして、ファイナンス理論や株式発行、M&Aとかの知識がいる? 普通、必要な営業許可とか労働基準法とか雇用保険とか仕入れと廃棄の知識とか売り上げ分析の指導がメインじゃね?
というわけで、私は早くも中小企業診断士の資格に絶望していた。
……まあ、教職課程の方はぼちぼち続けるつもりはあるのだけど。教育実習の先生は憧れなのだ。
私は、図書館のロビーで今日返す本の最後の数ページを読んでいた。そろそろメリーさんが現れるかな、と思っていたところにメールが届いた。
「ごめんなさい。仕事で行けなくなりました」
がくっ。
せっかくお茶をしに行こうと思ってたのに。
天気もいいし、このまま家に帰ってもつまらないしなあ。
……と悩んでいると、館内放送が流れた。
「二時から大ホールで特別講演会、キクル・ケッカの『パティクリ・パティクラ』概念の適用について、が始まります。是非、ご聴講下さい」
キクル・ケッカって誰? それとも本の題? その後の概念って何!? ヘケサモケサの親戚か何か!?
わからないことだらけの講演会だ。
五分ほどするとロビーに司書さんが現れた。静謐を旨とする図書館では珍しく、声を張り上げる。
「二時からボルス・ニーデマン教授による特別講演会、キクル・ケッカの『パティクリ・パティクラ』概念の適用について、が始まります。暇のある方は、ぜひご聴講下さい」
声がうわずっている。
幸いにしてというか、不幸にしてと言うべきか、私は借りていた本の後書きの最後の行を読み終えたところだった。
パタン、と本を閉じる。
顔なじみの司書さんと目が合った。
「あなた、時間ある?」
「えっ!?」
突然なオルグだ。ちなみにオルグというのは「組織への勧誘」という意味で、メリーさんがたまに使う。
「本を返さないと……」
「その後は暇よね。ぜひ、聴きに来て。時間は二時間くらいだから」
「は、はあ」
「返却手続きはこちらですませておくから。ぜひ、聴きに来て!」
本を引ったくられる。
他の司書さんたちも片っ端から声をかけまくっていた。なんか大事のようだ。
どうやら有名教授による講演会を企画したのはいいが、聴衆が集まらなかったらしい。そこで図書館にいた暇人を無理矢理聴衆に仕立てようということらしい。
一文にもならないボランティアだけど……
いつも本を借りている恩義があるので、私はサクラの一人になってあげることにした。
図書館の横にある円形大ホール。
その一階席に狩り集められた学生たちが配置された。
ざわざわ。
誰もがキクル・ケッカって何なんだ、という話をしている。
そして、パティクリが複数形、パティクラが単数形、ではないか、という会話が耳に入る。だが、その単語が何を意味しているのか、そもそも何語なのかもわからない。
私は、もらったレジュメに目を通す。
ボルス・ニーデマン教授。ブダペスト大学で学位を取得、ブカレスト大学や台湾の東湖大学を経て国際信州学院大学の客員教授に着任、とある。「イムレ・ヘルマンの抱きつき本能」とか、「共同概念のOSとしての言語」といった単語が並ぶ。精神医学系の観点から「キクル・ケッカ」の思想を分析しているようだ。
さて、問題の「キクル・ケッカ」だが……
一人の作家でも一つの作品でもなく、ある集団の思想運動のようだった。たとえるならダダイズムやポスト構造主義といった感じの。そこにパティクリパティクラが寄生して浸食していき、根幹に浸透して変容をみたらす。「思想侵略」?
文義明瞭意味不明瞭なレジュメを読んでいく。段々、直訳したのが丸わかりになってくる。
……翻訳した人も苦労したんだろうなあ。
舞台に司会の人が現れる。あ、哲学科の湯浅先生だ。授業をとったことはないが、顔だけは知っている。老いた鷲のような鋭い顔つきだ。服装は三つ揃い。いかにも哲学者である。
講演者の紹介に続いて禿げ頭の小太りの白人男性が演壇の向こう側に立つ。
礼儀正しい拍手が起きる。
白いタートルネックにラフなジャケットとスラックス。肌つやがよく、IT企業の社長と言われても違和感のない外見だ。
あっ、メリーさんだ。通訳に借り出されたらしい。多分、ハンガリー語やルーマニア語が出た時の対策だ。拍手が主役を上回るのは、おそらく男子学生のファンたが盛り上がっているのだろう。まあ、見た目は若いからファンが湧くのはわかる。
講演が始まった。ゆっくりとした英語だ。背景のスクリーンに自動翻訳の字幕が出る。最近のAIによる聞き取りと翻訳の精度は高い。
メリーさんは字幕をガン無視して自分の言葉で通訳する。語順の入れ替えがみごとだ。AIは発話順に訳していくので、途中でつっかかる場合がある。たまに意味不明な翻訳を出したりもする。けど、メリーさんはそれがない。さすが、怪異――じゃなくて講師だ!
しかし、話が進んでいくとさすがのメリーさんも苦戦しはじめた。
多岐にわたる概念と事例紹介。世界に浸食してくる異界の概念。概念が物理現象に及ぶ。その一例に挙げられたのがグリセリンだ。
二十世紀初頭まで、グリセリンはどんなに冷やしても絶対に固まらない物質と言われていた。が、ある時、ウィーンからロンドンへ船で運ばれていたグリセリンの樽が、何かが原因で偶然結晶化した。原因は、嵐による振動と低温だったと言われている。この世界初の結晶は、世界中の研究機関に送られた。そう、融点が十八度の種結晶が、だ。この種結晶を液体のグリセリンに入れると急に結晶化が始まった。実験室の未開封のボトルの中のグリセリンまで結晶化したとまで言われている。その後、この世界にはグリセリンの結晶化がもたらされた。グリセリンをマイナス一九三度の極低温に冷やしてから徐々に温めると結晶化するようになったのだ。カリフォルニア大学のギブソンとジオークの論文にその事が書かれている。
「今の物理化学は、現在観測されている科学法則は永遠不変なものだということを前提としてます。しかし、それを立証することは不可能です。今までで近似値でうまく行ってたからそれが絶対だ、と勘違いをしていないという保証はないのです」
話はカオス理論に移る。再帰的計算においての初期値のほんのわずかな差違が全くことなる変化をもたらす、という話は有名だ。このせいで、昔のゲームで表現出来ていたランダム性が、移植したら今のハードウェアでは再現出来ない、なんてこともある。
……はじめて聴いた話だ。
話題は、ハイゼンベルクの不確定性原理とそれを敷衍化した不可知論の問題点へと移る。果ては『金剛般若経』の即非の論理に話が飛ぶ。AはAではない。ただAと名づけただけなのだ……『非Aの世界』!?
このあたり、ボルス・ニーデマン教授は冗談で言ったらしい。けど、受けていたのはメリーさんだけだった。
そして、夢が現実に浸食してくる話。
アウグスト・ケクレが夢でベンゼン環の着想を得たり(蛇バージョンと猿バージョンがあるらしい)、ドミトリ・イヴァーノヴィチ・メンデレーエフが元素表を感得して元素の周期性を法則化し、未発見元素の予言をしたり、オットー・レーヴィが夢で見た実験でアセチルコリンが化学伝達物質だと証明したり。エリアス・ハウのミシンの針、ニールス・ボーアの原子構造。ジェームズ・ワトソンのDNA二重螺旋、エトセトラ。
話は名曲の夢での感得の話にうつる。
『神田川』、『イエスタデイ』、『キリング・ムーン』、『紫の煙』など。
このあたりまでは都市伝説的な話で面白かったです。
このあと、パティクリパティクラの話に移るのです。
が……
これがまた難解だったのです。




